異動通知が出る一週間前、星野結空(ほしの ゆあ)は新井圭馬(あらい けいま)にサプライズを仕掛けようと、こっそり都心へ戻る新幹線に乗り込んだ。雨の中を急いでバーに駆けつけると、個室のドアの外で、圭馬が友人たちに「これまでの人生で一番後悔していることは何か」と聞かれているのを耳にした。「俺に言わせれば、圭馬さんの人生に後悔なんてあるわけない」すぐさま別の声が同調した。「当たり前だろ!来週には結空さんも帰ってきて、めでたくゴールインなんだ。これ以上、圭馬さんに何の悔いがあるんだよ」圭馬はしばらく黙り込んでいたが、やがてこう口にした。「あるさ」個室の中が一瞬にして静まり返る。「俺が一番後悔しているのは……結空と結婚するって約束した後に、他に心惹かれる人に出会ってしまったことだ」個室はしばらく静まり返っていたが、やがて友人の一人が口を開いた。「圭馬さん、なんでだよ。結空さんともう12年も付き合ってるじゃないか」「長すぎたからだ。長すぎて、結空への気持ちがただの慣れなのか、それとも愛情なのか、もう分からなくなってしまったんだ」圭馬は酒を一口飲んだ。「会社が潰れて、人生で一番どん底だった時、結空は俺を置いて勝手に出て行った。俺のそばにいてくれたのは美波だったんだ。美波は『ちゃんとご飯食べてね』っていつもまめに連絡してくれたり、俺が胃を痛めた時は温かいうどんを作ってくれた。気分が沈んでいる時も、不器用ながら冗談を言って俺を笑わせてくれるんだ。結空は俺を12年も待ってくれた。約束通り彼女とは結婚する。美波へのこの好意は胸の奥にしまって、これきりにするつもりだ」ドアの外でそれを聞いていた結空は目頭がツンと熱くなるのを感じた。吉川美波(よしかわ みなみ)は、結空が以前勤めていた病院の看護師だ。三年前、圭馬は起業に失敗し、多額の借金を背負い込んだ。当時、圭馬の父親である新井大輝(あらい だいき)も体調を崩し、圭馬は金銭的な重圧に押しつぶされそうになっていた。そんな時、結空は偶然、病院が主催する僻地医療支援プロジェクトを知った。三年間の特別手当は二百万円だった。結空はそのお金のために迷わず自ら志願し、最も辺鄙な山村へ医師として赴任した。この三年間、彼女は雨漏りするお粗末な土壁の家に寝泊まりし、濁流に足を取られな
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