All Chapters of 豪華客船で棄てられた社長令嬢の私が、海を統べる剛腕御曹司(幼馴染)に溺愛されています: Chapter 11 - Chapter 20

67 Chapters

第11話 慎ちゃんの『足りない物』

 日本の景色をまたこの目で見れるとは思わなかった。 それも慎ちゃんが手配したプレイベートジェットでだ。 広大な大海原を彷徨っていた私が、今度は空飛ぶ妖精になって舞い戻ってきた。「長旅お疲れ様です」 コクピットから出てきたのは細道。 飛行機を操縦できるコンシェルジュなんて聞いたことはなかったけど、「素敵な部下をお持ちで」「香織には敵わないさ」「左様でございますか」「いいや比べるのはナンセンスか。細道はうちの優秀な部下だよ」 クスっと笑った。 ここでも慎ちゃんは特別なオーラを放っていて、「あの人ヤバくない?」「超イケメン・・・・・・しかも連れてる人も綺麗」「どこかの富豪さんかな?」 と道行く女性陣からは黄色い声が聞こえてくる。「人気ね」「まぁね」 小さい頃だったら、人見知りで私の後ろに隠れていたと思う。 そんな幼い男の子が私、今はの手をぎゅっと握って堂々と歩いているのだ。 その成長がどことなく嬉しい。「お車を手配しております」「助かる。すぐに取締役会を開きたい」 空港の出口で黒塗りのリムジンが待っていた。 豪奢な内装で一際目立っている。「乗って乗ってー」 るんるんな慎ちゃんだけど、私の驚きはそれを差し置いていた。 日野内グループでも社用車はあったし運転手もいた。 けれどリムジンのような豪華さはなく、移動のための質素な車だった。 私が知らない間に、慎ちゃんは桁外れのお金持ちになってしまったのかもしれない。「あぁそれと、例の物は?」「ご用意しております」 乗り込む直前に慎ちゃんが聞いていた。 例の物って? 私は疑問を抱いたまま、中へ乗り込むと、「・・・・・・ツナ?」 シャンパンの横に置かれていたのはツナの缶詰。 しかもフォークまで用意されていた。 私は唖然とした。「これは綱島グループが売ってるツナ缶。品質、価格、全て申し分ない」 車のシートに身を預けながら、慎ちゃんはビジネスモードの口調で教えてくれる。「中身のマグロはサマリア産。香織を迎えに行った船で加工して日本へ輸出してるんだけど」 彼はツナ缶を開け、一欠片を口に運ぶ。「問題は味だ。役員やお客様には美味しいと評判なんだけど、何かが足りない」「何かって?」「それが分からないんだ」 なんとも不思議な話ではある。 今までの慎ちゃんか
Read more

第12話 影を撃つ銛

 綱島グループの本社に着くと、ビルのガードマンが車の扉を開けてくれた。 エントランスの案内図にはズラリと綱島グループの関連会社が並び、テナントは一切入っていない。(これを慎ちゃんが?) 驚かされてばかりだった。「細道。すぐにうちの製品とこのメモ通りに作ったツナを用意しろ」「かしこまりました」 走り書きしたメモが細道に渡り、彼が忍びのように消えていく。 ・・・・・・これで本当に合ってるかは分からない。 薄れていく記憶を必死に引っ張り出して出した答えは、食べてみないと分からない。 一抹の不安は残る。それを察してか、慎ちゃんは手をぎゅっと握って、「少し散歩しよっか」「散歩?」 尋ねる間もなく、慎ちゃんは興奮した足取りで引かれ、エレベーターに乗せられた。(みんな目も暮れずに働いてる) 慎ちゃんに気づかないままの社員さんもいれば、「お疲れ様です社長」 と、声を掛けられたりもする。「先日の案件、上手くまとまりました。頂いた助言が大変助かりました」 そう言って、飴ちゃんを渡してくる社員もいる。 けど偉ぶる素振りも見せず、「みんなの頑張りのおかげだよ。ありがとう」 仏のような笑みと優しい言葉で労っている。 だけど、私に見せるような甘さはない。(敏腕社長って感じ。ちょっと寂しいかな) 格好いいと思う反面、寂しさも感じる。 フロアを一通り回った後に、社長室へ到着する。「緊張、解れたかな?」「うん。気を遣わせちゃったかな」「全然! お仕事するにも、緊張は取った方がいいから。それに」 一拍置いて、彼は耳元で囁く。「怖い顔より笑っていた方が素敵だから」 ポッと耳が赤くなる気がした。 ・・・・・・やっぱり、この子が慎ちゃんっていうのが信じられない。「香織のデスクを用意しないとね。秘書だから、ここで仕事して貰った方が都合良いな。あっパソコンも新しくしないと。今度のパーティーで会うからそのときに」 固まっている思考が舞い戻ってくる。 そして慎ちゃんに微笑んでいた。(格好いいお兄さんになったんだね) 甘えん坊を見る瞳が、急に一人の男を見る瞳に変わった。 社内の電話でデスクや椅子を頼むと、すぐに用意が始まった。 まるで用意していたかのように、私の仕事場が整っていく。「魔法みたい」「香織のためならどんな魔法でも起こしてあ
Read more

