《婚約者の裏切りを知った夜 極道の組長に染められました》全部章節:第 11 章 - 第 20 章

26 章節

第十一話「破滅の序曲」

「どういうことだ!」 社長室の重厚な扉を突き抜け、隆史の怒声が廊下にまで響き渡っていた。 手に持ったコーヒーカップの縁が、微かな振動で揺れる。彩葉は扉の前で足を止めた。中からは受話器を叩きつける硬い衝撃音が響き、続いて忌々しげな舌打ちの音が漏れ聞こえてくる。 意を決して扉を開けると、デスクの前で立ち上がった隆史が、受話器を握りしめたまま顔を真っ赤に紅潮させていた。まともな会話にもならないまま一方的に電話を切られたらしく、額には青筋が浮かび、薄い唇を強く噛みしめている。朝からこの調子で、同じような絶望的な報せが何度も繰り返されているようだった。 部屋の隅のソファでは、秘書のゆかりが右手に爪やすりを持ち、優雅にネイルの手入れをしていた。社長が隣で狂わんばかりに怒鳴り散らしているというのに、気にする様子は微塵もない。やすりが爪の表面を削る、しゃりしゃりという乾いた音が、隆史の荒い呼吸に混じって規則正しく響いていた。「隆史、どうしたの?」 コーヒーカップをローテーブルに置きながら声をかけると、隆史が血走った目で弾かれたように振り返った。「うるさい!」 ぶつけられた怒声の風圧に、彩葉の肩が小さく跳ねる。数ヶ月前まで日常だったモラハラの記憶が、冷たい水のように背筋を駆け抜け、反射的に「ごめんなさい」と口が動きかける。だが、彼女は奥歯をぐっと噛んでそれを堪えた。もう、怯えて条件反射で謝るだけの自分には戻らない。そう心に誓っていた。「なんでだ。どうしてこんなことに……」 隆史はぶつぶつと力のない独り言を吐き出しながら、デスクと窓の間を落ち着きなく行き来している。綺麗にセットされていた茶髪はぐしゃぐしゃに掻きむしられ、ネクタイは緩み、上質なはずのシャツの襟元も見窄らしく崩れていた。今の隆史に何を問いかけたところで、まともな答えが返ってくるとは思えない。暴力に発展する前にその場を退こうと踵を返しかけた時、ソファから場違いに明るい声が飛んできた。「買収されたみたいよ」 ゆかりの口調は、今日のランチの献立でも話すかのように素っ気なかった。爪やすりを動かす手も止めず、視線すら上げない。「買収?」 彩葉が聞き返すと、ゆかりは爪先に溜まった白い粉をふっと息で吹き飛ばした。「そう。なんかー、よく知らないけど、新事業で提携していった会社が次々と他社に買収されちゃって、
last update最後更新 : 2026-03-30
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第十二話「もう届かない囁き」

 鷹峰と二人きりになった後の社長室からは、厚い木製の扉越しにも伝わるほどの圧を孕んだ声が響いていた。 低く抑えられた声音は、怒鳴り散らすよりもかえって凄みを増し、廊下に佇む彩葉の背筋を冷たい指先でなぞられるような戦慄が走り抜ける。隆史がどのような表情でその断罪を受けていたのか、知る由もない。だが、しばらくして部屋から這い出してきた彼の顔面蒼白な有様は、これまでの傲慢さを微塵も感じさせないほど無惨なものだった。 あの日を境に、隆史の世界は音を立てて崩壊し始めた。 かつての自信家な面影は消え、寝る間も惜しんで事業のリカバリーに奔走する日々が続く。朝から晩まで受話器に縋りつき、血走った目で取引先を回り、新たな提携先を求めて泥を這うように走り回る。食事を摂る暇すら惜しみ、深夜過ぎに帰宅しては、ネクタイを解く力も残っていないままソファに倒れ込む。そんな夜が幾度も繰り返された。 だが、動けば動くほど、底なしの泥沼に足を取られていくようだった。 提携していた子会社は次々と他社に買収され、積み上げてきた契約は紙屑同然の不履行となる。新事業のために投じた巨額の資金は回収の目処が立たず、あちこちで負債の火の手が上がった。地に落ちた信用を拾い集めようと必死に電話をかけても、繋がる相手は日に日に減っていく。焦って手を打つたびに、状況は最悪の坂道を転げ落ちていった。 夜の静寂さえも、彼にとっては拷問に等しかった。 ベッドに入っても眠りの淵に沈むことができず、浅い眠りの中でうなされては、喉を詰まらせて跳ね起きる。隣で横たわる彩葉が、その異変に気づかないはずはなかった。シーツを白くなるまで握りしめ、奥歯をギリリと鳴らして耐える隆史の横顔を、彼女は暗闇の中で幾度も冷めた目で見つめていた。 整髪料で固める余裕を失った茶髪は、艶をなくして額にぼさぼさと垂れ下がり、こけた頬には死人のような隈が深く刻まれている。数週間前まで、彩葉を「奴隷」と呼び、勝ち誇ったように胸を張っていた男の矜持は、もうどこにも残っていなかった。     ◇◇◇ それは、重苦しい湿気を含んだある夜のことだった。 深夜に帰宅した隆史が、シャワーも浴びずにベッドへ潜り込み、背後から彩葉の身体を強く抱きしめてきた。パジャマ越しに伝わる体温は病的なまでに高く、肌がじっとりと汗ばんでいるのが分かる。「彩葉……っ」 
last update最後更新 : 2026-03-31
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第十三話「堕ちた偶像と偽りの情愛」

