All Chapters of 身分を隠した傷だらけ元王女は皇帝の溺愛に気付かず、今日も無意識にざまぁする。: Chapter 1 - Chapter 10

35 Chapters

1.娼館

 帝国暦七百二十八年。 灰色の空が都を覆い、風は魅惑的な香の匂いを運んでいた。 娼館は、ヴェライユ帝国でもっとも高貴な男たちが通う場所だった。 だが、その夜の客は、帝国そのものの頂点に立つ男ーー皇帝カイン・ヴェライユ。 漆黒の艶やかな髪が夜風に揺れる。 彼は仮面をつけ美しい顔を隠しルビー色の瞳を光らせながら、一人の娼婦の部屋を訪れた。 その娼婦の名は、レイラ。 眩い銀髪と憂いを帯びたアメジストの瞳が印象的な一目で心を奪われそうな美貌を持った女だった。 薄暗い部屋に、レイラの声が静かに落ちた。 香炉から立ちのぼる甘ったるい香が、重く淀んだ空気に混じっている。壁際では小さな燭台の炎がかすかに揺 れ、そのたびに二人の影が壁の上で歪んだ。 レイラはベッドの端に腰掛けたまま、目の前の男を見上げる。 漆黒の衣に身を包み、顔の上半分を仮面で隠した男。 けれど、その正体をレイラはとうに知っていた。 この帝国を統べる男――カイン・ヴェライユ。 かつて、自分の国を滅ぼした皇帝。 レイラの瞳に、隠しきれない軽蔑が浮かぶ。 レイラは引き攣った顔で微笑んだ。娼婦としての微笑みではなかった。「何をおっしゃってるか分かりませんわ」 レイラはそっと薄手の服をはだけさせ、背中の火傷を見せる。 雪のように白い肌に目を背けたくなるような焼けただれた火傷の痕。 彼女はネオラン侯爵家の次女として生まれた⋯⋯事になっている。 しかし、両親の特徴をいっさい引き継いでいない。 ネオラン侯爵家の特徴であるブルーサファイアの瞳も、母親の印象的な赤い髪も。 それ故、生まれてからずっと不義の子ではないかと疑われてきた。 母親のセシリアは男遊びが激しく、心当たりがあり過ぎた。 彼女は自分への非難をレイラに向ける為に彼女を攻撃した。 ネオラン侯爵家の鬱憤を一斉に受け、虐待され続けたのがレイラだ。 そして、彼女が十七歳の時にネオラン侯爵家の暗部を隠すように娼館に売られた。「この火傷がそんなに珍しいですか? ここに来てすぐの頃、拷問を趣味とする貴族にやられたものですわ。私の正体は男に弄ばれる事でお金を得る娼婦です」 ふふっと何かに企むように笑うレイラを、カインは無表情で見つめ顔を近付ける。 一つ後ずさる彼女を見て彼は確信した。「ここに来ると夢のような一時を味わえると
last updateLast Updated : 2026-09-11
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2.初夜

