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20 Chapters

第11話

同じ頃。遠く離れた海凪市の病院。窓ガラスから差し込む陽光が、床に落ちている。病室のベッドで青白い顔をした女がゆっくりと目を開け、呆然と周囲を見回した。自分は死んだのだろうか?これが死後の世界なのか?試しに体を動かしてみると、激しい痛みと脱力感が同時に襲いかかり、彼女は思わず息を呑んだ。「まずは安静にして」耳元で、穏やかで温かみのある声が響いた。夕夏はハッとして顔を向けた。男は仕立ての良いスーツを着こなし、ハーフ特有の彫りの深い端正な顔立ちをしていた。湖のように澄んだ碧い瞳は一見穏やかだが、よく見ると背筋が凍るような冷ややかさを秘めている。夕夏は彼に会うとは思いもしなかった。「デリックさん?どうしてここに?」「君が私のオファーを断ったと聞いてね。もう一度口説き落とそうと思って、わざわざ会いに来たんだ。まさか、君に会った時……」デリックは眉をひそめ、そこから先は言わなかった。だが、夕夏には彼が何を言おうとしたのかわかっていた。愛する人に嫁ぐのだと笑っていたかつての彼女が、あんなにも惨めで苦しみに満ち、虫の息になっているとは思いもしなかっただろう。しかも、部下たちに命令を下したのは他ならぬ蒼介なのだ。夕夏の瞳が、一瞬だけ暗く沈んだ。だが、一度生死の境を彷徨ったせいか、後ろ向きな絶望はむしろ薄れ、冗談を言う気力さえ湧いていた。「私がオファーをお断りしたのは5年前ですよ。5年も経ってから、突然会いに来たんですか?」「降参だ。実はこの国に用事があって来たんだが、ふと君のことを思い出してね」彼女の精神状態が少し回復しているのを見て、デリックは誰にも気づかれないほど微かに安堵の息を吐き、口角に笑みを浮かべた。夕夏は痛みをこらえて身を起こし、しばらく沈黙してから言った。「ありがとうございます。私の命を繋ぎ止めるのは……簡単ではなかったでしょう?」何しろ、蒼介の放った弾丸は彼女の胸を真っ直ぐに貫いていたのだから。デリックは、自分が最高の医療チームを呼び寄せたことには触れず、ただ微笑みながら言った。「君の両手を治すことのほうが、よほど難題だと思うがね」「私の手は、まだ治るんですか?!」「非常に難しいが、やってみる価値はある……」デリックの視線が彼女の手に残る傷跡をかすめ、そ
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第12話

「夕夏?」デリックの碧い瞳に珍しく焦りの色がよぎり、半歩前に出た。「私は……」「何も聞いていません……薬を飲む時間なので、失礼します」夕夏は早口で彼の言葉を遮り、くるりと背を向けて病室へ戻った。ベッドに腰を下ろしても、波打つ鼓動はなかなか静まらなかった。彼女とデリックは、もう何年来の付き合いになる。学校を卒業したばかりの頃、彼女は紛争地帯で数年間軍医として働き、そこで偶然負傷していたデリックの命を救ったのだ。当時の彼はまだ一族の内紛に巻き込まれており、今のような優雅な余裕など微塵もなかった。だが、前髪の隙間から覗く碧い瞳は今のまま美しく、いつも彼女をじっと見つめていた。その後、デリックは一族の問題を片付けると、自分の所有する病院で働かないかと夕夏を何度も誘った。同じ時期に夕夏を誘った病院は少なくなかったが、デリックの提示した条件は最高のものであり、雑念を捨てて治療に専念できる環境だった。夕夏はずっと、彼が自分に深く感謝しているだけなのだと思っていた。「夕夏?」デリックはしばらくドアをノックしていたが、返事がないためため息をつき、ドアを開けて入ってきた。彼は椅子を引いて腰を下ろし、穏やかな声で釈明した。「彼が勝手なことを言っているだけだ。怖がらないでほしい。君に無理を強いるつもりはないよ」夕夏が逃げることを選んだというのに、デリックがそれでもまっすぐに約束をしてくれるとは思わなかった。彼女はしばらく黙り込み、少し乾いた声で言った。「好意を持ってもらえたのは嬉しいです。でも、私は……」「その先は言わなくていい」デリックは彼女の言葉を遮った。「君を好ましく思っているのは私自身の問題であって、そのせいで君を困らせたくはないんだ。今はまだ体調も万全ではないだろう。まずはしっかり休んでくれ、いいかい?」夕夏は何も言い返せず、最後はただ頷くことしかできなかった。その後の半月余りは、驚くほど平穏に過ぎていった。夕夏は医師の指示に従ってリハビリに励み、体は徐々に回復し、精神的な状態も随分と良くなった。彼女は時折、柊家と橘家に関するニュースに目を通した。父を殺された恨みを、そう簡単に捨て去れるはずがない。生きている限り、あの手この手を使って、蒼介と結衣に必ず代償を払わせて
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第13話

