Tous les chapitres de : Chapitre 11 - Chapitre 20

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第11話

広い式場が、まるで時が止まったように静まり返った。スクリーンのニュース番組の音だけが、無機質に響いている。晴香の顔から一瞬にして血の気が引き、彼女は慌てて後ずさると、遠時の後ろに身を隠した。しかし、入口に立つ夏美の微笑む姿が目に入り、晴香は大きく目を見開いた。「あんたなのね!あんたが全部仕組んだんでしょ!」「ご同行願います」警察が晴香の両腕を拘束すると、冷たい手錠の感触に彼女は取り乱す。「放して!私は遠時の妻よ!こんな真似をしてタダで済むと思ってるの!?遠時、助けて!」しかし遠時の視線は、入口に立つ夏美へと釘付けになっていた。黒いドレスに身を包んだその姿は、まるで二人の破滅を告げに来た弔問客のようだった。この1ヶ月、自分が血眼になって探し続けた人。その姿を見た瞬間、心臓が爆発しそうなほど高鳴る。やはり夏美は自分がほかの女と結婚するなど、黙って見過ごせなかったんだ。遠時は思わず一歩踏み出したものの、夏美の瞳には愛の欠片もなく、底知れぬ憎悪だけが冷たく宿っていた。動揺した遠時。これまで自分のしてきた行いが、初めて心から悔やまれた。夏美の冷たい視線に耐えきれず、遠時は目の前の警察を突き飛ばすと、夏美のもとへ大股で歩み寄った。「夏美!一体、どこにいたんだよ!」しかし次の瞬間、遠時は警察に羽交い締めにされ、地面に押し倒された。「橘社長、あなたも容疑者の隠匿および偽証の罪に問われています。ご同行お願いできますか?」「邪魔するな!」遠時は警察を殴りつけ、夏美から目を離さない。すると警察が警棒を抜き、遠時の背中を力任せに打ち据えた。よろけながら数歩進んだところで、遠時は地面に倒れ込んでしまった。だが、意識が遠のく中も、執拗なほどに夏美の方を凝視し続けていた。その様子をただ静かに見つめる夏美の目元には、わずかな喜びが浮かんでいる。関係者が連行されていく中、参列者たちは文句を言いながら帰っていった。今世紀最大の結婚式と謳われたこの式は、滑稽な笑い話として幕を閉じたのだった。車から男が降りてきて、自身のコートを夏美の肩にかけた。「満足した?」夏美は冷酷な笑みを浮かべる。「私の痛みはこんなもんじゃないから。復讐はまだ始まったばかりだよ」その男の名前は、神崎朔夜(かんざき さくや)。江川市の神崎家の長男で、昨年自ら夏
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第12話

その後、遠時と晴香が篠原家に関わっているという確たる証拠も見つからず、48時間が経過したことで二人は釈放された。遠時を見つけた晴香はすぐに駆け寄り、その腕にしがみついた。「遠時、この人たちは橘家のことも何も分かってないみたい!痛い目を見せてあげてよ!」遠時は晴香のその醜悪な顔つきを見て、記憶の中にあった純粋で優しい彼女の姿が、次第に色あせていくのを感じた。「篠原家のこと、お前はどこまで知っているんだ?」と、遠時は冷ややかに問い詰める。晴香はびくっと肩を震わせ、慌てた様子で言い返した。「何言ってるの?あなたも夏美さんが言ってるこんな出鱈目なことを信じるつもり?もしかして、あの女のことが好きになったとか?」「好きになるわけないだろ!」遠時は表情を硬くし、「あいつの言葉なんて、微塵も信じていない」と言い捨てた。晴香は悲しそうな表情を浮かべながら、遠時の袖を引っ張る。「遠時、彼女は復讐のために戻ってきたに決まってるよ。私たちが彼女の母親を殺したと信じ込んでるから、私たちを殺しに来るかも……」その話題で遠時の表情はさらに冷たくなった。「夏美の母親には手を出すなと言ったはずだよな?でも、お前たちは何度注意しても聞き流すだけだった。いいか?お前の叔父さんの尻拭いをするのもこれで最後だからな。次があると思うなよ」「そんなに怒らないでよ、遠時。叔父さんも自分の過ちを認めてるし、あの人は私が幼い頃からずっと可愛がってくれたの。お願い、今回だけは力になって?」結局折れてしまった遠時は言った。「専門のボディーガードを付けてやる。そうすれば、夏美ももう手出しはできないだろうから」晴香は胸をなで下ろしたが、瞳の奥には悪意がちらついていた。「てか、あの女は何でこんなにしぶといのよ?崖から落ちて、あのまま死んじゃえばよかったのに!」「いい加減にしろ!」遠時は少し不機嫌さを滲ませる。「お前が夏美の母親を殺したんだから、あいつに恨まれても当然だろ?逆恨みもいいところだ。今は夏美の気が済むまで放っておく。俺は、まだやることがあるから先に会社へ戻るぞ。お前は自分で帰れ!」晴香は凍り付いたように立ち尽くしたが、反論はできなかった。走り去るロールス・ロイスを見つめ、晴香は悔しさで唇を噛みしめた。やっとの思いで掴んだ「橘夫人」の座。夏美が戻ってきて掻き回す
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第13話

