All Chapters of 因果の連鎖、魂の復讐~前世で私を殺した王を地獄で待つ四人の悪女~: Chapter 1 - Chapter 10

20 Chapters

第1話:地獄の底から

「美雪……華星国を捧げて、あなただけを愛します」 愛? 笑わせるでない。 「他の男に渡すくらいなら、美雪を殺して俺も死ぬ」 華星国の豪奢な宮殿は、いまや地獄の様相を呈していた。 炎がすべてを飲み込んでいく。天井の梁が崩れ落ちる音が、遠くで雷鳴のように響く。熱気が肌を焼き、焦げた絹の匂いが肺に入り込む。 私・美園美雪は胸を刃で貫かれながら、律王の狂った瞳を見上げていた。 刃が肉を割く感触は、痛みよりも冷たさとして胸に広がった。 自分の血が温かいのか、炎が熱いのか、もう判別がつかない。 (私はここで死ぬのか?) 意識が暗転する瞬間、女の声が聞こえた。 「私たちが、王妃の座を!」 (野心的な令嬢の声) 「騙される方が、お悪いのですよ」 (狡猾な商人の声) 「王妃とあろうお方が、何という様なのでしょう」 (冷徹な側室の声) 「来世は、平民ですわね」 (残酷な貴族の声) その声を聞きながら、私は掠れ掠れにこう告げる。 「……いいわ。この記憶を抱いたまま、何度でも生まれ変わってみせる。私があなたを地獄の底へ突き落とし、この国を奪い取ってみせます」***それは、一年前。私が王妃になる前の話だ。 国を豊かにした。それは、ただ政を動かしただけではない。 私自身の手で、華星国の土を、民を、未来を、ひとつずつ掬い上げた。 「美雪様、どうかお助け下さい」 助けるしかない。私が動かなければこの者たちは終わる。 荒れ果てた土地を耕した。 干からびた大地に触れたとき、指先に伝わるざらつきが忘れられない。 「土は嘘をつかない。皆も一緒に手伝ってくれるか?」 肥えているか、痩せているか、どれほどの年月を放置されてきたか。触れればすぐに分かった。 私は農民たちと膝をつき、土を握りしめ、「ここはまだ、生きている」と告げた。 「美雪様に、何とお礼をしたらよいのだろうか」 「ありがたや、ありがたや」 彼らの目に灯った光を、私は今でも覚えている。 民の生活を整えた。 飢えた子どもたちの頬に触れたときの、あの冷たさ。 冬を越せない老人たちの震える声。 彼らの痛みは、私の胸に直接突き刺さった。 「農民のことに、手を貸すな。王である私のそばから離れるでない」 だから私は、税を見直
last updateLast Updated : 2026-07-12
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第2話:デジャブ

(天条律……) その名を聞いた瞬間、胸を貫かれた激痛が蘇った。 律王。 炎に包まれた宮殿、胸を裂いた刃、狂気に染まった、あの男の瞳。 私は思わず胸元へ手を添える。 傷など残っているはずもない。それでも、あの冷たい刃だけは、今も心臓を貫いたままだった。 (もし同じ魂なら――) 今度こそ、私は逃げない。 「……玲美様、美園玲美様。まもなく天条グループとの会食の会場に到着いたします」 その声で現実へ引き戻される。 ゆっくりと目を開くと、高級車の天井が視界に映った。 革張りのシート、静かなエンジン音、窓の外を流れる夜景。 どれも見慣れた光景のはずなのに、妙に胸の奥がざわつく。 (……既視感。) 違う。これは懐かしいではない。 私は、この空気によく似た時間を知っている。 「玲美様、お顔の色が優れません」 声の主は剣持烈。真っ直ぐな眼差しは、千年前と少しも変わらない。 「烈……死んだ夢を見た」 私がそう告げると、剣持烈は困ったように笑った。 「またですか……」 また? 私は思わず剣持烈を見つめ返す。 隣では漆原誠二が肩をすくめた。 「最近は毎晩のようにご覧になっていますからね」 (毎晩……?) 私には、その記憶がない。いや、正しくは、美雪としての記憶が鮮烈すぎて、美園玲美として過ごしてきた時間が霞んでしまっているのだ。 私は静かに目を閉じた。 (この身体は美園玲美。だが、この魂は美雪) 二つの人生が、一つの身体の中で静かに交わり始めていた。 「そうでしたか。余程お疲れなのでしょう」 剣持烈は心配そうに私を見た。 「誠二。日程を詰め込み過ぎなんだ」 「玲美様のお立場を考えれば仕方がないさ。美園グループの交渉は待ってくれない」 「だからって今日は別だろ。相手は天条グループだぞ」 天条。その名だけで車内の空気が少し重くなる。 「しかも婚約を前提とした顔合わせなんて、どう考えても強引すぎる」 「烈」 漆原誠二は苦笑した。 「断って逆上されるより、一度会って帰した方が安全だ」 「安全? あの男が相手だぞ」 二人は昔と変わらない。 理で動く漆原誠二。 情で動く剣持烈。 服はスーツへ変わっても
last updateLast Updated : 2026-07-12
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第3話:再会

