Semua Bab SpringS ーハルタチー: Bab 11 - Bab 20

29 Bab

chapter,2 (4)

  警視庁第一課臨時警部、という胡散臭い肩書きが手渡された名刺に記されていた。聞いたこともない役職だ。しかも臨時ってなんだよ? と、鈴代賢季は困惑しつつ、目の前にいる刑事を歓迎する。自分と五つ六つしか年が違わないであろう二十代後半のエリート警部、平井柊太を。「鈴代賢季さんですね。鈴代夕起久殺人未遂事件について少々お時間を……」 「構いませんよ。僕が疑われているのは自分でもわかっていますから」 平井が言い切る前に、快く応じる賢季。彼は応接室の主人椅子に腰掛け、改めて平井と向き合う。それも、楽しそうに。 逆に、疑われているというのに、それを不快とも思わず、むしろ面白がっている青年に、平井は苦笑を浮かべる。  ……こいつは一筋縄ではいかねぇな。  貴族然とした振る舞いは鈴代一族の血を受け継いでいるからか、どこまでも自然で、平井も醸し出される彼の気品に魅了されてしまう。  鈴代賢季。鈴代財閥を牛耳る鈴代夕起久の甥に当たる。現在私立青阪学院大学理学部在学中の二十二歳。漆黒の髪と猛禽類のように鋭い灰色の瞳を持つ青年だ。「それで、どこまで調べているんですか?」 単刀直入に、賢季は尋ねる。命に別状はないにしろ、伯父は故意に何者かに狙われたことに違いはない。できることなら警察組織にとっとと犯人を捕まえてもらいたいものだが……伯父を殺そうとした凶器は不明、何らかの毒が肩口から体内に侵入した、という説明だけではまだ何もわかっていないのと同じではないか、と賢季は思う。  そんな賢季を見越したように、平井は口を開く。「凶器はおそらく針状のものでしょう。先端に遅効性の毒を塗ったものと思われます。毒成分はあいにく、解析してみたものの、たんぱく質によって溶けてしまったからか、つきとめることができなかったのですが……神経性の毒でしょうね」 毒性は強かったようだが、微量だったため、被害者は命を落とすまでには至らなかったと言う。訥々と語る平井に、賢季は頷きながら。「遅効性の毒、という根拠は」 「現場にいらしたのは被害者の実娘である泉観さんと、二人の
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-07-14
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chapter,2 (5)

  事件が起きたエントランスガーデンで、二人の男が向き合い、真面目な顔をして、静かに会話をする姿は、部屋の大きな窓からよく見えた。上城は窓の向こうを指差し、「あれ、刑事さんと……誰?」 過去の話題に対して黙り込んでいた鈴代は、話が切り替わったことを判断し、上城の指さした方を見る。そこには、従兄の賢季と、刑事の姿。「叔父夫婦の一人息子、賢季さんよ。帰ってきてたんだ」 「伯父夫婦の……君の従兄か」 まるで、上城の声が聞こえたかのように、刑事を見送っていた賢季がこちらを振り向き、鈴代たちに手を振る。「あ、気づいたみたいね」 手を振り返す鈴代。遠目からなので賢季の顔はよく見えないが、背の高い青年のようだ。「ふぅん。まだ若いんだね」 「二十二よ。大学で水産の研究をしてるの」 「じゃあ彼が……次期鈴代財閥当主、鈴代賢季なのか」 その、上城の断言するような言い方に、鈴代は身震いをする。なぜか、怖かったのだ。  ……だってわたし、まだ彼に伝えてない。お兄様が次期鈴代財閥当主候補と呼ばれているなんて。  だが、鈴代の不安は杞憂に終わる。上城は事実を知っていたわけではなく、推測しただけだったから。「知ってるんだ?」 「……そんな気がしただけ」 「何、カマかけたの?」 「君の親父さんが当主なんだろ。もしものことがあったら、次に白羽の矢が当てられるのは叔父か、その息子じゃないか? 君は虚弱体質だからせいぜいサポート役ってところかな」 「なるほどね」 それが、一般的な考え方なのだろう。確かに鈴代は生まれながらの虚弱体質で、その分、豊富な知識を手に入れている。だが、このくらいの知識なら、従兄だって持っている。  鈴代賢季、一族の血脈を受け継いだ正統な賢者。一族からも呪われた魔女と蔑まれる自分とは、違う。「でも」 本当は、と、鈴代が上城に告げようとした矢先。扉を叩く音が、二人の思考を遮る。「お兄さま?」 「泉観、おいで」 玄関の見送りを
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-07-15
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chapter,2 (6)

