「紗月、また何を怒ってるんだよ。俺と美羽が知り合って、もう八年以上になるのは分かってるだろ。あいつは昔から男友達みたいなもんで、恋愛感情なんてない。でも、だからってあいつを失うわけにはいかないんだよ。今返さないと、TikTokのストリークが切れる。切れたら絶交するって美羽に言われてるんだ。少しは分かってくれよ」夫の高槻怜央(たかつき れお)は、私――高槻紗月(たかつき さつき)が、小田切美羽(おだぎり みう)にまたくだらない嫉妬をしているとでも思っているらしい。苛立ちを隠そうともせず、そう言い放つと、雨の向こうに停めてある車へ歩きだした。私と息子が雨に打たれていることなど、目にも入っていないようだった。翠嶺県の山あいにある雨ヶ峰キャンプ場は、突然の豪雨でスマホの電波がほとんど入らなくなっていた。山を下りた先の県道ならつながるらしい。怜央は美羽に返事をするためだけに、私たちが乗ってきた車を一人で出そうとしていた。「それなら、私たちも乗せて。そうちゃんを病院へ連れていかないと……!」呼び止めても、怜央は足を緩めなかった。腕の中では、高槻奏太(たかつき そうた)が熱に浮かされ、小さな体を丸めて震えている。「パパ……パパ、行かないで……」かすれた声で、何度も父親を呼んだ。その声が届いたのか、怜央の足が一瞬止まる。戻ってきてくれるかもしれない。そう思ったのも束の間、怜央は振り返ることなく運転席へ乗り込んだ。車は水しぶきを上げ、雨の向こうへ消えていった。まただ。美羽に何かあれば、どれほどささいなことでも、怜央は迷わず私を後回しにする。同じように置いていかれたことは、一度や二度ではなかった。結婚式の日でさえ、そうだった。大勢の招待客が見守る中、怜央は悪びれもせず笑っていた。「美羽は俺にとって家族同然の親友です。結婚したからって、この関係を変えるつもりはありません。紗月にも理解してもらっています」会場が一瞬、しんと静まり返った。親族たちの気まずそうな視線も、笑顔を取り繕ううちに頬がこわばっていった感覚も、今でも忘れられない。それでも、二人はただの友達なのだと思い込もうとした。少し距離感がおかしいだけで、恋愛感情なんてない。そう自分に言い聞かせなければ、結婚生活を続けていけ
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