デリックが慰めの言葉を掛けようとしたが、夕夏はすでに唇の端を上げていた。「心配しないでください。もう随分よくなりましたから。父が生きていたら、私が自分の殻に閉じこもって嘆き悲しむことなんて望まないはずですから……それはそうと、私を蒼介のところから連れ出したことで……」夕夏は彼を見上げた。「彼があなたに報復してきませんか?」当然、仕掛けてくるに決まっている。デリックは心の中で思った。彼は夕夏の親友だと名乗り、虫の息だった彼女を連れ去り、さらに死亡診断書まで偽造したのだ。蒼介は我に返った後、狂ったように彼を探し回り、夕夏の「遺体」を連れ戻すことだけを執拗に求めていた。おまけにここは相手の縄張りであり、対処するには少々骨が折れた。だが、そんなことは夕夏には言わなかった。彼はただ軽く笑い、話をはぐらかした。「私のところまで嗅ぎつけることはできないよ。さあ、私の作った料理を食べてみてくれ」「あなたが作ったんですか?」夕夏は目を輝かせ、箸を動かして一口食べると、その瞳は賞賛の色で満たされた。デリックと知り合ったばかりの頃から、彼の手料理はとても美味しかった。夕夏は優秀な医師であり、その手でメスを握り無数の命を救ってきた。しかし料理はあまり得意ではなく、無理に作ったものは喉を通らないほど不味かった。毎回、デリックのところへ食事をたかりに行く羽目になっていた。あの頃のデリックはまだ洋食しか作れなかった。だが今、目の前にある本格的で、見た目も香りも味も完璧な和食を見て、夕夏は感嘆せざるを得なかった。「あなたは料理の才能がありすぎます!外国人なのに、和食をこんなに美味しく作れるなんて!」デリックはただ笑うだけだった。彼女には言えなかった。この5年間、夕夏を思い出すたびに、彼は立ち上がって和食の作り方を学んでいたのだと。あの頃、自分の絶え間ない思慕が報われるとは思っておらず、それどころか残りの人生で二度と夕夏に会うことはないだろうとさえ思っていた。何しろあの時の蒼介の誓いは確固たるもので、あの時の蒼介は夕夏を狂おしいほど愛しているように見えたからだ。母親はよく、「あなたは温厚そうに見えて、実は偏執的だ」と言っていた。欲しいと思ったものは、必ず手に入れなければ気が済まない性質だと。
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第14話