  上城は無防備に眠っている鈴代の髪を撫でながら、賢季に向き直る。「驚くじゃないですか。いきなりスズシロを眠らせるなんて」 「いやぁ、驚いてくれてありがとう。こういう演出は嫌いかい?」 「好きとか嫌いとか、そういう次元の問題じゃないような気がするんですけど……」 毒気を抜かれ、上城は苦笑する。それを見越したかのように、賢季。「泉観にはあんまり聞かせたくない話だったからさ」 あくまで平然としたまま、上城に話し出す。気づくと上城は彼のペースに飲み込まれていく。「要するに警告じみたことだけどね」 「警告?」 「少年探偵くんは」 上城はそのむず痒い呼び方を否定しようと言葉を遮る。「上城です」 「僕、苗字で呼び合う関係って嫌いなんだよね。下の名前は?」 「春咲です」 「スザク? へぇ、朱雀門の朱雀かな?」 「いえ、『春が咲く』と書いて春咲です」 こうして考えると、自分の名前はやはり珍しいものなのだなとつくづく思う。日本に戻ってきてからは下の名前で呼ばれることが減ったので、改めて自分の名前を聞かれると恥ずかしい。嫌いではないのだが、説明するのが面倒だといつも思う上城である。  それを見越してか、それとも興味がないのか、ふぅん、と気の抜けるような声を出して、賢季は続ける。「ま、僕も『賢い季節』で賢季だもんな。じゃあスザク。本題に入ろう」 「本題って、スズシロ……あ、従妹のことですか?」 「いいよ、スザクが泉観のこと何て呼ぼうが僕は気にしないから。そう。人殺しの呪われた魔女の話」 「……賢季さんも、スズシロが人殺しの魔女だということを信じているんですか?」 上城の、きつい視線を受け、賢季はくすくす笑う。「まさか。今の時代魔女なんて時代錯誤も甚だしいよ。ただ、不思議なことに、そう盲目的に信じている人たちが多いのは事実だから、彼女は未だに呪われた魔女なんて呼ばれているわけ」 昔から人は、信じたくない不可思議な出来事を悪魔や魔女の所為にしたがっていた
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-07-16
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chapter,2 (7)

「……なんなんだあの兄ちゃん」 「だから賢季さんだってばぁ」 まだ寝ぼけているのだろうか、鈴代はきょとん、としたまま、呆れている上城を見つめている。そのとろん、とした目つきがまた愛らしい。「よくよく考えると、すごい怪しい人だな」 「そうかしら?」 ……僕は、本当の次期当主ではない。  賢季が囁いた、重たい事実が、上城の内耳に残っている。じゃあ、本当の次期財閥当主はどこにいるのか、誰なのか。  上城はこれ以上、考えようとするのを拒んでいる自分に気づき、それが真実であろうと悟る。  だから、上城は鈴代に問う。「さっきのあれ、嘘だろ」 計画的に立てた嘘。それは、味方までをも欺くほどの緻密な嘘。「言おうとして、言えなかっただけよ?」 けろりと言いのける鈴代の表情は、なぜか、明るい。「そう。賢季お兄さまはあくまで囮なの。次期財閥当主候補っていつまでも呼ばれているようにね」 一族ですら、全員が知らないという事実。それを知っている鈴代は。「カミジョが考えていることは正解」 上城は、無表情のまま、鈴代を見つめる。「そうか」 そっと、肩口に触れる。ビクリ、身体を震わせる鈴代。上城は、鈴代の細くて白い首筋に、口づける。「おしおき」 顔を真っ赤に染めた鈴代を、舐めるような視線で、上城が見つめる。今にも飛び出しそうな鼓動を、鈴代は感じる。「……カミジョ。怒ってる?」 耳たぶを噛まれる。ジン、とそこから熱が拡がる。上城は耳元に優しくキスした後、首筋、頬骨、鼻梁、目蓋……鈴代の顔のパーツ一つ一つを慈しむように舌でなぞっていく。「怒ってない」 「嘘」 じっとされるがままになっていた鈴代、エスカレートしていく上城の行為を遮るように、自分の唇を、上城のそれに優しく押し付ける。  柔らかい感触が、甘い香りが、仄かに二人を包み込む。「言ったら、怒ると思った」 離れた唇から
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-07-17
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chapter,3 (1)

