جميع فصول : الفصل -الفصل 20

20 فصول

第11話:二人の魂が重なる時

私は、客間へ御門智久を案内した。初めて足を踏み入れる美園家ではあるが、美園玲美の記憶が間取り図を私の頭の中に浮かばせている。 「御門様、お一人になりますが、ごゆるりと」 先ほど、御門智久が父に渡していた家宝の茶器を炊事場へと運ぶ。 「玲美様」 剣持烈に呼び止められ、振り返る。 「どうかしたか? 烈」 何やら、言いにくそうに私を見ている。 「言いたいことは、何でも言うといい」 私の言葉に、剣持烈は一呼吸置いてから口を開いた。 「はい。本日の玲美様は、以前の玲美様とは異なるお方のように思えてなりません。会場へ向かう車内で眠りにつく寸前、『痛い、熱い』と小さく呟き、瞳を閉じられました。あのような苦悶の表情を、私は見たことがありません」 私は、自分の唇から零れ落ちたはずのその言葉を、耳にはしていなかった。 きっと、あの声は美園玲美のものだ。私がこの身体に入り込む瞬間、かつて私が味わった炎の熱さや、刃に刺された痛みが、器である美園玲美の魂と合致してしまったのかもしれない。 「心配かけたな。ただの悪夢だ。案ずるな」 私は努めていつもの美園玲美を装い、背を向けた。 剣持烈の言葉は続く。 「玲美様、そのお言葉遣いもそうです。誠二とも、帰りの車内で話しておりました。今の玲美様は、私たちが幼い頃からお守りしてきた美園玲美様ではないのではないかと……」 剣持烈はそこで言葉を切った。疑念だけでなく、かつての美園玲美への愛情と、今の私に対する奇妙な信頼が混ざり合っているそのような瞳をしていた。 敏感な者には気づかれるか。甘かったのか。それとも彼らの忠誠心が私をそう見させるのだろう。 「けれど……」 剣持烈はいつも、言葉を区切る。私が傷つく言い方を最小限にしようとするところは、時にじれったささえ思えるが、それがこの剣持烈という男の魅力だ。 「けれど?」 今の私にとって彼らは、父を打つための重要な相棒だ。美園玲美ではないと断定されたとしても、私の言葉に従うならば、それでいい。 「今の玲美様が、私たちの新しい主であるならば、私はどこまでも従います。それがどのような形であれ」 「そうか……私が入れ替わっていても忠誠を誓う、と」 私は突きつけるように問いかけた。 剣持烈はわずかに呼吸を止めたが、深く頭を
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第12話:壊れた均衡、瓦解する日常

漆原誠二、剣持烈。そして、使用人の慌てふためく声。その全てを塗り替えるように、邸宅の玄関扉が乱暴に開け放たれた。 「――何の騒ぎだ?」 先ほどまで私と対立していた父が眉間に皺を寄せそう言った。 「旦那様、天条律様が騒いでいるようです」 剣持烈が父にそう言うと、父は慌てた様子で玄関へ向かった。 「誠二、烈。私たちも急ぎましょう」 私はそう言って、小走りで玄関へ向かう途中、御門智久が客間から顔を覗かせた。 「玲美様? 僕も一緒に向かいましょう」 御門智久は客人だ。このままジッとしていてほしいと思うが、引き留めたところで御門智久は強引にでも一緒に玄関へ向かうだろう。 私は静かに、頷いた。ぞろぞろと、私の後ろをついて歩く男性陣3人と玄関へ向かうと、父が天条律の前で何度もお辞儀をしていた。 「これは、これは。天条様。いかがいたしましょうか」 後ろ姿からでも手に取るように分かる。どの時代も同じだ。ごますりのため、ハエのように手をこすり合わせて、何度も何度も軽く頭を下げる。私にとっては、いい気はしない行動の一つだ。 そんな父にお構いなしに、天条律は私と御門智久が並ぶ姿を見つめていた。 「僕の婚約者を勝手に連れ去らないでいただきたい。御門!」 天条律が冷ややかな笑みを浮かべて、ゆっくり私の方へ歩みを進める。 「玲美、随分と楽しそうじゃないか」 天条律の目は節穴か。どう見ても楽しそうには見えるわけがない。律王の魂を引き継いでいるのかとさえ思えてくる発言だ。 「天条様、こんなところでは何ですから、客間へ……いや、応接間でお話をいたしましょう」 父は私が余計なことを話すのではないかと先手を打った。私の出番がなくなるではないか。今の私は完全に、美園玲美から美雪の魂そのものだ。 「僕が一番、玲美を愛している」 天条律はそう言って、私の手を取ろうとしたが、咄嗟に一歩後ろへ足が動いた。静かな怒りのときに、手を取るとでも思っているのか。そこまでの仲ではない。 「玲美と僕がお付き合いをして何年になると思うか?」 「何年一緒にいたかは重要ではない」 こんな時に限って、美園玲美の記憶は戻ってこないのだな。適当に数字を言うよりは、美雪らしい言葉を並べる方が、安全策だ。 「僕たちは10年一緒だ。なのに、どうして、御門の手を取ったんだ。脅されたのか?」 天条
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第13話:焼かれた記憶、誰が私を呼ぶ