晴香は叫ぶように言い返した。「お母さんは叔父さんの姉でしょ!お母さんはずっと、娘の私よりもあなたのことを大切にしてきたのに!あなたがやらかしてきた数々の悪事、全部お母さんが尻拭いしてくれてたんじゃない!」しかし、宏明は鼻で笑った。「そんな風にわめいて何になる?お前は橘と結婚したんだから、さっさと橘の金と力を使って、姉さんを助け出せばいいじゃないか。いいか?吉沢家の家系を守るのはこの俺なんだ。だって、俺にしか跡継ぎは作れないんだからな!」「跡継ぎ?」晴香は宏明を馬鹿にするように見つめた。「もしかして、まだ知らないの?夏美さんはね、本気であなたを始末するつもりだったんだから、あなたの腎臓は何度も突き刺され、それどころか、跡継ぎを作る時に一番大切な場所も切り取られてるんだよ?子供を作るどころか、女の人とも遊べないんだから」夜の遊びこそが生きがいだった宏明は、大きな衝撃を受けた。女と遊べなくなるくらいなら、殺された方がましだった。「そんなはずはない!お前が悪いんだ!全部お前のせいだ!」宏明は晴香を掴もうと暴れたが、晴香はすっとその手を避けた。宏明はベッドから転げ落ちた拍子に医療機器に体を打ちつけ、病院中に宏明の凄惨な叫び声が響いた。「晴香!今すぐあのクソ女を連れてこい!ぶちのめしてやる!」それ以上は聞いていられなかった遠時は、ドアを蹴り開けて乗り込んだ。「誰をぶちのめすって?」遠時の殺気に満ちた表情を見た瞬間、晴香は心臓が口から飛び出しそうになった。「遠時、どうしてここに?」遠時の冷酷な眼差しは晴香の横を通り過ぎて、宏明に向けられている。「さっき誰をぶちのめすって言った?」宏明は恐怖で青ざめ、ガタガタと震えながらベッドの隅まで後ずさった。「な、なんにも言ってませんよ……勘違いじゃないですか……」「俺の女に手を出すなと、何度も警告したはずだ。なのに、お前は一切聞く気がないみたいだな?」遠時は一歩ずつ距離を詰め、無慈悲に宏明へと拳を振り上げた。一撃を食らった宏明の口からは血が吐き出され、折れた前歯が床に転がる。だが、抵抗することなど考えられなかった。遠時にとって宏明を消し去ることなど、アリを潰すより簡単なことだったから。見る間に、宏明の顔は原形を留めないほど腫れ上がった。晴香がすがりついて止めた。「遠時、やめて!私
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第14話