食事を終えた夕夏は、うとうとと深い眠りに落ちた。彼女は過去の様々な出来事を夢に見た……夢の中に最初に現れたのは雫だった。雫は家柄が良く、表面上は礼儀正しいが、実は少しプライドが高く、友達は少なかった。口には出さないが、誕生日の願い事をする時に「夕夏と結衣が、ずっと私のそばにいてくれますように」と言っていた。当時、彼女の親族がそれを笑って言ったものだ。「夕夏ちゃんだってそのうち結婚して子供を産むんだから、一生お前にべったりくっついているわけにはいかないだろう?」雫は図星を突かれて呆然とし、夕夏を見つめながら、しばらく考え込んでいた。その日の夜、雫は夕夏を遊びに誘ったが、途中で約束をすっぽかした。彼女は夕夏にメッセージを送ってきた。【ごめんね夕夏!私、ものすごいイケメンに出会っちゃって、これからデートなの!安心して、あなたを一人ぼっちにはしないから。私の兄さんをそっちに行かせるわ!】夕夏は彼女の性格をよくわかっていた。それを見た瞬間、親族のあの言葉を気にして、自分の兄を夕夏に紹介しようとしているのだと気づいた。苦笑いしていると、頭上から声が降ってきた。「君が朝陽夕夏?」夕夏がハッとして顔を上げると、とても美しい瞳と視線が交差した。彼は言った。「俺は柊蒼介だ」それが、夕夏と蒼介の初めての出会いだった。後に蒼介はよくこう言っていた。雫は昔からいい加減で、いつも兄が後始末をさせられてきた。だがあの時だけは、兄にとびきり貴重な贈り物をくれた。夕夏こそが、彼の人生における最高のサプライズなのだと。夕夏もまた、2人の出会いを取り持ってくれた雫に感謝していた。雫のもう一人の親友である結衣が、何年もの間蒼介を想い続けていたことなど、少しも知らなかったのだ。もし雫の紹介がなければ、結衣は一生蒼介の愛を得られなかったかもしれないが、互いに敬意を払い合う夫婦にはなれていた可能性も高い。雫はそのことで罪悪感を抱き、結衣はそのことで夕夏を恨んだ。夕夏は時折考えた。自分は一体、何を間違えたというのだろう?夢から覚めると、枕元は涙でぐっしょりと濡れていた。夕夏の心に鬱屈とした悲痛がまだ残っているうちに、突然誰かに力いっぱい抱きしめられた。「夕夏お姉ちゃん!私がどれだけ会いたかったか、わかる
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第15話

デイジーの口が、突然むんずと塞がれた。「むぐ!むぐぐ!」彼女は納得がいかない様子で抗議の声を上げた。デリックは片手で彼女を後ろへ引きずりながら、夕夏に向かって穏やかな笑みを浮かべた。「すまない。君も知っての通り、妹は少し頭のネジが外れていてね」デイジーはようやく彼の拘束から逃れ、叫んだ。「誰の頭のネジが外れてるって――」「黙れ」デリックは目を細めて彼女を見下ろし、その口調には微かな脅しが混じっていた。「お小遣いが欲しくないのか?」デイジーは途端に縮み上がり、両手を挙げて降参のポーズをとった。デリックが警戒を解いて彼女から手を離すと、今度は真面目くさった顔で言った。「夕夏お姉ちゃん、私さっきはデタラメを言ってたわ。お兄ちゃんは絶っ対にお姉ちゃんのために悲嘆に暮れたりなんかしてないし、絶っ対にお姉ちゃんのために操を守ったりなんてしてないから……」「デイジー!」デリックは、この子を呼び寄せたことを本気で後悔し始めた。対する夕夏は、「ふふっ」と思わず吹き出してしまった。「デイジーはこの国の言語も上手に使えるようになったのね」デイジーはツンと顎を上げ、いかにも誇らしげに言った。「当然よ、私には才能があるもん!本当は、あの頃夕夏お姉ちゃんの教え方が良かったからだけど……」夕夏の瞳から陰りが消えていくのを見て、デリックの強張っていた肩も次第にリラックスしていった。そしてふと思った……デイジーは少々羽目を外しすぎるきらいがあるが、夕夏を笑顔にできるなら、それも悪くないと。目を覚ましたばかりの夕夏は、身体こそ危険な状態を脱していたものの、精神的には崩壊の危機に瀕していた。彼は二度と、彼女のあんな姿を見たくなかった。夕夏の体調が随分と良くなっていたため、午後のうちに退院手続きを済ませ、デイジーに引っ張られるようにして海凪市にあるデリックの私邸へと連れ帰られた。夕夏は少しためらった。「デリックさんには十分助けていただいたのに、あなたたちの私邸にまで住まわせてもらうのは申し訳ないわ。私には貯金もあるし、来てよ来てよ、私の相手をしてくれると思って!」デイジーは彼女の手を引っ張って何度も甘えた。「遠慮することないじゃない?お兄ちゃんはお姉ちゃんに片思いしてるんだから、お姉ちゃんが住ん
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第16話

