《母が事故に遭った日、医者の彼と別れた》全部章節:第 11 章 - 第 13 章

13 章節

第11話

こちらの様子に気づいた翔也が、すぐに駆け寄ってきた。「真央、大丈夫?」直樹は、翔也と私を交互に見た。何を疑っているのかは、すぐに分かった。私は何も言わず、翔也の手を強く握った。翔也は驚いたように一瞬固まったが、手を離そうとはしなかった。私は直樹を見て、静かに告げた。「はっきり言っておくね。この人、私の彼氏だから」直樹の顔から、さっと血の気が引いた。「嘘だろ。俺を嫉妬させたいからって、そんな嘘までつくのかよ」私は何も説明せず、翔也の手を握る指に力を込めた。「信じなくてもいい。でも、もう私に関わらないで」直樹は目を赤くしたまま、翔也をにらんだ。「俺より、こいつのほうがいいのか?」「うん。ずっといいよ」私は直樹を見たまま、続けた。「母の診察にも、当たり前みたいに付き添ってくれる。連絡すれば、ちゃんと返してくれる。何より、私や母の気持ちをちゃんと考えてくれるから」直樹は何も言い返せなかった。そのとき、背後から甲高い声が飛んできた。「真央さん、もう次の人を見つけてたんですか。ずいぶん切り替えが早いんですね」ヒールの音を響かせながら、亜希がこちらへ駆けてきた。直樹を追ってきたらしく、きれいに化粧した顔が怒りで引きつっていた。亜希はそのまま直樹の腕にすがりついた。「直樹、見たでしょ?真央さん、もう別の人と付き合ってるんだよ。直樹のことなんて、本当はどうでもよかったんじゃない?被害者みたいな顔をして、直樹だけを悪者にしてただけでしょ。もう帰ろうよ。私なら、直樹のことをちゃんと大事にするから。直樹がいいなら、私が彼女になるよ。ずっとそばにいるから」直樹がゆっくり振り向くと、亜希はその表情を見て一瞬黙り込んだ。それでも、涙を浮かべながら言葉を続けた。「私だって、ずっと直樹のそばにいたじゃない。私のどこが真央さんより劣ってるの?おばさんの事故だって、私のせいじゃないのに。どうして私ばかり責められなきゃいけないの?」亜希が言い終えた直後、直樹がその頬を平手で打った。乾いた音が響き、廊下はしんと静まり返った。亜希は頬を押さえ、信じられないように直樹を見た。「……直樹、私をぶったの?」直樹は亜希を見ようともせず、低く吐き捨てた。「消えろ」
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第12話

提出された資料には、亜希のけがを手当てしたり、検査に付き添ったりするために、直樹が勤務中に持ち場を離れた記録も含まれていた。さらに、母が救急搬送された夜、私が直樹に8回も電話をかけていたことが分かる通話履歴の画像まで添えられていた。院内では大きな問題になり、直樹はすぐに診療から外され、自宅待機を命じられた。その後、院内調査を経て懲戒解雇となり、医業停止の行政処分も受けた。友人から聞いた話では、処分の通知が届いた日、直樹は私が残した「待たされた記録」を握りしめたまま、病院の前のベンチに一晩中座っていたらしい。周りにいた人に、何度も同じことを聞いていた。「あの日の真央、怖がってた?一人で同意書にサインしたとき、泣いてた?」けれど、誰も答えなかった。もう、答えを知ったところで意味はなかった。今さら胸を痛めたところで、もうどうにもならない。亜希も、その後は思いどおりにはいかなかった。直樹が職を失うと、亜希はあっさり彼のもとを離れた。その後、羽振りのよさそうな男と付き合い始めたらしい。今度こそいい相手を見つけたつもりだったのだろうが、その男には妻がいた。ある日、その妻が数人を連れて亜希の会社まで押しかけ、大勢が見ている前で亜希の髪をつかんで引きむしった。その騒ぎが広まると、亜希のSNSまで掘り返され、過去の投稿や写真が次々と拡散された。【足首をひねっただけで、人の彼氏を一晩中付き合わせた】【相手のお母さんが救急搬送されたと知りながら、その彼氏を旅行に連れ出した】【相手のお母さんが作った笹団子を、ゴミ箱に捨てた】こうした書き込みも相次ぎ、亜希の評判はすっかり地に落ちた。その話を聞いたとき、私は店でトルコキキョウの茎を切りそろえていた。隣では、翔也が届いたばかりの花をフラワーキーパーにしまっていた。「そうなんだ」私はそれだけ言って、作業を続けた。うれしくも、悲しくもなかった。もう、私には関係のない昔の話だった。母はその後も順調に回復し、やがて退院の日を迎えた。よく晴れた日だった。退院した母を新しく開いた花屋へ連れていくと、母は店先に立ち、うれしそうに目を細めた。「真央、いいお店ね」店の名前は「花ひらく」にした。入口脇に掛けた小さな木のプレートには、こう書いた
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第13話

窓際で本を読みながら、私の仕事が終わるのを待ち、そのまま一緒に夕飯を食べる日もあった。翔也が私を急かすことは、一度もなかった。「あと10分」と言えば、本当に10分待ってくれた。「今日はもう疲れた」と言えば、笑ってこう返してくれた。「じゃあ、ゆっくり休んで。また明日来るよ」そんな翔也と過ごすうちに、私も少しずつわかっていった。翔也は、私を待たせてばかりいたり、疲れさせたりはしなかった。私の時間も気持ちも、家族のことも、ちゃんと大事にしてくれた。ある日の夕方、閉店の支度をしていると、店の外に直樹が立っていた。以前よりずっと痩せ、くたびれたコートを着ていた。目も充血していた。ガラス越しにその姿を見ても、もう心は動かなかった。「俺が出ようか?」翔也が立ち上がりかけたので、私は首を横に振った。「大丈夫。私が話す」店の外へ出ると、直樹は目を潤ませて私の名前を呼んだ。「真央。ただ、顔が見たくて来たんだ……」直樹は手にしていた保冷バッグを差し出した。「また笹団子を作ってみた。今度はちゃんと包めたんだ」私は保冷バッグに目を落としただけで、受け取らなかった。「直樹、もうこういうことはやめて」直樹は保冷バッグを差し出したまま、言った。「毎日、あの日のことばかり考えてる。真央から8回も電話が来てたのに、俺は全部切った。目を閉じると、手術室の前に一人でいた真央の姿が浮かぶんだ。本当に後悔してる。仕事もなくなった。亜希もいなくなった。何もかも失って、やっと気づいたんだ。俺のことを本気で大事にしてくれてたのは、真央だけだったって」私は最後まで黙って聞いてから、問い返した。「それで?」直樹は言葉に詰まった。「仕事も失って、亜希にも見放されて、それでようやく私のことを思い出したんでしょ。直樹、それは愛じゃないよ。もう誰も、私みたいに何も言わずに待ってくれないって気づいただけ」直樹の顔から血の気が引いた。「でも、私はもう待たない。直樹のことも、もう好きじゃない」直樹の頬を、涙が次々と伝った。「じゃあ……俺たちの8年は、何だったんだ?」私は振り返り、店の中を見た。母は翔也と楽しそうに話していた。店内の柔らかな明かりが、二人を温かく照らしていた。その姿
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