天条グループが経営する高層ホテルの最上階。重厚な扉が開かれた瞬間、胸の奥で、刃が再び冷たく広がる感覚がした。炎の匂いが、一瞬だけ鼻腔をかすめた。この男は、私の記憶を焼き尽くしたあの男だと。 「天井グループの時期社長、天条律です。お会いできて光栄です」 その男は優雅に歩み寄り、私の手を取る。 指先から伝わる体温。そして、じわりとこもる力。その圧は、胸を貫いた刃の重さと寸分違わなかった。身体が一瞬だけ、前世の死を思い出して硬直する。 端正な顔立ち。その冷徹な瞳の奥底には、あの時と変わらぬどす黒い執着が渦巻いている。 燃える宮殿で私を刺し殺した、あの律王の瞳とまったく同じだ。 「天条のすべてを捧げて、あなただけを愛します。……私たちは、最高のパートナーになれそうだ」 甘く、耳をくすぐる囁き。前世で私を心中へ誘った時と、一言一句違わぬ台詞。 私は完璧な令嬢の微笑みを浮かべ、あえてその手を振り払わずに切り返す。 「情熱的な言葉をありがとうございます、天条様。ですが『すべてを捧げる』などと、大仰ではありませんか?」 私が小首をかしげると、天条律の瞳が獲物を狙うように細められる。 「大袈裟では……僕の心は美園玲美様に釘付けです」 声のトーン、呼吸の深さ、皮膚を撫でる空気感。すべてが千年前と変わらない。脳裏で警報のように記憶が明滅する。あの狂気を、私は二度と見間違えない。 天条律の手の甲にそっと指を添える。 「愛では動きません。利益でしか人は信用しません。愛など、国を滅ぼすには十分な毒だ」 私の問いかけに、天条律の表情から一度だけ、仮面のような微笑みが消えた。 一瞬の沈黙。 すぐに天条律は、楽しげに喉を鳴らして笑い出した。 「覚悟……ですか。面白い。僕のすべてを差し出しても、玲美様という女を落とせるなら安いものです」 天条律は私の手から指を抜くと、背後に控えていた漆原誠二へと視線を移す。 「漆原さん。玲美様は、随分と鋭い方になられた。以前のような、箱庭の鳥のような脆さはもうどこにもないように思うのだが、僕の気のせいだろうか」 天条律の言葉に、漆原誠二がわずかに眉をひそめる。その隣で烈は、天条律の一挙手一投足を、獣のような鋭さで見張っていた。 「……玲美様は、常に聡明であられます。天条様には、その聡明さがご理解いただけていなかっただけかと」
last updateLast Updated : 2026-07-12
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第4話:因縁の影と今世での出会い

