頭の中が一瞬、真っ白になった。呆然としている私をよそに、絢人はそのまま続けた。「花帆。むしろバレてほっとしたよ。これでもう、コソコソ隠す必要もないし」信じられない思いで見つめる。ようやく出た声は、自分でもわかるほど震えていた。「……今、なんて言ったの?」絢人はタバコの火を消し、吸い殻を無造作に灰皿へ放り込むと、ゆっくりこちらへ歩いてきた。「知ってる?交際を公表して2年目には、もう浮気してた。罪悪感はあるのにスリルもあってさ。あれ、一度味わうと癖になるんだよ」その言葉が胸の奥に刺さり、じくじくと痛んだ。交際を公表して2年目。私はまだ、絢人のファンからSNSで散々叩かれた傷を引きずっていた。あの年は、少しでも演技を磨きたくて、毎晩遅くまで台本を読み込んだ。オーディションがあれば全国を飛び回り、飛行機に乗りすぎて鼓膜を痛めるほどだった。一緒に過ごす時間が少ないことを申し訳なく思うたび、絢人はいつも「わかってるから」と言ってくれた。あれが、絢人の言う「わかってる」だったんだ。怒りで全身が震えた。気づけば手を振り上げ、絢人の頬を思いきり叩いていた。乾いた音が部屋に響く。涙が一気にあふれ、頬を伝った。「なんで、もっと早く言わなかったの?どうして私だけ何も知らないまま、バカみたいに騙され続けなきゃいけなかったの?絢人、答えて。どうして?」一瞬、絢人は目を見開いた。けれど、すぐに喉の奥で小さく笑った。「決まってるだろ。愛してるから」絢人は昔から声がよかった。「愛してる」と言われるだけで、本気にしたくなるような声だった。けれど今は、背後のベッドやソファに散らかった服のせいで、その言葉はひどく白々しく聞こえた。愛してるから、嘘をつくの?何年も隠れて浮気するの?目を閉じると、涙が頬を伝った。「絢人、別れよう」これが、お互いにとって一番いいと思った。ところが次の瞬間、強く腕を引かれ、そのまま胸に抱き込まれた。「離して!」もがいても、背中に回った腕は緩まない。タバコと知らない香水が混じった匂いが鼻をつき、吐き気がした。耳元で、絢人が低く言った。「いつまで若い子気分でいるんだ?もう、誰かが庇ってくれるような子供じゃないだろ」もがいていた手が止まる。
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