全身を焼くような激痛。呼吸をするたび、喉の奥が焦げ付くような熱が肺を焼き、息を吸うことさえ苦痛だった。 (ここは……どこだ) 美園邸の玄関ではない。鼻を突くのは花の香りではなく、湿った土と古い木の匂い。そして、微かに薬草を煎じる匂いが鼻腔をくすぐった。 「……動くな。死にたくなければ、そのまま大人しくしていろ」 聞き覚えのある声だった。御門智久に似ている。だが違う。 今の御門智久より低く、どこか荒々しく、それでいて不思議と耳に馴染む声だった。 「……誰、だ」 掠れた声しか出ない。 目を開こうとしても何も見えない。暗闇ではない。瞼を覆う布が、私から光を奪っていた。 視覚を失った代わりに、指先の感覚だけがやけに鮮明だ。男が焼け爛れた私の身体へ何かを塗っている。 「何者、だ」 冷たい薬が皮膚へ触れるたび、焼けるような痛みと安堵が同時に押し寄せた。 精一杯声を張り上げているが、自分でも驚くほどか細い声しか出なかった。 私は生きていたのか。どれほど眠っていた。 (律王は、生きているのか) 「美雪様」 男は静かに言った。 だが、漆原誠二や剣持烈の声ではない。 敬意をこめて私をそう呼ぶ者は何人もいた。なのに、この声だけは思い出せない 炎だ。燃え盛る宮殿、崩れ落ちる柱、律王の狂った瞳、叫び声に、血。記憶を辿ろうとするたび、炎がすべてを焼き尽くしていく。 私を妬み、嫌う者かと思ったが、違うことは確かだ。 (私を生かしているのだから) 王宮の者か、それとも、一年前に商いで助けた者か。 いや、農村で出会ったあの青年だったか。どれだけ考えても思い出せない。 思い出せるのは、漆原誠二、剣持烈。そして、天条律に華条玲華。私を愛すると言った御門智久。それは前世の記憶ではなく未来の記憶だ。 男は私の反応を待たずに、小さく笑った。 「ハハハ……」 その笑いに喜びなどの欠片もない。何がおかしいのだ。 「律王ではない。安心しろ」 その瞬間、身体の奥から張り詰めていた何かが、わずかにほどけた気がした。私は眠っている間も、律王の名を呼び続けていたのだろうか。 男は包帯の端を丁寧に整えているようだ。焼けた肌へ触れる指先だけが、驚くほどに優しく感じる。 「……無理に話すな。その喉も肺も、
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第14話:王妃の終焉