 朝から鷹峰の元へ呼び出されていた隆史が、昼を過ぎた頃にようやく姿を現した。 エレベーターの扉が開くなり、力なく肩を落とした彼が総務課に顔を出し、「彩葉」と掠れた声で呼ぶ。頬はげっそりとこけ、目の下の隈は死人のように色濃い。鷹峰からどのような宣告を受けたのか、彼の額には嫌な脂汗が滲んでいた。「コーヒー、淹れてくるわね」 彩葉が席を立つと、隆史は迷子の子どものようにすぐ後をついてきた。 狭い給湯室でコーヒーメーカーに手を伸ばした瞬間、背後から強引に腰を掴まれ、振り返らされる。逃げる間もなく、熱を帯びた唇で塞がれた。「ん……っ」 顎を掬い上げられ、何度も角度を変えて深く、執拗に重なる唇。かつての支配的な乱暴さは消え、そこにあるのは崩れゆく自分を繋ぎ止めようとする、無様に縋り付くような感触だった。「……コーヒーが淹れられないわ」 やんわりと胸を押して距離を置こうとしたが、隆史は飢えた獣のように再び腕を伸ばし、彩葉を抱き寄せた。「彩葉……キスしたい。もっと……」 甘ったるく、駄々をこねるような声。数ヶ月前まで「トロい」と罵倒し、彩葉を家畜のように扱っていた男と同一人物とは思えない変貌ぶりだった。彩葉は冷めた心を隠し、聖母のような微笑を湛えて彼の肩をそっと押し戻した。「社長室に戻っていて。すぐに持っていくから」 隆史が名残惜しそうに去っていくのを見届け、彩葉は丁寧にコーヒーを二杯淹れた。香ばしくも苦い豆の匂いが立ち込め、カップから揺らめく白い湯気が、無機質な蛍光灯の光に透けて消えていく。 トレイを手に社長室の扉をノックし、返事を待たずに開けた。その瞬間、目に飛び込んできたのは、ソファに座る隆史の腿の上に、ゆかりが跨ろうとしている卑猥な光景だった。「ゆかり、最近すっごく寂しいんですぅ……」 粘りつくような声をあげ、ゆかりがブラウスのボタンを上から順に外していく。はだけた襟元から、繊細なレースの下着に縁取られた柔らかな胸が溢れ出し、隆史の眼前で挑発的に揺れていた。「――やめてくれ」 隆史がゆかりの腰を掴み、拒絶するように押し返した。彩葉がこの会社で過ごしてきた三年間、彼が秘書の誘惑を退ける姿など一度も見たことがない。「いいじゃないですかぁ」 ゆかりは構わずに次のボタンを外し、さらに身を乗り出す。隆史は逃れるように彼女をソファへ押し倒すと、弾
last update最後更新 : 2026-04-01
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第十四話「傲慢な主人の飼育箱」

