All Chapters of 不仲と噂された財閥夫婦ですが、今夜も愛されています: Chapter 91 - Chapter 100

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第92話

 叶翔は逸らした目を、もう一度ノヴァ・エクスパンス・テクノロジーズの方へ向けると、 その紳士的な男は、まだ叶翔たちから目を逸らしていなかった。 遠く離れた位置にいるはずなのに、その視線は妙にはっきりと感じられる。 まるで距離など関係ないと言わんばかりに、真っ直ぐこちらを射抜いていた。 ……なんなんだ? アイツ…… 叶翔は少し不快になったが、その男から目を逸らし、他の社員たちの姿を見ていた。 視線をずらすことで、あえて意識から外そうとする。 だが、あの男の存在感は、簡単には消えない。 そんな中。 集団の中に、一人だけ異質な存在がいることに気づく。 その中に、東洋人らしい女性の姿が見える。 黒髪が肩口で揺れ、周囲の欧州系の人間たちとは明らかに雰囲気が違う。 静かに立っているだけなのに、不思議と目を引く。 颯真と悠臣も、叶翔の視線を追い、自然とそちらを向いた。「あれ?櫻羅じゃないか?」 南條颯真が驚いて言った。 その声には、明らかな驚きと戸惑いが混じっている。「前に捨てた女の子とか?」 悠臣がからかう口調で颯真に話しかける。 わざと軽く、空気を乱すような言い方。 颯真は悠臣の腕を軽く叩くと、「いとこだよ!!」 と強く言い返した。 そのまま迷うことなく、ノヴァ・エクスパンス・テクノロジーズの社員たちが佇む一角に歩いて行った。 歩幅は速い。 明らかに、感情が先に動いている。 それを見て、瑛士が眉をひそめる。「颯真、待て!!」 低く、だが鋭い声。 ただならぬ空気を感じ取っている。 叶翔は瑛士が止めるのを見て戸惑った。(なんで止める?) だがすぐに、口元をわずかに歪める。「ちょうどいい。挨拶に行こうぜ」 そう言って、瑛士に声をかけると、自分も颯真を追いかけて歩いて行った。 結果的に、四人は同じ方向へと進む。  会場の中心から離れるにつれ、喧騒は少しずつ遠のく。 その代わりに、張り詰めたような静けさが漂っていた。 叶翔たちが会場の端まで来た時――。 颯真のいとこ「一条櫻羅」が席から立ち上がり、颯真に微笑んでいた。 その笑みは柔らかく、どこか懐かしさを含んでいる。 颯真の表情もわずかに緩む。 普段の冷静さとは違う、素の反応だった。 颯真も櫻羅に駆け寄り、「元気だったか?」 そう言って、櫻羅の
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第93話

 パーティー会場の喧騒から少し離れた、ホテルの中庭。 ライトアップされた石畳の庭園には、夜風に揺れる木々の影が静かに落ちていた。  音楽も人の声も遠く、ここだけが別世界のように静まり返っている。 その一角に、四人と一人――叶翔、颯真、瑛士、悠臣、そして一条櫻羅がいた。「……悪い、こんなところに呼び出して」 颯真が低く言う。 櫻羅は首を横に振った。「ううん。私も……話したかったから」 その声は落ち着いているが、どこか張り詰めている。 会場で見せていた微笑みとは違う、素の表情だった。 叶翔はその横顔を、無言で見ていた。 さっきの男――ノヴァ・エクスパンス・テクノロジーズの社長。  あの「所有物」という言葉。 それが、どうしても引っかかっていた。 「で、どういうことだ?」 颯真が単刀直入に切り出す。「あいつ……お前の何だ」 その問いに、櫻羅は少しだけ目を伏せた。 そして、静かに答える。「……上司で、婚約者」 一瞬、空気が止まる。「は?」 颯真の声が低くなる。 瑛士も眉をひそめ、悠臣は笑みを消していた。 「私の父、一条竜星と母の南條沙耶を知ってるでしょ?」 櫻羅は淡々と続ける。「……あの二人にとって、私は“道具”だったの」 その言葉に、颯真の表情が歪む。「小さい頃から、そうだった。必要なときだけ呼ばれて、いらないときは放っておかれる」 夜風が吹き抜ける。 その中で、櫻羅の声だけが静かに響く。「大学も、就職も、全部決められてた。ノヴァ・エクスパンス・テクノロジーズに入ったのも……」 少しだけ間を置く。「政略結婚のため」 叶翔は思わず目を細めた。 「社長――レオン・クロフォード」 櫻羅がその名を口にする。「イギリス人。ノヴァのトップ。あの人と結婚させるために、私はあそこに入れられた」 颯真が拳を握る。「ふざけんな……」  櫻羅は苦笑する。「でもね、あの人も……私のこと、気に入ってないの」「は?」 今度は瑛士が声を上げた。「家でも会社でも、私はただの“付属品”。仕事もまともに任せてもらえないし……」 少しだけ言葉が詰まる。「家政婦みたいに扱われてる」 その言葉は、静かだった。 だが重かった。  颯真は、何も言えなかった。 ただ、目の前のいとこを見つめることしかできない。 
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第94話