第13話 次があれば――

「ちょっと来なさい」 仕切り直しとなった会議の後、『石橋 文香』の声で足が止まった。「なんでしょう?」「貴方に興味があるの。専務室でちょっと話さない?」 一見すれば仲の良い場面かもしれない。 けれど薄ら笑う顔には、何か裏があると直感する。 上に階を跨ぐと、社長室と同じ階に専務室が並ぶ。 通されたデスクは質素で飾り気がない、モノクロの家具や雑貨が置かれている。「早速だけど、社長にどうやって取り入ったの?」「取り入った?」「えぇ。日野内と言えば、今や世間を大騒ぎさせている会社じゃない。その社長様が、清き綱島グループに入れるなんておかしな話よ」 会議の時から薄らと気づいてはいた。 私はその意味を考える素振りをした。「分からない? なら単刀直入に言うわ。社長の隣にいるなんて生意気よ」 笑みが一瞬で凍りつき、軽蔑の目へと変わる。(やっぱりね。不正の話が嘘だと知ったら、改めるかもしれない。でも) 弁明をしたところで、現状じゃ証拠が出せない。 それではただの推測や憶測、下手な言い分に過ぎないことは分かっていた。 世間様と同じで。「弁明の一つもできないのね。情けない。恥を知りなさい」(辱めるためだけに呼んだのね) 石橋 文香は言いたい放題言うと、半ば追い出すように私を専務室から退場させた。「恥を知れ・・・・・・ね」「慎ちゃん?!」 扉一枚挟んで、廊下の壁に寄りかかっていたのは慎ちゃんだった。「ここで待っていたの?」「石橋君と歩いて行くのが見えてね。どんな話をしてたの?」「ちょっとした世間話よ。何でも無い」 私は誤魔化して会議室に戻ろうとするが、「ちゃんと話さなきゃダメ。じゃないとここは通れない」 抱擁で通せんぼされてしまう。「恥を知れっていうのが、日野内での世間話だったの?」「そんなわけないじゃない。でも、ここだとちょっと話づらいから後でも良い?」「うん。でも」 慎ちゃんがコクリと頷いて、「後があればだけど、ね?」 ボソリと呟いた。 再び会議は幕を開ける。 しかし会議室の椅子と人の数が休憩前よりも増えていた。「早速だが、我が社に潜り込んだスパイの件で進展があった」 どよめきの中、慎ちゃんは話を続けた。「これは先日の日野内グループの株価暴落とも関係している。株式部『工藤』部長、うちが買った日野内の株は
Read more