 静謐な社長室に、スマートフォンの短い通知音が鼓膜を震わせた。 デスクでペンを走らせていた鷹峰彗は、ふと手を止め、漆黒の画面に視線を落とした。表示されたのは見慣れない連絡先――名前の登録すらないアカウントからのメッセージだったが、その文面を目にした瞬間、鋼色の瞳が僅かに見開かれた。『私だけじゃなく、ゆかりさんも誘っていたんですね』 彩葉からだった。 画面に浮かぶ短い一文を、指先でなぞるように二度読み返し、鷹峰は重厚なデスクチェアの背もたれに深く身体を預けた。「――ゆかり? 誰のことだ」 無意識にこぼれた独り言に、傍らで書類を整理していた秘書の鷲尾が、無機質な動作で顔を上げた。「相沢の秘書です」 黒縁のメガネ越しに、感情を排した端的な補足が返る。「ああ、あの女か」 記憶の底から、不必要に胸元を強調した服を纏い、隆史の隣にこれ見よがしに張り付いていた派手な女の顔が浮上した。商談の場に同席してはいたが、鷹峰にとっては視界の端を掠めるだけの、無価値な存在でしかなかった。「誘った覚えはないが」 再びスマートフォンの画面を見つめると、鷹峰の端正な口元がゆっくりと弧を描いた。 嫉妬だ。あの控えめで、自らの感情を薄い絹のベールの奥に隠してしまうような女が、初めてのメッセージで自分への独占欲を剥き出しにしてきたのだ。「可愛いな……」 低く、蜜を含んだような呟きが部屋に溶ける。鷲尾は表情一つ変えず、淡々と書類のページをめくっていた。聞こえていないふりをしているのか、あるいは主人の耽溺ぶりに呆れているのか、その真意は定かではない。 その時、内線電話が鋭く鳴り響いた。鷲尾が受話器を取り、短いやり取りの末にそれを戻すと、鷹峰へと向き直る。「ちょうど椿ゆかりという女性が、社長にお会いしたいと受付に見えています」「そうか。通して」 なるほど、と合点がいった。相沢の会社を辞め、新たな寄る辺として「鷹峰」という巨大な獲物に狙いを定めたのだろう。そして、その強欲な宣言が彩葉の耳に届き、彼女の心をかき乱した。 鷹峰が自分を裏切り、別の女を招き寄せたと勘違いして、彼女は嫉妬に駆られたのだ。「順調に進んでいますね」 鷲尾が書類をファイルに挟みながら、突き放すような口調で告げた。「俺の計画では、もう彩葉がこの腕の中に落ちていてもいい頃なんだがな」「先日は、木で
last update最後更新 : 2026-04-02
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第十五話「落日の婚約者、暁の略奪」

 傾く時は、あまりにあっけなかった。 新事業のために締結した子会社が、目に見えぬ巨大な力に手繰り寄せられるように次々と買収され、契約不履行の連鎖が止まらない。昨日まで恭しく頭を下げていた取引先は一転して冷淡になり、隆史の築き上げた砂の城は、足元から音を立てて崩れ去った。 かつて誇らしげに掲げられていた社名は、大量リストラの怒号と咽び泣きの中に消え、高層ビルのオフィスには、主を失った荷物の段ボールが墓標のように積み上がっている。彩葉はその光景を、まつ毛の影に感情を隠し、ただ静かに見つめていた。 贅の限りを尽くしたタワーマンションも、もはや自分たちの居場所ではない。 自慢だった地上百数十メートルの眺望も、磨き上げられた大理石のエントランスも、滞ったローンの前では無機質な石の塊に過ぎなかった。隆史がうなだれながら不動産会社に鍵を返したのは、倒産が決まった翌日のことだった。 あれほど隆史が執着し、自らの成功の証として誇示していた空間から追い出される瞬間、彼はまるで魂を抜かれた抜け殻のようだった。 移り住んだのは、都会の喧騒から見捨てられたような郊外の築浅マンションだ。駅から徒歩十五分。二LDKの間取りは、かつてのクローゼットほどの広さしか感じられない。 引っ越しの荷造りを二人で進め、愛着のあったはずの高級家具が二束三文で引き取られていくのを、彩葉は淡々と手伝った。業者が去り、がらんとした旧居の残響が消えるまで、隆史は一言も発さなかった。今の相沢隆史に残されたのは、ただ一人、献身的に付き従う婚約者・彩葉という名の、最後の縋りつくべき細い糸だけだった。     ◇◇◇ 新居の段ボールをすべて開け終えた夕刻。 斜陽が安っぽいフローリングを橙色に焼き、埃が光の筋の中を舞っている。その不快な静寂の中で、隆史が突然、膝をついた。額を床に擦り付け、両手を無様に広げて這いつくばる姿は、かつての傲慢な面影を微塵も感じさせない。「……今まで、悪かった」 震える声が、空気を震わせた。整髪料の香りが失せた茶髪が、脂ぎった額に無様に張り付いている。「こんなことになっても、俺のそばにいてくれるのは彩葉だけだったのに。……俺は、ずっとお前を裏切り続けていた。仕事が上手くいっているのをいいことに、お前を道具のように扱って……」 隆史が顔を上げた。目の下には死人のような隈が刻ま
last update最後更新 : 2026-04-03
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第十六話「不器用な純愛」