「だからさ、しばらくこっちに居ようかと思ってて……」 受話器越しに聞こえる息子の声に、綾乃は一瞬だけ目を伏せた。 その言い方が、どこか歯切れが悪い。 ソファに腰掛けたまま、綾乃は困ったように玲司を見た。 視線を受けた玲司は、無言で手を差し出す。 綾乃からスマホを受け取ると、ゆっくりと耳に当てた。 電話の向こうでは、叶翔が言葉を探している気配がする。 何かを隠している――それはすぐにわかった。「目的は?」 玲司の声は低く、冷たかった。 余計な前置きは一切ない。 核心だけを突く問い。 電話の向こうで、叶翔は一瞬言葉に詰まった。「何か目的があるんじゃないのか? お前が、ただ遊びたいだけでそっちに残りたいと言うとは思えないんだが」 畳みかけるような問い。 父親としてではなく、九条の当主としての言葉。 その鋭さに、叶翔はさらに言葉に詰まった。 数秒の沈黙。 そして――。「父さん………ちょっと気になることがあって……それを調べたいんだ。今はまだ、理由を言いたくない」 絞り出すような声だった。 正直ではある。 だが、すべては語らない。 その選び方が、玲司の眉をわずかに動かした。  しばらく、沈黙が続く。 時計の針の音だけが、やけに大きく聞こえる。 やがて玲司は、ゆっくりと口を開いた。「九条の跡取りとして、責任の取れる行動をするということなら、お前の好きにしていい」 その言葉を聞き、叶翔はゴクッと喉を鳴らした。 許可ではある。 だが、試されている。「お前には、予想もしていないところにも敵がいるということを忘れるな」 それだけ言うと、玲司は通話を切った。  心配した綾乃が近寄ってきて、スマホを受け取る。「どうだったの?」 柔らかい声。 玲司は答えず、綾乃を引き寄せた。 そのまま腕の中に収めると、低く言う。「昨日、誰に会ったか調べる。アイツのことだ、また正義感を感じて何かをしようとしているんだろう」 どこか呆れたようで、しかし確信している口調。 綾乃は少し心配そうな顔をしたが、玲司の言葉を聞き、静かに頷いた。「ホントに、あなたにそっくり」 その一言に、玲司は小さく息を吐いた。 否定はしなかった。  一方、ヨーロッパ。 ホテルの一室。 通話を終えた叶翔は、しばらくスマホを見つめたまま動かな
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第95話