(意識が……薬の苦みと、何かを刻む音) ゆっくりと瞼を開く。視界を覆っていた布はすでに外されていた。 鼻先をくすぐる薬草の香り。静かな部屋に、小刀で薬草を刻む音だけが響いている。 「……目覚めましたか」 男は私の意識が戻ったことを、顔を合わせずとも察したようだ。 「あぁ、そなたのお陰だ。それで、そなたの名は?」 男は静かに薬包をまとめると、私の身体を支え、ゆっくりと上体を起こした。 「驚いたな。もっと混乱するかと思っていましたが……ずいぶんと落ち着いておられる」 その横顔を見た瞬間、言葉を失った。今世で出会った御門智久によく似ている。 「……そなたは、御門であろう」 男は一瞬だけ目を見開き、やがて笑った。 「美雪様。私は御門という名ではございません」 違ったのか。 「……私は影山と申します」 その名を聞いた瞬間、胸の奥で止まっていた時がゆっくりと動き出した。 影山は懐かしむように目を細める。 「『ここはまだ、生きている』――そうおっしゃってくださいました」 その一言で、忘れていた景色が鮮やかによみがえった。 乾ききった大地、ひび割れた畑、諦めたような農民たちの瞳。 私は膝をつき、土を手のひらですくった。 『土地はまだ死んではおらぬ』 私は誰よりも先に鍬を握った。 王妃が泥だらけになる姿に、農民たちは驚き、それでも一人、また一人と鍬を手にした。 あの日、私が耕したのは畑ではない。民の心だった。だからこそ、彼らは最後まで私を見捨てなかった。 「王妃様がそこまでなさるなら、私たちも諦められねぇ」 あの日、荒れ果てていた畑には、人の希望が芽吹き始めていた。 影山が静かに笑う。 「あの日のことを、私は一生忘れません。皆が帰ったあとも、美雪様だけは日が暮れるまで鍬を置かなかった。王妃様ではなく、一人の農民として畑に立っておられました」 私は思わず目を伏せた。 「あの頃、城へ帰りたくなかっただけだ」 律王は私を王妃として飾りたいだけ。笑っていろ、黙っていろ、余計なことはするな。城では、それしか望まれなかった。だから私は城を抜け出した。民と共に生きることを選んだ。 土を耕え、商人と語り、流通を整えた。慈悲ではない。国を守るためでもない。 律王が城を支配する
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第15話:最初の一手

「……ご命令を」 影山が膝をついたまま、そう言った。 王宮では、誰も私の命令など望まない。だが、この男は違う。 私が何を命じるか、それだけを待っている。 この国はまだ眠っている。ならば、起こしてやればいい。 「影山」 「はい」 「今、民は何を一番恐れている」 影山は迷わなかった。 「飢えです。次に、重税。そして徴兵」 私は静かに頷く。 やはり律王は変わっていない。恐怖で民を縛ろうとしている。 「民は飢えれば従うと思っているのであろう」 「……はい」 私は小さく笑った。 「愚かな王だ」 王とは、民を支配する者ではない。民に支えられて初めて王となる。 その理を、律王は最後まで理解できなかった。 「影山」 「はい」 「残っている商人は」 「まだ七割ほどは我らに恩義を感じております」 「農民は」 「各地の村長たちも」 「薬師は」 「皆、密かに連絡を取り合っております」 私は息を吐いた。 思った以上に残っている。律王は私を殺しても、根までは切れなかった。 「ならば始めよう」 影山の瞳が揺れる。 「まずは税を払えなくなった村へ食糧を流せ」 「しかし、それでは我々の蓄えが」 「構わぬ」 私は影山を真っ直ぐ見た。 「金はまた稼げる。だが、人は死ねば戻らぬ」 影山は深く頭を下げた。 「承知いたしました」 「それと」 私は少しだけ考える。 律王は必ず民を監視している。露骨に動けば潰される。 だから、 「私の名は出すな」 影山が顔を上げる。 「え……」 「死んだ女が民を救うなど、不気味であろう」 思わず影山が笑う。 「確かに」 「救ったのは旅の商人でも、名もない篤志家でも構わぬ。私の存在は、まだ闇の中でいい」 「はい」 影山はすでに次の動きを考え始めていた。 この男は優秀だ。命令を一つ出せば十を動かす。だから私は安心して任せられる。 その時だった。 コンコンと、扉が小さく叩かれる。 影山が一瞬で表情を消した。 「誰だ」 影山が出入り口に向かって、強い口調で言った。 「薬を届けに参りました」 若い娘の声だった。すると、影山は私を見る。 私は静かに頷いた。
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第16話:残された帳簿