その瞬間、晴香は体を強張らせた。この言葉が、自分に向けられたものだと悟ったからだ。振り返ることもなく去っていく遠時の背中。晴香はベッドに横たわる宏明を睨みつけ、心の中で「使えない男」と毒づいた。女を色欲の対象としか見ない宏明なら、必ず手に入れようと動くと分かっていたから、晴香はわざと夏美を宏明に見せた。全ては目論見通りだった。窮地に立たされた夏美は、百合を救うために自分の身を捧げるはずだから、自分は遠時を少しだけ足止めすればよかった。あとは、遠時にその光景を目撃させ、夏美に尻軽女だという烙印を押させる。そうすれば遠時は、裏切った夏美を、生きることも死ぬこともできない地獄へ突き落とすはずだった。なのにまさか……そんな絶好のチャンスを宏明がみすみすと逃したのだ。あまつさえ、遠時は自分にまで疑いの目を向けてきた。あれから夏美が自分を道連れに殺そうとしてきた恐怖に、今思い出しても全身が震える。「当分は大人しくしててよね。もし遠時に何か突き止められたら、私もあなたをかばい切れないんだから!」顔を覆った宏明の瞳は、怨念にまみれていた。車に乗り込んだ遠時の心境は、言いようのない不快感で溢れていた。晴香が何かを隠しているのは、確実だろう。晴香が何を考えているかは前々から勘付いていた。しかし、自分にとっては命の恩人であったため、今まではそれなりに大目に見てきた。幼い頃、晴香が飛び出して自分を道から突き飛ばしてくれていなければ、もう自分はこの世にいないのだから。遠時は、受けた恩は必ず返す男だった。彼は軽く膝を叩くと、助手席に座る秘書へ低い声で命じる。「浅倉社長に会う手配をしてくれ」……「夏美!夏美!やっと来たか!早く出してくれ。ここは人間が生活する場所じゃない!」面会室に連れてこられた健三は、アクリル板越しに座る夏美を見るなり、興奮して大声を上げた。隔離されてからの1週間は、健三がこれまでの人生で過ごした中で最も過酷な日々だった。中の人間は彼が妻を売って成り上がったことを知っており、暴言と暴力の嵐だった。看守でさえも健三をクズと見下し、周囲の悪事を見て見ぬふりをした。だから、健三は食事をすることもままならず、怪我をしてもただ耐えるしかなかった。今日、この全くもって可愛がっていなかった娘が現れたとして
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第15話

「話せばいいんだろ。この女は下っ端が道端でたまたま拉致しただけの女だが、その時、吉沢からの突き上げが厳しくて……どうしようもなくなって、この女を吉沢に差し出したんだ」健三は、早口でそうまくし立てた。「それで?」夏美は嫌な予感が確信に変わりそうになりながらも、微かな希望を抱いていた。「普通の家の娘だと思っていたから、吉沢が遊び飽きたら少し金でも渡して帰せばいいと……」この件は、特に記憶に残っていた。「なのに、この女がやたらと気が強くて、意地でも言うことを聞かずに、ホテルの窓から身を投げてしまった。だから、篠原家が莫大な金を使ってその事件を揉み消したんだ」「あんたたち、本当に最低」夏美は立ち上がり、冷徹な瞳で健三を見下ろす。「すべてを洗いざらい話したほうがいいと思うよ。そうすれば、少しは罪滅ぼしになるんじゃない?」「夏美!頼むよ!話したら助けてくれるって言っただろ?!」健三は取り乱し、夏美にすがりつこうと手を伸ばした。しかし、部屋のドアが勢いよく蹴り開けられ、駆け込んできた影が、健三の顔面を拳で容赦なく殴りつけ、そのまま腹を幾度も踏みつける。監視の男たちもそれを見て見ぬふりをし、面会室には健三の情けない悲鳴が響き渡った。もういいだろうと思った夏美は、健三を蹴り付けている男の手をそっと握った。「朔夜さん、もういいわ。この人たちの罪を裁くのは法律だから、こんな人のせいで朔夜さんの手を汚さないで」朔夜は動きを止め、夏美の手を力強く握り返した。それは、夏美の手首が折れてしまいそうなほどの強い力だった。夏美は優しく彼の手の甲をさすり、宥めるように言った。「さあ、行きましょう。この人はここで、自らの罪と向き合えばいいの」夏美が朔夜を連れて振り返ると、そこには遠時が陰鬱な顔をして立っていた。遠時は、二人が固く結んでいる手を殺気立った目で射抜いている。「手を放せ」遠時の声は、氷のように冷たい。すると、朔夜は眉を上げ、放すどころかさらに強く夏美の手を握りしめた。その瞬間、遠時の瞳に殺意が宿る。東都で自分にこれほど楯突く者は存在しない。彼は怒りに任せ、無理やり夏美を奪おうと足を踏み出した。しかし、朔夜の反応は目で追えないほど早く、躊躇いもなく繰り出された拳が、遠時の頬に叩きつけられた。ドン!よろめいた遠時はドアの縁に叩きつ
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第16話