夕夏はすぐに落ち着きを取り戻した。蒼介と雫は、誕生日に彼女を深く傷つけた。しかし、デリックとデイジーは違う。彼らは純粋な真心を向け、悪意など微塵もなかった。ならば、自分も真心で応えるべきだ。「嬉しすぎただけですよ」夕夏は涙を拭い、笑みを浮かべた。「願い事、決めましたわ。ケーキを食べましょう!」デイジーは素直にそれを信じ、嬉しそうに歓声を上げた。「美味しそう!お兄ちゃんがわざわざ作り方を習ったのよ!」しかし、デリックは鋭く何かを察知し、ずっと夕夏から視線を外さなかった。バースデーソングを歌い、ケーキを食べ終えた頃には、すっかり夜も更けていた。デイジーはあくびをしながら夕夏と一緒に寝ると駄々をこねたが、デリックに目で威嚇され、渋々追い払われた。「何もあんな顔しなくたって……」と彼女は歩きながら不満げに呟いた。デリックは聞こえないふりをして、夕夏のそばに歩み寄った。夕夏はまだ笑みを浮かべていた。「何か……」「お父さんのことを思い出していたのか?」夕夏の笑顔が凍りつき、彼女は少し困ったように笑った。「あなたは昔から、本当に鋭いですね」デリックは思案顔になった。「お墓はどこに?京極市か?」「ええ……」葬儀は夕夏が喪主を務め、ひっそりと行われた。夕夏の母は早くに亡くなり、父が男手一つで彼女を育て、トップクラスの大学まで行かせてくれた。生前は身を粉にして働き、他人との付き合いも少なかった。あの世に旅立つ時も静かなもので、弔問に訪れる人もほとんどいなかった。夕夏はそのことを思い出すたび、胸が締め付けられるように痛んだ。「一緒に行こう。彼のお参りに」デリックのその言葉を聞いて、夕夏は驚いたように彼を見た。「あなたは私がすぐに帰るのに賛成するとは思っていませんでした」いつまでもデリックの庇護の下に隠れているわけにはいかないと、彼女自身もわかっていた。結衣は多少の痛い目を見たかもしれないが、蒼介はまだだ。父の命の借りは、必ず返させなければならない。しかし、デリックは明らかに彼女を蒼介に接触させたくない様子だったため、予想外だったのだ。「君が戻りたがっているのはわかっていた。柊蒼介に代償を払わせたいのだろう」デリックは微かにため息をついた。「で
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第17話

京極市、霊園。夕夏は墓石の前に立ち、白い菊の花を手に静かに語りかけた。「お父さん、会いに来たよ……そっちの世界では、元気にしてるの?」彼女の後ろには数人のボディガードが立ち、周囲を警戒していた。デリックは墓参りに同行するつもりだったが、京極市に到着して早々、仕事のトラブルで足止めを食らっていた。それでも彼は無理に行こうとしたが、夕夏が止めたのだ。「心配なら、ボディガードを何人かつけてくれればいいじゃないですか。あなたはもう私のために十分すぎるほど尽くしてくれました。これ以上、自分の仕事を投げ出してまで付き添ってもらうなんて、本当に申し訳なくて」デリックは彼女の意志の固さに折れ、そうするしかなかった。夕夏は墓石を丁寧に拭き清め、ようやく身を起こした。霊園の入り口に向かって歩き出すと、案の定、見覚えのある人影が立っていた。男はずいぶんと痩せ細り、そのせいで顔立ちはより鋭さを増していた。こちらに向けられたその瞳には、微かに涙が光っていた。「朝陽、夕夏」「私が死んでいなくて、がっかりした?」夕夏は問い詰めた。蒼介は今の感情をどう表現すればいいのかわからなかった。狂喜と、深い怒り。自分をこれほどまでに苦しめ、悲しませたこの女を捕まえ、部屋に閉じ込めて、二度と逃げられないようにしてやりたいという衝動。様々な思いが交錯したが、結局、彼は目を赤くして口を開いた。「無事かもしれないとは思っていた。ずっとお前を探していたんだ」「探していた?私の父を殺しただけでは飽き足らず、今回は私まで殺したくなったの?」蒼介には、到底受け入れられなかった。夕夏がこれほどまでに嘲笑と憎悪に満ちた口調で自分に向かってきたことなど、これまで一度もなかったのだ!彼はしばらく沈黙し、尋ねた。「俺を憎んでいるのか?お前の父親が亡くなったことは知らなかった。あんな仕打ちをしたのも、誤解があったからだ。雫も自分の過ちに気づいている。結衣も代償を払った、あいつは一生、精神科病院から出ることはない……」夕夏は思わず笑い出しそうになった。「誤解?」「私が説明しなかったとでも?信じてもらおうと必死にならなかったとでも?あなたは一度でも私を信じたことがあった?!たった誤解の一言で、この5年間が帳消しになるとでも思って
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第18話

