All Chapters of 運命の王太子に捨てられたので、呪われた竜皇の花嫁になります ~死に戻り聖女は偽りの番を拒み、世界最強の夫に溺愛される~: Chapter 1 - Chapter 10

10 Chapters

第1話 灰になる聖女

第1話 灰になる聖女 火刑台の上から見下ろした王都の広場は、まるで秋の収穫祭でも始まるかのように人で埋め尽くされていた。 ただし、露店から漂ってくるのは焼き菓子や香辛料の匂いではなく、聖女を清めるという名目で薪へ振りかけられた月桂油の甘ったるい香りだった。罪人の恐怖を和らげる効果があると司祭は説明していたが、実際には火の回りを早め、燃え上がる炎を白く美しく見せるためのものだと、エララは地下牢で聞かされていた。 美しく死ぬことまで求められるのだから、聖女という役目は最後まで面倒だった。 両手首を縛る銀鎖が動くたび、皮膚へ食い込んだ棘が魔力を吸い上げた。治癒の力さえ封じられていなければ、火に焼かれながら傷を治し続け、普通の人間より何倍も長く苦しむことになる。そのための慈悲だと司祭は言ったが、その顔には慈悲を施す者の苦しさなど欠片もなかった。「罪人エララ・ヴェイルは、月の聖女という尊い地位にありながら、その恩寵を己の欲望のために用い、王太子妃ミレル殿下を毒殺しようとした。さらに敵国ノクサール帝国へ王国の機密を売り渡し、月神より授かった聖印を偽造した。本人の署名による自白も得られており、罪状に疑いの余地はない」 大司教の代理を務める老司祭が、よく通る声で判決文を読み上げた。広場のあちらこちらから罵声が飛んだが、エララの耳には水の底から聞こえる遠い音のようにしか届かなかった。 彼の手にある自白書の末尾には、確かにエララ自身の署名があった。 地下牢へ連れてこられたミレルの泣き声を聞かされ、妹の指を一本ずつ折ると告げられた夜、エララは自分から羽根ペンを取った。ミレルが本当に隣の部屋へ拘束されていたのか、それとも声だけを似せた幻術だったのか、今となっては確かめようもない。それでも、あのとき署名しなければよかったとは思えなかった。妹への憎しみは消えなかったが、だからといって、二十年間守ってきた相手が苦しむ声を平然と聞き続けられるほど、エララは器用な人間ではなかった。「最後に、申し開きはありますか」 老司祭は形式どおりに尋ねた。無実を訴えれば、罪を悔い改めない悪女として処刑後の遺骨まで砕かれる。罪を認めれば、慈悲深い王家によって遺骨だけはヴェイル家へ返されることになっていた。 生きている娘を見捨てた家族が灰を欲しがるとは思えなかったが、それでもエララは群衆の中か
last updateLast Updated : 2026-08-30
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第2話 一年前の傷

