身分を消した妻。3年後、犯罪組織の黒幕の隣に のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 26

26 チャプター

第21話

次の手を決めるためにも、涼はもっと確実な証拠を掴まなければならなかった。書斎で毅と二人きりになった隙を見計らい、涼は一か八かの賭けに出た。米粒ほどの最新型盗聴器を、ソファの下の目立たない場所にこっそりと貼り付けたのだ。その夜、涼はホテルの部屋でヘッドホンを装着し、緊張しながら耳を澄ませていた。ザーッという雑音に混じって、ようやくはっきりとした声が聞こえてきた。まず、毅の少し自慢げで甘やかすような声がした。「歌乃、南洋諸国の新しい商品を捌いて資金が戻ったら、お前を連れてここを出て行く。海外の誰も知らない町で新しい身分を用意して、一緒に静かに暮らそう」続いて、歌乃の声が聞こえた。どこか作ったような甘えた様子で返事をする。「うん、毅の言う通りにするわ。全部お任せする」歌乃は少し間を置いて、ごく自然に心配そうな声を混ぜた。「でも……ニュースで見たけれど、最近インターポールや地元の警察当局の動きが慌ただしいみたい。あなたが使っているあのルート、本当に大丈夫?少し心配だわ」毅はそんな彼女の気遣いが嬉しかったのか、声を潜めて誇らしげに語り始めた。「大丈夫さ。あのルートは完璧だ。連中の中に上層部の協力者がいるからな。何かあれば、あいつらより先に俺に情報が入る。今回は……」彼はさらに声を潜めて、聞き取りづらい名前や暗号をいくつか口にした。関心な部分は聞こえなかった。それでも「協力者」、「上層部」という言葉や、歌乃の巧みな聞き出し方は、事件を解き明かす鍵となった。真実の扉が、一気にこじ開けられたのだ。涼はヘッドホンを引き剥がし、真っ青な顔でその場に凍りついた。背中を冷や汗が伝い落ちる。泉は本当におとり捜査をしていたんだ。命を賭けて毅の容疑を裏付け、警察当局の裏切り者まで暴こうとしている。果てしない恐怖と痛み、怒り、そして言葉にできない誇らしさが、波のように涼に押し寄せた。勇大が亡くなった時の凄惨な姿が思い出された。知らせを聞いた時の泉の、憎しみと絶望に満ちた目が脳裏に浮かぶ。泉は結局、この最も危険な道を選んでしまったのだ。駄目だ、泉が一人で危険に晒されているのを、黙って見ているわけにはいかない。許してもらえなくても、もう必要とされていなくても、泉を必ず守り抜く。たとえ毅を完全に敵に回すことになろうと、自分の地位も、命も、全
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第22話

涼は、商売を奪われて我を失い、復讐にやってきた狂った商人のように振る舞った。突然の騒ぎに、毅の意識は一瞬でそちらに引きつけられた。彼は眉をひそめて低く毒づくと、「まずはこの狂った男を片付けろ!」と部下に指示した。この短い混乱に乗じて、泉は影のように素早く這い進み、発信機を拾い上げて力任せに握り潰した。そして、その破片を瓦礫の奥深くへ埋めた。その動きは雷のように速く、無駄がなかった。再び闇に身を潜めた泉は、思わず、今も激しく銃を乱射している涼の方へ目を向けた。立ち込める煙と火花越しに、泉は車窓から覗く涼の、焦るような短い視線と交差した気がした。その視線はあまりに複雑で、泉をドキリとさせた。そこには気遣いや警告、絶望に近い衝動、そして……「守る」という強い意志が含まれていた。泉は思わず胸が締め付けられ、言葉にできない感情がこみ上げてきた。涼は……気づいたのだろうか?自分を……助けてくれているの?その考えに一瞬息が詰まったが、すぐにその感情を強引に押し殺した。今はそんなことを考えている場合ではない。彼女は即座に表情を切り替え、歌乃として相応しい「おどおどした様子」を装い、毅の方へ駆け出した。二人がすれ違う瞬間、涼の車の窓がゆっくりと閉まり、最後の視線が遮られた。泉に見えたのは、険しい顔をした涼の、深い漆黒の瞳の奥によぎった言葉にできない痛みの色だけだった。今回の事件で、毅はそれなりの損失を出したが、根底は揺るがなかった。だが、「歌乃」に対する疑念の芽は、いつの間にか急速に芽生え始めていた。毅は彼女を試すかのように、たわいもない過去の思い出を細かく尋ねたり、突然危険な場所へ連れて行って様子を窺ったりするようになった。泉は、徹底された訓練のおかげでなんとか切り抜けてきたものの、かかる重圧は日々大きくなっていった。毅の鋭い視線が、自分を隅々まで監視しているのが分かる。すべてが露見するまで、あと一歩のところまで迫っているようだった。涼もまた、その危険な空気を感じ取っていた。彼は、毅がどれほど疑い深く冷酷であるかを誰よりも熟知していた。かつてないほどの恐怖が涼を支配した。泉が自分の目の前で命を落とすのを見過ごすわけにはいかなかった。涼の頭の中で、大胆な作戦が浮かんだ。毅の信用を勝ち取
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第23話

