LOGIN元キャバ嬢の彩葉は、婚約者・隆史に実家の旅館を売却され、「一生俺の奴隷だ」と嘲笑われる日々を送っていた。浮気、暴力、支配――全てに耐えてきた彩葉が限界を迎えて逃げ帰った実家の貸切風呂で、背中に龍の刺青を持つ男と出会う。 大企業の社長にして極道の組長・鷹峰彗。彼に初めて本当の快感を教えられた夜、囁かれた「一つ提案がある」という言葉が、彩葉の運命を変えていく。 旅館を取り戻すために隆史のもとへ戻った彩葉。愛のない男の隣で静かに復讐の時を待ちながら、鷹峰への想いだけが心の支えだった。 裏切った婚約者と浮気相手が転落していく痛快な「ざまあ」と、一途に想い続けた極道の純愛が交差する、復讐×溺愛のTLロマンス。
View More今日一日で、あまりにも多くのことが起きすぎた。
心も身体もぐったりと疲れ果て、彩葉の頭の中はぐちゃぐちゃに絡まった糸のように、どうしても解けてはくれなかった。熱い湯にすべてを流してしまいたい――。追い詰められたような心地で、彩葉は実家の旅館にある貸切風呂へと足を向けた。
夜も深い時間帯。予約が入っていないことは帳場で確認済みだった。木の香りが静かに漂う脱衣室で、急くように衣類を脱ぎ捨てる。白いタオルを胸の前で固く押さえ、吸い込まれるように浴室の引き戸を開けた。
ふわりと柔らかな湯煙が顔を包み込み、硫黄と檜が混ざり合った温泉特有の匂いが鼻腔をくすぐる。
だが、石畳に一歩を踏み出した瞬間、彩葉の身体は凍りついた。
白く煙る視界の奥に、確かな人影があった。
広い背中が湯船の縁に凭れるように見えている。その肩甲骨から腰の曲線にかけて、目を剥くような鮮やかな色彩が広がっていた。鱗の一枚一枚まで精密に彫り込まれた、龍の刺青。湯気に滲みながらも、それは圧倒的な威圧感と、逃れがたい存在感を放っている。
彩葉は息を呑んだ。
極道の人間が、なぜうちに――。その事実が脳裏を駆け抜けると同時に、彩葉は弾かれたように踵を返した。
「す、すみません! 先客がいらっしゃるとは知らなくて――」
上ずった声が虚しく響く。焦りで足がもつれ、濡れた石畳に裸足を取られた。前のめりに転びかけた身体を、背後から伸びてきた逞しい腕が、逃さず支え止める。
「そう慌てなくていい。広い風呂だ、気にするな」
低く、落ち着いた声が耳元で鳴った。二の腕を掴む太い指から、湯に温められた男性の熱い体温が直に伝わってくる。彩葉はタオルを握りしめたまま、恐る恐る振り返った。立ちのぼる湯煙がカーテンのように視界を遮り、男性の顔を隠している。
「入りにきたんだろう? また服を着るのも面倒だろう。せっかくだから、入ればいい」
押しつけがましさのない、淡々とした口調だった。言葉の端々に滲む不思議な穏やかさが、彩葉の強張った肩から少しだけ毒を抜いてくれる。
「お、お言葉に甘えて……失礼します」
身体を小さく縮めるようにして、湯船の端へ静かに足を沈めた。じわりと全身に熱が広がり、温泉の恵みが凝り固まった筋肉をゆっくりと解していく。肩まで浸かって長く息を吐くと、こめかみに張りつめていた緊張が、わずかずつ緩んでいくのがわかった。
そのとき、一陣の夜風が吹き込み、浴室の湯煙をゆらりと揺らした。
白い靄の隙間から、男性の横顔が一瞬だけ露わになる。切れ長の涼しい目元と、彫刻のようにすっと通った鼻筋。
見覚えのある、端正な輪郭だった。記憶を辿り、昼間の出来事と照らし合わせた瞬間、彩葉の目は大きく見開かれた。
「え……? 鷹峰社長、が……どうしてここに」
驚きのあまり勢いよく立ち上がってしまい、湯の中に隠していた身体が、肩から太腿にかけて一気に露わになった。湯が盛大に波打ち、ばしゃんと音を立てて溢れ出す。
鷹峰は湯煙の向こうで、わずかに口角を持ち上げた。
「離れに宿泊している。この旅館が今後どうなるか、ご両親に説明しに来ていたんだ」