第2話 一年前の傷 卓上の暦に記された日付を見つめたまま、エララは息をすることさえ忘れていた。 月暦七百十二年、春告げの月十七日。それは、王太子ルシアンとエララの魂に刻まれた番印が、本物であるかどうかを大聖堂で確かめる儀式の日だった。王家とヴェイル公爵家が十年以上も準備を重ね、国中へ祝賀の触れを出し、エララが正式な王太子妃となるはずだった日でもある。 一度目の人生では、この日を境にすべてが崩れ始めた。「エララ様、本当にどうなさったのですか。朝から様子がおかしいですし、先ほどは私が生きているかどうかまでお尋ねになりました。嫌な夢をご覧になったのなら、そう仰ってください。何も分からないまま怯えられると、私まで自分が何かしてしまったのではないかと怖くなります」 侍女のリナは心配そうに眉を寄せながら、寝台の前へ膝をついた。まだ十八歳だった彼女は、ヴェイル公爵家へ奉公に来て二年しか経っておらず、礼儀作法も完璧とはいえなかったが、エララが食事を忘れて執務へ没頭していると、叱られることを承知で焼き菓子を机へ置いていくような娘だった。 一度目の人生では、エララが投獄された直後、父の命令によって屋敷を追い出されている。故郷の村へ戻る途中で馬車ごと消息を絶ち、遺体すら見つからなかった。 そのリナが今、少し寝癖の残った赤褐色の髪を揺らしながら、手を伸ばしてきた。「お熱があるのかもしれません。失礼いたしますね」 額へ触れようとした手を見た瞬間、エララの視界が暗くなった。 手ではない。 火刑台へ身体を固定するため、手首へ巻かれた銀鎖だった。魔力を封じる棘が皮膚へ食い込み、逃れようともがくほど肉が裂けた。鎖を握っていた執行人は、泣き叫ぶエララへ、すぐに終わりますから動かないでくださいと穏やかに言った。「触らないで!」 エララは反射的にリナの腕を払いのけた。 リナの肘が水差しへ当たり、銀の器が床へ落ちた。乾いた音が部屋へ響き、水が絨毯へ広がっていく。
last updateLast Updated : 2026-09-12
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第3話 優しい妹の毒

第3話 優しい妹の毒 扉の向こうから聞こえた父の声に、エララの身体は火刑台へ戻されたように強張った。 一年後、ヴェイル公爵は娘の死刑判決書へ署名する。処刑当日には貴族席の最前列に立ちながら、最後までエララと目を合わせようとしなかった。それどころか、家名と領民を守るために正しいことをしなさいと、死にゆく娘へ姉としての役目まで押しつけた。 その父が、今は同じ扉の向こうにいる。「エララ、聞こえているのか。儀式の時間まで余裕がない。早く開けなさい」「少々お待ちください。まだ入浴前ですので、せめて上着を羽織らせていただきます」 返事をした自分の声が思ったより落ち着いていて、エララは少しだけ安心した。 恐怖が消えたわけではない。父の低い声を聞けば、地下牢で死刑判決書を見せられたときの記憶が蘇り、今にも両手が震えそうになる。それでも、未来を知るエララが平静を失えば、相手へ余計な情報を与えることになる。 リナは急いで厚手の室内着をエララの肩へ掛けると、小声で尋ねた。「旦那様には、お身体の具合が悪いとお伝えしますか。先ほどのように息が苦しくなったら、儀式どころではありません」「いいえ。今はまだ黙っていてちょうだい。父には、私が昨日までと何も変わっていないと思わせておきたいの」「何も変わっていない方は、実の父親が訪ねてきただけで、そのようなお顔にはなりません。何をなさるおつもりかは聞きませんが、せめて私まで敵に回さないでください」「あなたを敵にするつもりはないわ。ただ、私自身にも分からないことが多すぎて、今はすべてを話せないの」「それなら、話せないときは話せないと仰ってください。平気なふりをしてごまかされるより、私も余計な想像をせずに済みます」 リナの言い分はもっともだった。エララは小さく頷き、扉を開けるよう命じた。 ヴェイル公爵は、開いた扉の前で不機嫌そうに眉を寄せていた。 濃紺の正装を身に
last updateLast Updated : 2026-09-13
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第4話 私があなたを拒絶します