3時間後、遠時が険しい顔で部屋から出てきた。その目は暗く沈んでいたが、外で待っていた冬馬に淡々と指示を出した。「俺の『義理の父』に、この世に生まれたことを後悔させてやれ」冬馬が顔を上げると、普段は毅然とした遠時の、足元をふらつかせながら今にも倒れそうな様子が、目に入った。冬馬は慌てて支えようとしたが、遠時にそれを手で振り払われた。背筋を真っ直ぐに伸ばして歩き出した遠時だったが、その背中からは、言いようのない悲壮感が漂っていた。帰りの車中、遠時の頭の中では、健三の言葉が何度も繰り返されていた。「夏美が男の子じゃなかったから、私の母は何度も夏美を捨てようとしたが、そのたびに妻が必死になって連れ戻していました。その後、夏美が大きくなって捨てにくくなると、今度は薬を盛って殺そうとしました。だから、私の母が用意した食事を、夏美は怖がって一口も食べませんでした。小さい頃はいつも殴られていましたが、なかなか悪くない容姿に成長すると、金持ちに嫁がせ、金銭的な恩恵を受けようと思ったのか、母の夏美に対する扱いは多少マシになりました。その後、私も事業に成功し、妻が離婚を申し出てきた時、私は同意しようとしましたが、大口の顧客が妻を気に入りました。だから妻を睡眠薬で眠らせて、その男の元へ送り込んだのです。狙い通り大きな仕事が取れました。そこから、私は歯止めがきかなくなってしまって……妻が気づいて逃げ出そうとしたので、檻に入れて鍵をかけ、顧客を家まで連れ込んで取り引きに使ったことまであります。夏美が18歳になった時、あいつは隠れて妻を逃がそうとしました。その時は、殺してやろうかと思ったんですが、夏美は妻よりも容姿が良かったので、身代わりにするつもりでした。でもその時、ちょうど遠時さんに阻止されたんですよ。そんなこともあり、妻は夏美が心配で戻ってきました。だから夏美を身代わりに使うのはやめ、あいつが22歳の時に約束しました。『政略結婚に同意し、浅倉グループに利益をもたらし続ければ、お前の母親には手を出さない』と。夏美はそれを信じて、私が持ってきた見合いには全て行っていました。それに、遠時さんとの見合いの時、私には少し下心がありました。あなたが夏美を気に入るとは思っていたのですが、まさか本当に妻にするとは思ってもみませんでした。でも、夏美が橘家の資産には
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第17話

遠時が目を細めた。少しの間をおいてから、落ち着いた声で指示を出す。「それらは、俺の書斎に持っていけ」膨らんだ袋が書斎のカーペットの上に置かれたが、遠時はなぜか恐ろしくて中を開けられなかった。だが結局は、しゃがみ込み、恐る恐る中を覗いてみた。一番最初に出てきたのは、色あせたテディベア。それは以前、晴香にあげたものだったのだが、晴香が子供っぽいと捨てたので、その後夏美にあげたのだった。スカーフも見つけた。それは以前、晴香のために購入したブランドバッグについてきたものだったが、夏美は箱に入れて大切に保管していたらしい。その箱の中には、銀色のネックレスも一緒に入れられていた。それは出先の道端で何気なく買ったものなのに、夏美がすごく驚き、喜んでくれたことを、遠時は今でも覚えている。思い出の品々が、鍵となって遠時の記憶を開いていく。それは全て、深い愛情に満ちた夏美の姿だった。最後に、古びた薄青いノートが見つかった。心臓が脈打つ。遠時はざらついた表紙を指でなぞり、ゆっくりとページを開いた。【9月12日、晴れ。今日はお父さんに言われて無理やり会食に出席させられた。何をさせるつもりなのかなんて、最初からわかっていたけど、私は平気。ただお母さんが、あの家から逃げられればいい。でも、会食場に着いた途端、怖くて体の震えが止まらなかった。その時、ある男の人が『まだ子供だ』と言ってくれた。その一言で、さっきまで私を値踏みしていた人たちは、まるで何かを恐れるように黙り込み、もう誰一人として私に手を出そうとはしなくなった】【転校初日、廊下で男の子とぶつかった。眉間にシワを寄せていたけど、すごくかっこよかった。名前は橘遠時っていうらしい】【3月21日、雨。お父さんから聞いたんだけど、あの男の子は橘グループの御曹司なんだって。それにしても、橘遠時って、名前からしてかっこいい】【7月30日、晴れ。今日、また彼を見かけた。でも、隣には綺麗な女の子がいた。もしかして彼女かな?まあ、多分そうだと思う。だって、彼みたいに輝いている人は、ああいう綺麗な人とお似合いなんだから……】【12月26日、晴れ。お見合いをした。相手は、まさか、あの橘さんだった!彼女さんとは別れたのかな?とにかく、すごく嬉しい!】【2月14日、曇り。今日、入籍した。篠原さんの血液
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第18話