落ち着き払ったその声に、彩葉はようやく自分の無防備な状態を思い出し、慌てて湯の中へ沈み込んだ。胸元まで浸かり直しても、喉元まで跳ね上がった鼓動は一向に収まってくれない。
「ごめんなさい。まさか、泊まっていらっしゃるなんて思わなくて……」
肩を縮め、視線を湯面に落とした。ゆらゆらと揺れる水面に、自分の影が情けなく映っている。
「それより――」
鷹峰の声色が変わった。低く、けれど鋭い硬さを帯びている。
「腕と腹にあるあざは、なんだ」
彩葉の血の気が一気に引いた。
立ち上がった刹那、彼の目にはすべてが映っていたのだ。二の腕の内側に残るどす黒い紫色の痣。腹部にまだらに散る、黄色く変色した古い打撲の痕。
忌まわしい過去の痕跡をすべて見られたと悟り、彩葉は両腕で自分の身体を抱くようにして、さらに深く湯に沈んだ。
「ごめんなさい……こんな身体、見たくもないですよね」
消え入りそうな声で呟き、膝を抱えて丸くなった。痣だらけの身体を誰かに晒すのは、恥辱以外の何ものでもなかった。惨めで、視界がじわりと滲んでいく。
だがその時、背中に熱いものが触れた。
太い腕が後ろから彩葉の肩を包み込み、力強く引き寄せられる。硬い胸板が背中に密着し、湯の温度とは違う、生き物の熱が皮膚越しに染み込んできた。鷹峰の体温は驚くほど高く、火照った彩葉の肌をさらに灼くように熱い。
「こんな身体? 本気でそう思っているのか」
耳朶を震わせる低い囁きに、背筋を甘い痺れが駆け抜けた。
「あの……私、婚約者がいて……」
振り絞るような拒絶を告げると、肩を抱く腕に込められた力が、わずかに強まった。
「知っている。相沢だろう」
「その――だから」
「身体のあざは、相沢のせいなんだな?」
核心を突かれ、彩葉は言葉を失った。水滴が縁石に跳ねる音だけが、静まり返った浴室に響いている。
「私が……トロいから……っ」
力なく紡いだ言い訳を、鷹峰は逃さなかった。
「彩葉が?」
名前を呼ばれた衝撃で身体が跳ねた瞬間、鷹峰の指先が、彩葉の胸の先端を不意に掠めた。薄い皮膚の上を、硬い指の腹が擦り、ぞくりとした感覚が背骨を突き抜ける。
「んぅ……っ」
思わず漏れた声に、自分自身が驚いた。口を押さえようと片手を持ち上げたところで、鷹峰の大きな手が、胸の膨らみをたっぷりと覆い、ゆっくりと揉みしだき始めた。
「だ、めぇ……」
甘い拒絶の言葉とは裏腹に、身体は残酷なほど正直だった。温かい掌に包まれ、優しく形を変えられるたびに、奥底から熱いものが込み上げてくる。
こんなふうに丁寧に、慈しむように触れられるのは、もうずっと長い間なかったことだった。婚約者である隆史の乱暴な手つきとは何もかもが違っていた。力加減も、指の動かし方もすべてが優しく、身体の芯が勝手に蕩けていくのを止められない。
指先で先端を摘み、くりっと捻るように弾かれる。大きな嬌声が、浴室の壁に反響して返ってきた。
「あああっ……!」
腰がびくんと跳ね、湯が大きく波打つ。密着した尻が鷹峰の身体に押しつけられ、腰の裏側に、硬く熱い「質量」が当たった。
太く、猛り、存在を増した彼の剛直が、彩葉の腰に容赦なく押しつけられている。
婚約者がいると頭では理解しているのに、身体は背後の男を狂おしいほど求めていた。肌が触れ合う面積が増えるたび、理性の糸が一本ずつ、ぷつりと切れていく。
鷹峰の左手が胸を弄り続け、右手が湯の中を滑るように降りていった。太腿の内側を愛撫し、やがて熱を持った密口に触れる。
「ああっ。そこは、だめ……っ」
反射的に足を閉じようとした彩葉の耳たぶを、鷹峰が甘く噛んだ。鋭い歯の感触と湿った吐息が同時に襲い、頭の中が真っ白に弾ける。
「本当に? このまま終わるか? 何もしなくていいのか」
密口を撫でていた指が、ぬるりと割れ目をなぞった。
「ぬるぬるだぞ、彩葉」
低く囁かれた言葉に、身体の奥がきゅうっと締まった。羞恥で涙が滲むのに、腰は彼の指を追うように小さく揺れている。拒みたいのに、やめてほしくない。矛盾した感情が渦を巻き、彩葉の唇から絞り出されたのは、あまりにも浅ましい本音だった。