第4話 私があなたを拒絶します 王太子付き侍医の印が押された薬瓶は、見た目よりもずっと重く感じられた。 エララは月草を含んだ薬を二つの小瓶へ分け、一つを礼装の内側へ縫いつけた隠し袋に収め、もう一つをリナへ預けた。証拠を一か所へ集めておけば、相手に気づかれたとき、まとめて奪われる恐れがあるからだ。「こちらは、私の部屋へ置かないほうがよいですね。侍女用の洗濯籠へ隠します。旦那様や教会の方々が調べに来ても、まさか使用済みの布巾を一枚ずつ確認するとは思えません」「あなたは時々、私よりも大胆なことを言うわね」「侍女は、主人が見ないところで失敗を片づけるのが仕事ですから、隠し場所を考えることには慣れています。ただし、後で私だけが盗んだことにされるのは困りますので、これがエララ様のご命令だったという覚書を書いてください」「私を信用していないの?」「信用しているから、書いていただくのです。善い人でも、追い詰められれば自分を守るために記憶を都合よく変えます。私はエララ様を好きですが、自分の人生まで無条件で預けるつもりはありません」 リナの言葉に、エララは一瞬だけ驚いた後、素直に頷いた。 昨日までの自分なら、好意を口にした直後に条件をつけられたことを寂しく思ったかもしれない。しかし、火刑台へ至るまでの人生でエララを縛り続けたのは、家族なのだから、婚約者なのだから、聖女なのだからという、条件の曖昧な信頼だった。「あなたの言うとおりね。覚書を書きましょう。私が生きて戻れなかった場合、この薬と覚書をノクサール帝国の大使館へ届けてちょうだい」「どうして敵国の大使館なのですか」「今のソルメア王国で、王家と教会の両方を恐れず、証拠を公にできる場所がそこしか思いつかないの」「生きて戻れなかった場合などと、簡単に仰らないでください。私は一人で敵国の大使館へ駆け込むほど勇敢ではありません」「では、二人で戻ってきましょう。それなら問題ないでしょう?」
last updateLast Updated : 2026-09-14
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第5話 泣かなかった女

第5話 泣かなかった女 真っ二つに割れた月鐘は、低く歪んだ音を残しながら大聖堂の天井で揺れていた。 砕けた金属片が白い床へ降り注ぎ、月鏡の水盤に落ちた破片が水を跳ね上げる。集まっていた貴族たちは悲鳴を上げて席を立ち、司祭たちは月神の怒りだと叫びながら聖壇へ駆け寄った。 王太子ルシアンは黒く焼けた番印を押さえ、苦痛に顔を歪めて膝をついていた。「エララ、今の言葉を取り消せ。これは正規の拒絶ではない。君は薬の影響で正常な判断ができなくなっているだけだ」 痛みに耐えながら伸ばされた手が、エララの腕を強くつかんだ。 焼けた番印から伝わる熱よりも、許可なく身体を拘束されたことのほうが、エララには恐ろしかった。ルシアンの指が銀鎖へ変わり、火刑台へ引き戻されるような錯覚に襲われる。「離してください」「離せば、君はさらに取り返しのつかないことをする。私は君を守ろうとしているのだ。落ち着いて話せば、まだ今日の失態をなかったことにできる」「私が嫌だと申し上げているのに腕をつかみ、それを守るためだと仰るのですね」「君は混乱している。自分の顔を見てみろ。真っ青ではないか」「顔色が悪ければ、意思まで存在しないことになるのですか」「そういう意味ではない。だが、今日の君は明らかに普段と違う。薬を飲んだ後から、言葉も態度もおかしくなっている」 エララは、痛みをこらえながらルシアンを見つめた。「私は殿下の前で、薬を飲んだとは一度も申し上げておりません」「ミレルから聞いた。君の体調を心配し、薬を用意したと」「では、殿下は薬の存在だけでなく、飲んだ後に私が正常な判断を失う可能性までご存じだったのですか」「言葉をねじ曲げるな。滋養薬を飲んだと聞いたから、体調への影響を案じただけだ」「王太子付き侍医が調合した滋養薬で、なぜ判断力が失われるのですか。普通なら、体調を整える
last updateLast Updated : 2026-09-15
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第6話 持参金を返してください