「……前世?」 漆原誠二が静かに問い返した。 私は小さく息を吐く。 「いや、まだ説明はできぬ」 今話しても信じるはずがない。 夢――ではない。あれは、夢では済ませられない。薬草の匂い、影山の声。そして、女官が命懸けで守った帳簿。どれも現実だったかのように鮮明だ。 それよりも先に、確認しなければならないことがある。 私はゆっくりと息を整えた。 「烈」 「はい」 「私は、どれほど眠っていた」 「三日です」 (三日……) 思っていたより短い。では、 「あの後は、御門智久と天条律はどうなった」 「天条様と御門様は、玲美様が倒れられたあと、美園家の医者が到着するまでご一緒に付き添われました」 剣持烈は続ける。 「その後、お二人とも毎日のように玲美様の容体を確認するために屋敷へ訪れております。今日はようやくお目覚めになられたので、まだ誰にも連絡しておりません」 私は静かに頷いた。 (……時間は進んでいる) 前世だけが流れていたわけではない。現代も、私を待たずに動き続けていたのだ。 「誠二」 「はい」 「影山という名に、心当たりはあるか」 漆原誠二は僅かに眉を動かした。 「……影山、ですか」 「知っているのだな」 「いいえ。同名の者は数え切れないほどおります。ただ……」 漆原誠二はそう言い、そばにいる剣持烈へと視線を送った。 剣持烈も僅かに眉を動かしている。 「ただ?」 「玲美様が、その名を口になさるとは思いませんでした」 私は視線を逸らし「忘れて……」そう言いかけて、首を振った。 違う。忘れてはいけない。触れなければ、今の美園玲美と私、美雪との因果が更に膨れ上がるだけだ。 「誠二」 「はい」 「美園家に古い帳簿は残っていないか」 漆原誠二はそう問われて、右斜め上へと視線を上げた。 「帳簿……ですか?」 「何十年も前でも構わない。商談記録でも、寄付でも、資産台帳でもいい。特に、先代以前の資料を見たい」 漆原誠二は少し考え込んでいた。そして、再度、剣持烈へ助けを求めるよう視線を投げた。 「地下資料室なら、古い保管庫がございます。ですが、今では誰も使っておりません」 示しを合わせたように、剣持烈がそう答えた。 (
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第17話:新たな味方か?封じられた地下室

冷たい風が、地下の奥から吹き抜ける。 その風に混じる薬草の香りだけが、私の鼓動を速めていた。 「烈」 「はい」 「明かりを」 剣持烈は無言で携帯用のライトを取り出し、暗闇へ光を向けた。 細い通路が、地下深くまで続いている。壁は石造り。だが、美園家の地下とは思えないほど古い。まるで、この屋敷より先に造られていたかのようだった。 「玲美様」 漆原誠二が静かに壁へ触れる。 「この石……かなり古いものです」 私は壁へ手を添えた。冷たい。 その冷たさに触れた瞬間、炎、燃え落ちる宮殿、悲鳴、血。 思わず額を押さえる。 「玲美様!」 剣持烈が私を支える。 「……大丈夫だ」 違う。これは頭痛ではない。石に残された記憶が、私へ流れ込んできただけだ。 「進もう」 私は歩き出した。 通路の奥へ進むほど、薬草の香りは濃くなる。 そして、コツ……また音がした。 三人が立ち止まる。 今度は確かだった。誰かが歩いている。だが姿は見えない。 「追いますか」 剣持烈が小さく尋ねる。 私は首を横へ振った。 「いや」 敵の領域で追うほど愚かではない。追うのではなく、相手に見せる。 「誠二」 「はい」 「灯りを消せ」 「……?」 二人は一瞬戸惑った。 それでも従う。地下は闇に包まれた。耳だけが冴える。風、水滴、そして、衣擦れ。 (そこか) 私は静かに口を開く。 「隠れていても構わぬ」 返事はない。 「だが、お前は私たちを見ている」 私の声だけが響くが、静かだ。 「ならば聞こう」 私は暗闇へ向かって告げた。 「お前は敵か」 数秒。 誰も動かない。カタン……何かが床へ落ちた。音は一つ。そして再び静かになる。 剣持烈が素早く灯りを点ける。 床には、一本の古びた木札が落ちていた。 私は拾い上げる。 そこに刻まれていた文字を見て、息を呑む。 『影』 「……影山」 その名ではない。だが、前世で私が与えた名の最初の一文字。 まるで、『ここまで来られるなら続きを見せよう』そう告げられているようだった。 「玲美様」 漆原誠二が奥を照らす。 通路の先には、もう一枚の石扉が静かに佇んでいた。その中央には、美園家の家紋ではない紋章が刻まれている。 私は思わず呟いた。 「これは……」 前世の王宮で、一度だけ見たこと
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第18話:王妃・美雪の告白