「……入れて、ほしい……っ」
自分の声だとは信じられないほど掠れた、小さな、けれど切実な懇願だった。
鷹峰の腕が、ふっと彩葉を放した。急に温もりが失われ、夜風の冷たさと寂しさが同時に押し寄せてくる。
「風呂の縁に手をつけ。尻をこっちに向けろ」
命令口調。だがその底には、隠しきれない情熱が滲んでいた。彩葉は言われるがままに湯の中で身体を転じ、石造りの縁に両手をついた。指先に冷たい石の感触が伝わり、背中を彼に向けた格好で腰を突き出す。
太い手が、ぐいと腰を掴んだ。
熱い先端が密口を捉え、押し広げられていく感覚に、彩葉の指が縁石を無意識に掻いた。
一気に最奥まで貫かれると、背中が弓なりに反り返り、全身を稲妻のような快感が突き抜けた。
「ああっ……――!」
叫び声が浴室の天井に響き渡る。挿入された瞬間に身体が激しく痙攣し、蜜筒が鷹峰を強く締めつけて離さない。内壁が脈打つように収縮を繰り返し、頭の中が白く飛んだ。
(大きい……こんなの、初めて……っ)
身体の奥を無理やり押し広げられ、内臓まで届きそうなほど深く満たされている。隆史とは比べものにならない圧迫感が、彩葉の中に消えない存在を刻みつけていた。
「もうイッたのか。早いな」
鷹峰の声に、大人の余裕が滲む。彩葉は湯の中で膝を震わせながら、必死に身体を支えていた。繋がったまま、彼の大きな手が下腹部に添えられ、内側から押すように圧力をかけてくる。
「ここに俺のがあるの……わかるか?」
「ああ、それ……だめぇ、っ」
内臓越しに彼の熱が浮き彫りになる感覚に耐えきれず、腰がガクガクと震えて、また痙攣してしまった。蜜筒がぎゅっと締まり、全身に鳥肌が立つ。
「すごい感度だな。まだ入れただけだぞ」
「わからなっ……こんなの、初めて、だから……っ」
涙混じりの声が漏れた。隆史との行為で感じたことなど、一度もなかった。痛みと義務感しかなかったはずの身体が、鷹峰に貫かれただけでこんなにも反応してしまう。その事実に、彩葉自身が一番戸惑っていた。
「俺がイく前に、イキすぎて気絶するなよ」
低い警告のあとに、鷹峰がゆっくりと腰を引いた。抜けていく感覚に耐え難い物足りなさが生まれた途端、また深く、重く押し込まれる。出し入れが繰り返されるたびに、奥の壁を容赦なく擦り上げられ、彩葉の口からは止めどなく甘い吐息が溢れ出した。
(奥まで届く……無理、苦しい。すぐにイっちゃう……っ!)
ぐっと腰を両手で掴み直され、鷹峰が一際深く突き上げた。最奥を叩かれた瞬間、視界が真っ白に弾け、彩葉は声にならない絶叫をあげて全身を痙攣させた。膝の力が一気に抜け落ち、湯の中に沈みかける。
「おっと。溺れるから、一度出るぞ」
崩れ落ちそうになった彩葉の身体を、鷹峰が軽々と抱え上げた。湯から引き上げられると、夜風が火照った肌を撫でて鳥肌が立つ。力の入らない足ではまともに歩くこともできず、彩葉は彼の腕に支えられながら脱衣室へと移動した。
畳の上に足をつくと、正面にある大きな姿見が目に入った。鷹峰が背後に立ち、彩葉の腰を抱き寄せるようにして身体を密着させてくる。
鏡越しに二人の姿が映り、彩葉は思わず目を伏せた。自分の身体が泥のように力を失って、男に凭れかかっている。濡れた髪が白皙の肩に張りつき、頬は紅く上気していた。
背後から、再び熱い先端が押し当てられた。
ずるりと奥まで侵入してくる感覚に、彩葉の背中が再び反り返る。
「無理、すぐっ……いっ、あああっ!」
挿入されただけで、身体が激しく波打った。蜜筒が収縮を繰り返し、全身がびくびくと震える。立っているのがやっとで、膝が笑い、鷹峰の逞しい腕にしがみつくことしかできない。
絶頂の波に呑まれている最中に、耳元で低い声が降ってきた。
「鏡を見てみろ」
