All Chapters of 「通訳しかできない役立たず」と追放された俺、敵国の竜皇女に拾われて婚約者になりました : Chapter 1 - Chapter 10

10 Chapters

第1話 役立たずの通訳は、雪原へ捨てられた

第1話 役立たずの通訳は、雪原へ捨てられた「異世界人、如月遥人。王国軍監察官の権限により、貴様を勇者一行から除名し、国境砦から即刻追放する。罪状は古代条約の故意による誤訳、竜帝国との和平交渉の妨害、ならびに勇者の名誉を傷つける虚偽の申告だ」 王国軍監察官グレイヴ侯爵が読み上げた宣告は、窓の外で吹き荒れる風よりも冷たく、砦の会議室に集められた者たちの顔から、わずかに残っていた人間らしい表情まで奪っていった。 横長の机を挟んだ向こう側には、俺とともにこの世界へ召喚された勇者の神崎怜央が座り、その隣では聖女セナ・アルベルトが両手を固く組んでいる。壁際には騎士や神官が並んでいたが、俺と視線を合わせようとする者は一人もいなかった。 つい半日前まで、俺は彼らの仲間だった。 食料の配分について兵站部と揉めたときには、夜が明けるまで帳簿を確認した。魔物の群れが街道を塞いだときには、命懸けで相手の言葉を聞き、争わずに道を開けてもらった。古代遺跡では罠に刻まれた文字を読み、怜央が英雄らしく先頭を歩けるよう、彼の足が床へ触れるより先に危険を伝えてきた。 それでも、戦うことのできない俺は、最初から勇者一行の正式な仲間として数えられていなかったのかもしれない。「確認させてください。俺が古代条約を故意に誤訳したという証拠は、どこにあるんですか」 椅子に座ることさえ許されていなかった俺は、立ったままグレイヴ侯爵へ尋ねた。 侯爵は机上の羊皮紙へ目を落としたが、それは文章を確認するためではなく、俺の顔を見ずに済む場所を探しただけなのだろう。彼は太い指で紙の端を押さえ、最初から用意していた答えを口にした。「王国に仕える三名の古代語学者が、貴様の翻訳には重大な誤りがあると証言している。竜族が国境を越え、人間の村を襲ったという記録を否定し、逆に我が国が先に侵略したかのような解釈を示したそうだな。和平交渉の場でそのような妄言を口にすれば、王国の威信を損ない、兵士たちの犠牲を侮辱することになる」「その三人は、石板のどの行を読んだんですか。条約の冒頭すら解読できず、俺の控えを覗こうとしていた人たちですよね。俺が読み上げた箇所には、始原暦八百十二年、人間王国が北の境界標を三里越えて砦を築いたと明記されていました。しかも、竜族が撤去を要求した記録まで残っていた。都合が悪いからといって、石に刻
last updateLast Updated : 2026-08-30
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第2話 「近づけば殺す」と言う竜の本音

第2話 「近づけば殺す」と言う竜の本音 黒い鎖に囚われた白銀の竜は、近づいてくる俺を追い払おうとするように大きく口を開いた。 鋭い牙の奥で青白い光が揺らぎ、周囲の空気が一瞬にして張り詰める。竜が吐く炎ならぬ冷気にさらされれば、外套一枚しか身を守るものがない俺など、悲鳴を上げる暇もなく凍りつくだろう。『聞こえなかったのか、人間。それ以上近づけば、おまえを殺すと言ったのだ』 耳に届いたのは、雪崩が起きる直前の地鳴りにも似た低い咆哮だった。しかし、「万象通訳」がそこへ意味を与えると、若い女性の声として理解できた。 怒ってはいる。警戒もしている。けれど、そこに本気の殺意はなかった。 それどころか、俺の耳には、彼女が口にしている威嚇とはまるで違う魂の声が重なって聞こえていた。『来てはいけない。この鎖に触れれば、この人間まで傷つく。早く逃げてくれ』 自分を助けてほしいと願いながら、俺を巻き込みたくないとも思っているらしい。 ずいぶんと面倒な竜だと思ったが、自分の本音を隠しながら相手の事情ばかり考える人間を、俺は一人よく知っていた。「殺すつもりなら、もう少し元気そうに言ったほうがいい。口の奥に光が見えているけれど、さっきから一度も冷気を吐いていないし、右の翼も動かせていない。たぶん、その鎖は攻撃しようとするたびに締まる仕組みになっているんだろう」 白銀竜の瞳がわずかに見開かれた。『なぜ、私の言葉が分かる』「一応、通訳だから。もっとも、ついさっき役立たずという理由で仕事を失ったばかりだけど」『ふざけている場合ではない。私の言葉を理解できるなら、状況も理解できるはずだ。この鎖を仕掛けたのは、おまえと同じ人間だぞ』「それは見れば分かる。鎖の留め具にアストリア王国軍の紋章が入っているからな。だからといって、俺まで仕掛けた側に数えられるのは困る。俺はその王国から、外套とパンだけ持たされて雪原へ捨てられたところだ」
last updateLast Updated : 2026-08-30
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第3話 敵国の皇女を助けてしまった

