Lahat ng Kabanata ng 炎上して全てを失った元ゲーム実況者の俺、田舎の寂れた商店街で“推しの中の人”を拾う 〜無口な天才VTuber少女と始める: Kabanata 1 - Kabanata 10

16 Kabanata

第1話 炎上した元ゲーム実況者、田舎でコーヒーカップを洗う

 俺の名前がネットで燃えた日、世界は思ったより普通に回っていた。 電車は時間通りに来た。駅前の牛丼屋はいつも通り湯気を立てていたし、コンビニの棚には新作スイーツが並んでいた。隣の部屋の大学生は、夜中の二時に友達を呼んで馬鹿みたいに笑っていた。 俺だけが終わっていた。 スマホの通知欄は、血が出るほど殴られたみたいに赤くなっていた。 死ね。 消えろ。 謝れ。 二度と喋るな。 声が不快。 お前の動画で笑ってた昔の自分を殴りたい。 登録してたのが恥ずかしい。 人間として終わってる。 こいつを許すな。 スポンサーに通報しました。 学校にいるこういう奴が一番嫌いだった。 家族も同類なんだろうな。 最後の一文で、俺はスマホをベッドに投げた。 家族は関係ないだろ、と言いたかった。 けれど、言えなかった。 言えばまた燃える。 黙っていても燃える。 謝っても燃える。 反論すれば油。 説明すれば言い訳。 無言なら逃亡。 その時点で、俺はもう詰んでいた。 黒瀬悠斗。二十八歳。 かつては「クロユウ」という名前でゲーム実況をやっていた。登録者は八十万人ちょっと。大手と呼ばれるにはまだ足りないが、街を歩いていて声をかけられることもあったし、案件も来た。ゲーム会社の人間と名刺交換をして、妙に高い弁当が出る収録にも呼ばれた。 自分では、わりとうまくやっているつもりだった。 ゲームが好きで、喋るのが好きで、リスナーが笑ってくれるのが好きだった。 コメント欄に「今日も笑った」「嫌なことあったけど元気出た」と流れるたび、俺は画面の向こうに居場所を見つけた気になっていた。 その居場所が、ある日、燃えた。 きっかけは一本の切り抜きだった。 企業案件の収録後、スタッフと雑談していた時の音声。 俺の発言は前後を切られ、字幕を盛られ、いかにも視聴者を馬鹿にしているように編集されていた。 もちろん、全部が嘘だったとは言わない。 俺は聖人じゃない。 忙しさにかまけて態度が雑になった日もある。 数字を見て焦ったこともある。 同接が落ちた夜に、配信後の部屋で一人、机を殴ったこともある。 それでも、あの切り抜きに出ていた俺は、俺ではなかった。 そう言いたかった。 でも、言えなかった。 炎上というのは、事実確認が終わる前に判決が出る。 判
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第2話 推しの中の人は、ココアを飲むのも下手だった

翌朝、俺はソファの前で仁王立ちしていた。 目の前には、白いパーカーの少女が眠っている。 白瀬こはる。 昨夜、雨の中で倒れていた女の子。 そして、たぶん――いや、ほぼ確実に、大人気VTuber「月乃こはね」の中の人。 問題は、その事実を俺がどう扱うかだった。 扱い方を間違えたら、たぶん終わる。 俺は炎上経験者だ。 ネットで人間がどう壊されるか、多少は知っている。 だからこそ分かる。 こはるの正体は、ただの秘密ではない。 それは彼女の生活であり、仕事であり、逃げ場であり、首輪でもある。 そこに、見知らぬ男が「いつも見てます」なんて顔で踏み込んだら、もう人助けではない。 ただの暴力だ。 だから俺は、決めた。 月乃こはねのことは、知らないふりをする。 完璧に知らないふりをする。 どれくらい完璧かというと、月乃こはねが毎週木曜二十一時にやっている雑談配信で、リスナーのことを「夜更かし月うさぎさん」と呼んでいることも、初見詐欺が来ると「初見さんじゃない匂いがしますねえ」と妙な圧をかけることも、ホラーゲームで怖くなると画面端のマスコットを盾にすることも、全部知らない。 知らない。 俺は何も知らない。 そう自分に言い聞かせている時点で、かなり知っている。「……最悪だな」 俺は小さく呟いた。 推しの寝顔を見ている状況そのものが、もう最悪だった。 いや、別に変な意味ではない。 そういう話ではない。 ただ、距離感が難しすぎる。 画面の中の推しは、あくまで画面の中にいるから尊いのだ。 現実に、雨で濡れて、顔色が悪くて、ソファで毛布にくるまって眠っていると、尊いとか言っている場合ではなくなる。 飯。 水分。 着替え。 病院。 連絡先。 安全確認。 推し活ではなく、保護である。 俺はスマホを見た。 午前七時十三分。 昨夜から数時間しか眠っていない。 ソファをこはるに譲ったので、俺はカウンター席で腕を組んで仮眠を取った。結果、首が終わった。 首が終わった元ゲーム実況者。 登録者八十万人からの転落先として、なかなか味わい深い。「……ん」 ソファの方から、小さな声がした。 こはるが、ゆっくり目を開ける。 その瞬間、俺は反射的に一歩下がった。 寝起きの人間に知らない男が覗き込んでいたら、普通に怖い。 自分で
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第3話 月乃こはねは、笑えない