  妖精になって空を駆ける不可能な夢。  信じて転落した少女は、天に召された。    * * *  ……また、あの少年だ。  鈴代邸から出てきた上城を見て、東金豊は息を飲む。  人殺しの魔女に心底惚れている間抜けな愚者。そのことを示唆してあげても彼はまったく気にしない。あなたも殺されちゃうわよ、ってあたしが忠告すれば、大抵の男は鈴代泉観から離れるのに。  きっと、何も知らないからだ。彼女がマドカにしたこと……殺人を立証してやれば、きっと彼も彼女の前から姿を消すはず。  顔が綺麗なだけの、聡明すぎる魔女。  仇をうちたいわけじゃない。ただ、あたしは真実を知りたいだけ。知っているであろう彼女が、本当のことを教えてくれないから。あたしが人殺しって罵っても、彼女は本当のことを教えてくれなかった。本当に殺したんじゃないか、って疑いたくもなる。だけど。「おーい」 「……ひゃ」 不覚。少女は背後から呼び止められたことに気づき、くるりと顔を向ける。そこには。「こんなとこで何してんだい?」 「あ、あなたこそ!」 ぬぅっと現れた背の高い青年に、豊は驚き慄く。後ろめたいことをしていたからか、いつもより声のトーンが高い。「僕はこの屋敷の住人さ。不法侵入まがいのことをしてるのはあなたでしょ?」 「失礼ね、不法侵入はしてないわよ、まだ」 まだ、ということはこれからしようとしていたのだろうか、賢季は苦笑する。「じゃあ、あの少年探偵のストーカー」 そう言って、賢季は豊を見つめる。灰色のブレザー、肩に届くか届かないかの髪の毛、きょろきょろ動く小動物のような栗色の瞳、従妹の泉観とはまた違う愛らしさがある。「ストーカーですって? なんでそうなるのよ! あたしは彼を追い掛け回してるわけじゃないわ!」 「知ってるよ」 「……え」 子犬のように喚いていた豊を、一瞬で黙らせてしまう、低くて心地よい声。「泉観を、追い掛け回しているんだろ?」
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-07-18
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chapter,3 (2)

 「……妖精と魔女、愚者と賢者、次に出てくるのはなんだろうねぇ?」 自室で水槽を見つめながら、賢季はくすり、ほくそ笑む。「賢季様、戯れが過ぎるのではないでしょうか?」 コトリ、湯気をあげたココアが卓上に置かれる。そっと手にとり、賢季は女性に触れるかのように、カップに優しく口づける。「そうかい? 遊んでいるようにしか見えないかい? 僕が君を弄ぶように」 メイドは口が堅い。特に、彼女は。「知ってることはすべて外部出力すればいいんです。情報提供さえすれば、あなたは疑われることもないんですから」 「肩書きを利用すればそれは容易いことだろう。でも、それじゃあつまらないだろ?」 ココアを飲み終えた賢季は、彼女を抱き寄せ、耳元で囁く。「つまらない、って感性が理解できません」 「理解してもらうつもりはないよ。僕が一言進言すれば、事件は呆気ない幕切れを迎える。そしたら、おしまいじゃないか」 「おしまい?」 「泉観の濡れ衣は証明できないままだ。伯父を殺そうと……いや、殺意はなかったのかもしれないけど……まぁいいや、つまり」 大きな手のひらが、二つの膨らみをまさぐる。彼女が感じる表情を嬉々として眺めながら、賢季は告げる。「僕は、役立たずな賢者だから」 口の堅いメイドでも、ぽろりと零すことはあるだろう。賢季はあえて肝心なことを言わず、彼女を退かせる。  扉が静かに閉まったのを確認して、賢季はふぅと息を吐き出す。「お前たちもそう思うだろ? 呪いを解くのは僕ではなく、愚者の役目だ、って」 賢季が話しかけたその先には、日本語を理解しない海洋生物がひしめきあっている。    * * * 「……この屋敷の住人?」 怪訝そうな表情で、豊は賢季に問う。「なんだいその疑り深い眼差しは?」 「疑いたくもなるわよ。あなた、マドカの葬式にいたってこと?」 「泉観を車で迎えに行っただけだけどね。式場についたら、女の子の泣き叫ぶ
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-07-19
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chapter,3 (3)