「華条グループの令嬢、華条玲華様にございます」 (……華条玲華?) 目の前に立つ女の顔、立ち居振る舞い、そして底冷えするような微笑み。 かつて王宮の宴で私を陥れ、王妃の座を盗もうと画策した『華玲』と、あまりに重なる。 今世では華条グループの令嬢として名を連ねているのか。実に皮肉な巡り合わせだ。 「美園お嬢様。天条様の“愛する人”にお会いできて光栄だわ」 華条玲華は、細くしなやかな首筋を晒し、完璧な笑みを浮かべた。 (華条などという名も、その傲慢な魂にはよく似合っている) 私は、胸の奥で渦巻く冷たい炎を仮面の裏へ隠す。美園玲美というこの身体が天条律を愛しているのかは知らないが、私には、その感情が分からない。 私を特別扱いする事実だけが、ただの便宜上の材料として脳裏に焼き付いている。 「美園お嬢様? 聞いております? わざわざ下手に出て差し上げたのに」 その響きに、現実へ意識を戻す。わざととぼけて返せば、この女は必ず調子に乗る。 「あぁ、天条様が私を愛していると……」 「もっぱら、美園お嬢様の容姿を愛しているのですけれどね。それが無くなっても、天条様は美園お嬢様をお選びになるかしら?」 値踏みするような美園玲美の視線が全身をなぞる。 (容姿、か。笑わせる) 器など、どうでもいい。 私が価値を持つのは、『王妃・美園美雪』この魂だ。 私は微かに口角を上げ、華条玲華の背後に整然と並ぶ重役たちへ視線を投げる。 華条玲華の視線ひとつで動きを止める者たちを見て、すべてを悟った。 「権力の使い方を覚えたのだな、華条様は」 前世では手下を従えていた女。今世では巨大財閥そのものを手足に変えている。 その座も永遠ではないことを知るがいい。 剣持烈が一歩前に出ようとした瞬間、「待て」漆原誠二が静かに腕で制した。 剣持烈は黙って引き下がる。 二人とも、この女の纏う不穏な気配を本能で察したのだろう。 「誠二、よく止めた。あの女は、笑ったまま人を破滅へ導く」 「……噂は耳にしておりますので。玲美様からのお褒めの言葉、ありがたく存じます」 漆原誠二の淡々とした返答を聞きながら、私は声を潜めて尋ねた。 「誠二。華条玲華について調べていたな」 「ええ。昨年だけで五人です」 地位と名誉を欲した前世とは違い、今世では会社
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第5話:揺らぐ心、揺らぐ世界

天条律が、音もなく一歩踏み出した。 その瞳は微笑んでいるのに、奥底では何かが軋んでいる。 「御門。玲美様に対して、ずいぶんと親しげだね」 律王は前世から変わらない。声は柔らかく、怒鳴ることもない。だが、本当に追い詰められた時ほど、恐ろしいほどの静寂を纏う男だ。 対する御門智久は、まるで気にも留めないように涼やかに微笑んだ。 「親しげに見えましたか?……失礼。ですが、美園玲美様には、初対面とは思えないほどの既視感がありまして」 (……既視感?) 御門智久は前世の因縁とは無関係なはずだ。それなのに、私と同じように前世の記憶を抱えて飛んできたというのか。 華条玲華が、背後に控える役員たちを制するように、静かに手を上げた。その仕草は優雅だが、会場の空気を切り裂くほど鋭い。 「御門様。美園お嬢様に既視感……? それはまた、ずいぶんと興味深いお話ですわね」 華条玲華の声には、隠しきれない嫉妬と警戒が混ざっている。 御門智久は、華条玲華の鋭い視線を受け止めながら、舞台の中心に立つ役者のように笑った。 「華条様。あなたも感じませんか? 美園玲美様には……何かがある」 (何か、か) 私は手元のグラスを揺らした。深紅の液体が、炎のように怪しく乱れる。 「御門様。私に何かがあるとしたら……それは、あなたが感じているだけの錯覚ではございませんか」 そう言いながらも、胸の奥が不穏にざわつく。 御門智久は私の言葉を否定せず、確信に満ちた声で追い打ちをかけた。 「錯覚ならいいのですが……僕は、こういう感覚に嘘をつけない性質でして」 その言葉に、天条律の表情が微かに歪んだ。 「御門。玲美様に興味を持つのは勝手だが、その感覚は、僕が先に感じていたものだ」 (律王。前世でも今世でも、あなたは飽きもせず私を独占しようとする) 変わらない。この男の傲慢さは、時を超えても何ら進化していない。 私は、己の計画を再確認するように冷たく思考する。 (……律王の顔色を窺い、その本心を暴く。それが私の復讐の筋書きだ) 天条律の言葉に反応した、華条玲華が私の手元にあるグラスへ視線を落とした。 「天条様。先に感じていたとは……どういった意味かしら?」 華条玲華からの質問に対して、天条律は私へ視線を投げた。 「玲美様。……僕の隣にいてください。誰よりも、僕のそばに」
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第6話:仮面の裏側、崩れる微笑