言われるままに顔を上げると、姿見の中に、あまりにも淫らな光景が映し出されていた。背中に龍の刺青を纏った端正な顔の男と、一つに繋がったまま腰を震わせている自分。濡れた黒髪が肌に張りつき、半開きの唇から荒い息が漏れ、潤んだ瞳には涙の粒が光っている。
恥ずかしさで顔を背けた途端、顎を掴まれて正面に戻された。鷹峰の指が顎の骨に食い込み、逃げることを許さない。鏡の中の自分と目が合い、羞恥で全身が熱くなった。
「俺が彩葉を抱いているんだ。ちゃんと覚えておけ」
鷹峰が腰を揺すり、奥をゆっくりと抉るように突いてくる。鏡の中で、彩葉の表情がみるみる崩れていった。
「この快感を身体の奥底に刻み込め。これが俺とのセックスだ。気持ちいいだろう? 彩葉――」
「あっ、あっ、気持ち、いいっ……!」
嘘偽りのない言葉が口をついて出た。隆史に抱かれているときは、いつも声を出すふりをして、感じている演技をしていた。痛みを快感だと思い込もうとしても、身体は正直で、いつも乾いたままだったのに。
「俺もだ、最高に気持ちいい」
彼の声が耳朶を震わせた。大きな手が彩葉の腰骨を掴み、背後から激しく打ちつけてくる。肌と肌がぶつかり合う湿った音が脱衣室に響き渡り、男女の荒い呼吸が幾重にも重なり合った。
身体の奥から、熱い塊がせり上がってくる。
全身の快感が一点に集中していき、限界を超えた瞬間に破裂した。視界が真っ白に染まり、意識が遠くなっていく。絶叫にも似た声が自分の喉から迸ったのを最後に、彩葉の世界は眩い光の中に溶けていった。
結婚すれば、毎日を共に睦まじく過ごせるものだと信じていた。 実家の敷地内に新築された二人の家は、彗が彩葉の好みを細やかに汲み取って設計した、平屋造りの瀟洒な建物だった。白木の廊下がどこまでも続き、縁側からは見慣れた母屋の庭が美しく見渡せる。広大な旅館の敷地の一角に、誰にも邪魔されない二人だけの聖域が生まれたはずだった。 けれど、その家に二人が揃う夜は、片手で数えられるほどしかなかった。 彗は都内の本社で巨大な組織の経営を取り仕切り、組長として各所の複雑な調整に奔走している。月の半分以上を都心のマンションで過ごし、旅館に顔を出せるのは週に一度あるかないかという多忙を極める日々だった。彩葉の方も、女将見習いから本格的な女将業へと踏み出した今、朝から晩まで旅館の仕事に追われていた。宿泊客の対応に、仲居たちの厳格な指導、仕入れ業者との熾烈な折衝。心身ともに疲弊し、布団に倒れ込む頃には、日付が変わっていることも珍しくない。 新居の灯りは、いつも彩葉が一人きりで消す夜が続いていた。 その夜も、ようやく仕事を終えて新居に戻った彩葉は、明かりのない静まり返った居間に腰を下ろし、スマートフォンを手に取った。テレビ電話の着信音が、静寂の中に妙に大きく響く。画面に映し出された彗の顔は、執務室にいるのか、背後には整然と並ぶ本棚と薄暗い間接照明が見えた。「彩葉、今日はどうだった?」 彗の声はどこまでも穏やかで、激務の疲れを感じさせない。彩葉はぼんやりと光る画面を見つめ、「普通だよ」と短く答えた。自分の口から出てきた言葉のあまりの頼りなさに、自分自身で驚いてしまう。「普通、という顔ではないな」 じっと射抜くような、全てを見透かす瞳を向けられて、彩葉の胸が微かにざわついた。新居に帰っても出迎えてくれる人はおらず、縁側に出ても隣に彗の温かな気配はない。旅館の離れから風に乗って聞こえてくる客たちの笑い声が、今の彩葉にはやけに遠く、異世界の出来事のように感じられた。そういう寂寥感が積もり積もって、今夜は少しだけ胸が重かった。「……寂しい」 口に出すつもりなどなかった切実な言葉が、静かな居間にぽとりと落ちた。 画面の向こうで、彗がすっと立ち上がる気配がした。「すぐそっちに行く」「待って」 反射的に制止の声が出た。スマートフォンを両手で持ち直し、彩葉は必死に首を横に振る。