神谷レンの名前を見た瞬間、俺の中で何かが冷えた。 水道の蛇口を閉めた音だけが、やけに大きく聞こえた。 厨房の流しには、洗いかけの皿が一枚。泡のついたスポンジ。濡れた手。朝の光。 ただの喫茶店の朝だ。 それなのに、タオルに包まれたスマホの小さな画面だけが、俺の過去を乱暴に引きずり戻してくる。【神谷レン:こはねちゃん、連絡取れないって本当?】 こはねちゃん。 あいつが、その名前を呼んでいる。 俺は奥歯を噛んだ。 神谷レン。 元配信仲間。 爽やかな顔と、よく通る声と、誰にでも好かれる立ち回りを持った男。 カメラの前では友達思い。裏では、他人の数字を自分の踏み台にするのがうまい。 俺が炎上した時、あいつは泣きそうな顔で動画を出した。『僕は彼のことを友人だと思っていました。だからこそ、今回の件は本当に残念です』 あの声。 あの目。 あの、綺麗に整えられた失望。 当時の俺は、まだどこかで期待していた。 レンなら事情を知っている。 あいつなら、全部が切り抜きじゃないと分かってくれる。 せめて、少しは庇ってくれる。 馬鹿だった。 誰よりも早く俺を切り捨てたのは、あいつだった。 それが正解だったのかもしれない。 炎上中の人間に近づけば、自分も燃える。 ネットでは、火元から離れた奴が勝つ。 でも、俺は今でも覚えている。 あの動画が出た瞬間、俺の味方だったはずのコメント欄が、完全に敵に変わったことを。 クロユウ最低。 レンくん可哀想。 友達にこんな顔させるなんて。 こいつはもう終わり。 レンくんは巻き込まれただけ。 むしろ被害者。 神谷レンは、泣きそうな顔で数字を取った。 そして俺は、謝りながら沈んだ。「……なんで、お前が」 口の中で呟いた声は、自分でも驚くほど低かった。 ソファの方を見る。 白瀬こはるは眠っていた。 毛布を肩までかけ、少し丸まるようにしている。 顔色はまだ悪い。 目の下の影も消えていない。 眠っているのに、眉間に薄い皺が寄っていた。 十九歳。 大人気VTuber「月乃こはね」の中の人。 画面の中では、ふわふわした声でリスナーを甘やかし、失敗しても笑って、負けても笑って、眠れない夜に「一緒に起きてようね」と言ってくれた女の子。 その彼女のスマホに、神谷レンから連絡が来ている。
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第4話 商店街の弁当屋娘、白いパーカーの少女を見つける