「……一体、どういうこと? 天条様!」 華条玲華の甘い声が、初めて大きく震えた。 つい先ほどまでの余裕はどこにもない。 天条律の袖を掴んだまま、会場を見渡すその姿は、足元から地面を失った者そのものだった。 (当然だ) 天条家の舞台だと信じ切っていた。華条玲華も、天条律も。 そこへ御門智久が盤面をひっくり返した。 誰も予想していなかった一手だった。 「玲美様……少し、よろしいのでしょうか?」 背後から、漆原誠二が音もなく歩み寄り、私の耳元で静かに囁いた。 張り詰めた空気の中、私を護るように立つ剣持烈も、静かに視線で合図を送ってくる。 「御門様、私は少々席を外させていただきます」 御門智久へ優雅に一礼をする。私と漆原誠二、剣持烈の三人は、喧騒から逃れるように一度その場を離れた。 ガラス越しに夜の夜景が一面に広がる、静まり返った窓辺へと向かう。 「誠二、何かありましたか?」 漆原誠二は少しだけ周囲を確認してから口を開いた。 「玲美様。この婚約話について、改めてお考えいただきたく」 婚約。 その言葉を聞くだけで違和感が胸を締め付ける。 美園玲美として生きてきたはずなのに、この婚約へ至る経緯だけが霧の中だ。 まるで誰かが、その部分だけを覆い隠したようだ。 「理由を聞こう」 「天条家は強大です。しかし今の美園家では、いずれ飲み込まれます」 漆原誠二は迷いなく続ける。 「玲美様が築いてこられた人脈があるからこそ、美園家は今の地位におります。ですが、それは玲美様個人への信用です。家の力ではありません」 私は静かに頷く。 前世でもそうだった。国とは、人の信頼で成り立つ。信頼を失えば、一夜で崩れる。 「御門家なら違う、と?」 「ええ」 漆原誠二は即答した。 「御門家は天条家と並ぶ財閥ですが、経営方針も価値観も正反対です。もし美園家がどちらかと手を結ぶなら……私は御門家を推します」 私は剣持烈へ視線を向けた。 「烈。そなたはどう見る」 剣持烈は少し考えてから答えた。 「御門様は……玲美様をご覧になる時だけ、表情が違います」 「違う?」 「ええ」 剣持烈は珍しく言葉を選ぶように続けた。 「他の方を見る時は常に冷静です。ですが玲美様をご覧になる時だけ……肩の力が抜けると申しますか」 私は思わず口元を緩めた。 「
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第7話:迷い込んだ異邦人

僕、御門智久。 (……あぁ、やはりな) 窓辺で交わされた、あの一言。 『すまぬな。酔いが回ったようだ』 その古風な響きと、背筋を凍らせるような冷徹な響き。あれは、今の時代を生きる令嬢・美園玲美の言葉ではない。 僕はグラスを傾け、あえて何食わぬ顔で美園玲美の前に立った。 「失礼。……お連れ様との話が聞こえてしまいましたが、どこかお加減が優れないのですか?」 この顔合わせの会場で、天条律の隣に立ちながらも、どこか冷めた目差しで周囲を観察していた。先ほど窓辺で見せたその表情は、僕がこの数年間、遠巻きに眺めてきた『美園玲美』という令嬢とは、あまりにかけ離れていた。 僕の問いかけに、美園玲美はゆっくりと視線を上げた。 「聞こえておりましたか?」 これまで何度も、夜会という箱庭で美園玲美を見てきた。天条律の隣で無難に微笑む美園玲美を、僕はただ遠くから眺めることしかできなかった。美園玲美が何を見ているのか、何を考えているのか、その視線の先にあるものを見極めようと、僕はずっと観測し続けてきたのだ。 「僕が、玲美様のお力になれると思いますが……」 僕はそう言って、右手を美園玲美の前へ差し出した。 「このお手を取ってはくださいませんか?」 美園玲美は沈黙し、何やら思案している様子だった。僕の手を取ってほしい。必ず彼女を、僕の手で……いや、僕の人生のすべてを捧げて幸せにする。 「……御門様? その手を取ってはいけない気がします」 一瞬、なぜ美園玲美がそう言ったのか分からなかった。天条律にも、華条玲華にも負けず劣らぬ財力と権力を持つ僕に興味がないと言うのか。美園玲美の隣にいる漆原誠二が、何かを耳打ちしている。美園玲美は静かに頷いた。 「私を、必ず幸せにしてくださいますか?」 そう言って、美園玲美は僕が差し出した手を掴むのではなく、優雅に宙に浮かせていた。これは、僕から手を取れという無言の意志……いや、美園玲美なりの優雅な要求か。 「もちろんです。必ずや、僕のすべてを賭して幸せにします」 僕が誓うと、美園玲美は僕が何年も観察してきた中で、一番の微笑みを向けた。それは天条律に向けるような、作り物の笑みではなかった。 「それでは、玲美様。婚約の顔合わせ相手はこの僕、御門智久でよろしいですね」 この業界では、家と家の縛りはあれど、若者たちが独自に相手を
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第8話:触れた掌の熱