涼は引き下がらなかった。彼は分かっていた。これこそが信頼を勝ち取る唯一の方法であり、泉を一番近くで守るチャンスなのだと。涼は、毅からあてがわれた実質監視役のならず者たちを引き連れ、出発した。道中、沿岸警備隊の検問、悪天候、険しい地形、さらには身内の裏切りにまで遭遇した。涼は持ち前の度胸と、かつておとり捜査で培った経験、そして命知らずな執念で、何度も危機を乗り越えていった。激しい銃撃戦のさなか、涼は荷物をかばって2発の銃弾を浴びた。1発は肩を貫通し、もう1発は肺の近くをかすめ、シャツは赤く染まった。涼は何とか歯を食いしばり、ボロボロになりながらも、荷物を指定された場所へ無事に届けた。涼が全身血まみれの瀕死の状態で毅の拠点へ運び込まれたとき。毅はその凄惨な姿と無傷の荷物を見て、初めて心から感心したように口元を緩めた。「見事だ!骨のある奴だ!」毅は自らグラスに酒を注いだ。「今日からお前は、俺の相棒だ!」涼は弱々しく笑みを浮かべ、酒を受け取って一気に飲み干した。強い酒が喉と傷口に焼けつくような痛みを走らせたが、心の中はただ冷たく凍りついていた。ついに底なし沼に足を踏み入れてしまった。泉には近づけたものの、かつての自分からは、ますます遠ざかっていくのを感じていた。重傷を負った涼は、毅の拠点でおよそ1ヶ月間の療養生活を送ることになった。その間、歌乃を演じる泉は、たまに毅と一緒に様子を見に来た。だが、いつも遠くから冷ややかな目で見つめるだけで、まるで他人を見るかのようだった。だがある夜、涼は傷口の感染症による高熱を出し、意識が朦朧としていた。うわ言を繰り返す中で、誰かがそっと部屋に入ってくるのを感じた。その人は濡れたタオルで熱いおでこを拭ってくれた。その仕草は優しく、どこか懐かしいものだった。涼は力を振り絞って重い目を開けた。薄暗い明かりの中に、目の前にいる泉の顔が映った。彼女は何の変装もしておらず、瞳にはずっと見たかった複雑な感情が宿っていた。いたわりと葛藤、そして深い絶望。「泉……」擦り切れた掠れ声で、涼は必死に手を伸ばした。泉の手がピタリと止まった。避けることもせず、ただ静かに、いつまでも涼を見つめ続けた。やがて泉は小さくため息を漏らし、囁くような小さな声で言った。「しっかり……生きて」その
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第24話

毅は経理の不一致から、突然、側近全員の部屋の捜索を命じた。泉の部屋が真っ先に狙われた。隠し場所にしまってあったハードディスクが見つかってしまいそうな危機を前に、泉は血の気が引いていくようだった。その絶体絶命の瞬間、急に現れた涼が機転を利かせて新しい取引の情報を切り出し、毅と彼の部下を引き止めてくれた。さらに彼らが目を離した隙を逃さず、隠し場所にあった本物のハードディスクを、用意していた空のハードディスクとすり替えたのだ。捜索の結果、怪しいものは何も見つからなかった。泉はどうにかピンチを潜り抜けることができた。その晩、約束の密会場所で、泉はハードディスクを仲間に手渡した。受け渡しの瞬間、泉はその人に低い声でこう言い放った。「捜査本部に至急伝えて。一斉検挙を行う日は、毅が『歌乃』との結婚式を行うあの夜。核心メンバーが全員揃うから、まとめて片付けるには最高の機会です」相手は一言もうなずき、すぐに漆黒の闇の中へと消え去った。泉が振り返ると、いつの間にか影の中にいた涼が静かにこちらを見ていた。二人が視線を交わす。何も言葉にする必要はなかった。やはり涼は、ずっと前から自分の正体を見抜いていた。そして彼なりのやり方で、闇に身を置きながらも自分を守り続けてくれていたのだ。泉は唇を動かしたものの、言葉は出なかった。代わりに浮かべた複雑な瞳には、感謝と罪悪感、そして言葉にできないほどの覚悟が宿っていた。そして、彼女は二度と振り返ることなく立ち去った。今は、話をしている場合ではないのだ。毅は約束通り、歌乃のために結婚式を挙げた。場所は辺鄙な場所だが、警備が厳重に敷かれた私邸だ。きらびやかな灯りの下、組織の核心メンバーがこぞって顔を揃えていた。真っ白なドレスを纏った泉は、言葉を失うほど美しかったが、魂を抜かれた人形のようだった。タキシード姿の毅は意気揚々と彼女の腰を抱き、周囲からの祝辞を受けている。結婚式の最中、外にけたたましいサイレンが鳴り響いた。無数の警察車両が現れ、邸宅を完全包囲した。拡声器を通して警察の冷徹な声が響き渡る。「こちら警察だ!ここは完全に包囲した!武器を捨てて、直ちに外へ出てきなさい!抵抗はやめなさい!」会場内はたちまち大混乱に陥り、招待客たちは恐怖の悲鳴を上げた。毅は泉の手首を強く
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第25話