第14話 スパイの末路

 石橋は凄まじい剣幕で机を叩く。「適当な事を言わないでくれるかしら? 私はそんな指示していない」 冷たく言い放つと、「これは工藤部長の独断で進めたこと。何度も言うけど、貴方に指示した記憶はないわ。それに、そのデータだって、きっとそこの女が金で偽装させたに違いないわよ」 慎ちゃんの言いたいことを察したようだ。「では、うちの社員が買収されたと?」「そう考えるのが自然でしょう。ほんっと、迷惑な方ですよね社長」 嫌みったらしく、しかし嘲笑して言った。「じゃあこれはどういうことかな?」 慎ちゃんの胸から取り出されたのはボイスレコーダー。 再生ボタンを押すと、「日野内の株を十六時に購入なさい」「取引が終わる間際にですか? 当日の朝に言われましても」「先方には話をつけておく。頼むわよ部長」 この場にいる誰もが声の主の正体を理解し、一点に集中する。「な、何よ! こ、これがなんだっていうの!」「君は買収を指示してないと言ったね。これは、どういうことかな?」「え、えっと・・・・・・あっ! あぁ! 忙しくてつい忘れていたかもしれません! そう、きっと指示したに違いありません」 石橋はさっきまでの態度を一転。 ボイスレコーダーの声まで突きつけられたら、言い逃れはできないと思ったのだろう。「でも・・・・・・どうして当日に?」「何よあんた! 社員でもない癖に言いたいことでもあるの?!」 私が尋ねると、威圧的な声色で返ってくる。 でも、当日の取引終了間近に頼むのは変だ。 大金が動くし、何よりも前情報なしにやるのは証券会社だって注文を受けるのを渋る。 大企業同士の買収ならば尚更。 社長を通さない株の取引。時間指定付き。 そして買収は株価の暴落を的確に狙い、実行された。 私はもう一度、その時の株価のグラフをスマホに出す。「十六時・・・・・・やっぱり」 やってくれたわね。このおばさん。 つまりこれは、「インサイダー取引・・・・・・」「香織の言うとおり。買収の判断は見事だった。しかし、法を犯してしまっては元も子もない。あぁ石橋君、君に聞きたいことはもうないよ」 慎ちゃんの顔は笑っていた。でも―― 手にしたボイスレコーダーは嘘をつかない。 右手でゆっくりと操作し、会話の内容が変わる。「買収情報をありがとう。これでまた一つ私の評価が
Read more

第15話 地下鉄に響く嘆き

「ねぇ純! 純ってば! お願い出てよ!」 息も絶え絶えに、スマホのコール音に私は呼び続ける。(私たちの計画が・・・・・・あの女に!) 綱島 慎太郎に取り入るまでは良かった。でも全部、あの女が吹き込み、ぶち壊した。 その苛立ちがスマホの番号を打つ手に宿る。「早く出なさいよ! 早く!」 ブツリと、電話が繋がる。「純!」「はぁい。純は今、私の腕の中で眠ってまぁーす」「田沢湖っ?!」 出たのは電話の主・・・・・・ではなく、あいつの隣にいたもう一人の邪魔者。「純に変わりなさいよ!」「えぇ? どぉーして?」「そ、それは」(こいつに弱みを見せたら、骨までしゃぶり尽くされる) 一条のオフィスにいたときから、私は直感的に距離を置いていた。 安易に理由を話したらやられるのはこっちだ。 握る手が震え、声に力がこもる。「良いから純を出しなさいっ!」「うわぁ怖ーい・・・・・・じゃあ、純からの伝言を伝えるね」  おちゃらけたその声色が不愉快だった。 けれど咳払いを一つすると、彼女は鬱陶しそうに告げる。「ミスしたスパイはいらないのよ。今すぐ俺の前から消えろ」 ぞくりと背筋に悪寒が走る。 ミス? まさかもうバレて。「だってぇ。へぇ、スパイがバレて綱島グループを追われたんですってねぇ」「な、なんでそれを」「きゃはは図星ぃ。貴方のスマホに盗聴アプリ仕掛けて正解ー」 私はスマホを見やる。(そんなアプリ、どこにも)「今更、探したって無駄よぉ? ここまで言われて気づかないなんて、お馬鹿な子猫ちゃん」「じゅ、純を出しなさい! 貴方じゃ話にならない!」「お話にならないのはぁ、貴方のお仕事ですぅ。あはははは」 不愉快な高笑いで、私はスマホを線路へ投げつけた。 私が純の寵愛を受けるに相応しいのに。 純の隣は私だけのものなのに。 なのに・・・・・・なのになのになのに。 あのアバズレっ!「クソビッチがぁぁぁぁぁぁ!」 人目も憚らず、私は叫んだ。 スパイを炙り出した会議は恙無く終わった。「社長ぉ」 疲れ切った様子で私たちに寄ってきたのは、最初に美人と口説いてきた取締役の男だった。「お疲れ高梨君」「俺、ああいう空気苦手なんすよぉ」 肩書きに似合わぬ貫禄の無さに、私はクスっと笑ってしまう。「なんていうか、張り詰めた会議の感じっていう
Read more