「皆さん、ご注目ください」 御門智久は、会場中の視線を一身に集めたまま、私の手を引いて歩き出した。御門智久の歩みは堂々としていて、何物にも怯えていない。王と王妃の婚礼の儀と重なる緊張感。 「本日の顔合わせは、これにて終了です。……これからは美園玲美様と御門家の未来について、改めてお話しさせていただきますので」 御門智久は私をかばうように前に立ち、天条律と華条玲華を背後に追いやる。 会場を出ようとする私たちの前に、天条律が立ちはだかった。 「……待て。玲美、君は本気で御門を選ぶつもりか? この婚約を覆すということは、美園家がどうなってもいいというのか!」 天条律の声には、焦りと執着が滲んでいた。前世で私を裏切った時の冷酷な響きとは違う、今の天条律にはないものを私が持っていることへの、醜い未練のようだ。 私は足を止め、天条律の顔をまっすぐに見つめた。 「天条様。美園家の行く末は、私自身が決めます。あなたに心配していただく必要はありません」 私は御門智久の腕に、あえて少しだけ体重をかけて寄り添った。 御門智久が『僕が守る』と言ったその力強さを信じて。 「……参りましょう。ここは、玲美様のような方がいる場所ではない」 「はい」 御門智久は天条律をまるで視界に入れていないかのように、涼しげな顔で私をエスコートし続けた。 会場を出ると、夜の冷たい空気が肌を刺した。 「なぜ、私を?」 ようやく、絞り出した私の声に、御門智久は静かに微笑む。 「僕と二人なら、世界だってひっくり返せます」 御門智久はそう言って、クスクスと笑った。 「美園家は、最近になって急速に持ち上がってきたばかりです。世界をひっくり返せるほどの力はありませんが」 「玲美様。だからこそ、いくらでも塗り替えられます」 御門智久の言葉を聞いて、私は冷めた心で納得した。ああ、結局はビジネスか。御門智久にとって美園家は、勢いのある未完成の家系に過ぎない。今の美園家の繁栄は、美園玲美の人柄によって成り立っている。私の前世の経験を活かして築いた知識、人脈ではない。御門智久が見ているのは、私という人間ではなく、私を、美園玲美を介して得られる美園家の市場価値なのかもしれない。 婚約という甘い言葉も、所詮は複雑に絡み合う利害関係を整理するための戦略。
last updateLast Updated : 2026-07-14
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第9話:嵐を招く手土産