遠時は晴香の手を止めると、ノートを大事そうに仕舞い、低い声で言った。「篠原家はもう終わった。お前の衣食住は保証してやるが、俺たちの関係はもうここまでにする」晴香は立ち尽くし、金切り声を上げた。「どうして!」「お前と結婚式を挙げたのは、もともと夏美を呼び戻すためだった」遠時は冷徹な眼差しを晴香に向ける。「これまでお前に優しくしてたのは、お前が俺の命の恩人だからってだけで、一度も愛したことはない」そこで初めて晴香は、遠時の周りに夏美に関するものが散らばっていることに気づいた。信じられないというような目で、遠時を見つめる。「夏美さん?彼女に惚れたの?」「ああ」そう言って顔を上げた遠時の瞳には、これまで見たこともない苦悩と独占欲が滲んでいた。「他の男の横に立つ夏美を見て、俺は嫉妬で狂いそうになった。どうやら、俺は心から夏美を愛しているらしい」「遠時、何言ってるの?」晴香はどうにかなってしまいそうだった。すべてを犠牲にしてやっと掴んだ「橘夫人」の座だ。夏美に奪われてたまるか。しかし、もし遠時に自分のしてきたことが知られたら、自分にはどんな末路が待っているのだろう?そんなことは、恐ろしくて考えたくもない。晴香はすがりつくように遠時の腕を掴んだ。「遠時、夏美さんはあなたを裏切った女なんだよ?私を見て!あなたを一番愛しているのは私なんだから!」遠時は静かに晴香を見つめ、決意の固まった声で言い放った。「俺は夏美を連れ戻す。一生、誰にも渡さない。夏美は俺のものだ」朔夜が東都で開催する初の祝賀パーティー。彼は神崎グループの社長として、堂々と夏美を連れて登場した。夏美も朔夜と腕を組んで歩く。ダークグリーンのロングドレスが、透き通るような肌を引き立てていた。堂々と招待客と語り合う夏美は、宝石のように輝いている。遠時の記憶の中の、ひたすら自分を見つめていたあの頃とは全くの別人に見えた。認めたくはないが、今の夏美には以前よりもさらに心惹かれる魅力があった。パーティーの終盤、化粧室へ立ち寄り、会場へ戻ろうとしていた夏美は、彼女を待ち構えていた遠時と鉢合わせた。夏美は平然とした表情のまま、背を向けて立ち去ろうとしたのだが、遠時によって行く手を塞がれた。「夏美、俺のもとに戻ってこい」「戻る?」夏美は冷ややかな瞳で遠時を見つめた。「何の冗談
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第19話