湖畔に佇むガラス張りの皇宮のチャペル。  湖に太陽の光が反射してバージンロードの先にいる若き皇帝を照らしていた。  あまりの美しい光景にここが天国なのではないかと錯覚しそうになる。  娼婦に落とされた女を天文学的な金額で買い取り、妻にすることに反対意見がなかった訳ではない。  しかし、帝国民の圧倒的な支持を得る皇帝に直接抗議する者はいなかった。  バージンロードをレイラと歩くのは、彼女を娼館送りにした男。 「お前は見目だけは良かったからな。女に興味がないと言われていたカイン皇帝まで落とすとは大したものだ」  口の端をあげて笑うネオラン侯爵にレイラは冷ややかな視線を送った。  ネオラン侯爵は自分が捨てた石ころが宝石になって戻ってきたと感動しているのだろう。  皇后を輩出した家としてネオラン侯爵家はますます発展し中央で権力を持てるはずだ。 「侯爵、皇后になる私を『お前』呼ばわりですか?」 「⋯⋯私はお前の父親だ」 「血縁鑑定もするまでもなく、私を不義の子と扱い娼館に送りましたね」  シリル・ネオラン侯爵はレイラの微笑みに息を呑んだ。  彼は自分も浮気している分、妻の不貞には目を瞑っていた。  でも、いざ目の前に現れた娘が明らかに自分の子でないと分かると腹が立った。  尻軽な妻と浮気性なのに体裁を気にする自分が、敗戦国の元王女に利用されているとも知らずに夫婦は喧嘩を繰り返した。  皇帝カイン・ヴェライユは非常に優秀で、他の皇位継承権を持つ兄弟を押しのけ五歳で立太子した。  先皇陛下はカインが十六歳の時に早々譲位して、三年でカインは領土を元の二倍まで広げた。  侵略した国の国民を奴隷化するルートル帝国の脅威をおそれ、ヴェライユ帝国の管理下になる国も少なくなかった。  そんな中、カインが武力行使により手に入れた唯一の国があった。  ーーそれがアルトメだ。  一方的な侵略行為により、国際的な非難は避けられず、シリルは外務大臣として後処理に追われる日々にストレスを抱えていた。  朝から晩まで、皇宮で働く日々。  十分な待遇は受けていたが、カイン・ヴェライユに振り回される日常に疲弊していた。  そして、シリルは悩みの種をもう一つ抱えていた。  昼はお茶会や買い物に忙しくし、しばしば間男を連れ込んでいた妻が産んだ明らかに種違いの
last updateLast Updated : 2026-09-11
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3.無敵の男

「毒か⋯⋯俺に毒は効かないから問題ない。おそらく入れられているのは不妊薬だろ。君に子を生まれたら困る人間が多いからな」カインはそう言って、テーブルの上に置かれたワイングラスへ視線を落とした。「毒が効かないなんて、陛下は本当に無敵なんですね。羨ましいですわ」「羨ましい? 俺が?」「守りたいものを守れる無敵の力が私も欲しいです。ワインは飲みません。酔っただなんて言い訳を自分に用意したくないんです。さあ、もう始めましょうか」 ベッドに座ってたはずの女が床に寝転がり、そっと目を瞑る。 彼女の長い銀色のまつ毛がかすかに震えていた。「陛下、早く来てください! 私はここまで堕ちても守りたいものがあります。陛下、私を酷く痛く傷つけてください。無力な私を辱めて蔑んで⋯⋯」 カインはアルベラの長い睫毛に宝石のような雫が伝うのを見逃さない。(そ、そんなに嫌なのか? 流石にこれは⋯⋯)嫌がる女を無理矢理抱く趣味はない」 カインは力強く言い捨てたが、プライドはズタズタだった。 美貌に権力、自分に勝る男はいないと自負している。 でも、目下の女は自分に抱かれると穢れるとでも言いたげに、この世の終わりのように目を瞑っている。(アルベラ、お前は今、瞼の裏で誰を思い浮かべているんだ⋯⋯) パチリと目を開けたアルベラにカインは驚く。 涙で潤んだその瞳は宝石のように美しかった。「流石ですわ、陛下。やはり帝国を統べる男は気高い精神をお持ちなのですね」「お、おう」 唐突に褒められて、カインは自分がむず痒いくらい嬉しい事に気がついた。「私は今日は床で寝ます。陛下はゆっくりベッドでお眠りください」「いや、このサイズのベッドだ。隣で寝たら良いだろう。何もしないから」「何もしない事は大切ですね。しっかり体を休ませなければ、明日は大切な貴族会議があります」「ああ、すまないな。新婚旅行もなく」 行事が立て込んでいる中で、無理矢理ねじ込んだ結婚式だ。 カインがアルベラに興味を持ったのは、彼女の国を侵略した時だった。 その時、彼は自分のプライドも全て捨てて彼女を守った騎士を見た。 それ程に愛される女が自分の国に潜伏している。 興味本位で会いに行って、気が付けばプロポーズしていた。 全て計画的に行動してきた彼にとって初めての予想外の行動。 そして誰にも謝った事のない
last updateLast Updated : 2026-09-14
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4.悪意のスープ