第3話 敵国の皇女を助けてしまった 黒い鎖から流れ込んできたのは、単なる魔力ではなかった。 捕らえよ、奪え、逆らう者を傷つけろという命令が、怒鳴り声のように頭の中へ押し寄せてくる。言葉を聞いているというより、誰かの憎しみを無理やり脳へ流し込まれているような感覚で、腕に絡みついた鎖を通じて体の内側まで冷たくなっていった。『生命の不足を確認した。改変の対価として、術者の記憶、感情、存在情報を徴収する』「そんな条件は、最初に言ってほしかったな。血が必要だとは聞こえたけれど、記憶まで持っていくなんて話は聞いていない」『遥人、誰と話している。それが鎖の声なのか』「そうらしい。交渉する気はなさそうだけど、少なくとも、黙って命を奪われるよりは相手の要求が分かるだけましだ」『ましなものか。今すぐ手を離せと言っているのだ。鎖を外す方法が分かったのなら、帝国へ戻った後で術者を連れてくればよい』「その帝国へ戻る前に、あなたの命が尽きる。さっきから鎖が吸い上げる力が増えているし、俺の血へ反応したことで、向こう側にも異常を知られたはずだ。王国軍がここへ来るまで、それほど時間はない」 鎖の力が流れ込む先は、俺が追い出された国境砦だった。あれだけ大がかりな魔力の流れを、砦にいる術者たちが監視していないはずはない。俺が鎖の命令を書き換えたと気づけば、グレイヴ侯爵は兵を差し向けてくるだろう。 この白銀竜を奪い返すためなのか、口封じのためなのかは分からないが、どちらにしても俺たちにとってよい話ではなかった。『それなら、なおさらおまえだけでも逃げろ。私がここで暴れれば、兵たちの注意を引きつけることくらいはできる』「暴れれば、その瞬間に鎖があなたの首を折る。俺を逃がしたいなら、もう少し現実的な方法を考えてくれ」『おまえを助けるために死ぬのなら、少なくとも私自身が選んだ死に方だ』「自分の命を何だと思っているんだ」『それは先ほど、私がおまえ
last updateLast Updated : 2026-09-10
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第4話 人間嫌いの竜皇女

第4話 人間嫌いの竜皇女「おまえを、私の監視下に置く。拒むのなら、ここで殺すしかない」 氷の剣を引いたリシアは、選択肢を与えたつもりなのかもしれない。しかし、片方を選べば殺されるという条件は、普通なら選択とは呼ばない。 俺は毛布を体へ巻いたまま、焚き火を挟んで彼女を見つめた。「つまり、竜帝国へ一緒に来いということか」「おまえは竜殺しの鎖を解除し、始原語を書き換えた。私の魂語を聞き取れることまで含めれば、帝国にとって放置できない存在だ。おまえが王国へ戻るつもりはないと言っても、それを証明する方法がない以上、私の目が届かない場所へ行かせるわけにはいかぬ」「言いたいことは分かるけれど、監視下に置かれる俺の側に、何か利点はあるのか。竜帝国へ行った途端、牢へ入れられて、知っていることを全部話した後で処刑されるのなら、ここで殺されるより少し時間が延びるだけだろう」「おまえの身の安全は、私が保証する」「数分前まで俺を殺そうとしていた人から言われても、あまり安心できないな」「殺そうとしていたのではない。必要なら殺せると示していただけだ」「剣を喉へ押しつけられた側からすると、その違いはかなり分かりにくい」 リシアの眉間へ皺が寄った。 口では反論しようとしているが、魂からは、『確かに私の説明にも問題があったかもしれないが、この状況で素直に謝れば、最初から殺すつもりなどなかったと認めることになる』という、ひどく面倒な葛藤が聞こえている。 どうやら第三皇女という立場は、謝罪一つにもそれなりの覚悟を必要とするらしい。「分かった。竜帝国へ行く。ただし、いくつか確認させてくれ」「妙に簡単に決めたな。人間であるおまえが竜族の国へ入れば、命の保証などないと分かっているのか」「ここに残っても、王国軍に見つかるか凍死する。選べる道が二つしかないのなら、少なくとも俺を助けようと考えている人と一緒に行くほうを選ぶ」
last updateLast Updated : 2026-09-11
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第5話 処刑の代わりに出された条件

