私が先生と出会ったのは、しとやかな雨が降る日だった。 庭に植わった梔子の花を傘もささずに見ていた先生を、私は今でも思い出せる。 先生の泣きそうな淡い笑みには雨の匂いに混ざった梔子の香りが漂っていた。 あれから五年、私はずっと許されない恋をしている。「お嬢さま、お体がすぐれませんか?」 心配そうな声音に、私は自分がいつの間にかぼんやりとしていたことに気づいた。「平気よ。まとめかたを考えていたの」 万年筆を握りなおし、手元の原稿用紙にそれらしい言葉を書き連ねていく。 窓硝子を雨粒が伝う。外では梔子の白い花が咲き誇っている。その光景に、先生と初めて出会った日のことを思い出していたなどと、本人に言えるはずもない。 先生が用意した今日の課題は二つ。阿蘭陀の植物学書の翻訳と、翻訳した植物の特徴を読み解き、西洋医学と東洋医学の二つの視点から薬の効能をまとめること。 月に一度、特別に与えてくださる課題で、私にとっては一番の楽しみでもある。 いつもならば喜々として筆を走らせる私が、今日は窓の外を見て呆けているともなれば、先生が憂慮するのも無理はない。「ほら、できたわ。確認して頂戴」 私は本当に体調が悪いわけではないと先生へ示すために、わざとらしいほど無邪気を装って先生へ原稿用紙を手渡す。 先生はそれを丁寧に読み、下げていた眉と口角をようやく持ち上げた。「うん、よくできていますね。考察も素晴らしいです」 私へ原稿用紙を戻して、先生は
Last Updated : 2026-09-09 Read more