 静かな早朝、離宮の食堂にはまだ柔らかな陽光が差し込み、白大理石の床に金色の模様を描いていた。 皇帝と皇后の朝食卓は、銀器や青磁の皿が規則正しく並び、その清らかさはまるで儀式の一部のようだった。 しかし、その日の空気には、どこか微かなざらつきが混じっていた。 給仕たちはいつもどおり無言で動いていたが、一人だけ、ほんの一瞬、手元を隠すように皿へ身を寄せた。 薄明かりの中、指先からさらりとこぼれたものは、砂。 風に舞うように細かく、光を受けてわずかにきらりと反射しながら、蒸気の立つミネストローネへと沈んでいった。 皇后になったレイラが席に着いたとき、遠くで侍従が朝の鐘を鳴らしていた。 カインは湯気の立つカップを手に取り、まだ寝覚めきらぬ瞳で食卓を眺めた。 レイラはじっとミネストローネを見つめ、口を開く。「陛下、私とスープを取り替えてくれませんか?」 小鳥の鳴くような可愛らしい声を出すレイラに、カインは思わずスープを取り替えるよう指示を出した。 控えていたメイドが震える手で二人のスープを取り替える。 カインは思わずレイラの言う通りにしてしまったが、彼女の意図は分からなかった。(アルトメの習わしか何かか?) そっと掬ったミネストローネを口に含むと舌が、僅かな違和感を拾った。 かす、と小石のような感触。 カインは眉をわずかに寄せ、スプーンの裏に付いた粒を光にかざす。 一見するとカインが好んでいる黒胡椒のように見えるが味はない。(これは砂だ!) 光が当たると、その砂はまるで嘲笑うように輝いてみえた。 カインは怒りを抑えるように、静かに皿へ視線を落とす。 張り詰めた沈黙は、砂粒以上に細かく、そして重かった。 その空気を穏やかにするようにレイラが可愛らしい声で囁く。「ふふっ、美味しいですわ。わざわざ黒胡椒もお取り寄せになってるのね。料理長にお礼を言いたいわ」「はい、ただいま、お呼び致します」 扉の近くで控えていた侍従の男が部屋を去る。
last updateLast Updated : 2026-09-24
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5.機転

侍女長、メイドに指示して陛下のスープに異物を混入したわね。反逆でも企んでるのかしら」「い、いえ、私はそんな」 反逆という強い言葉に侍女長は震え上がり、空気は緊迫する。 すると供仕を担当していたメイドが急にその場に跪き口を開いた。「申し訳ございません。私が侍女長から頼まれスープに砂を入れました」 唇を振るわせながらこの世の終わりのような顔をするメイドを見て、レイラは優しく微笑んだ。「自分の意思ではないことを上の命令で行う事に一番苦しんだのは貴女よ。貴女のお名前は?」「ノーラです」「ノーラ、貴女は今日から私の侍女になりなさい。今日から私が貴女の主人よ」「⋯⋯えっ?」 裁かれ断罪されると思っていたノーラは目を丸くして絶句する。 カインは二人のやりとりに感動していた。 ノーラがこのまま皇宮で働く道をレイラが作っているように見えたのだ。 美しい女神のように見えるレイラの見た目のせいで皆が彼女を慈悲深い皇后だと勘違いした。 しかし、レイラの思惑は全く違っている。 どこに敵がいるか分からない皇宮で、彼女は主人に従順だが悪いことをするのに罪悪感を覚える人材を欲していただけだ。「侍女長、貴女の職務はここまでよ。荷物をまとめて日の入りまでに皇宮を出なさい」 急に冷たい声で言い放つレイラに侍女長が赤い唇を噛む。「私はただ⋯⋯」「ただ何?」「皇后陛下にお立場を分かって頂こうと思っただけです。悪いのはノーラです。ノーラが砂を入れるスープを間違えたのです」「ノーラは間違えてないわよ。私が自分のスープと皇帝陛下のスープを交換して頂いたのだもの」 肩をすくめて淡々と語るレイラに侍女長はカッと目を見開く。「異物が入っていると分かっていて、皇帝陛下にスープを飲ませた皇后陛下こそ反逆を企てているのではないですか」 レイラはスッと髪からかんざしを抜くと、目にも見えない速さで侍女長の首筋に突き立てた。 その姿を見てカインは一瞬ゾッとする。 話には聞いたことがあ
last updateLast Updated : 2026-09-25
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6.貴族会議