第6話 持参金を返してください 大聖堂に集まった人々は、王家の騎士によって順番に外へ出された。 公式には、月鐘の破損によって建物の安全が確認できなくなったため、儀式を一時中断するという説明がなされた。しかし、王太子が真の番として別の女性を選ぼうとしたことも、その直前に聖女エララが王太子を拒絶したことも、十年間の聖女報酬が本人へ渡らず月教会へ流れていたことも、すでに何百人もの耳へ入っている。 王家がどれほど厳しく口止めを命じたところで、今日のうちに王都中へ広がるだろう。 エララは大聖堂の奥にある月桂の間へ案内された。 そこは王族と高位聖職者だけが使用する応接室で、壁には月神が初代国王へ銀狼の祝福を授ける場面を描いた壁画があった。中央の長机を挟み、国王と王妃、ルシアン、ミレル、ヴェイル公爵、大司教アウレリウスが席につく。 エララには末席の椅子が示されたが、リナは扉の外へ出るよう命じられた。「リナは私の補佐として同席させてください」 エララが求めると、国王は露骨に眉をひそめた。「これから話すのは、王家と公爵家、教会に関わる機密事項だ。侍女を同席させることはできぬ」「それなら、私も退席いたします。今日の私は、王家の一員でも王太子殿下の婚約者でもありません。王家へ債権を持つ一人の当事者ですから、補佐人をつける権利がございます」「先ほど拒絶を宣言したばかりで、もう債権者を名乗るつもりか」「先ほど読み上げた帳簿の内容が事実であれば、婚約の有無にかかわらず、私は十年前から王家の債権者です」 国王の顔に怒りが浮かんだが、王妃が片手を上げて制した。「侍女の同席を認めます。ただし、ここで聞いたことを外へ漏らせば、本人だけでなく家族も処罰の対象となることを理解しておきなさい」 リナは緊張で青ざめながらも、深く頭を下げた。「承知いたしました。ただ、正式な守秘契約へ署名する前から、家族まで処罰すると一
last updateLast Updated : 2026-09-16
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第7話 二度目の毒杯

第7話 二度目の毒杯 王家の金庫に残されている金貨が、わずか百二十七枚だと告げられた後、月桂の間には長い沈黙が落ちた。 最初に口を開いたのは王妃だった。「財務官、詳しい報告書を今日中に提出しなさい。支出先、承認者、担保へ入れた資産、借入金の返済期限まで、すべてです。持参金を本人の同意なく使用した件についても、誰が判断したのか確認します」「承知いたしました」「承知したという返事だけなら、誰にでもできます。今回の件は、王家の信用そのものに関わる問題です。書類を紛失した、担当者が退職した、以前からの慣例だったという説明は認めません」 財務官は何度も頭を下げ、逃げるように部屋を出ていった。 国王は不機嫌そうに腕を組んだまま、王妃へ言った。「今、財務官を責め立てたところで金が戻るわけではない。国境防衛と外交には金が必要だった。使わずに金庫へ眠らせておくより、王国のために役立てたのだ」「陛下、そのお金は、王家のものではありません」 エララが答えると、国王の鋭い視線が向けられた。「持参金は、婚姻によって王家へ入る予定だった財産だ。そなたが予定どおりルシアンと結婚していれば、何の問題もなかった」「結婚はまだ成立しておりません。将来王家のものになる予定だったから、現在も王家のものとして使ってよいという理屈が認められるなら、王家が今後受け取る予定の税を、何十年分でも先に使えることになります」「実際、国政とは将来の収入を見込んで動かすものだ」「その結果、金庫が空になったのではありませんか」「お前は、国家財政を理解していない」「理解していない私にも、他人から預かった金を本人へ断りなく使ってはいけないことは分かります」 国王が立ち上がりかけたが、王妃が片手で制した。「陛下、この場で言い争っても、我々の立場が悪くなるだけです。エララの要求については、財務
last updateLast Updated : 2026-09-17
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第8話 血で書く求婚状