泉は、毅の大きく、けれど微かに震える背中を見つめた。「歌乃」を守るために戦いをやめようと叫ぶ声を耳にし、心の中で複雑な思いが交錯した。だが、自分の使命と、長年潜伏して追い続けてきた目的が、そんな甘い感傷をかき消した。毅が警察側と対峙し、応答を待って気を抜いた、その一瞬の隙、泉が動いた。力を溜め込んでいた腕を、毅の抱擁から一瞬で振りほどく。その動きは瞬きする間もなかった。同時にウェディングドレスの中に隠していた手が素早く動き、引き抜かれたときには、すでにその冷たい銃が毅の胸へと向けられていた。何かがおかしいと察した毅は、信じられないように振り返る。そして、目の前には、冷徹で敵意に満ちた「歌乃」の鋭い眼光、そして冷たい黒の銃口があった。衝撃と信じがたい裏切りが、毅の胸を刺し抜いた。毅は顔を真っ青にしながら唇を激しく震わせる。「歌乃……お前……」泉は両手で迷わず引き金へと指をかけ、その照準をまっすぐに毅の心臓へと合わせた。その鋭い眼差しには微塵の動揺もなく、そこにあるのは冷徹な任務をこなすための気魄だけだった。バンッ!乾いた銃声が邸宅に響き渡り、偽りの静寂を打ち砕いた。毅の体が激しく震えた。胸から血を流して膝をつき、泉を見つめる。何かを言おうと口を開くが、血を吐き出し、そのまま仰向けに崩れ落ちた。目を見開いたままの瞳には、死にきれない無念さと、歪んだ感情だけが焼き付いていた。毅は血だまりの中で、急速に命の灯を失いつつあった。必死に泉を凝視しながら、最後の力を振り絞り問いかけた。「教えてくれ……お前は……ほんの一瞬でも、俺を……愛してくれたか?」泉は冷酷な眼差しで、まるで死体を見るように彼を見下ろした。「一度もない。ただの任務だから」その言葉が、彼にトドメを刺した。毅の中に残っていた最後の希望さえも、無惨に砕け散った。喉を鳴らして荒い息を漏らし、そのまま静止した。その一部始終を、少し離れた場所から涼が見ていた。毅を撃ち抜いた時の泉の冷徹な眼差し。死にゆく彼の無念さと絶望。それを目にした涼の心には、底知れぬ悲哀が渦巻いた。裏世界の頂点に立っていた犯罪者も、結局は自分の都合のいい「愛」の中に甘んじて敗れ去った。だがそれ以上に、自身の抱える深い絶望が重くのしかかる。彼女の心の中で、今の毅と自分
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第26話

吐き出された一つひとつの言葉は、まるで冷たいナイフのようだった。涼の心にわずかに残っていた、儚い希望を完全に突き刺す。差し出された手は空中で止まり、顔は真っ青になる。唇はわなわなと震えるだけで、何も言葉を返せない。そんな涼を見つめる泉の瞳に、一瞬だけかすかな動揺が走る。けれどそれは、すぐに冷ややかな光の奥へと消えていった。泉は手を伸ばした。けれど涼の手を取るのではなく、自分の服を掴もうとした彼の手を、そっと振り払う。その動作は柔らかかった。しかし、すべてを断ち切る確かな決意が宿っている。「任務は終了よ」彼女は最後にもう一度、彼を見た。その目はまるで、遠い世界の赤の他人の話を見ているかのように冷めていた。「さようなら」泉は一度言葉を切り、ため息のような声を付け加えた。しかし、その響きはとてつもなく重かった。「二度と会うこともない」そう言い残すと、泉はもう立ち止まらなかった。背を向けて、待機していたパトカーへと歩き出す。背筋をピンと伸ばし、しっかりとした足取りで進んでいく。迷う様子も、振り返る様子もまったくなかった。パトカーの扉が閉まり、走り出した車が消えていくのを、涼はただ呆然と見つめていた。まるで全ての支えを失ったかのように、瓦礫が散らばる冷たい地面へと力なく崩れ落ちた。周りではパトカーの赤色灯が光り、多くの人々が忙しく動き回り、事件解決の歓声が響いていた。けれど、涼の世界だけは完全に静まり返り、色を失っていた。そして、悟ってしまった。もう泉を永遠に失ってしまったのだと。それは、物理的に距離が離れたという話ではない。泉の魂の奥底から、自分の存在が完全に消し去られてしまったのだ。彼女は自分を、彼女の世界から一切合切消し去った。この喪失感は、死を迎えるよりもはるかに残酷で、絶望的なものだった。……それから、あっという間に5年の歳月が流れた。東都は変わらずにぎやかで、桐谷グループは涼の並外れた手腕によって、以前よりもさらにその規模を大きくしていた。しかし、トップである涼本人は、すっかり変わってしまっていた。無口になり、他人を避けるように、華やかな場所には一切姿を見せなくなった。仕事以外の情熱は慈善事業に向け、多くの児童支援施設や薬物乱用防止教育センターを造った。本人が公の場に出
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