冷たい風が、地下通路を静かに吹き抜ける。 剣持烈が携帯用のライトを掲げると、その先の石室が淡く照らし出された。部屋の中央には石の台座。その上には、何もない。 「……遅かったか」 私は静かに呟く。 帳簿は、もうここにはない。誰かが、私たちより先に持ち去っている。 「王妃様……」 かすかな女の声が、石室の奥から聞こえた。 「誰だ!」 剣持烈が庇うように私の前へ立つ。 漆原誠二も周囲を警戒する。 そして、石壁の陰から、一人の若い女性がゆっくりと姿を現した。年は二十歳ほど。質素な着物姿。しかし、その立ち居振る舞いには、どこか気品が漂っている。 女性は私の顔を見るなり、その場へ膝をついた。 「……ようやく、お戻りになられたのですね」 その声は震えていた。 私は思わず息を呑む。 「そなたは……」 女性は深く頭を下げる。 「王妃様付きの侍女、紗月でございます」 その名を聞いた瞬間、胸の奥が大きく脈打った。 影山が語っていた。命を懸けて王宮から情報を流していた、一人の女官。 私は一歩近づく。 「紗月……生きていたのか」 紗月は静かに顔を上げる。 「いいえ」 穏やかな微笑みだった。 「私は、とっくの昔に命を終えております」 漆原誠二と剣持烈が顔を見合わせる。 二人は言葉を失う。 紗月は私だけを見つめていた。 「ですが、この場所を守る使命だけは、魂に刻まれておりました」 私は静かに目を閉じる。 「そうか……」 やはり、千年経っても終わっていなかったのだ。 紗月はゆっくりと口を開く。 「影山は最後まで王妃様を探しておられました」 私は何も言えなかった。 「あの帳簿も、命を懸けて守り抜かれました」 「では帳簿は」 「奪われました」 静かな一言だった。 「ほんの数日前です」 私は拳を握る。 やはり、現代にも、この帳簿を追っている者がいる。 「玲美様……」 漆原誠二が恐る恐る口を開いた。 「今のお話は……一体……」 私は二人を見つめた。 もう隠せない。いや、隠していては、この先へ進めない。 私は静かに息を吸う。 「誠二。烈」 二人が姿勢を正す。 「今から話すことは、到底信じられる話ではない」
last updateآخر تحديث : 2026-07-19
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第19話:婚約者