第16話 思い出の解放

 蓋が取られ、純白の皿に載せられていたのは、「・・・・・・ツナっすか?」「あぁうちの新しいツナ。その試作品」「え?」「香織のアドバイスを入れたツナだ」 綱島グループの新しいツナ。 そのフレーズに私の心音が一段上がる。(母のレシピはそうだったけど、美味しいかどうかは分からない) 一抹の不安が過っていた。 もし・・・・・・慎ちゃんに認められなかったら、私はどうなってしまうのだろうか。 表情がだんだんと険しくなっていくのが自分でも分かる。 そんな嬉しさと怖さの狭間。「早速、いただこうとしよう」「どれどれー」 二人がスプーンで掬うと、ためらいなく口へ運ぶ。 ゴクリと喉が鳴り、彼らの中にツナが流れていく。 そしてしばしの沈黙が、私の視線を泳がせた。「ど、どうかな?」「何だこれは」 高梨が目をかっぴらいて、私を見やる。 スプーンがカコンと落ちる音が一つ。 そして両肩を持つと、真に迫った表情で問う。「なんでこんな美味いツナが作れるんすか!」 張り詰めた空気感に響く彼の絶賛。 驚いて目が点になっていたけど、その言葉で心の荷が下りた。 そして高梨が一口、もう一口と食べ進めていく。「缶詰とは言え、綱島のツナは世界一だと思ってました。でもこれは、遙か上を・・・・・・いいや、料理人がどんなに足掻いても到達できない極地。まさにツナの王様」 すると食べ進めている手を、慎ちゃんがガシリと掴む。「しゃ、社長?!」「香織の分も、残しておかないと」「・・・・・・何、泣いてるんすか」 今まで黙っていた慎ちゃんが、すすり泣く声で言う。「慎ちゃん?!」「ちょっと懐かしくなってさ。ごめん香織」「懐かしくって。これで拭いて!」「うん。ごめんよ」 紺のハンカチを渡すと、彼はそっと涙を拭う。「私も食べて良い?」 二人は屈託ない笑みでコクリと頷いた。 口へ運んで、ゆっくりと味わう。 血合いの旨みとオリーブの香り。純粋だが、生臭さのない芳醇な味わい。「・・・・・・懐かしい味」 不思議と頬を涙が伝った。 もう、空の向こう側にいる母の面影が蘇ってくる。 良いことをしたら褒めてくれて、いけないことを叱ってくれる。 私へ自由に生きなさいと説いた母の思い出が――「香織」 慎ちゃんに振り向くと、「こんな時に聞くのはちょっと野暮かもしれな
Read more

第17話 グランシャリア――再会

 『グランシャリア』。 都内臨海地区に建てられたインバウンドを目的として開業した高級リゾートホテル。 綱島グループが持つここで、新事業のパーティーを開くと招待があった。 二人揃って赤のタキシードとマーメイドドレスで、俺達は会場へ降り立つ。「一条様、お待ちしておりました」 シャンデリアの下がるエントランスで、招待状を渡す。「綺麗。ねぇ、今夜スイートルームを取りたいのだけど」「おい羽海。この後、仕事があるんだぞ」「いいじゃなぁい一晩くらい。貴方、一条の社長なんだから」 その名前が出たら、どんな客の予約も断らなきゃならなくなる。 俺は羽海に微笑みを向けながら、受付の男を一瞥するが、「申し訳ありません。今夜は埋まっております」「ホテルマンさんよ。もう少し商売の相手を選んだ方がいいぜ?」 スッと名刺と札を握らせようとする。 しかし、男は目を眇めて、「我々の信条は、どんなお客様にも平等におもてなしをすること。貴方が誰であれ、今夜のお部屋はお取りできません」「はぁ・・・・・・ちょっと耳を貸せ」 融通の利かない奴だ、と呆れる。「俺は一条の社長だ。お前ごときホテルマンの一人、簡単に切れるんだぞ」 黙りこくる男に、俺は無理筋を通せたと確信した。 だが――「やってみせてください。うちの社長は、誰かの流言で靡くような小物ではない」 その台詞が返ってきた瞬間、俺は青筋を立てる。 だが、ここは綱島グループの箱庭。 いずれ俺の物になるのだから、そのときまで取っといてやる。「・・・・・・そうか。なら覚悟しておくんだな。行くぞ羽海」「えぇースイートは?」「今日は無理だ」「なんでよ! 私のお願いが聞けないってわけ?!」 羽海が騒ぎ始める。 その口を抑え、人気のないところへ連れて行く。「ここは綱島の領地だ。騒いでも、恥を掻くだけになる。俺もお前も」 恥、という言葉にこいつは弱い。 いつもなら日野内を乗っ取った件で揺すられるが、今日は聞き分けが良い。 その場は引き、俺達はパーティー会場の大ホールへ入った。 参加者は錚々たる顔ぶれで、政財界のトップや大手企業の社長、綱島グループの広告を担うスター俳優が一同に揃っている。 俺はシャンパンを取り、会場を見渡す。「ねぇ純。あそこにいるの」「あいつが綱島 慎太郎か」 羽海の指さす先。 
Read more

