寝室から聞こえていた物音が、ふいに途切れた。その直後、どこか甘えるような女の声が聞こえてきた。何度も耳にしたことのある声だった。「和也さん、今度はもうちょっと奮発してくれない?私も沙耶さんみたいに、いいバッグが欲しいな」すぐに分かった。4年間、私が援助を続けてきた苦学生、佐々木亜美(ささき あみ)の声だった。ドアノブにかけた手が止まり、指先がすっと冷たくなった。続いて聞こえた和也の声には、まだ気だるさが残っていた。「お前と沙耶は違う。一緒にするな」「何が違うんですか?」亜美が甲高い声で笑った。「結局、どっちも和也さんに養ってもらってるんだから、同じじゃないですか。沙耶さんのほうが年上だから、ご機嫌取りに余計お金がかかるってだけでしょ」和也はそれ以上取り合わず、低い声で亜美を制し、シャワーを浴びるよう促した。やがて、かすかな衣擦れが聞こえた。私は震える足で玄関まで戻り、物音を立てないように家を出た。ほんの数十秒のはずなのに、エレベーターが1階に着くまでがやけに長く感じられた。車に戻ると、ついさっき和也から届いたメッセージを開いた。【沙耶、会議終わった。600万円振り込んどいた。今日は早めに休めよ。俺はいつだって沙耶が一番だから】添えられていたのは、コーヒーを手にした和也の後ろ姿の写真だった。あんなことをした直後なのに、和也は何事もなかったように、いつもどおり私を気遣うメッセージを送ってきた。私は送金履歴を開いた。最初は20万円だった振込額が、回を重ねるごとにどんどん膨らみ、今では数百万円単位になっていた。まるで、裏切りにもインフレがあるみたいだった。やることがひどくなるほど、埋め合わせの額も大きくなっていた。思わず乾いた笑いが漏れた。その直後、涙が一滴、スマホの画面に落ちた。しばらく車の中で気持ちを落ち着けてから、もう一度家に戻った。和也は何事もなかったように、ソファでテレビを見ていた。玄関の音に振り向いた和也は、私の姿を見るなり、一瞬だけ表情をこわばらせた。「沙耶?もう帰ってきたのか?研修、あと2日あるんじゃなかったか?」和也はすぐに立ち上がって私を抱きしめると、鮮やかなオレンジ色の箱を手に取り、私に差し出した。「早く終わったなら、連絡してくれれば迎えに行
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