 鷲尾が運転する黒い外車は、滑らかに夕暮れの街を滑走していた。 後部座席に並んで座る彩葉と鷹峰の間には、繋いだ手の温もりだけが静かに存在している。車内にはエアコンの微かな送風音と、タイヤがアスファルトを噛む低い振動だけが響いていた。鷹峰の経営する会社に向かっているらしく、フロントガラスの向こうには都心のビル群が、巨大な影となって迫ってくる。 窓の外を流れる街灯のオレンジ色の光が、断続的に鷹峰の鋭い横顔を照らしていた。ふと、繋いだ手に僅かな力が込められる。鷹峰が彩葉の方へと、その鋼色の瞳を向けた。「まず最初に、誤解を解いておきたい」 低い声が、密閉された車内に静かに落ちた。「椿ゆかりに声はかけていない。彼女が勝手に押しかけてきただけだ」 彩葉の目が見開かれた。ゆかりは先日、社長室で「鷹峰社長に乗り換える」と高らかに宣言して出ていったはずだ。鷹峰に誘われ、彼の利益のために情報を流していたのだと、彩葉はずっと思い込んでいたのだ。「――え? だって、彼女は鷹峰さんのところに行くって……」「ああ、勝手にな」 鷹峰がわずかに肩をすくめた。呆れたような、それでいてどこか冷ややかな、彼らしい表情だった。「彼女は、好きな人のために情報を流していたと言っていました。それは鷹峰さんのことでは……」
last update最後更新 : 2026-04-04
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第十七話「堕ちゆく椿」

 鷲尾の運転する車を降り、案内された鷹峰の執務室は、これまで彩葉が目にしていた隆史の社長室とは、その重厚さにおいて比べものにならなかった。 天井まで届く大きな窓の向こうには、都心の夜景が一面に広がり、無数のビルの灯りが零れ落ちた宝石のように瞬いている。足を一歩踏み入れると、上質な絨毯が音もなく沈み込み、深い革張りのソファがそこにあるだけで威圧感を放っていた。 デスクの上には余計な書類一つ置かれず、整然とした空間には、彼を象徴する香水と煙草の匂いが微かに、けれど支配的に漂っている。この部屋そのものが、鷹峰という男の意志を体現しているかのようだった。「やっと、抱ける」 背後から低く、熱を帯びた声が鼓膜を震わせた。 不意に腰へ回された太い腕に、彩葉の身体が甘く疼く。引き寄せられるまま、彼の広い胸板に背中を預けると、首筋に熱い唇が落とされた。耳の下から顎のラインにかけて、なぞるようにゆっくりと舌が這い上がる。「ん……っ、あ……」 吐息が漏れ、慌てて唇を噛んだ。 鷹峰の手がワンピースのファスナーに触れ、金属の小さな摩擦音と共に、背中の合わせ目がゆっくりと開かれていく。 薄い生地が肩から滑り落ち、夜景の青白い光が彩葉の素肌を淡く照らし出した。 強引に振り向かされ、そのまま深い口づけに沈んだ。 強引さと慈しみが混ざり合う、蕩けるような口づけ。鷹峰の舌が口内を隅々まで侵略し、互いの唾液が熱を持って混じり合う。身体の芯に火が灯り、下腹部がじわりと切ないほどに疼き始めた。 抗う術もなくソファに押し倒されると、鷹峰が膝の間にその屈強な身体を割り込ませてきた。下着のホックを外す手つきは驚くほど手慣れていて、解放された胸が彼の大きな手のひらに包み込まれる。親指の腹で柔らかな先端を転がされ、ぷっくりと硬くなった頂を甘噛みされると、彩葉は腰を浮かせて彼を求めていた。「あっ……鷹峰さん、そこ……っ」「彗と呼べ。ここが、いいのか? 彩葉」 先端を口に含み、弾くように弄ばれる。胸と下腹部が一本の熱い糸で繋がっているかのように奥が突き上げられ、秘所から熱い蜜が染み出していくのが自分でも分かった。 下着が剥ぎ取られ、鷹峰の長い指が濡れた割れ目をなぞる。 ぬるりと指先が沈み込み、内壁の最も敏感な部分を擦り上げられるたび、彩葉の口からは甘い悲鳴が零れだした。静まり返った室内
last update最後更新 : 2026-04-05
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第十八話「蜜に溶ける約束」