第5話 処刑の代わりに出された条件 竜帝国で迎えた最初の夜、俺は客室と呼ぶには扉の錠が頑丈すぎる部屋へ入れられた。 窓には鉄格子こそないものの、青白く光る細い文字が何重にも刻まれ、触れようとすると「逃亡者を焼却する」という物騒な意味が伝わってくる。扉の外には二人の近衛兵が立ち、部屋の四隅には監視用と思われる水晶まで置かれていた。 家具は立派で、寝台も国境砦で使っていたものより柔らかい。それでも、外へ出る自由がなければ、豪華な牢と呼ぶのが正しいだろう。「少なくとも、雪原で凍死するよりはいいか」 誰に聞かせるでもなく呟き、俺は机の上へ広げられた転移門の記録に目を落とした。 女帝ガルディアが与えた猶予は、明日の正午までである。それまでに古代転移門が動かない原因を突き止め、修復方法を示せなければ、俺は人間王国の間者として処刑される。 しかも、リシアが俺を皇城へ連れ込んだ責任まで問われるらしい。 俺一人の命ならば、どこかで諦めることもできたのかもしれない。しかし、助けた相手まで巻き添えにするとなれば、簡単に失敗するわけにはいかなかった。 記録には、百年以上にわたって転移門を調査した竜族の術者たちの報告が残されている。魔力の供給は正常で、門の石材にも大きな損傷はない。それにもかかわらず、起動させようとすると魔法が逆流し、術者だけを門の外へ弾き飛ばすという。 文字そのものを見なければ、俺にも原因は分からない。 報告書を何度読み返しても同じ結論へ戻り、そろそろ目を休めようとしたとき、扉の向こうから言い争う声が聞こえた。「殿下、さすがに夜も更けております。人間の男が一人でいる部屋へお入りになるなど、いくら監視のためとはいえ、外聞がよろしくありません」「私の所有物を、私が確認して何が悪い。そもそも、私が近くにいなければ、この者が妙な行動を取ったときに止められぬだろう」「でしたら、我々も室内へ同行いたします」「おまえた
last updateLast Updated : 2026-09-12
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第6話 皇女からの偽装婚約

第6話 皇女からの偽装婚約「遥人。おまえには、私の婚約者になってもらう」 リシアが何を言ったのか、言葉の意味は正確に理解できた。 俺の技能は「万象通訳」であり、聞き慣れない竜族の言葉や始原語であっても、そこに伝えようとする意味がある限り読み違えることはない。それでも、このときばかりは、自分の能力が壊れているのではないかと疑いたくなった。「すまない。転移門を直すために寝ていなかったせいか、今の言葉をうまく理解できなかった。婚約者というのは、竜帝国では別の意味を持つ役職か何かなのか」「おまえが想像しているものと同じだ。将来の結婚を約束した相手、つまり夫となる予定の男を指す」「それなら、聞き間違いじゃなかったらしいな」「最初から、そう言っている」「確認したいんだが、あなたと俺が出会ったのは、昨日だったよな」「正確には、一昨日の夕刻だ。おまえが長く眠っていたので、その分だけ時間が過ぎている」「日数を一日増やしたところで、知り合ったばかりであることは変わらない。しかも俺は人間で、あなたは人間嫌いの竜皇女だ。助けた直後には剣を喉へ向けられ、昨日は所有物と宣言された。そこからどういう順番で考えれば、婚約という結論にたどり着くんだ」「私も好きで、この結論を出したわけではない!」 リシアは声を荒らげた後、廊下に控えている侍従たちへ聞こえたかもしれないと気づき、咳払いでごまかした。 表情だけは冷静さを取り戻したものの、魂から漏れてくる声は混乱したままだった。『もっと落ち着いて説明するつもりだったのに、なぜ最初から言い争いになっているのだ。そもそも、私も好きで考えたわけではないという言い方では、この男との婚約が嫌でたまらないように聞こえるではないか。いや、これは偽装なのだから、嫌でも問題はないはずだ。それなのに、どうして遥人が傷ついた顔をしていないか気になるのだ』 彼女が気にしているほど、俺は傷ついていない。そもそも、
last updateLast Updated : 2026-09-13
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第7話 恋愛禁止の婚約契約