 一条の家の前に立つと、九条叶翔は大きく深呼吸をした。 重厚な門扉。手入れの行き届いた庭園。 ヨーロッパの街並みに溶け込みながらも、その邸宅は明らかに“異質な存在感”を放っていた。 背筋を伸ばし、邸を見上げる。 叶翔はここに住む、一条夫妻のことを全く知らないわけではなかった。 社交界でも密かな噂は今も流れている。「南條沙耶が九条玲司を狙っていたが、九条玲司は鷹宮綾乃しか目に入っていなかった」「鷹宮綾乃を狙っていた神崎和真は、昔罠を仕掛けたことがあったが、九条玲司に追いやられ、神崎財閥を継ぐことさえできなかった」 そんな噂を、叶翔が知らないわけはなかった。 だが、断片的な情報だけだ。 ただ、なぜ、その南條沙耶が一条竜星と結婚し、神崎和真が、自分の妹の心春と結婚したのか。 そこまでのいきさつは知らない。 ――知ろうともしてこなかった。 両親に聞くまでもなく、叶翔の両親は、周りが恥ずかしくなるくらい、今も愛し合っている。 父親の玲司は、自他ともに認めるほどの愛妻家だ。 南條沙耶に言い寄られたところで、振り向くハズもなかった。 それだけは、確信している。「叶翔、行くぞ」 南條颯真に声を掛けられ、叶翔の意識は引き戻された。「ああ」 短く返し、四人は門をくぐる。  一条家のリビングに通されると、四人は主が現れるのを待った。 広い空間。 壁には高価な絵画が飾られ、調度品一つひとつに、過剰とも言えるほどの豪奢さが漂っている。 だが、その美しさはどこか冷たい。 人の温もりを感じさせない空間だった。 叶翔は無意識に、室内を見渡す。(……居心地、悪いな) そう感じたのは、自分だけではないだろう。 英士は腕を組み、悠臣はソファに深く腰掛けながらも、どこか警戒を解いていない。  しばらくすると。 扉が静かに開いた。 南條沙耶――一条沙耶が、櫻羅を従えて現れた。 一条沙耶は、驚くほど贅を尽くした装いで、嫌味なほど着飾って現れた。 宝石が光を反射し、その存在を誇示するかのように輝いている。 その後ろについて現れた櫻羅は、対照的に、シンプルなワンピースで、アクセサリーのひとつも付けていなかった。 まるで、意図的に差を見せつけるかのような対比。  一条沙耶は部屋へ入ってくると、すぐに叶翔の顔を見た。 射抜くような、挑
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第96話

 櫻羅を連れ出すことに成功した一行は、街に繰り出していた。 一条家の重苦しい空気から解放された瞬間、まるで別世界に出たようだった。 華やかなヨーロッパの街並み。石畳の道、行き交う人々の笑顔、ショーウィンドウに並ぶ色とりどりのドレスや宝石。 だが、その中心にいる櫻羅は――やはりどこか浮いていた。 先ほどの邸宅で見た光景が、叶翔の頭から離れない。 贅を尽くした装いの一条沙耶。 これでもかとばかりに飾り立てられた宝石。 “見せるため”の美しさ。 それに対して櫻羅は、シンプルなワンピース一枚。 アクセサリーのひとつもない。 同じ母娘とは思えないほどの対比。(あれは……わざとか?) そう思えるほど、明確な差だった。 英士も颯真も、口には出さないが同じことを感じている。 悠臣でさえ、あの場では珍しく無言だった。 誰もが、櫻羅の置かれている状況を理解していた。  神楽坂悠臣はそんな空気を振り払うように、櫻羅をブティックに連れて行った。 店内に入ると、洗練されたドレスが並び、柔らかな照明がそれらを美しく照らしている。「これなんてどう?」 悠臣は自然な手つきでドレスを選び、櫻羅にあてていく。 その様子はまるで、昔からこういうことに慣れているかのようだった。 同じ年頃の女性たちが好みそうなドレスを選び、 櫻羅を着飾ることを楽しんだ。 櫻羅は戸惑いながらも、次第にその流れに身を任せていく。 鏡に映る自分の姿に、ほんの少しだけ驚いたような表情を見せる。 その変化に、叶翔は目を奪われていた。(……綺麗だな) 思わずそう思う。 だが同時に――(なんで悠臣がやってるんだよ) 小さな違和感が胸に引っかかる。 いや、違う。 これは違和感ではない。 ほんのわずかな、苛立ちに似た感情。 悠臣が自然に櫻羅の距離に入り込んでいることが、気に入らないのだと気づく。  そして、ジュエリーショップの前に着くと、「叶翔、何か選んであげたら?」 と、悠臣が軽く言った。 驚いている櫻羅を連れて、ジュエリーショップへと入って行く。「ちょ、おい……!」 叶翔も慌てて後について店内へ。 英士と颯斗は目を見合わせ、呆れながら続いた。  店内は静かで、どこか神聖な空気すら漂っている。 店員たちはすぐに気づき、次から次に、ネックレスや指輪
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第97話

