第1話 灰になる聖女 火刑台の上から見下ろした王都の広場は、まるで秋の収穫祭でも始まるかのように人で埋め尽くされていた。 ただし、露店から漂ってくるのは焼き菓子や香辛料の匂いではなく、聖女を清めるという名目で薪へ振りかけられた月桂油の甘ったるい香りだった。罪人の恐怖を和らげる効果があると司祭は説明していたが、実際には火の回りを早め、燃え上がる炎を白く美しく見せるためのものだと、エララは地下牢で聞かされていた。 美しく死ぬことまで求められるのだから、聖女という役目は最後まで面倒だった。 両手首を縛る銀鎖が動くたび、皮膚へ食い込んだ棘が魔力を吸い上げた。治癒の力さえ封じられていなければ、火に焼かれながら傷を治し続け、普通の人間より何倍も長く苦しむことになる。そのための慈悲だと司祭は言ったが、その顔には慈悲を施す者の苦しさなど欠片もなかった。「罪人エララ・ヴェイルは、月の聖女という尊い地位にありながら、その恩寵を己の欲望のために用い、王太子妃ミレル殿下を毒殺しようとした。さらに敵国ノクサール帝国へ王国の機密を売り渡し、月神より授かった聖印を偽造した。本人の署名による自白も得られており、罪状に疑いの余地はない」 大司教の代理を務める老司祭が、よく通る声で判決文を読み上げた。広場のあちらこちらから罵声が飛んだが、エララの耳には水の底から聞こえる遠い音のようにしか届かなかった。 彼の手にある自白書の末尾には、確かにエララ自身の署名があった。 地下牢へ連れてこられたミレルの泣き声を聞かされ、妹の指を一本ずつ折ると告げられた夜、エララは自分から羽根ペンを取った。ミレルが本当に隣の部屋へ拘束されていたのか、それとも声だけを似せた幻術だったのか、今となっては確かめようもない。それでも、あのとき署名しなければよかったとは思えなかった。妹への憎しみは消えなかったが、だからといって、二十年間守ってきた相手が苦しむ声を平然と聞き続けられるほど、エララは器用な人間ではなかった。「最後に、申し開きはありますか」 老司祭は形式どおりに尋ねた。無実を訴えれば、罪を悔い改めない悪女として処刑後の遺骨まで砕かれる。罪を認めれば、慈悲深い王家によって遺骨だけはヴェイル家へ返されることになっていた。 生きている娘を見捨てた家族が灰を欲しがるとは思えなかったが、それでもエララは群衆の中か
Last Updated : 2026-08-30 Read more