「玲美様、烈が車を回します」 漆原誠二は私にそう言い、すぐに御門智久へ視線を向けた。 「御門様、本日は玲美様を助けてくださり、ありがとうございました。今日はこの辺で失礼させて頂きたいと思います」 漆原誠二は無礼なきよう、深く、深く一礼をした。 「御門様、お疲れ様でございました。私たちはこれで」 私も漆原誠二と同様に、一礼をすると同時に剣持烈が手際よく美園家の黒塗りのセダンを正面につけさせた。 御門智久がスッと横に並び、私に手を差し出した。 「玲美様、よろしければ僕の車で送らせていただけませんか? 今日のような場では、道中も何があるか分かりません。僕の護衛たちも、誠二殿や烈殿に協力させます」 御門智久は私の忠実な手足である二人に、深く会釈をした。 漆原誠二と剣持烈は顔を見合わせていた。 「誠二、烈。本日は、お言葉に甘えましょう」 漆原誠二、剣持烈がわずかに頷く。 主の意思を最優先とする彼らにとっても、今の状況で御門智久との連携は合理的だと判断した。二人は美園家の車に乗り込み、先導する形で私たちの後ろに付いた。 御門智久の黒い高級車へと促され、私は助手席に座る。 閉められたドアの向こう側で、漆原誠二と剣持烈が車を走らせ始めた。 ふと、懐かしい光景が蘇る。 『王妃様、お足元を』 前世、冷たい石造りの回廊を歩く私を、感情のない人形のように先導した近衛騎士たちの姿。彼らは私を「王妃」という記号として守るだけで、私の心の中など一度も覗こうとはしなかった。 それが当然だった。王妃に心など不要。守るべきは権力と血統だけでいい。 (だが、なぜ私は今、御門智久の気遣いに安らぎを感じているか) 自分の感情が、かつて捨てたはずの人間らしさに塗り替えられていくことに、微かな恐怖を覚える。静かな車内。街の灯りが窓越しに流れていく。 ずっと張り詰めていた糸が切れ、私はシートに深く沈み込む。隣では御門智久が、静かに私を見守っていた。 「……玲美様。一つだけお聞きしてもよろしいですか?」 御門智久の低い声が、車の中に響く。 私はゆっくりと御門智久の方へ顔を向いた。御門智久は先ほどまでの社交界の貴公子の顔から、一人の男としての真剣な眼差しに変わっていた。 「会場で、僕の手を取る前に……なぜ『その手を取ってはいけない』と言ったのですか?」 御門智久
last updateLast Updated : 2026-07-14
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第10話:静かなる威圧と、風呂敷の重み

美園邸の門をくぐった瞬間、私は溜息を殺した。 広大な庭園、手入れされた植木、そして格式高いエントランス。前世の王宮に比べれば箱庭のようなものだが、今の私にとっては、正体の知れない父親と向き合うための戦場だ。 隣に並ぶ御門智久は、まるで自分の庭を歩くかのように堂々としている。 車から抱えてきた5つの風呂敷を、御門智久は私の忠実な手足である漆原誠二と剣持烈に持たせていた。 「玲美様、必ずや僕を気に入っていただけますから」 御門智久は私の耳元でそう囁くと、エントランスの扉を開けた。 玄関ホールには、私を待っていたかのように、美園家の当主である美園玲美の父が立っていた。 (……ああ、なるほど) 私は美園玲美の父を見た瞬間、この身体がなぜこの父親を恐れていたのかを直感した。 父の佇まいには、人を慈しむ気配が微塵もない。有無を言わせない威圧感。目は大きいが、瞳が細く冷たく感じる視線。仕立ての良いスーツに身を包んでいようと、その根底にあるのは王宮で見飽きた、権力に飢えた獣のようだ。この男にとって、娘である美園玲美の愛すべき血族ではなく、美園家という組織を動かすための都合の良い娘に過ぎない。 私と目が合うと、父は表情一つ変えずにわずかに顎を引いた。 その仕草だけで、私の鼓動が早く、いや、美園玲美の鼓動が早くなり、心がひんやりするほど冷たくなる。 まさかだが、美園玲美は自害した瞬間に入れ替わったのではないかとさえ思えてくる。 「お父様。……本日は、御門智久様をお連れいたしました」 私が努めて冷静に声をかけると、父は鋭い眼光で御門智久を値踏みした。 前世、私が宮廷で数多の貴族たちに向けていたのと同じ、品定めするような眼差し。しかし、御門智久は怯むどころか、父よりもさらに深く、優雅に一礼した。 「初めまして、御門智久と申します。美園家の当主にお会いできることを、光栄に存じます」 御門智久は立ち上がると、後ろに控えていた漆原誠二から風呂敷を一つ受け取った。 そのまま、無造作に床へ下ろすと、結び目を解く。 「これは、僕の生家で代々大切にされてきた茶器です。格式を重んじられるお家柄だと伺いましたので、まずは誠意の形として」 父がわずかに眉を動かす。 この御門邸の当主が、わざわざ直々に持ち込んだのが高価な絹でもなく、家系を揺るがすほどの金銭でもなかった
last updateLast Updated : 2026-07-14
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