 彗の所有するマンションは、都心の喧騒を眼下に見下ろすタワーの最上階にあった。 エントランスから専用のカードキーで直行するペントハウス。エレベーターの扉が開いた瞬間に広がる光景に、彩葉は思わず息を呑んだ。床から天井まで、壁一面を覆う広大なガラス窓の向こう側に、東京の夜景が宝石箱をひっくり返したような輝きを放っている。 無機質なほど洗練されたリビングへと足を踏み入れると、背後から彗の逞しい腕が彩葉の腰を抱き寄せた。引き寄せられるまま、広厚な胸板に背中を密着させれば、うなじに熱い唇が落とされる。彼特有の高価な香水と、ほのかな煙草の香りが混じり合った匂いが鼻腔を支配し、強張っていた彩葉の身体の芯が、じわりと甘く溶け始めた。「待っていたんだ。……ずっと、この時を」 低く掠れた囁きが耳朶を震わせ、柔らかい産毛をなぞるように甘く噛まれる。彗の手は、薄いワンピースの上から寄せるように胸を愛撫し、緩やかな腰の曲線を描きながら、太腿の内側を迷いなく辿っていった。 スカートの裾から、熱を帯びた大きな指が潜り込む。下着の繊細な布地に触れた途端、彼の指先がぴたりと動きを止めた。「……もう、こんなに濡れているな」 下着越しに秘所を直接撫で上げられ、ぞくりとした戦慄が彩葉の腰を突き抜けた。彗の指は、湿り気を帯びた薄い布地を介して割れ目を執拗になぞり、一点の突起を探り当てると、親指の腹で容赦なく擦り上げた。「あっ……やっ、彗さん――」 声を上げかけた瞬間、下腹部で快感が激しく爆ぜた。まだ本格的な愛撫も始まっていないというのに、身体の奥底から制御不能な液体が噴き出し、布地が濡れて熱を帯びていく。膝の力が抜け、彗の腕にしがみついていなければ、その場に崩れ落ちてしまいそうだった。「すぐに潮を吹くな、彩葉は。そんなに俺が欲しかったのか?」 耳元で愉しげな笑みを孕んだ声が響き、彩葉の頬は林檎のように赤く染まった。彗の指は止まることを知らず、濡れそぼった下着の上から、ぷっくりと硬く自己主張を始めた肉芽を弾き続ける。薄い生地を押し上げるようにして震える小さな突起は、彼の愛撫を拒むどころか、貪欲にその刺激を求めていた。 彗が彩葉の正面に回り込み、静かに膝をついた。 捲り上げられたスカートの下、下着の腰紐を指先で横へとずらす。露わになった、蜜に濡れて赤く勃ち上がった肉芽。そこを舌先で「
last update最後更新 : 2026-04-06
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第十九話「愛しき束縛」