第7話 恋愛禁止の婚約契約「これ、本当に三か月で解消できる契約なのか」 俺が問いかけると、リシアの肩が明らかに揺れた。 銀色の巻物へ刻まれた古代竜語は、俺の耳へ「二つの魂を一つの巣へ結び、死が二人を分けるときまで続く」と囁いている。どのように都合よく解釈しても、三か月限定の偽装婚約を示す文章には思えなかった。 リシアは俺と目を合わせないまま、机の上へ置いた巻物を箱へ戻そうとした。「今日はもう遅い。詳しい話は、明日、法務官を交えて行えばよい。おまえも疲れていると言っていたではないか」「そうだな。疲れているからこそ、これを三か月の契約だと思って署名していたかもしれない。説明は今聞きたい」「署名させる前には、きちんと説明するつもりだった」「それなら今、説明できるだろう。この契約は、いつまで続くんだ」 リシアは箱へ伸ばしていた手を止めた。 魂語からは、『署名する前には話すつもりだったというのは本当だ。しかし、具体的にいつ話すつもりだったのかと問われれば、答えられない』という後ろめたさが伝わってくる。 黙って契約させるつもりだったわけではないのだろう。ただ、正直に話せば俺が婚約を断るかもしれないと恐れ、説明する時期を先延ばしにしていた。 悪意がないからといって、許されることではなかった。「リシア、俺は王国で、読めない契約書へ何度も署名させられた。勇者一行の一員として登録されたときも、報酬の分配や功績の扱いについて詳しく説明されなかった。共通語へ翻訳された書類は見せられたけれど、原文には、異世界人の功績は王国と勇者へ帰属すると書かれていたんだ」「そのような条項があったのか」「あった。召喚されたばかりの俺は、この世界の文字をほとんど読めなかったし、疑う理由もなかった。後から原文を読めるようになって気づいたけれど、その頃には何年も経っていた。だから、内容を理解できない書類へ署名するのは、もう二度と嫌なんだ」
last updateLast Updated : 2026-09-14
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第8話 皇女宮は俺を夫と認識した

第8話 皇女宮は俺を夫と認識した『魂約の成立を確認した。新たなる男主人の帰還を歓迎する』 皇女宮から聞こえてきた声は、百年ぶりに待ち人が帰ってきたかのように弾んでいた。 俺には古代宮殿が発する言葉として理解できたが、リシアや法務官シルヴィアにとっては、宮殿全体が突然揺れ、壁や床の魔法文字が一斉に輝き始めたようにしか見えなかったらしい。 応接室の扉がひとりでに開き、廊下に飾られていた花瓶や絵画が次々と移動していく。古びていた銀色の燭台には青白い炎がともり、壁に積もっていた細かな埃まで風にさらわれるように消えた。 長く眠っていた皇女宮そのものが、俺とリシアの魂約をきっかけに目覚めたのだ。「遥人、何が起きている。宮殿は何と言っているのだ」「新しい男主人の帰還を歓迎すると言っている」「男主人だと? おまえは三か月間の婚約者であって、この宮の主人ではない」「俺に言われても困る。そう判断したのは宮殿だ」「ならば、間違っていると伝えろ。おまえは客人として置くのであって、私と同じ権限を与えるつもりはない」「聞こえているか分からないけれど、一応言ってみる」 俺は壁に浮かんでいる魔法文字へ意識を向けた。「皇女宮、俺はこの宮の主人ではない。リシアと三か月限定の婚約契約を結んだだけだ。俺の身分は客分で、宮殿に関する最終的な決定権はリシアにある」 壁の文字が、俺の言葉を考えるようにゆっくりと明滅した。『魂約によって結ばれ、真銀の環を授かった者は、皇女の正式な伴侶である。伴侶は巣を守る男主人として、女主人と同等の権利を持つ』「婚約期間は三か月だ。その後は二人の意思によって解消できる」『三か月後の契約更新については、期限到来時に確認する。現時点では正式な伴侶であり、男主人である』 ずいぶん融通が利かない。「現時点では、俺のことを男主
last updateLast Updated : 2026-09-15
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第9話 竜族の食卓は命懸け