 華やかなレストランの一角。 グラスの触れ合う音と穏やかな会話が流れる中、叶翔たちのテーブルだけはどこか違う空気をまとっていた。 料理はどれも一流で、彩りも美しい。 だがその場の空気は、食事を楽しむというよりも――それぞれの心情が静かに揺れているような、そんな緊張を含んでいた。「俺たち、しばらくこっちに滞在するんだ。こっちの社交の場に顔を出したくてさ」 南條颯真が一条櫻羅に言う。 自然な口調だったが、その裏には意図がある。 櫻羅も頷いた。「昨日の会議に出た方が、何人か残ってるって聞いたよ。明日もパーティーがあるんだけど、颯斗たちも招待されてるの?」 その問いに、颯真は首を横に振る。「だから叔父さんに連れて行ってもらおうと思ったんだよ。叔父さんの帰りは遅いのか?」 そう言いながら、颯真は櫻羅の皿に料理を取り分けた。 その仕草は、昔から変わらないものなのだろう。 だが――櫻羅の反応は違った。 櫻羅は困ったような顔になり、持っていたフォークを見つめた。 その沈黙が、答えを物語っている。「両親とうまくいってないのか?」 そのやり取りを黙って見ていた叶翔が、口を開いた。 櫻羅が顔を上げ、叶翔と目が合った。 その瞬間、わずかに揺れる瞳。 だがすぐに視線は反らされ、櫻羅はまた俯くと、颯真を見て言う。「私、本当の娘なのかわからないの………」  その言葉に、空気が止まった。 側で黙って聞いていた、英士と悠臣も顔を上げた。 叶翔も目を見開き、櫻羅の次の言葉を待っていた。「どういう意味だよ?」 颯真が櫻羅の腕を掴んで聞く。 強くはない。 だが、感情が滲んでいる。  櫻羅は寂しそうな顔をし、ゆっくりと言葉を紡ぐ。「父と母は、一度離婚をしてるんだけど、何かあってまた再婚したの。そのあと、母の妊娠がわかったみたいで………私が産まれてからも、父と母はあまり仲がいいとは言えなくて」 その声は静かだった。 だが、その中に積み重なった年月の重みがある。 「検査は?DNA検査なんて、いまどき珍しくないだろう?」 颯真は焦ったように聞く。 状況をはっきりさせればいい。 それが当然だと思っているからこその言葉。  櫻羅は首を横に振る。「母は、浮気なんてしてないって。検査は絶対にしないって……」 そう言い、 悲しそうに笑った。
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第98話

 櫻羅を家に送り届けたあと。 一条邸の重厚な扉の前で、叶翔たちは一条竜星に挨拶をしようとした。 だが――。「旦那様はお帰りになっておりません。本日戻られるかどうかも、私どもには……」 執事は丁寧に頭を下げながら、そう告げた。 その言葉に、颯真がわずかに眉をひそめる。(……やっぱりか) どこか諦めたような表情だった。 叶翔たち一行は、仕方なく一条邸を後にした。  そのまま四人は、夜の街へと歩き出す。 自然と足が向いたのは、落ち着いた雰囲気の高級バーだった。 柔らかな照明。 低く流れるジャズ。 重厚な木製のテーブルと革張りのソファ。 だが、その空間に似合わないほど、四人の間には重い沈黙が落ちていた。  テーブル席をキープし、四人はグラスを前にする。 しかし――誰一人として、乾杯の言葉を口にしない。 ただ、黙々と酒を飲んでいた。  しばらくして。 神楽坂悠臣が、グラスを揺らしながら叶翔の顔を見た。「叶翔。もしかして、彼女を連れ出すつもり?」  その言葉に、空気がわずかに動く。 叶翔は顔を上げ、悠臣を見る。  英士が驚いて目を見開く。「叶翔!!まさか、本気でそんなこと考えてるのか?」  颯真もすぐに続く。「叶翔。俺のいとこのことだぞ。お前が出て来ても……」  言葉は途中で止まる。 誰もが理解している。 これは、軽く踏み込んでいい問題ではない。  みんなが言い終わる頃、やっと叶翔が口を開いた。「だとしても、あのまま、レオン・クロフォードの嫁に行かせるのは反対だ」  その言葉に、テーブルが一瞬静まり返る。  最初に悠臣が口を開いた。「じゃあ、何から始める?」  その顔は面白がっているようで、叶翔に賛成のようだった。 完全に、流れに乗っている。  英士は深くため息をつく。 そして諦めたような顔で言った。「ロケットの落札者が決まるのはずいぶん先だ、まずはこの問題から片付けたらいいんだな」  現実的な判断。 だが、完全に協力する意思でもある。「颯真。まずはお前の親に、櫻羅の両親のことを聞いてくれ。悠臣。お前は、一条とレオンの財政状況、彼らがこの国で何をしているのか、政略結婚でのメリットを調べろ」  次々と指示が飛ぶ。 すでに“作戦”は動き出していた。 「彼らに何があって、櫻羅が犠牲にされ
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第99話