 大理石の床に、貴族たちの長い外套が擦れる微かな音が満ちていた。 高い天井には金糸の刺繍が施され、巨大なシャンデリアの水晶は白昼の光を受けて凍った星々のようにきらめく。 皇帝カインが座する玉座の横ーー薄紫のドレスを纏った皇后レイラは、静かに立ち上がった。 彼女の指先は震えず、そのアメジストの瞳は神秘的な湖のように澄んでいる。 かつて娼館の薄暗い灯の下にいたとは思えない威厳が、纏う空気そのものを変えていた。「諸侯の皆さま」  その声は、鋼の芯を通した絹のように柔らかく、しかし会議室全体に透き通るほどよく響いた。 高い天井から吊るされた豪奢なシャンデリアが、無数の蝋燭の炎を揺らしている。 磨き上げられた黒檀の円卓には、帝国各地から集められた貴族たちが並び、書類の束や羽ペン、封蝋の押された 書簡が整然と置かれていた。 静謐な空間に、レイラの声だけが凛と残る。 ざわりと円卓の周りで貴族たちが姿勢を正した。 誰かが小さく息を呑む。 誰かが隣の者と視線を交わす。 これまで彼らが皇后を見る目には、隠しきれない侮りがあった。 その声は、鋼の芯を通した絹のように柔らかく、しかし会議室全体に透き通るほどよく響いた。 ざわり、と円卓の周りで貴族たちが姿勢を正す。 彼らの視線は娼館出の皇后に向けられた見下しや軽侮ではなく、油断ならぬ相手を前にした緊張へと変わっていた。「皇后陛下、何かご提案が?」 議長を務める老伯爵の声は警戒を含んでいる。 レイラは一瞬だけ微笑み、そして淡々と告げた。「私の実家ネイラン侯爵家を、帝都から離れたアルトメ領地に移してはどうかと提案したいのです」 彼女の故郷アルメトは王家こそ滅ぼされてしまったが、民と土地はヴェライユ帝国の管理下になっていた。 彼女にとって大切なのは国という体裁を保つことではなく、自国で暮らしていた民の幸せ。 この提案にすかさず意義を申し出る者がいた。「お待ちください。皇
last updateLast Updated : 2026-09-26
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7.王女アルベラ