第4話 商店街の弁当屋娘、白いパーカーの少女を見つける【本日十八時、月乃こはねとして謝罪配信をしてください。台本はこちらで用意します】 その一文を見た瞬間、白瀬こはるの顔から、感情が抜け落ちた。 泣いていた少女の顔ではない。 笑えないと吐き出した女の子の顔でもない。 画面の中へ戻るために、表情を消した顔だった。 俺は、その変化が嫌だった。 心底、嫌だった。 さっきまで、こはるは泣いていた。 鼻をすすって、フレンチトーストを半分食べて、少しだけ笑っていた。 人間として、ここにいた。 なのに、スマホの通知一つで、彼女の中から白瀬こはるが引っ込もうとしている。 代わりに出てこようとしているのは、月乃こはねだ。 明るくて、優しくて、失敗しても笑って、リスナーに「今日も生きててえらい」と言える、作られた声の女の子。 俺は、スマホを握るこはるの指先を見た。 白い。 血の気がない。 指が細すぎる。「……謝罪、配信」 こはるが呟いた。 声が乾いていた。「するのか」 俺が聞くと、こはるはすぐには答えなかった。 答えられないのではない。 答えは、たぶん決まっている。 ただ、それを口にしたら自分の身体までそちらへ引っ張られると分かっているのだ。 源三さんがカウンターで新聞を畳んだ。「謝罪とは、何を謝るんだ」 低い声だった。 こはるは、びくりと肩を震わせる。「……昨日の案件配信を、飛ばしたので」「飛ばした?」「はい」「倒れとったんだろうが」「でも、連絡を」「倒れとる人間が、どうやって連絡する」 源三さんの言葉は、相変わらず乱暴だった。 でも、妙に真っ直ぐだった。 こはるは、スマホを見たまま小さく首を振る。「私が、もっと早く言えばよかったんです。具合が悪いって。限界になる前に、ちゃんと」「ちゃんと、ちゃんと、うるせえな」 源三さんが吐き捨てた。 こはるが固まる。 俺も思わず源三さんを見る。「源さん」「何だ」「言い方」「言い方で人が助かるなら、わしはいくらでも柔らかく言う。だがな、黒瀬。こいつは今、柔らかい言葉で自分を絞めとる」 源三さんは、こはるを見た。「娘。お前さんが倒れた。これは事実だ。具合が悪かった。これも事実だ。なら、まず謝る相手は自分の身体だろうが。何で見も知らん画面の向こうに先に頭
last updateHuling Na-update : 2026-08-22
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第5話 喫茶こもれびと、終わりかけの商店街

第5話 喫茶こもれびと、終わりかけの商店街 扉のベルが、からん、と鳴った。 喫茶こもれびの古いベルは、いつもなら間の抜けた音を立てる。 佐伯さんが入ってくる時も、源三さんが文句を言いに来る時も、芽衣が弁当袋をぶら下げて乱入する時も、その音はどこか呑気だった。 けれど、その時だけは違った。 やけに鋭く聞こえた。 店内の空気が、一瞬で固まる。 ソファの上で、白瀬こはるが毛布を握りしめた。 隣にいた芽衣も、卵焼きの容器を抱えたまま動きを止める。 俺は、カウンターの前に立った。 扉から入ってきたのは、三十代前半くらいの女だった。 黒いパンツスーツ。 濡れていない髪。 高そうな腕時計。 細いヒール。 感情を削ったような目。 商店街には似合わない人間だった。 いや、違う。 この商店街は、スーツが似合わないのではない。 この人のまとっている空気が、ここに似合わなかった。 時間に追われている人間の匂い。 数字を見ている人間の目。 謝罪文と契約書とスケジュール表でできたような声。 女は、店内を一瞥した。 俺。 芽衣。 こはる。 視線が、こはるの上で止まった。「白瀬さん」 その呼び方で、確定した。 こはるの肩が、目に見えて跳ねる。 女は一歩、店の中へ入った。「探しました。こんなところにいたんですね」 こんなところ。 たった五文字で、俺は少しだけ腹が立った。 ここは、俺の店だ。 叔父が残した店で、源三さんが毎日まずいと言いに来て、佐伯さんがナポリタンを半分残し、芽衣
last updateHuling Na-update : 2026-08-23
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第6話 推しは、夜の商店街で泣いていた