重たい空気が残るスイートルーム。 夜景の光がガラス越しに揺れ、四人の影を長く引き延ばしていた。「まさかとは思うけど、一条竜星は、南條沙耶とお前の親父の子供だと疑ってるのか?」 タブレットに表示された報告書を読み終えた一ノ瀬英士が、顔を上げて叶翔を見た。 「その可能性は大じゃないの? あまり面白くない展開だけど」 神楽坂悠臣は、シャンパンのグラスを軽く持ち上げ、どこか楽しげに叶翔を見て言う。 だが、その瞳は冷静だった。  叶翔は困ったような表情のまま、颯真の調べてきた情報をもう一度読み直していた。 文章の一つ一つが、頭の中で繋がっていく。 (もし本当にそうだとしたら――)  考えたくない仮説が、形を持ち始めていた。 「この先どうやって調べる?」 英士が、叶翔の複雑な表情を覗き込みながら聞いた。  しばらく沈黙が続く。 叶翔はゆっくりと息を吐き、やがて立ち上がった。「親父の潔白は信じている。でも、櫻羅のDNA鑑定が急務だ」  その言葉は、迷いを振り切るように発せられた。  悠臣も英士も、ほぼ同時に頷く。  颯真も叶翔の顔を見つめ、「櫻羅と一条竜星、そしてお前のDNAがあれば、親族かそうでないかは判明するってことだな」 そう言った。  叶翔は静かに頷く。 「俺は正真正銘、親父の息子だ。顔を見ればわかるほどな。ただ……九条ホールディングスの関連企業では検査はできない。親父にこのことを知られたくない。親父を信じたいと言うのもある」  その言葉には、葛藤が滲んでいた。 信じたい。だが、確かめずにはいられない。 「うちの関連企業に頼むよ」 英士がすぐに口を挟む。「こっちの企業に、技術系で提携している企業があったハズだ」  そう言いながら、遠くに控えていた秘書へ視線を送る。 無言の指示。 秘書はすぐに理解し、静かにその場を離れた。 「とにかくDNAを集めよう。とはいえ、一条竜星の物をどうやって採取するかだな……」 英士が腕を組みながら言う。  その問いに、悠臣が口角を上げた。「明日のパーティーで、僕が活躍するよ。明日は一条竜星も参加するだろう。ノヴァ・テクノロジーズのパーティーなんだから」  そう言って、軽くウィンクしてみせる。  軽薄にも見える仕草。 だが、その裏には確実な自信があった。 叶翔は三人を見
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第100話