第9話 竜族の食卓は命懸け「最初に言っておくけれど、今夜の晩餐会では三度までなら失敗しても、私がどうにか取り繕えるわ」皇女宮の食堂で向かい合うなり、リシアは慰めるつもりらしい言葉を口にした。朝日を受けて輝く銀髪も、背筋の伸びた姿勢も相変わらず美しかったが、その説明だけはまったく安心材料になっていない。「四度目はどうなるんだ」「失敗の内容にもよるけれど、決闘になるか、外交問題になるか、その場で毒を飲むことになるわね」「食事へ招待されたはずなのに、どうして命の心配をしなくちゃならないんだ。竜族は毎晩、晩飯を食べるたびに戦争を始めているのか?」「あなたたち人間の貴族だって、食卓では笑顔を浮かべながら政敵の失言を待っているでしょう。竜族は、それを少しだけ分かりやすくしただけよ」少しだけ、という言葉の意味について追及したかったが、リシアの隣に立つ侍女長エヴァが、同情の余地を一切感じさせない顔で三枚の皿を並べたため、俺は口を閉じた。皿の上にはそれぞれ、焼けた石のような黒い肉、青白く発光する魚、そして今にも動きだしそうな赤い木の実が載っている。料理の見本だと説明されなければ、呪術に使う供物だと思っただろう。「第一の禁忌は、主人から出された最初の料理に手をつけないことです。これは『お前が毒を盛ったと知っている』という告発に当たります。食欲がなくても、一口は召し上がってください」エヴァが黒い肉を示す。意識を集中すると、万象通訳が料理に込められた意味を拾い上げた。火山猪の心臓肉。溶岩香辛料を使用。竜族には滋養、人間には発熱、痙攣、場合によっては死亡。「一口で死にそうなんだけど、それでも食べろと?」「ですから、殿下が事前に安全を確認なさいます」「エヴァ」リシアの声が一段低くなった。「余計なことは言わなくていいわ。婚約者を晩餐会の席で死なせれば、私の管理能力まで疑われるもの。これは純粋に政治上の措置よ」『昨日から料理長を三度も呼びつけて、人間が食べられる量まで香辛料を減らさせたなんて知られたら、過保護だと思われる。絶
last updateLast Updated : 2026-09-16
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第10話 勇者が俺を連れ戻しに来た

第10話 勇者が俺を連れ戻しに来た晩餐会を中断して謁見の間へ向かう途中、俺は何度も右手を握り直していた。寒いわけではない。それでも指先が、雪原へ捨てられたあの夜と同じように震えている。神崎怜央と再会すると聞いた瞬間から、記憶の中に埋めたはずの光景が、嫌になるほど鮮明に蘇っていた。古代神殿の壁画を解読し、人間王国が休戦協定を破って竜帝国へ侵攻したという事実を突き止めた日のこと。俺がその内容を怜央へ報告すると、彼はしばらく黙り込み、やがて困ったように笑った。「遥人、お前の能力が便利なのは分かってる。だけど、世の中には正しいからって公表しちゃいけないこともあるんだよ」あのときの俺は、まだ怜央を仲間だと思っていた。だからこそ、真実を国王へ報告すべきだと食い下がり、王国の戦争に正当性がないことを説明した。翌朝、古代神殿の解読は怜央の功績になり、壁画の内容は「竜族による人間侵略の証拠」へと書き換えられていた。そして俺は、虚偽の報告で勇者一行を混乱させた反逆者として拘束され、その日のうちに国境の雪原へ捨てられた。怜央は最後まで俺の目を見なかった。けれど、その場から立ち去ろうともしなかった。俺が何度名前を呼んでも、少し離れたところで腕を組み、すべてが終わるまで黙って見ていた。殴られたことより、荷物を奪われたことより、あの沈黙のほうが今も胸の奥に残っている。「遥人」隣を歩くリシアが、前を向いたまま俺の名を呼んだ。今夜の彼女は晩餐用の礼装姿で、俺たちが揃いの装いだと誰の目にも分かる。先ほどまで俺の料理を気にしていた女性と同一人物とは思えないほど、その横顔は冷たく整っていた。「会いたくないのなら、私が一人で追い返すわ。母上も、あなたに出席を強制するおつもりはないはずよ」「会わずに済ませたら、たぶん俺は後で後悔する。あのとき言えなかったことを、今度こそ自分の口で言わなくちゃならない」「そう。なら止めないけれど、無理に強がる必要はないわ。怖いなら怖いと言いなさい。怒っているなら、怒っていると言ってもいい。竜族の宮廷では、人間の王国ほど
last updateLast Updated : 2026-09-17
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