All Chapters of 炎上して全てを失った元ゲーム実況者の俺、田舎の寂れた商店街で“推しの中の人”を拾う 〜無口な天才VTuber少女と始める: Chapter 11 - Chapter 16

16 Chapters

第11話 同接十二人の朝

第11話 同接十二人の朝 朝になっても、十二という数字は消えていなかった。 喫茶こもれびのカウンターに置いたノートパソコンの画面に、昨夜の配信アーカイブが残っている。 番組名は、まだ少し照れくさい。『夜の商店街、まだ明かりついてます』 最大同時接続数、十二人。 総再生数、三十四。 コメント、二十七件。 どれも、昔の俺なら気にも留めなかった数字だ。 いや、気にも留めなかったどころか、見た瞬間に胃が沈んでいたと思う。 登録者八十万人の頃、同接が少し落ちただけで、俺は配信後に何度もアナリティクスを見直していた。 何分で離脱されたか。 どの話題でコメントが減ったか。 どのゲームなら数字が取れるか。 次は誰とコラボすれば伸びるか。 そんなことばかり考えていた。 十二人。 昔の俺なら、敗北の数字だった。 でも昨夜、こはるは言った。「十二人も、いました」 その声が、まだ耳に残っている。 細くて、掠れていて、泣いた後の、でもどこか嬉しそうな声。 俺は、パソコン画面を見つめながら、冷めかけたコーヒーを飲んだ。「まずい」 自分で言ってしまった。 悔しいが、まずい。 源三さんに毎日言われているせいで、味覚まで洗脳されてきたのかもしれない。 ソファの方を見る。 白瀬こはるは、毛布にくるまって眠っていた。 昨夜の配信後、彼女は卵焼きを一切れ食べ、白湯を飲み、それから力尽きるように眠った。 スマホはタオルに包まれたまま、テーブルの端に置いてある。 途中で何度か震えた。 俺のスマホも、何度も震えた
last updateLast Updated : 2026-08-29
Read more

第12話 神谷レンは、優しい顔で火を近づける

第12話 神谷レンは、優しい顔で火を近づける 神谷レンという男は、昔から文章がうまかった。 うまい、というより、綺麗だった。 角がない。 刺がない。 読み手が勝手に好意を補ってくれる余白がある。 たとえば、今朝届いたメッセージもそうだ。【昨日の配信、聞いたよ。いい声の子だね】 ただ読むだけなら、褒め言葉だ。 昨日の匿名ラジオを聞いた。 声がよかった。 それだけ。 何も悪いことは書いていない。 誹謗中傷でもない。 脅しでもない。 むしろ、優しい。 けれど、その「優しさ」の形が、俺の胃の奥を冷たくした。 いい声の子。 それは、こはるの一番柔らかい場所に触れる言葉だった。 彼女は声で生きてきた。 声で救われ、声で求められ、声で追い詰められ、声が出なくなった。 それを知っているのか。 知らずに言ったのか。 どちらにしても、嫌だった。 俺は喫茶こもれびのカウンターで、スマホを伏せたまま、しばらく動けずにいた。 午前中の店内は、いつも通り静かだった。 源三さんは新聞を読みながら、まずいコーヒーを完飲している。 芽衣は弁当屋に戻ったり、また来たりを繰り返している。 こはるは窓際の席で、ホワイトボードを膝に置き、昨日のアーカイブのコメント欄をゆっくり読んでいた。 たった十二人のコメント欄。 その小さな場所が、今の彼女には大事だった。 だからこそ、俺は神谷レンのメッセージをどう扱うべきか迷っていた。 見せるべきか。 見せないべきか。 隠せば、こはるは今の穏やかな顔のままでいられるかもしれない。
last updateLast Updated : 2026-08-30
Read more

第13話 白湯ラジオ、二回目

第13話 白湯ラジオ、二回目 翌朝、喫茶こもれびのカウンターには、おにぎりと卵焼きと白湯が並んでいた。 喫茶店とは。 いや、もう考えないことにした。 この店は、数日前から喫茶店というより避難所であり、商店街会議室であり、謎の匿名ラジオ局であり、日向弁当の出張所でもある。 コーヒーだけは一応ある。 ただし、常連の老人から毎日まずいと言われる。 俺はカウンターに立って、昨夜の短い配信アーカイブを確認していた。『夜の商店街、まだ明かりついてます』 二回目……と呼ぶには少し短かった。 正確には、予定外の短い放送。 テーマは、優しい言葉が怖い日。 こはるは、たどたどしい声で言った。『優しい言葉が、怖い時があります』 その言葉は、コメント欄に思ったより深く刺さっていた。【分かる】【大丈夫?って聞かれるのしんどい時ある】【元気そうって言われると、元気じゃないって言えなくなる】【おにぎり食べます】【白湯とおにぎり、優勝】 最後だけ急に生活感が強い。 だが、悪くなかった。 むしろ、このラジオはそういうものなのかもしれない。 深刻な話をしているのに、最後は白湯や卵焼きやおにぎりへ戻ってくる。 逃げているようで、逃げていない。 重いものを、食べられる大きさに切り分けている感じ。 俺には、そう見えた。 ソファでは、白瀬こはるがホワイトボードを膝に乗せて座っている。 声はまだ完全ではない。 昨夜、少し話した後はまた喉が詰まった。 真柴さんからも「声は短時間のみ。無理をしないでください」と追加の連絡が来ている。 業務指示が少し人間らしくな
last updateLast Updated : 2026-08-31
Read more