第6話 推しは、夜の商店街で泣いていた 裏口の鍵は、開いていた。 それだけで、嫌な汗が背中を伝った。 白瀬こはるは、スマホを置いて消えていた。 スマホを置いて、だ。 昨日、雨の中で倒れていた時ですら離さなかったスマホを、彼女は置いていった。 その事実が、何より怖かった。「こはる!」 夜の商店街に、俺の声が響いた。 午前二時過ぎ。 こもれび商店街は、昼間以上に死んだように静かだった。 閉じたシャッター。 消えた看板。 街灯に照らされた濡れたアスファルト。 どこかの室外機が低く唸っている。 さっきまで、こはるはソファで眠っていた。 起きたらまだここにいますか、と聞いた。 俺は、いると答えた。 約束した。 その相手が、いない。「……くそ」 俺は裏口から路地へ出た。 空気が冷たい。 雨は降っていないが、地面はまだ湿っていて、路地の奥には水たまりが残っている。 こはるの姿はない。 白いパーカーなら、暗い中でも見えそうなものだ。 でも、視界にあるのは、古いビールケースと、誰かが放置した自転車と、壁に貼られた色あせたポスターだけだった。 俺は店に戻り、テーブルの上のスマホを見た。 タオルに包まれている。 開くわけにはいかない。 でも、何か手掛かりがあるかもしれない。 迷った。 彼女のスマホを見ることは、彼女の世界を覗くことだ。 それは嫌だった。 けれど、今はそんな綺麗事を言っている場合なのか。 倒れていた女の子が、夜中
last updateHuling Na-update : 2026-08-24
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第7話 元実況者の声を、推しは知っていた

第7話 元実況者の声を、推しは知っていた「私も、あなたを見ていました」 白瀬こはるは、夜の商店街の灯りの下で、そう言った。 その瞬間、俺は返事を忘れた。 風が吹く。 古いゲームセンターの看板が、かた、と小さく鳴る。 遠くの日向弁当の方から、誰かがシャッターを閉め忘れたみたいな金属音がした。 なのに、俺の耳には、こはるの声だけが残っていた。 私も、あなたを見ていました。 何だ、それは。 ずるいだろ。 俺はずっと、月乃こはねの配信に救われた側だと思っていた。 炎上して、名前を燃やされて、誰の声も聞きたくなくなって、それでも深夜にこっそり流していた声。 コメントもしなかった。 投げ銭もしなかった。 ただ、黙って聞いていた。 画面の向こうの彼女は、俺のことなんか知らない。 当然だ。 リスナーの一人ですらなかった。 ただの無言視聴者。 深夜三時の暗い部屋で、イヤホン越しに勝手に救われていただけの男。 それなのに。 その声の主が今、俺の前で言っている。 私も、あなたを見ていました、と。「……いや」 ようやく出た声は、自分でも情けないくらい掠れていた。「いや、待て。何を」「配信です」 こはるは、静かに言った。「クロユウさんの配信、見てました」「……いつ」「高校生の頃です」 芽衣が横で「え、え、何の話?」という顔をしている。 源三さんは腕を組んだまま黙っていたが、眉間の皺がさらに深くなっていた。 たぶん、話の半分も分かっていない
last updateHuling Na-update : 2026-08-25
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第8話 事務所からの電話と、壊れた声

第8話 事務所からの電話と、壊れた声 午前四時を過ぎても、俺は眠れなかった。 喫茶こもれびの店内は薄暗い。 カウンターの上には、飲みかけのまずいコーヒー。 ソファには、毛布にくるまって眠る白瀬こはる。 テーブルには、タオルに包まれたスマホ。 そのスマホの中で、さっき神谷レンから通知が来た。【神谷レン:クロユウの店にいるって噂、本当?】 俺は、その一文を何度も頭の中で繰り返していた。 噂。 誰が流した。 どこから漏れた。 真柴さんか。 事務所か。 商店街の誰かか。 それとも、黒いワゴンを見た誰かが、何かに気づいたのか。 いや、そもそも神谷レンは、どこまで知っている。 月乃こはねが休止した。 白瀬こはるが消えた。 こはるが俺の店にいる。 俺がクロユウであること。 その全部が一本の線で繋がったら、どうなる。 元炎上実況者クロユウが、休止中の人気VTuberの中の人を匿っている。 文字にしただけで、燃料として優秀すぎる。 真実なんか関係ない。 俺は知っている。 ネットは、面白い形に整えられた情報が好きだ。 誰かが悪役になり、誰かが被害者になり、誰かが正義の顔で石を投げられる形が好きだ。 今回の悪役は誰だ。 俺か。 こはるか。 真柴さんか。 事務所か。 それとも、神谷レンがまた綺麗な顔で「心配です」と言いながら、誰かを燃やすのか。「……考えすぎだ」 小さく呟いてみたが、全然そう思えなかった。 眠っているこはるを見る。 彼女は、
last updateHuling Na-update : 2026-08-26
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第9話 匿名ラジオの種