 実家の旅館に戻り、女将修業に身を投じてから、早いもので二ヶ月が経っていた。 朝は五時に起床し、まだ夜の気配が色濃く残る静まり返った廊下を、足袋の足音を忍ばせながら歩く。大浴場の湯加減を肌で確かめ、ロビーの生け花を瑞々しいものへと活け替え、朝食の準備に活気づく厨房へと入る。父・健一が真剣な面持ちで出汁を引く横で、彩葉は配膳の盆を整然と並べ、自家製の漬物を小皿に手際よく盛りつけていった。 母であり、現女将である由紀が客を迎える背中を、彩葉は幼い頃からずっと見つめて育った。柔らかな物腰で客の心に寄り添い、時に無理難題とも思える要望にも、凛とした笑顔で応える。ひとたび裏方に回れば、従業員たちへ的確かつ細やかな指示を飛ばす。あの、柳のようにしなやかで樫の木のように強い背中にいつか追いつきたい。それは彩葉が物心ついた頃から抱き続けてきた、祈りにも似た願いだった。 修業の毎日は、目を回すほどに目まぐるしかった。 着付けの基礎に始まり、客室清掃の細部、仲居たちとの密な連携、帳場での複雑な会計処理、さらには仕入れ先とのシビアな価格交渉。覚えるべきことは山のように積み上がり、慣れない作業に失敗しては落ち込むことも少なくない。お茶を運ぶ際、緊張で手元が狂い、大切にしていた湯呑みを割ってしまった日には、母から「焦らなくていいのよ、彩葉」と優しく窘められ、堪えきれず悔し涙が頬を伝った。 それでも、着物という装いには少しずつ身体が馴染んできていた。 最初の頃は帯を締めるだけで肋骨が圧迫されるように苦しく、慣れない草履で石畳を歩くたびに足の指の付け根が悲鳴を上げた。だが二ヶ月が経つ頃には、鏡に映る和装の自分を見つめるたび、自分がこの歴史ある旅館の風景の一部へと溶け込んでいく実感が、確かな熱を持って宿るようになっていた。 母のような流れるような所作で客を魅了するにはまだ程遠いが、「背筋を伸ばして廊下を歩く足取りだけは、少しずつ様になってきたな」と、父が目尻を下げて目を細めてくれたことが、何よりの励みだった。 肉体的には過酷な日々ではあったが、心はかつてないほどに充実していた。 誰の所有物でもなく、自分の足で大地を踏みしめ、自分の手で旅館という伝統を支えている。その手応えが、一日一日を宝石のように輝かせている。隆史という男の顔色を窺い、狭い檻の中で息を潜めていた頃には、決して想
last update最後更新 : 2026-04-07
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第二十話「壊れた執着」

 秋が深まり、旅館の庭園に植えられた楓や紅葉が、燃え上がるような鮮やかな朱に染まっていた。 女将修業の門を叩いてから、半年という月日が流れた。彩葉の所作は、かつての自信なげな影を払拭し、見違えるほどに洗練されている。複雑な着物の着付けも今では淀みなく一人でこなし、客を迎える際の立ち居振る舞いには、母・由紀が目を細めて頷くほどの落ち着きと品格が備わっていた。 馴染みの常連客から「若女将さん」と声をかけられるたび、胸の奥にくすぐったいような、それでいて誇らしい熱を感じる。背筋を凛と伸ばし、指先まで神経の通った丁寧な一礼を返すことが、今の彩葉にとっての日常となっていた。 だが、今日はいつになく宿全体にぴりついた緊張感が漂っている。 彗が率いる鷹峰組が、本館の最大広間を貸し切りにして、他組織との重要な会合を行っているのだ。重厚な襖の向こう側からは、屈強な男たちが居並ぶ気配と、地を這うような低い声が重々しく響いてくる。彩葉は帳場で帳簿に筆を走らせながらも、滞りなく儀式が進むよう、配膳の細かな段取りを仲居たちと入念に確認していた。 午後の陽光が、山あいの空に傾き始めた頃だった。 静寂を守るべき玄関の引き戸が、静止を振り切るように乱暴に開け放たれた。激しい音に彩葉が顔を上げると、仲居の一人が顔を青くして帳場へと駆け込んできた。「若女将、あ、あのお客様が……! 制止を振り切って、お名前も告げずに上がってこられて……」 胸騒ぎを覚え、帳場を出てロビーへと向かった彩葉は、その光景に息を呑んだ。 かつて三年間を共にし、地獄へと突き落とした張本人がそこに立っていた。 整髪料で整えられていたはずの茶髪はぼさぼさに乱れ、汚れの目立つヨレたシャツに、膝の抜けたジーンズ。隆史の頬は病的なまでに削げ落ち、目の下には死人のような濃い隈が刻まれている。数ヶ月前に見た時よりも一回りも二回りも小さく萎縮したその姿には、かつての傲慢なエリートの面影は微塵もなかった。 無精髭に覆われた口元が震え、血走った目が虚空を彷徨っている。その異様な佇まいは、まともな精神状態でないことを如実に物語っていた。「……隆史。どうして、ここへ」 彩葉が歩みを止めると、隆史の濁った瞳にぎらりと凶暴な光が宿った。乾いた唇を何度も舐め、裏返った震え声で絶叫する。「やり直したいんだ……! 彩葉、お前は俺のもの
last update最後更新 : 2026-04-08
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