目が覚めた瞬間、まず確認するのは時計ではなく、隣の気配だ。 六時十二分。 達哉はまだ眠っている。寝返りを打った拍子に、掛け布団が半分、床に落ちていた。沙耶は音を立てないようにベッドを抜け出し、布団を拾って、そっとかけ直した。 それから足音を殺してキッチンへ向かう。 冷蔵庫を開ける。卵、豆腐、昨日の残りの小松菜。頭の中で今朝の献立を組み立てながら、沙耶は自動的に手を動かし始める。米を研いで、味噌汁の出汁をとって、卵焼き用のフライパンを火にかける。 窓の外はまだ薄暗い。四月の朝は、明けるのが中途半端に遅い。 卵を三つ割って、菜箸で溶く。砂糖をひとつまみ。いや、少し多かったかもしれない。沙耶は一瞬手を止めて、砂糖の瓶を見た。 ──また甘すぎって言われるかな。 そう思った瞬間、自分でも可笑しくなった。卵焼きを焼く前から、怒られる想像をしている。それがもう、朝の習慣になっていた。 七時ちょうどに、達哉が起きてきた。 「おはよう」と沙耶は言った。 達哉は返事をしなかった。椅子を引いてテーブルに座り、スマートフォンを開く。ニュースか、それともSNSか。沙耶には関係なかった。関係ないように、自分に言い聞かせてきた。 味噌汁をよそって、卵焼きを皿に盛って、ご飯を茶碗によそう。二人分。沙耶の分は、達哉が食べ終わってから。それがいつの間にか決まったルールになっていた。 達哉は箸を取り、卵焼きをひと切れ口に入れた。 二秒の沈黙。 「甘すぎ」 それだけ言って、またスマートフォンに目を戻す。 「ごめんなさい」 沙耶は言った。反射的に。考える前に、口が動いていた。 私はいつから、謝ることが呼吸になったんだろう。 洗い物をしながら、沙耶はぼんやりとそんなことを思った。 謝るのは怖いからじゃない。もうそういう段階は、とっくに過ぎていた。謝るのは、空気を保つためだ。この家の空気を、ぎりぎり呼吸できる濃度に保つための、沙耶なりの技術だった。 達哉は別に、怒鳴らない。手を上げたこともない。傍から見れば、普通の夫婦だと思う。それが──たぶん、一番ややこしいところだと、沙耶はうっすら気づいていた。 「今日、何時に帰る?」 達哉が背後から聞いた。 「クライアントとオンラインの打ち合わせが夕方にあるから、六時か七時くらいには──」 「ふ
Last Updated : 2026-08-27 Read more