第9話 匿名ラジオの種 声が出ない朝に、喫茶こもれびは開店した。 普通なら、店を閉めるべきだったのかもしれない。 元炎上実況者の俺の名前が、またネットでざわつき始めている。 ソファでは、休止中の人気VTuberの中の人が声を失って眠っている。 神谷レンは、綺麗な言葉で火種を投げている。 事務所の真柴さんは、火消しの文章を打っている。 そんな状態で、呑気にコーヒーを淹れている場合ではない。 だが、喫茶店というのは面倒だ。 シャッターを上げなければ、外から見ると「何かあった店」になる。 閉めても心配される。 開けても心配される。 休むにも理由がいる。 これは配信と少し似ている。 だから俺は、いつも通り、開店準備をした。 床を掃く。 テーブルを拭く。 カウンターに砂糖の瓶を並べる。 昨日から何度も使った白湯用の小さな鍋を洗う。 芽衣が持ってきた卵焼きの容器を冷蔵庫に入れる。 コーヒーミルに豆を入れると、がりがりと乾いた音がした。 その音で、ソファのこはるが少し動いた。「悪い。起こしたか」 こはるは毛布の中から顔を出し、小さく首を横に振った。 声は出ない。 彼女はテーブルに置いてあったメモ帳を引き寄せ、ペンを取った。【大丈夫です】 丸い字だった。 月乃こはねの配信画面に流れるポップなテロップとは違う。 少し幼くて、丁寧で、線の最後が遠慮がちに細くなる字。「無理して書かなくてもいいぞ。首を振るだけでも通じる」 こはるは少し考えてから、また書いた。【声が出ないので、書けると安心します】「そうか」
last updateHuling Na-update : 2026-08-27
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第10話 夜の商店街、まだ明かりついてます

第10話 夜の商店街、まだ明かりついてます 翌朝、白瀬こはるはソファの上で正座していた。 毛布を膝にかけ、両手をきちんと揃えている。 顔色は昨日より少しだけましだった。 目の下の影はまだ残っているが、呼吸は落ち着いている。 テーブルの上には、メモ帳。 そこに丸い字で、こう書かれていた。【こんばんは】 朝八時二十分。 喫茶こもれびの窓からは、遠慮のない朝日が差し込んでいる。 八百屋の親父さんが外で段ボールを潰す音。 日向弁当の方から、油の温まる匂い。 源三さんがまだ来ていないので、店内には奇跡的に「まずい」という言葉が存在していない。 そんな健全な朝に、こはるは「こんばんは」の練習をしようとしていた。「……朝だぞ」 俺が言うと、こはるは真面目な顔でメモ帳を見せた。【夜は怖いので】「昨日も聞いた」【朝なら、少し怖くないです】「それも分かる」【でも、こんばんはは夜の言葉です】「律儀だな」 こはるは頷いた。 声は、まだ戻っていない。 完全に出ないわけではないらしい。 朝起きた時に「……おは」と小さく言いかけて、そこで喉が詰まった。 それからは無理をせず、メモ帳で会話している。 真柴さんからは、早朝に短い連絡が来ていた。『本日も音声発信は行いません。本人への直接連絡を控えるよう、関係者へ再度通達しました。白瀬さんは声を使わないでください』 業務指示、第二弾である。 ただ、こはるはその文面を見て、少しだけ安心した顔をした。 休んでいい、と曖昧に言われるより、使うな、と命令
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