「夏美、聞いてくれ。晴香とは何の関係もないんだ……」遠時は弁解しようとしたが、夏美の目は冷たく、そこには憎しみしかなかった。遠時の心は何度も刃で切り刻まれているかのように痛み、呼吸さえままならない。それでもなお、遠時はプライドを保ったまま手を差し出した。「夏美、一度だけチャンスをくれ……」夏美は朔夜を落ち着かせると、バッグからある書類を取り出し、遠時の顔面に叩きつけた。「これ、今届いたばかりの報告書。まずはこれに目を通したら?」遠時は震える指先で、床に散らばった診断報告書を拾い上げた。最初の一枚をめくると、そこに記されていたのは、晴香の健康診断の結果――完治。晴香の病気は3年前には完治していて、それ以降の治療記録は、すべて偽物だったのだ。監視カメラの画像には、夏美から採取した血液を、晴香がゴミ箱に捨てている様子が鮮明に写っている。そして書類の最後のページには、晴香と医師の会話が文字に起こされていた。「遠時と肌を重ねた女には、罰を与えないとね。どんどん抜いてちょうだい。なんなら、全ての血を抜き取って、殺してしまったっていいんだから」遠時の手が激しく震え出し、診断報告書が床に落ちた。彼は夏美を見上げ、何かを言おうとしたが、声は一つも出てこない。夏美は、遠時が愛していた女に騙されていた惨めな姿を冷ややかに見下ろし、氷のような笑みを浮かべた。「遠時、あなたが私から無理やり血を抜き取っていたのは、篠原さんが私を虐げる手助けをしていたってことだったんだよ?だからね、あなたと私との間には、決して埋まらない溝があるの」夏美の声は囁きのように小さかったが、その一言一言が遠時の胸に突き刺さった。「遠時、自分がどうなってるのか見てみたら?本当に、反吐が出る」そう言い終わると、夏美は朔夜の腕を取り、涼しげに去っていった。まるで、魂が抜けてしまったように遠時はその場に立ちすくみ、床の診断報告書を凝視し続けていた。床に落ちている診断報告書を強く握りしめると、遠時はすぐさま車を飛ばした。信号無視を繰り返して帰宅し、ノックもせずに、晴香の部屋へと押し入った。鏡の前で新しく買ったジュエリーを合わせていた晴香が、ドアの方を振り返り、遠時に甘く微笑む。「遠時、見て。このネックレス……」しかし、晴香の言葉が終わるより先に、診断報告書が
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第20話

自分は本当に、晴香が完治していたことを知らなかった。それに、夏美があれほどの苦痛に耐えていたことも……車を止めると、遠時は明かりが灯るロビーへと走った。入口まであと少しというところで、夏美と朔夜が仲睦まじく歩いてくるのが見えた。朔夜が丁寧に夏美へコートをかけてあげると、夏美は顔を上げ、遠時が見たこともないような、晴れやかな笑顔を見せた。その瞬間、伝えようとしていたすべての言葉が、喉の奥で詰まってしまった。夏美は……幸せそうだ。自分がいなくても、夏美はうまくやっているようだ。遠時はその場に凍りついたまま、朔夜が夏美を守るように車に乗せ、車のエンジンがかかるのをただ見ていた。胸の奥で渦巻く嫉妬は、理性を呑み込まんばかりに膨れ上がり、後悔と自責もまた、限界まで彼を追い詰めていた。自分をあれほど愛してくれていた夏美が、たった1ヶ月で別の男のものになってしまったことが受け入れられない。たまらず車の方へ駆け出した遠時は、乗車しようとする二人の後ろ姿を見て、何とか止めようとした。朔夜は駆け寄ってくる遠時に気づくと、冷徹な声で運転手に指示を出す。「構わなくていい。そのまま跳ね飛ばせ」一瞬たじろいだ運転手だったが、朔夜の非情な眼差しに押し切られ、迷わずアクセルを踏み込んだ。轟音と共に、遠時の体は宙を舞い、地面に叩きつけられた。遠時は鮮血を吐き出した。しかし、体が痛いのか、それとも胸が痛いのか、遠時には分からなかった。朔夜は車を降り、血だまりに倒れる遠時を見下ろすと、鼻で笑った。「二度と夏美に近づくな。次は、命を保証できるか分からないぞ」そして、遠時の前に屈み込み、追い打ちをかけるように告げた。「そうだ、言い忘れていたことがある。お前が事故に遭った時、実際に救急車を呼んだのは、今の奥さんじゃないらしいぞ」遠時は大きく目を見開き、言葉にならない呻き声を上げる。冷ややかな目を遠時に向けた朔夜。「橘グループの社長が、こんな分かりやすい嘘に騙されるなんて。憐れなことだな」意識が遠のく遠時が最後に見た光景は、朔夜が車に戻り、夏美を連れて立ち去る姿だった。夏美は遠時を見ることもしなかった。この時初めて、遠時は理解した。夏美が彼を本当に愛していない……ということを。病室で目を覚ました遠時は、鼻を突く消毒液の匂
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