地下室から戻った翌朝。 朝食を取っていると使用人が慌てて駆け込んでくる。 「玲美様!」 「御門様がお見えです!」 私が少し目を細める。 (御門智久……) あの男を見ると、不思議と胸が落ち着く。理由は分からないが、その立ち振る舞いや、私を見つめる眼差しが、どうしても影山を思い出させるのだ。同じ人物だとは思わない。それでも、魂のどこかで懐かしさを覚えてしまう。 そこへ漆原誠二が耳打ちする。 「玲美様。昨日お命じになった華条家ですが、すでに調査を始めております」 私は小さく頷く。 「報告は後だ。今は御門様を優先する」 応接室へ入る。 御門智久が立ち上がる。 「玲美様。お加減はいかがですか」 私は静かに座る。 「心配を掛けた」 御門智久は少し笑う。 「三日も眠っていた人とは思えませんね」 その言葉に、私も小さく笑みを返した。 不思議だった。御門智久と向き合っていると、胸の奥に張りつめていたものが少しだけ和らぐ。その安心感が、なぜ生まれるのか。まだ私にも分からなかった。 御門智久が真剣な顔になる。 「玲美様。一つ、お聞きしても?」 「何だ」 「あなたは……本当に玲美様ですか」 部屋の空気が止まる。 漆原誠二と剣持も表情を変える。 私は御門智久を見る。 御門智久は話を続ける。 「目覚めてからも、更に別人のようです。ですが、今の玲美様の方が好きです」 「……そうか」 好き。その言葉に戸惑ったわけではない。 私が気になったのは、その続きを御門智久が口にしなかったことだ。 婚約を申し出たのか、天条律から私を奪ったのか。 あの場で迷いなく手を差し伸べた理由は、本当にそれだけなのか。それとも、まだ私の知らない理由があるのか。いまだに、この男が何を隠しているのか読めない。 私は静かに御門智久を見つめた。 バタバタと廊下を駆ける足音が近づいてくる。 「失礼いたします!」 使用人が息を切らせながら頭を下げた。 「玲美様、天条律様がお見えです!」 部屋の空気が、一瞬で張り詰めた。 御門智久は静かに立ち上がる。 「……来ましたか」 この時期を待っていたかのように、御門智久はそう言った。 私はゆっくりと立ち上がる。 「ちょう
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第20話:華条家の令嬢

華条家。 格式高い日本庭園を抜け、私は御門智久、漆原誠二、剣持烈と共に応接間へ通された。 静かな足音が廊下から近づいてくる。襖がゆっくりと開いた。 華条玲華は、黒髪を揺らしながら、私を見る。 そして、ゆっくりと微笑んだ。 「ようこそ、お越しくださいました」 その笑みは美しい。だが、どこか相手の内側まで見透かすような冷たさを秘めている。 私は静かに華条玲華を見つめ返した。 「突然の訪問、失礼する」 華条玲華は私ではなく、御門智久へ一度だけ視線を向けた。 「御門様までご一緒とは本当に、美園様を?」 御門智久は穏やかに笑う。 「ええ、玲美様は婚約者ですから」 華条玲華の瞳が僅かに細くなった。だが、それ以上は何も言わない。 私は静かに口を開いた。 「単刀直入に聞こう」 華条玲華は小さく頷き、 「何でしょう」 笑みを絶やさずにそう言った。 「華条家について知りたい」 私がそう言っても、華条玲華の笑みは崩れない。肝の据わった女であるのは、前世と変わりないことは分かっている。 「……家の歴史について、でしょうか」 「それもある」 私は一歩踏み込む。 「千年前まで遡って聞きたい」 その瞬間だった。 華条玲華の指先が、茶碗を持つ手でほんの僅かに止まった。 それはほんの一瞬だった。だから、普通なら見逃すほど小さな変化だ。 やはり、この女も知っている。先祖代々受け継がれているのだろう。 ここで終わらせず、さらに心理戦を続ける。 華条玲華はすぐに微笑みを取り戻した。 「面白いことを仰いますのね」 「華条家は由緒ある家柄ですが、千年前となると、さすがに伝承程度しか残っておりませんわ」 私は茶碗へ視線を落とした。 「そうか」 「ええ」 応接室は沈黙に包まれた。 互いに相手の出方を窺う。どの時代でも同じだ。 その静寂を破ったのは御門智久だった。 「玲華様」 華条玲華が穏やかに視線を向ける。 「何でしょう」 「一つだけ、お聞きしても?」 「どうぞ」 御門智久は笑みを浮かべたまま尋ねる。 「玲華様は、『王妃・美雪』という名をご存じですか」 その瞬間、華条玲華の表情から、初めて笑みが消えた。 「……なぜ、その名を」 華条玲華の声が低く震える。 千年前の「あの女」と重なる。やはり間違いない。華条玲華もまた
last updateآخر تحديث : 2026-07-20
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