第8話 血で書く求婚状 王太子付き侍医ガストンの遺体が運び出されると、春告げの祝宴は正式に中止となった。 王妃は、ミレルの毒殺未遂と侍医の自害を理由に、王宮のすべての門を閉鎖するよう命じた。招待客は一人ずつ身元と所持品を確認され、毒杯へ関する証言を取られた後、王家の馬車で帰されることになった。 各国の使節は、この扱いに強く抗議した。 特に、外交特権を持つ者の所持品まで調べようとしたことで、王宮騎士と外国人護衛の間に一触即発の空気が生まれた。しかし、侍医が大勢の前で自害した以上、王家も何事もなかったように宴を続けることはできなかった。 エララは祝宴の大広間から移される前に、ミレルが運ばれた医務室へ立ち寄った。 寝台の上で眠る妹は、まだ顔色が悪かったものの、呼吸と脈は安定していた。エララの治癒によって、夜鈴草の毒はほとんど排出されている。残った毒も、適切な解毒薬を使えば一晩で消える程度だった。「ミレル、聞こえる?」 エララが寝台の横から声をかけると、閉じられていた瞼がわずかに動いた。「お姉様……」「今は話さなくてよいわ。毒はほとんど消えたから、今夜は眠りなさい」 ミレルは薄く目を開け、震える手を伸ばした。「行かないで……。私、本当に、杯へ毒が入っているなんて知らなかったの。お姉様を困らせたくて飲んだわけではなくて、私が飲んでも何ともなければ、お姉様も私を信じてくださると思って……」「あなたが毒を知っていたとは思っていないわ。知っていたなら、自分から飲んだりしないでしょう」「では、許してくださるの?」「許すかどうかは、あなたが回復してから話を聞いて決めるわ。今朝の月草についても、ルシアン殿下とのことについても、尋ねたいことがたくさんあるもの」 ミレルの目から涙がこぼれた。「
last updateLast Updated : 2026-09-18
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第10話 敵国の皇后になります

第10話 敵国の皇后になります大理石の床へ膝をついたエララを見下ろし、ケイルはしばらく何も言わなかった。広間には数百人もの人間がいるというのに、誰かが身じろぎする衣擦れの音さえ聞こえない。窓の外では、黒竜が運んできた北方の雪が庭園へ舞い落ちていた。季節外れの白い欠片が窓硝子へ触れて溶けるたび、細い水滴となって流れていく。エララは背筋を伸ばしたまま、頭だけを静かに垂れていた。これは服従ではない。王家に仕えてきた聖女として、他国の皇帝へ正式な申し入れをするための礼だった。そう自分に言い聞かせても、胸の奥では別の感情が渦巻いている。前の人生で、エララはこの男に抱かれながら死んだ。今度の人生では、自分から彼のもとへ行くと決めた。けれども、それは愛を告げることとは違う。ケイルにとって自分は、突然血で求婚状を送りつけてきた敵国の女にすぎない。前の人生の恩を口にしたところで、狂人だと思われるだけだろう。だからこそ、感情ではなく条件で彼を動かさなければならない。「ドラヴェン皇帝陛下。私は、アルブレヒト王国の月の聖女として、陛下へ婚姻を申し込みます」声は震えなかった。それだけで、まずひとつ勝てたような気がした。ケイルの表情は変わらない。「その言葉を聞くために来た。続けろ」「期間は一年です。そのあいだ、私は陛下の皇后となり、月の聖女が有する治癒、浄化、祝福の権能をノクサル帝国へ提供いたします。また、私は十年間、アルブレヒト王国と周辺諸国の外交文書に携わってまいりました。南部諸国の貴族関係、交易路、関税交渉、教会との折衝についても、私の知識と経験を陛下のために用いるとお約束します」「聖女の権能は、お前のものなのか」思いがけない問いだった。「教会の所有物ではないのか」と問うのではなく、「お前自身のものなのか」とケイルは尋ねた。エララは顔を上げた。
last updateLast Updated : 2026-09-20
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