デリックの一族の事業は世界中に展開されており、京極市にも邸宅を構えていた。夕夏はデイジーの泣き落としに負け、再びそこに滞在することになった。邸宅に戻った時、デリックはまだ帰っていなかった。夕夏は少し心配だったが、電話をして彼の邪魔をするわけにもいかなかった。うとうとと浅い眠りにつき、翌朝、騒がしい声で目を覚ました。「外にいるのは誰?」彼女が階段を降りてくると、メイドが泣きそうな顔をしていた。「ある女性がいらして、どうしても夕夏様にお会いすると騒いでおりまして……」女性?夕夏は一瞬沈黙した。「通してちょうだい」メイドが恐る恐るドアを開けると、入ってきたのはやはり雫だった。「夕夏!本当に生きていたのね!心臓が止まるかと思ったわ、てっきりあなたが……」雫は目を真っ赤にして、何度も同じ言葉を繰り返した。「無事でよかった、本当に無事でよかった。さあ、一緒に兄さんに会いに行きましょう――」そう言いながら、彼女は夕夏の手を引こうと手を伸ばした。夕夏はその手を振り払った。「どうして私が彼に会いに行かなきゃならないの?」雫はハッとした。「兄さんはあなたのために、自分で自分を撃ったのよ……」「自業自得よ」雫は今度こそ本気で不満を露わにした。「夕夏、あなたが理不尽な目に遭ってきたのはわかってる。でも、この件はすべて私が悪いの。結衣に情けをかけて、嘘をつく手伝いをした私が悪いのよ。恨むなら私を恨んで!兄さんも私に騙されていたのよ!銃傷から高熱を出して、すごく危険な状態なの。お願いだから一緒に来てあげて……」夕夏はその顔をまじまじと見つめた。雫とはあれほど長い間友人だったのに、今となってはまるで別人のように見えた。その冷ややかな視線に耐えきれず、雫は後ろめたそうに目を逸らした。「そういう意味で言ったんじゃなくて、私は……」「夕夏お姉ちゃん!」少女の元気な声が響いた。デイジーは可愛らしいドレスを着て、夕夏の胸に飛び込んできた。夕夏の表情が一気に柔らかくなった。「今まで寝ていたの?」「やることはなくてね……このお姉さんは誰?」夕夏は一瞬黙り、答えた。「柊雫よ」「この人が柊雫?!」デイジーの目つきが瞬時に変わった。「ちょっと、よくもまあお姉ちゃ
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第19話

