馬車の扉が、外から叩かれた。「殿下。街道の左手、森林帯より魔獣の群れ。数、およそ四十」「種は」「灰狼です。それと――大型が一体」「規模が合わないな」アルヴィス様は短く言って、外套を掴んだ。「季節外れだ。何かに追われて出てきたか、あるいは誰かが押し出したか」「はっ」「隊列を組め。馬車は動かすな。ヴィオレット嬢、失礼」彼は私の手を取り――ではなく、私の膝に薄い毛織の掛け布をかけた。「え」「肌寒くなる。外は騒がしくなるが、心配は要らない。少し待っていてくれ」そして、扉を開けて出ていった。私は掛け布を膝に載せたまま、しばらく動けなかった。*外は、たちまち慌ただしくなった。金属の触れ合う音。指示を飛ばす声。馬のいななき。天幕を畳む音。私は窓に寄って、外を覗いた。騎士たちが素早く展開していく。無駄がなかった。中央にアルヴィス様が立ち、右手を軽く上げるだけで、隊がひとつの生き物のように形を変える。――強い。そう思った。指揮が、ではない。彼自身が、だ。立ち方で分かる。足の置き方、重心の残し方、視線の配り方。あの人はたぶん、この場の誰よりも強い。私は窓枠を握りしめた。「お嬢様」隣にシェラがいた。「馬車から出ぬようにと、仰せつかっております」「……ええ」「お嬢様」「分かっています」分かっている。私は皇太子妃候補で、令嬢で、守られる側だ。それが今世の私の立場だ。前世とは違う。じっとしていればいい。*森から、灰色の影が湧き出した。灰狼。馬より一回り大きく、群れで狩る。単体なら騎士一人で足りるが、四十を超えると話が変わる。騎士たちが迎え撃った。見事なものだった。前列が槍で足を止め、後列が魔術で薙ぐ。狼が三頭、四頭と崩れていく。崩れて、なお前に出てくる。――おかしい。灰狼は臆病な獣だ。仲間が倒れれば散る。それが群れで狩る生き物の理屈だ。散らない群れというのは、つまり。背後から、もっと恐ろしいものに追われている。その考えが形になった瞬間、森が、割れた。木が、三本まとめて倒れた。そこから出てきたものを、私は知らなかった。牛を五頭ほど縦に繋いだくらいの体躯。背に硬い甲板が並び、頭部には角が二対。前脚が異様に長い。咆哮が空気を叩いた。馬が総立ちになった。騎士の一人
Última actualización : 2026-08-29 Leer más