 「ユタカ、か」 水槽の中を泳ぎまわる魚たちを見つめながら、賢季は少女の名前を口にする。 ……協力し合って謎を解くの! 呪いと謎は同じもの、なのかもしれない。今までの出来事を非現実的に捉えていた賢季は、豊のその一言を、新鮮に感じる。「お兄様、入るわよ」 ノックの音より先に、声がかかる。「なんだい?」 扉を開けると、ちょこん、と鈴代が座っている。「……泉観、座ってノックするな」「だって、お兄様にまた催眠術かけられたら困るじゃない」 立ち上がり、くすりと微笑む従妹を見て、賢季は指先に力を込める。「なんなら今から眠らせてあげようか?」「なんなら、お得意の催眠術で、知りたいことを知ればいいじゃない?」「それができれば、世の中もっと楽に生きていけるんだけどねえ」 指先に込めていた力を抜き、ソファに倒れこむ賢季を見て、鈴代。「お兄様の催眠術はただ人を眠らせたり起こしたりするだけのものですからね」 と、わかりきったように追い討ちをかける。「泉観がこんなにも強情っぱりだとは知らなかったからさ」「なんの話ですか」 ソファの隅に腰掛け、鈴代は従兄に問う。「半年前の出来事の話ー」「……だってあれは」 急に口篭もる鈴代を無視して、賢季は続ける。「どうして隠しているんだい? 人殺しの魔女って汚名を雪ぎたいとは思わないの?」「隠したくて隠してるわけじゃないわ。本当のことを誰も信じてくれないから」「忘れてる、ってこと?」「そう」 きっぱりと言い切る鈴代を見て、険しい表情を見せる賢季。「覚えていることが少ない、ってだけだろ」「そうとも言う……かな」 しどろもどろになる鈴代を見て、賢季は首を傾げる。「ショックで思い
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-07-20
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chapter,3 (4)

  大きな病室に、白いベッドが一つ。傍らには誰かが持ってきたのであろう赤と白の絞り模様のカーネーションが、花瓶に生けられている。きっと、母の紗枝が贈らせたのだろう。「泉観」 名前を呼ばれて顔をあげると、ベッドで横になっている父親がいた。「お父様、大丈夫ですか」 彼は自分が襲われた経緯や、犯行の手口など、意識が回復したその翌日に、警察から聞いているという。そのときの記憶ははっきりしているらしく、幾つかの証言も取れたという。だが、自分から事件のことについて話すのは気が引けるので、鈴代は容体が芳しくなった父親を、静かに見舞う。「ああ。身体の痺れはもうない。早ければ一週間以内に退院できるだろうと、医師が言ってたよ」 「そう、よかった」 ほっと一息つく鈴代を見て、平井も頷く。「よかったです、何かあったら」 「まぁ、そのときのために、遺言状は用意してあるがな」 「……え」 その声は、平井が先に発したのか、それとも鈴代が先なのか。つまり、二人、ほぼ同時に驚きの声を発したことになるのだが。「お父様、そんなの聞いてません」 「聞いていませんよ」 またもや同時に、抗議の声。「まだ誰にも言ってなかったからね。知らないのは当然だよ」 「でも」 尚も食いかかる娘に、夕起久は。「泉観、お前ならわしの遺書を開かずとも、理解できるだろう?」 「……ですが」 「あれは、物分りの悪い連中のために遺すんだ。紗枝や、近淡海に知らしめるための」 「チカツオウミ?」 見知らぬ固有名詞に、平井が口を挟む。「紗枝は、わたしの母です。近淡海は、叔母の旧姓です」 淡々と鈴代が応える。「どちらも、泉観が次期財閥当主になることを厭っている。だが、わしが決めたんだ。文句は言えまい」 「では、賢季さんは」 「賢季君は彼なりの考えを持って行動している。自分には泉観ほどの力がないと、な」
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-07-21
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chapter,3 (5)