夕夏は、蒼介がそう簡単に引き下がらないことを知っていた。だから外出する時、デイジーがついて来るのを断ったのだ。道半ばで、案の定目の前が真っ暗になった。再び目を開けると、そこは病室だった。ベッドに座る蒼介は顔色が悪く、夕夏を穴の開くように見つめていた。「夕夏……」「あなたは、こんな方法でしか人を招待できないの?」夕夏は顔いっぱいに嘲笑を浮かべた。蒼介は深いため息をつき、手を伸ばして彼女を引き寄せようとしたが、その手に残る生々しい傷跡に気づいた。彼は動きを止めた。「どうしたの、見るのが怖いの?これはあなたの傑作でしょう?」夕夏は手を高く挙げ、彼の目の前で振ってみせた。「私を攫ってきたのは、まさか謝罪するため?謝罪であなたのしたことが許されるとでも?父の命が戻ってくるとでも思っているの?」蒼介の体がふらついた。「謝罪に意味がないことはわかっている、だが……夕夏、お前を信じなかったのは俺の過ちだ。どんな罪滅ぼしでもする、だからお前が俺から離れていくことだけは耐えられない」夕夏は合点がいったように頷いた。「私を監禁するつもり?」「お前がどうしてもここを離れると言うのなら」夕夏は笑った。「本当にそんなことができると思っているの?」蒼介は目を細めた。彼はその質問には答えず、別のことを尋ねた。「お前とデリックはどういう関係だ?」「命の恩人よ。彼がいなければ、私は死んでいたわ」蒼介は様々な答えを想像していた。夕夏の先ほどの言葉は確かに彼の痛いところを突いていた。デリックは狂犬のように彼に噛み付いてきており、夕夏に一度会うことすら至難の業で、監禁など到底不可能だった。だから彼は当然、2人の間に何らかの恋愛関係が芽生えたのだと思い込み、嫉妬の炎を燃やしていた。まさか、夕夏が「命の恩人」だと言うとは思わなかった。夕夏は誰のせいで、命を救われるような目に遭ったのか?自分自身のせいだ。柊家で権謀術数を巡らせて生きてきた蒼介は、この瞬間、胸を抉るような激しい後悔を味わった。「すまない」「そう?でも、絶対に許さない」夕夏の声は冷淡だった。蒼介は目を閉じ、軽く手を振った。彼のボディガードが前に進み出ると、夕夏に短剣を差し出した。「どういう意味?」蒼介
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第20話

「はい」夕夏は感謝の眼差しでデリックを見た。デリックは安堵の息を吐き、蒼介に向き直った。「柊社長、私はこの間、ずっとあなたに関する証拠を集めていました。確かにあなたは京極市で権力をほしいままにしていたが、これらの事実を公に引きずり出せば、相応の代償を払うことになります」蒼介は、デリックが夕夏の手を固く握り締めているのを見て、苦々しく唇を歪めた。「ああ、自業自得だ」「兄さん!何を言ってるの!」雫が慌てて飛び込んできた。「ただの証拠よ、裁判になっても恐れることなんて何もないわ……」疲れ切った蒼介の視線を受け、彼女の声は次第に小さくなっていった。「俺はあいつを5年も痛めつけた。丸5年間も……俺が間違っていた。俺は受けるべき罰を受ける。雫、お前も……自分の行いを省みろ」雫は全身を震わせた。いつもはピンと伸びていた彼女の背筋が、音を立てて崩れ落ちた。夕夏は蒼介の心境の変化などに興味はなく、デリックと共に病院を後にした。デリックの目の下の微かなクマと、瞳に浮かぶ疲労の色を見て、夕夏は少し胸が痛んだ。「この間、ずっと蒼介を追い詰めるために動いてくれましたの?」「ああ、言っただろう?君の仇討ちを手伝うと」彼は微笑んだ。その碧い瞳は、美しいとさえ言えるほどだった。夕夏は一瞬見とれ、うつむいて言った。「本当に、たくさん助けてもらいましたね」「たいしたことじゃない。君は私の命を救ってくれたんだから……」「いいえ、たとえ命の恩があっても、あなたはもう十分にお釣りが来るくらい返してくれましたわ」夕夏は真剣な顔で言った。「どうやって恩返しすればいいかわからないけど、私にできることなら、何でもします」朝の光が降り注ぎ、彼女の顔を優しく照らした。デリックは静かに彼女を見つめた。恩に着せて彼女を自分のそばに縛り付け、自分を愛するように仕向けるという考えがなかったわけではない。だが、それはほんの一瞬よぎっただけだった。デリックは笑って言った。「夕夏。君はかつて、天才的な外科医だった。私に恩返しをしたいなら、その手を治して、私の病院へ来てくれ」夕夏はハッとして、彼の笑顔を見つめ、力強く頷いた。……三年後。夕夏は長丁場の手術を終え、疲れ果ててドアのそばにもたれかかりながら水を
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