嵐のような情事の余韻を肌に残したまま、彩葉は正装へと着替え、鏡の前で最後の一呼吸を置いた。 彩葉が着たのは落ち着いたネイビーのシルクワンピースだった。派手さはないが、一目で上質とわかる仕立ての良さが、逆に「組長の妻」としての品格を問われているようで、背筋が自然と伸びる。 彗に抱きかかえられ、磨き上げられた廊下を進む。重厚な家屋の沈黙が、これから始まる「お披露目」の重圧をじわじわと突きつけてきた。 大広間の手前、金箔の施された巨大な襖が見えてきたところで、彩葉は彗の腕の中で小さく身じろぎをした。「……彗さん、降ろしてください。ここで、自分で立ちます」 彗は足を止め、腕の中の彩葉を覗き込んだ。その瞳には、慈しみと案じるような色が混ざり合っている。「大丈夫か? まだ足元が覚束ないだろう」 低く響く声に、さっきまで畳の上で翻弄されていた記憶が蘇り、彩葉の頬が熱くなる。「大丈夫です。……いつまでも彗さんに甘えてばかりいたら、いけませんから」 彩葉は震えそうになる唇を引き結び、精一杯の笑顔を向けた。「彩葉は覚悟を決めたら強いよな」 彗が感嘆したように息を吐き、彼女をゆっくりと畳の上に降ろした。
高い塀に囲まれた、重厚な日本家屋の前に車が静かに止まった。磨き上げられた木の門が重々しく開くと、そこには現実離れした威圧的な光景が広がっていた。 玄関の前には、黒いスーツを隙なく着こなした屈強な男たちが二列に整列している。車から降り立った彗に対し、彼らは一斉に深く腰を折った。続いて、彗に促されるようにして車を降りた彩葉に対し、地鳴りのような太い声が響き渡る。「姐さん、お待ちしておりました!」 何十人もの男たちが一斉に頭を下げる圧倒的な光景に、彩葉は目眩を覚えた。あまりの気圧(けお)され方に膝の力がふっと抜け、その場に崩れ落ちそうになった瞬間、横から逞しい腕が伸びてきて、彩葉の腰をしっかりと支えた。「……大丈夫か?」 耳元で囁かれた彗の低い声に、彩葉はようやく息を吹き返した。「驚いてしまって……ごめんなさい。腰が……」 旅館に押しかけてきた幹部たちとはまた違う、本宅を守る若衆たちの放つ鋭い覇気にやられてしまった。テレビドラマの中でしか見たことのない、暴力と規律が同居する光景が今、目の前にある。彩葉の頭の中は真っ白になり、指先が小さく震えていた。「――そのようだな」 彗が彩葉の足元を見て、悪戯っぽく微笑んだかと思うと、軽々と彼女を横抱きに抱き上げた。「おお…&he
パーティという狂騒から一ヶ月。久しぶりに東京へと降り立った彩葉を待っていたのは、駅の喧騒を切り裂くように佇む一台の黒塗り高級車だった。後部座席のドアが開くと、そこには半月前と変わらぬ、いや、以前よりもどこか鋭さを増した美貌を持つ夫――彗が座っていた。「彩葉、こっちへ」 低く、耳朶を震わせるような声で、彩葉が吸い寄せられるように車内へ入り込むと、瞬間に重厚なドアが閉まり、都会の雑踏は遮断された。車内には、サンダルウッドの香りが微かに漂い、彩葉の緊張を優しく解いていく。彗は隣に座った彩葉の肩を抱き寄せ、その細い指先で彼女の髪をひと房掬い上げた。久方ぶりの再会を慈しむようなその手つきに、彩葉の心臓はトクンと跳ねる。「顔色が少し優れないな。旅館の方が忙しかったのか」「いえ、そんなことは……。ただ、彗さんに会えると思ったら、昨夜はあまり眠れなくて」 正直に打ち明けると、彗の口元がわずかに綻んだ。 車は静かに滑り出し、滑らかな加速で大通りへと出る。窓の外、冬の陽光がビル群に反射してキラキラと眩しい。彩葉は流れる景色をぼんやりと眺めていたが、やがてある違和感に気づき、姿勢を正した。車が進む先は、彗が普段拠点としているあの豪奢なタワーマンションの方角ではない。洗練された都心の風景は次第に、高い石垣や鬱蒼とした街路樹が続く、重厚な静謐に包まれた邸宅街へと変わっていく。「あの……彗さんのお家に行くんじゃないんですか?」「ああ。俺の家に連れていく」