  赤と白の絞りのカーネーションを片手に、紗枝は恍惚とした表情で、鏡に向けて声をかける。「夕起久さんはお気に召してくださるかしら? このカーネーション」 ふふ、と妖艶な笑みを浮かべ、カーネーションを握りつぶす。  赤と白の絞りのカーネーション。  花言葉は、「愛の拒絶」。  緋色の絨毯に散らばった、数え切れないほどの花弁。それは、腐ったりかさかさに乾いていたりで、死に絶えているものばかり。  うきうきしながら鏡と会話していた紗枝だが、コツン、という足音に気づき、身体を凍らせる。「紗枝様、お掃除しますよー」 「みつる? みつるなのね!」 「そうです、美弦です」 ハウスメイドとして雇われた美弦は、三人の女中の中では一番年下だ。確か、娘の泉観と同い年だったはずだ。諸事情で高校を中退して、義弟が引き取ってきた少女……だが、自分のことすら完全に把握できない紗枝にとって、美弦は単なるメイドではない。入院している夕起久を除く、唯一の、話し相手だ。「よかった、みつる。遊びましょう?」 少女のようにあどけない表情を見せる紗枝と向き合い、美弦はにっこり微笑む。「今日はご機嫌ですね」 「えへへ」 三十代後半の紗枝だが、遠目から見ればまだ二十代とも言えそうな美貌を持つ。同い年の娘がいるなんて信じられない、と、美弦はいつも思う。  だが、自分は同い年のお嬢様とは環境が違う。美弦は手にしていたモップの先で、肌が露になっている紗枝の背を小突く。こんなところ、房江に見られたらすぐに首が飛ぶだろう。だが、紗枝は美弦にされたことに怒ることもなく、むしろ、楽しそうに笑っている。それを見て、美弦は苛立ち、同じ行為を繰り返す。少しずつ、力を加えて。「紗枝様、痛いとおっしゃらないと、ずぅっと続けちゃいますよ? 青い薔薇のような痣が背中に残っちゃいますよ? それなのに、どうして笑っていられるのです?」 それは、彼女が狂っているからにほかならないと、美弦は知りつつ訴える。「素敵じゃない、青い薔薇」 ふふふ、と微笑む
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-07-22
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chapter,4 (1)

  自ら幽閉される道を選んだ王妃が叫ぶ。  冬将軍が、やってくる……!    * * * 「東金豊です。えっと、賢季さんの紹介で今日からバイトって形で鈴代邸の家事手伝いをすることになりました。どうぞよろしくお願いします……こんな感じでいいのかな」 真新しいメイド服を着て、豊はぺこりとお辞儀する。ふわり、豪奢なレースの縁取りがついた純白のロングエプロンが翻る。  着慣れない洋服に戸惑いながら、豊は横でにやにやしている賢季を上目遣いで見つめる。「……あの、やっぱりこれ着たまま行動しなくちゃいけないんですよね」 「勿論」 賢季が即答する。「で、でも。女中頭の人は着物の上に割烹着だった気がするんですけど」 「房江さんは家政婦だからいいの。ユタカはメイドだからメイド服を着る。当然だろ?」 ……そ、そうなのか? エプロンの下に着ているのは高級そうなベルベット生地でできた濃紺のロングスカート。膝下丈のスカートを穿いたことのなかった豊は、あたたかいものの煩わしいスカートに辟易している。スカートの下にはこれまた白のレースでできたニーソックス。ペチコートを使ってもいいとメイドの緑子に言われたが、豊は丁寧に辞退する。  ボックス型の襟元の縁にも白い花柄レースがちりばめられ、両腕を包む柔らかな姫袖は時代錯誤も甚だしい。  だが、場所が場所だからだろう、洋館の中で働く女中という格好として、メイド服は充分その役割を果たしているようだ。現に、緑子も美弦も豊と同じ服装をしているのだが、恥ずかしさなど木っ端微塵も感じられない。「すぐ慣れるって……ユタカ、じっとして」 大きな鏡の前に立たされ、豊は自分の格好に改めて呆然とする。傍らに立ち、賢季がそっと豊の髪に触れる。「何するの?」 「カチューシャをつけないとね」 「もしかして、この服装、あんたの趣味?」 「いや、昔からこうだったらしい……僕だったらこのスカート丈、もっと短くするもの。これじゃあせっかくのオーバーニーが台無しだと思わないか?」
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-07-23
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