「皇族に嫁いだからといって、私の家が無闇に力を増せば、やがて帝国政治に歪みが生じましょう。皇室への不信も招きます。ゆえに私の家は皇都から距離を置くべきなのです」 レイラの言葉に一気に貴族たちは驚きの声をあげた。「な、何と!?」「それでは、ご実家の影響力は⋯⋯」「皇后陛下自らが、権力の縮小を?」 動揺の波が、ざわざわと貴族席を奔る。 レイラの論は、清冽だった。 まるで氷で磨かれた鏡のように、歪みなく真っ直ぐ。 息を呑む音が四方から響いた。 未だ一人納得のいっていないネオラン侯爵を見て、レイラは彼を絶対に口説き落とそうと決めた。「ヴェライユ帝国がアルトメ王家を制圧してから、領地は領主を迎える事もなく放置されています。アルトメの民は信心深く真面目です。導き手の力によっては素晴らしい人材という財産が出来ましょう」 レイラはふと自分が祖国贔屓に会話している事に気がつく。 これでは、野心家のネオラン侯爵のやる気を引き出せない。 彼女はあくまで優秀な侯爵にアルトメの民を豊かにして欲しいのだ。 レイラは続けた。「地図を見て分かる通り、地下資源が眠っている可能性の高い土地です」 この情報をレイラに授けたのは、かつて彼女に求婚し断ると殺そうとしてきた西の帝国の皇帝だ。 ヴェライユ帝国と世界の力を二分しているとも言われるルートル帝国の皇帝クリフォード。 彼に地下資源がある可能性を指摘された時に、周辺諸国の状況を鑑みるともっともだと思った。 しかし、採掘作業にかかる費用を考えると、資源が出なかった時の損失が大きい。 アルトメは貧しく、そんな博打を打てない。 ネオラン侯爵家は国家予算レベルの財産を隠し持っている。 シリル・ネオランは金にも権力にも女にも貪欲な男。 レイラは帝国での生活にアルトメの民に足らないのは野心や向上心だと感じていた。「成程、絶世の美女と言われた王女アルベラがいた土地。行ってみる価値はあるかもしれませんな」 軽口で折れるシリ
last updateLast Updated : 2026-09-27
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8.お茶会

 レイラは振り返り、柔らかく微笑んだ。「陛下。こんな遅くに⋯⋯お疲れではございませんか?」 カインは首を横に振り、寝室へ一歩踏み込む。 足音は厚い絨毯に吸い込まれ、近づく気配だけが温度のようにレイラの肩へ触れた。「君の顔が見たかった。アルベラ」「陛下⋯⋯」 アルベラはカインが二人きりの時は自分の本当の名を呼んで尊重してくれているのだと理解した。 帝国に来てから彼を尊敬する民の声を聞くこともあったが、自分の国を滅ぼした男とあり憎らしい気持ちが勝っていた。 しかし、実際に関わってみると妻となった自分のことも尊重してくれる。 本当に彼が自分の国を滅ぼした侵略者と同一人物なのかと、彼女自身も戸惑っていた。 「今日の会議⋯⋯あの判断、本当に見事だった。誇りに思う」 カインはそのままアルベラの手を取ろうとした。 指先が触れ合う寸前、アルベラはそっと手を引いた。 やわらかだが、確かな拒絶だった。 カインの手が空を切り、宙に残された熱だけが寂しげに揺れる。「陛下、ご自分のお部屋にお戻りください」 小さな声で囁くアルベラにカインの胸が締め付けられる。 カインは自分が本当にせっかちな男だと反省した。 娼館に出向いた時も彼女の口から正体を明かさせようと思った。 でも、頑固に口を開かない彼女に「自分は正体を知ってるぞ」と明かした。(そう、俺は知りたいんだ。アルベラを⋯⋯) 今だって、彼女を抱けると思って寝室に来たのではない。 少しでも彼女を知りたいと思って一緒の時間を過ごしたくてここに来た。 ふと見ると昼間の勇ましさは消えてアルベラが小刻みに震えている。「アルベラ、昨晩のように並んで寝ないか。皇帝と夜を共にしたという事実があった方が君の立場を確固たるものにしやすい」 玉座の間では決して聞けない、弱さの滲む声音。 カインは自分がそんな情けない声を出していることに気付き不安になった。
last updateLast Updated : 2026-09-28
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9.嫌がらせ

