第1話 役立たずの通訳は、雪原へ捨てられた「異世界人、如月遥人。王国軍監察官の権限により、貴様を勇者一行から除名し、国境砦から即刻追放する。罪状は古代条約の故意による誤訳、竜帝国との和平交渉の妨害、ならびに勇者の名誉を傷つける虚偽の申告だ」 王国軍監察官グレイヴ侯爵が読み上げた宣告は、窓の外で吹き荒れる風よりも冷たく、砦の会議室に集められた者たちの顔から、わずかに残っていた人間らしい表情まで奪っていった。 横長の机を挟んだ向こう側には、俺とともにこの世界へ召喚された勇者の神崎怜央が座り、その隣では聖女セナ・アルベルトが両手を固く組んでいる。壁際には騎士や神官が並んでいたが、俺と視線を合わせようとする者は一人もいなかった。 つい半日前まで、俺は彼らの仲間だった。 食料の配分について兵站部と揉めたときには、夜が明けるまで帳簿を確認した。魔物の群れが街道を塞いだときには、命懸けで相手の言葉を聞き、争わずに道を開けてもらった。古代遺跡では罠に刻まれた文字を読み、怜央が英雄らしく先頭を歩けるよう、彼の足が床へ触れるより先に危険を伝えてきた。 それでも、戦うことのできない俺は、最初から勇者一行の正式な仲間として数えられていなかったのかもしれない。「確認させてください。俺が古代条約を故意に誤訳したという証拠は、どこにあるんですか」 椅子に座ることさえ許されていなかった俺は、立ったままグレイヴ侯爵へ尋ねた。 侯爵は机上の羊皮紙へ目を落としたが、それは文章を確認するためではなく、俺の顔を見ずに済む場所を探しただけなのだろう。彼は太い指で紙の端を押さえ、最初から用意していた答えを口にした。「王国に仕える三名の古代語学者が、貴様の翻訳には重大な誤りがあると証言している。竜族が国境を越え、人間の村を襲ったという記録を否定し、逆に我が国が先に侵略したかのような解釈を示したそうだな。和平交渉の場でそのような妄言を口にすれば、王国の威信を損ない、兵士たちの犠牲を侮辱することになる」「その三人は、石板のどの行を読んだんですか。条約の冒頭すら解読できず、俺の控えを覗こうとしていた人たちですよね。俺が読み上げた箇所には、始原暦八百十二年、人間王国が北の境界標を三里越えて砦を築いたと明記されていました。しかも、竜族が撤去を要求した記録まで残っていた。都合が悪いからといって、石に刻
Last Updated : 2026-08-30 Read more