第18話 慎太郎は揺るがない

 全てが青の大海原へ捨てられるトラウマが、二人の面影を見た瞬間に蘇る。  落ち着かないと・・・・・・暗示のように唱えても、その震えは止まらない。 (慎ちゃんの前で意を決して言ったのに)  会場に来るまでの自信を失いかけていたとき、 「僕がついてる。何があっても、君の味方だからね」  耳元で優しい声音が囁く。  手の握りが微かに強くなるのを感じて、彼へ頷く。 「なぜ綱島といる。サマリアから帰ってきたのか」 「純には、もう関係ないでしょう?」  捨てた女のことなど、もはや純には関係ない。  しかし、彼の剣幕はだんだんと恐ろしくなっていく。 「答えろ香織! そうか・・・・・・お前、あの時計を担保にして」 「そんなことしてないわよ。仮にしてたら、どうするの?」  そう尋ねると、純は目を逸らして気まずい表情に変わる。 (聞かれても答えられないものね)  その様子を社交的な笑みで見つめる慎ちゃん。だが、瞳はとても笑ってるそれとは思えない、冷徹さが浮かぶ。 「あぁ失礼した。綱島さん。挨拶が遅れましたね。一条です。どうぞよろしく」 「いえいえ。まさかここへ来られるとは思いませんでしたよ。あぁ、こちらも是非」  そう言って慎ちゃんが渡したのは、純白の皿に載ったマグロのコンフィ。  二人が口に運び、 「なんだコレ!」 「おいしいわ。こんなの食べたことない」  絶賛するのを前に、私はクスッと笑ってしまう。 「そう言って貰えて光栄です。あの一条のご子息なら、数多の高級料理を食されてきてると思いますから、間違いない」  心にもない事を連ねる慎ちゃん。  すると、 「あのぉ。私、田沢湖 羽海って言います。一条グループでは経理をやっていたんですがぁ、今は取締役をやらせていただいててぇ。そのぉ、綱島さんみたいな魅力的な男性に」  ドレスの肩紐をわざとらしく乱すと、慎ちゃんに迫ってくる。 「ありがとう。でも僕は興味ないかな」 「・・・・・・え?」  一瞬、私を見てウィンクすると、 「専らの仕事人間でね。一条君の手腕に心惹かれてるんだ。ぜひ二人きりで仕事の話でも」 「そ、そうなんですね! じゃ、じゃあ私は香織さんと少しお話したいなぁ。そちらはそちらで、ね?」  私は繋いでいた手を無理矢理剥がされて、羽海に連れて行かれた。 (パーティー
Read more