皇后レイラが席につくと、ルイーゼはやや遅れて立ち上がり、優雅に会釈した。「本日はご招待頂きありがとうございます、皇后陛下」「ルイーゼ嬢、アルトメ領地へ行く準備でお忙しいでしょうに、時間を作ってくれて嬉しいわ」「いえ、私とお母様はアルトメには行かず、首都に止まるつもりです」「あら? ルイーゼ嬢と侯爵夫人はアルメトに絶対に行った方が良いわ。学ぶことが沢山あるはずよ」 ルイーゼは怒りで思わず、レイラを罵倒したくなる。 おそらく母親と自分の性への奔放さを非難し、修道女のようなアルトメの女を見習えとでも言いたいのだろう。(娼婦だった自分を棚に上げて⋯⋯本当にムカつく) レイラとは姉妹として育ったはずだが、過去の記憶以外は曖昧だ。 ルイーゼはとにかくレイラを罵倒し虐めまくった。 ネオラン侯爵家はレイラを徹底的に外に出さなかった。 不義の子の癖に誰よりも美しい。 皆が一瞬彼女を見ると動きを止める。 ルイーゼはそれがムカついて仕方がなかった。 不義の子だと部屋に閉じ込め、相応しい場所をと娼館送りにするよう父に進言した。 ルイーゼはしっかりとレイラに立場を分からせてやろうと、嫌がらせを企てていた。 早速彼女は一人の貴族令嬢にアイコンタクトを取る。「皇后陛下、本日はお招き頂きありがとうございます」「初めまして、メアリー嬢」 メアリー・カイロンは会った事もなく名も明かしていない自分に微笑みかけるレイラに恐怖を抱く。(事前に私たちの肖像画を確認してる⋯⋯) ルイーゼからの指示で用意した嫌がらせのプレゼントを持つ手が震える。「こ、これはご結婚のお祝いの品です」「ありがとう。開けても良いかしら」「⋯⋯は、はい」 何もかも見透かすようなレイラの瞳にメアリーは冷や汗が止まらない。 グリーンのリボンを解くと、美しいペアのワイングラスが出てきた。 レイラが光に翳すとグラスは怪しく緑色に発光した。「このワイングラスを
last updateLast Updated : 2026-09-29
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10.姉妹対決

  用意されたのは東洋のジャスミンティーだった。 お湯を注ぐと花開くのを見て楽しめる茶だ。「東洋から取り寄せたお茶でございます。華やかで軽やかな香りと共に、ゆっくりと花開く美しい様もお楽しみ頂けます」 カタリナが得意げに解説する。「これから花開く姿になるのですね。先に言われたら驚きも半減しますわ」 冷ややかなレイラの言葉に周囲の貴族令嬢が注目する。 レイラはそっとノーラに合図を送ると、ノーラはまだお湯を注がれてないジャスミンに湯気が立ったお湯を注ぎ始めた。 瞬く間に花開くジャスミンに感嘆の声が上がる。「な、なんで? 魔法の水?」 思わず出たカタリナの言葉にふんわりとレイラが笑った。「熱湯です。八十度以上の熱湯でこそ、このジャスミンは華麗に颯爽と花開きその魅力を発揮できるのです」「こんな世界の端のお茶花をご存知なんですね。流石、皇后陛下です」 膝の上で握りしめるカタリナの手は小刻みに震えていた。 レイラは不義の子で見た目しか取り柄のない頭が空っぽな女だとルイーゼから聞いていた。 その言葉を信じて見下していたが、明らかに品格も知識も別格だ。「ジャスミンティー、リラックス効果があるお茶と言われていますが、妊婦には禁忌のお茶です」 レイラの言葉に周りの貴族令嬢が聞き入る。 彼女たちは普段帝国の流行には触れるが、他国のことにあまり興味を持っていない。「不妊効果があったりするのですか?」 亜麻色の髪にアクアマリンの瞳をした令嬢が発した言葉にレイラはニッコリと笑った。「ソフィア嬢、良い質問です。このお茶は美しいですが妊婦には禁忌と言われていて、子宮を収縮する作用があります」 レイラの言葉に令嬢たちがどよめく。 世継ぎを望まれる皇后に与えるべきではない不適切な贈り物だ。 レイラはこの時の令嬢たちの反応を深く観察し、彼女たちを見定めた。「そんな事は知りませんでした、申し訳ございません」 カタリナは咄嗟に頭を下げる。
last updateLast Updated : 2026-09-30
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