ノヴァ・エクスパンス・テクノロジーズが主催するその夜のパーティーは、まさに選ばれた者だけが足を踏み入れることを許された、別世界のような空間だった。高い天井からは幾重にも重なるクリスタルのシャンデリアが煌めき、磨き上げられた床には柔らかな光が反射している。壁際には一流のシェフが手掛けた料理が並び、グラスの触れ合う澄んだ音と、抑えた笑い声が絶えず響いていた。招待客の顔ぶれもまた、圧巻だった。先日のロケット開発プロジェクトの会議に出席していた面々がほとんど揃い、財界の重鎮、メディアで見慣れた著名人、さらには海外からの投資家までが一堂に会している。その中で、ひときわ異質な空気を纏っていたのが、レオン・クロフォードだった。彼は会場の中央に立ちながらも、決して周囲に溶け込むことはなかった。笑顔を見せることもなく、淡々と会話に応じるその姿は、まるでこの場そのものを俯瞰しているかのようだった。その少し後方――華やかなドレスを纏った外国籍の美女たちの中に紛れながら、一条櫻羅は静かに立ち尽くしていた。婚約者であるはずのレオンは、彼女を紹介する素振りすら見せない。その距離は物理的にも心理的にも、あまりにも遠かった。やがて、九条叶翔が受付で招待状を提示し、南條颯斗、一ノ瀬英士とともに会場へと足を踏み入れる。彼らの動きは無駄がなく、それでいて自然だった。だが、神楽坂悠臣だけはその流れに加わらず、わざと間を置くようにして、少し遅れて入口を通った。叶翔たちはレオン・クロフォードの元へと向かう。周囲の人間が自然と距離を取るのを待ち、三人は視線を交わしてから前へ出た。「レオン・クロフォードさん、昨夜は失礼した」そう言いながら、叶翔は名刺を差し出す。颯斗と英士もそれに続いた。しかしレオンはその名刺を自ら受け取ることはせず、傍らに控えていた秘書らしき女性が無言で回収する。レオンはグラスを静かに置き、叶翔へ視線を向けた。「昨夜のキミのスピーチは、大変おもしろかった。さすが、九条玲司の令息だけあって、キミは実におもしろいな」無表情のまま放たれたその言葉に、叶翔は一瞬言葉を失う。「それは褒められてるのか?それとも………」その言葉を遮るように、英士が一歩前に出た。「レオン・クロフォード。あなたの会社のプランも、とてもおもしろかった。どちらが選ばれても、恨み言はいえないな」レオン
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第101話

南條颯斗が一条櫻羅の腕を引き、そのまま迷いなく会場を後にしていく。その一連の流れを、少し離れた位置から静かに見ていた神楽坂悠臣は、わずかに目を細めた。引き止めることも、声を掛けることもせず、ただその背中を見送る。やがて、叶翔と瑛士と視線が交差する。言葉は交わさなかったが、互いに何を考えているのかは理解していた。だが悠臣だけは、二人とは別の行動を取るように、小さく肩をすくめると、そのまま一人で会場の中へと足を踏み入れた。再び広がる豪奢な空間。先ほどと変わらぬ華やかさの中で、悠臣の視線はすぐに会場の中央へと向かう。そこには、相変わらず人だかりの中心にいるレオン・クロフォードの姿があった。彼は複数の来賓に囲まれ、淡々と会話を続けている。その表情に感情の起伏はほとんど見られないが、それでも周囲の人間は彼の一言一言に神経を尖らせているのが分かった。悠臣は足を止め、その光景を観察するように眺めていた。すると、そのすぐ横を、一人の男が静かに通り過ぎていく。迷いのない足取りで、まっすぐに会場の中心へ向かっていくその背中に、悠臣は思わず目を向けた。「一条竜星」低く呟く。そこにいたのは、一条櫻羅の父であり、一条家の当主――一条竜星だった。威圧感を纏いながらも、その歩みは極めて冷静で、周囲の視線など意に介していないように見える。竜星はそのまま人垣を割るようにして進み、レオン・クロフォードの前に立つ。そして何事か声を掛けると、二人は自然な流れで人混みを離れ、すぐ近くにあったテーブルへと腰を下ろした。その様子を見逃す悠臣ではなかった。彼は周囲の動きに紛れるようにして位置を変え、二人の背後へと回り込む。決して気配を悟らせない距離を保ちながら、静かに耳を傾けた。「颯真に、櫻羅を好きにしろと言ったのか?」低く押し殺した声。竜星はウェイターから受け取ったグラスを、そのまま一気に煽る。酒が喉を通る音が、やけに生々しく響いた。レオンはその様子を横目で一瞥する。冷え切った眼差しのまま、特に感情を乗せることなく短く答えた。「ああ」それだけ言うと、彼は再び視線を会場へと向ける。まるでこの会話そのものに価値を見出していないかのようだった。「キミのところのご令嬢では、私に釣り合わないからな。もっと他の褒美が欲しい」その言葉はあまりにも露骨だった。櫻羅の存在など、最初から評価の対象にす
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