第14話 芽衣は、少しだけ面白くない

第14話 芽衣は、少しだけ面白くない 日向芽衣は、明るい。 少なくとも、この商店街ではそういうことになっている。 日向弁当の娘。 いつも声が大きくて、配達用の自転車を全力でこいでいて、揚げたての唐揚げを一つ多く入れたことを母に怒られ、父の揚げすぎを止め、常連の老人に雑に絡み、客の愚痴を「はいはい」と聞き流しながら、最後には笑って弁当を渡す。「芽衣ちゃんがいると、店が明るくなるね」 そう言われるのは、嫌いではなかった。 むしろ、嬉しかった。 自分がいることで、誰かが少し楽になるなら。 沈みかけた商店街の中で、日向弁当の灯りが少しでも明るく見えるなら。 それは、まあ、悪いことではない。 でも、たまに思う。 明るいって、便利な言葉だ。 明るい子は怒らない。 明るい子は面倒を拾える。 明るい子は、冗談で返せる。 明るい子は、ちょっと傷ついても次の日には笑っている。 そんなルール、誰も言っていない。 言っていないのに、いつの間にか自分で守っている。「……面倒くさ」 芽衣は日向弁当の厨房で、卵焼きを巻きながら小さく呟いた。 朝の仕込みは戦争だ。 父は唐揚げを揚げている。 母はレジ横の予約表を確認している。 炊飯器からは湯気。 まな板の上には、刻まれた漬物。 ラジオからは、天気予報と交通情報。 いつもと同じ朝。 なのに、芽衣の頭の中には、昨夜の匿名ラジオのコメントが残っていた。【元気そうって言われると、元気じゃないって言えなくなる】 あれは、たぶん自分にも関係がある。 認めたくないけど、ある。「芽衣、
last updateLast Updated : 2026-09-01
Read more

第15話 こはるの母からの電話

第15話 こはるの母からの電話 白瀬こはるの母親から連絡が来たのは、昼過ぎだった。 その日は、ラジオを休みにする予定だった。 こはるの喉は昨日より落ち着いていたが、まだ長く話すと掠れる。 真柴さんからも「今日はなるべく声を使わないでください」と連絡が来ていたし、芽衣も「今日は完全休養。補給班命令」と言っていた。 だから、喫茶こもれびの昼は比較的静かだった。 源三さんは午前中に来て、コーヒーを飲み、いつも通り「まずい」と言って帰った。 佐伯さんはナポリタンではなく白湯だけ頼み、「白湯って、何もしない味がするわね」と謎の名言を残した。 八百屋の親父さんはきゅうりのポップが気に入ったらしく、「まっすぐじゃないけど、ちゃんと冷たい」が売れていると報告しに来た。 こはるは窓際の席で、ホワイトボードではなくメモ帳に新しいポップ案を書いていた。『古いゲーム機です。 でも、負けた時の悔しさは新しいです。』 ゲームセンターの朝日さん用らしい。 俺がそれを見て「名文だけど客が怖がらないか」と言うと、こはるは少しだけ笑い、下にこう書き足した。『勝ったら、もっと新しいです。』「商売が分かってきたな」 俺が言うと、こはるはホワイトボードに書いた。【商店街に染まってきました】「染まると戻れなくなるぞ」【少し怖いです】「だろうな」【でも、嫌じゃないです】 その文字を見て、俺は少しだけ安心していた。 嫌じゃない。 最近のこはるは、その言葉をよく使うようになった。 好き、と言うにはまだ怖い。 楽しい、と言い切るにはまだ心が追いつかない。 でも、嫌じゃない。 そのくらいの距離感が、今の彼女にはちょ
last updateLast Updated : 2026-09-02
Read more

第16話 役に立たない日のラジオ

第16話 役に立たない日のラジオ 翌朝、喫茶こもれびのテーブルには、白湯と卵焼きと、昨日のラジオのコメント欄が並んでいた。 正確には、コメント欄はノートパソコンの画面の中にある。 でも、感覚としては、テーブルの上に置かれているようだった。 白湯のカップ。 少し焼き目のついた甘い卵焼き。 日向弁当の小さなおにぎり。 そして、夜のどこかから届いた、知らない人たちの言葉。【いいと思う】【今日、何もできなかった】【仕事休んだ】【学校行けなかった】【一日布団にいた】【でも今これ聞いてる】【役に立てない日、あります】【生きてていいって言ってほしい】【白湯しか飲んでない】【でも白湯飲めたから勝ちにしたい】 白瀬こはるは、そのコメント欄を何度も読んでいた。 朝から、ずっと。 声は出していない。 喉を休ませるためでもあるし、昨日の電話と配信で、心の方が疲れているのもあった。 それでも、こはるは画面から目を離さなかった。 俺はカウンターでコーヒーを淹れながら、その様子を見ていた。「読みすぎると疲れるぞ」 こはるは、ホワイトボードに書いた。【疲れます】「じゃあ休め」【でも、読みたいです】「疲れるのに?」【はい】 少し間を置いて、彼女は書き足す。【私だけじゃなかったので】 その文字を見て、俺は何も言えなくなった。 昨夜、こはるはラジオで問いかけた。『誰かの役に立てない日も、生きていていいんでしょうか』 それは、誰かに向けた問いであると同時に、こはる自身がずっと自分に投
last updateLast Updated : 2026-09-03
Read more
PREV
12
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status