第19話 裏切り者たちへの第一射

 あんな事をされて、「私には受け取れないわ」 パーティーの二日前。 ツナの皿を挟んで、慎ちゃんに告げていた。「・・・・・・理由を聞いても良い?」「勇気がないの・・・・・・あの人達と戦う勇気が」 父が会社を退いた後、私は一生懸命に頑張った。 お客様に対しても誠実でいて、従業員のみんなに感謝と尊敬を忘れない。 その意志を継承して、血と涙と汗を賭して率いてきた。 でも・・・・・・その報いが、恋人の裏切りとあの放浪というのなら。 それに、どんな証拠を出したって、絶大な信頼の失墜を挽回できるとは、とても思えなかった。「昔、香織が言ってくれた言葉があるよね」「え?」「いいや無理にとは言わないんだ。香織がしたいこと、やりたいこと、笑顔になってくれることが最優先だから。けど・・・・・・いいや、これは独り言として聞いて欲しいんだ」 言うか言うまいか。困惑した表情を慎ちゃんはしていた。 でも、呼吸を一つ踏むとその風格は私の知っている彼とは一線を画す。「立ち向かいなさいって」 何気ない言葉というものは、思い出にも残らない。 きっとあのときの私は、泣き止んで笑って欲しいから言っただけだと思う。 一言一句、覚えているわけじゃないけど、確かに言った記憶があった。(その言葉で一念発起して、慎ちゃんは私を迎えに来て――)「香織?」 ハタと、薄暗い舞台裏。 舞台の幕が開く数瞬前、慎ちゃんに呼ばれて我に返った。「緊張してるのかい?」「ううん。ちょっとだけ、小さい頃の事を思い出した」 私は握られた慎ちゃんの手にゆっくりと強く握る。「それって、もしかしてだけど僕がいじめられてたところかな? 泣き虫だったから、恥ずかしいな」 クスっと笑ってしまう。「正直なんだから・・・・・・違うわ。勇気を貰った話」「・・・・・・僕が?」「そう。慎ちゃんが」 彼が上の空になっている。「慎太郎様、出番です」「じゃあ、また後で」 私が繋がった手を離すと、名残惜しそうな目で舞台に上がっていく。 マイクを取った彼は、スッと社長の顔になっていた。「本日は我が社の新事業発表会にお集まりいただき、ありがとうございます。早速ですが、今年の秋より我が社が行う事業について・・・・・・」 言い掛けて、彼は言葉を止めた。 会場が何事かとザワついているのが、ここにも聞こえ
Read more

第20話 第二の槍

 受け取る決心をしたのは、慎ちゃんから勇気が貰えたからだった。 遠目に見える純と田沢湖 羽海の顔が青ざめている。「我が社が保有する十万株。全てを明日の取引開始と共に譲渡いたします。今回の不祥事に対する、我が社のけじめです」 参加者を見渡すと、皆が顔を見合わせて当惑していた。 当然の反応だと、私は思う。 不祥事の誤解を解く暇もなく、社長が雲隠れしたような状態だったのだもの。「今回の騒動を踏まえて、我が社に賛同していただける方は、本日の新規事業への投資をしていただきたい」 慎ちゃんはそう前置きをして、モニターの映像を変えた。 映し出されたのは、ツナ缶である。 しかし私がリムジンの中で食べたものとは、パッケージも中身も明らかに違っていた。「これ・・・・・・私の?」 あまりの仕事の速さに私は小声で驚いていた。「中身に見覚えがございましょう。皆様にご試食、絶賛していただいたのは、『ツナのコンフィ』の缶詰でございます」 感嘆を物ともせず、彼は言葉を継いだ。「そう――まさしく、本日皆様に振る舞わせていただいた缶詰が、我が社が全身全霊を持って世界へ売り出す新商品です」 販売という言葉が電撃の如く会場を奔る。 まさか、高級料理のように出されていたものがツナの缶詰だとは思うまい。 事実、それを知って腰を抜かす参加者もいた。「このツナ缶は私一人の力では成し得なかった商品。その立役者を紹介いたします――我が社の新しい役員、そして、クルーズレストラン『グランガルフ』のオーナー、日野内 香織氏です」 注目が一挙に集中する。 そんな中、私は慎ちゃんに視線が行った。(レストラン?)「二つ目の事業——綱島グループが送るクルージングレストランです」 発表が終わると、私と慎ちゃんはすぐさま囲まれてしまった。「ほっほっほ。君の仕掛けには毎回、驚かされるよ」 穏やかな笑い声だったが、囲んでいた企業の重役達を一斉に動かす。 開いた道の先に、慎ちゃんは一礼した。「結城様、ご無沙汰しております」「先ほどのコンフィ。見事であった。これほど美味しいマグロは食べたことがない」「ありがとうございます」 気品のある白い髭を擦りながら、満足そうに言う老齢の男性。 結城 ダンゾウ。結城金融の会長でこの国の財界を牛耳っている二大巨頭の一人だ。「全て彼女のおかげです
Read more
PREV
1234567
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status