LOGIN「毒か⋯⋯俺に毒は効かないから問題ない。おそらく入れられているのは不妊薬だろ。君に子を生まれたら困る人間が多いからな」カインはそう言って、テーブルの上に置かれたワイングラスへ視線を落とした。「毒が効かないなんて、陛下は本当に無敵なんですね。羨ましいですわ」「羨ましい? 俺が?」「守りたいものを守れる無敵の力が私も欲しいです。ワインは飲みません。酔っただなんて言い訳を自分に用意したくないんです。さあ、もう始めましょうか」 ベッドに座ってたはずの女が床に寝転がり、そっと目を瞑る。 彼女の長い銀色のまつ毛がかすかに震えていた。「陛下、早く来てください! 私はここまで堕ちても守りたいものがあります。陛下、私を酷く痛く傷つけてください。無力な私を辱めて蔑んで⋯⋯」 カインはアルベラの長い睫毛に宝石のような雫が伝うのを見逃さない。(そ、そんなに嫌なのか? 流石にこれは⋯⋯)嫌がる女を無理矢理抱く趣味はない」 カインは力強く言い捨てたが、プライドはズタズタだった。 美貌に権力、自分に勝る男はいないと自負している。 でも、目下の女は自分に抱かれると穢れるとでも言いたげに、この世の終わりのように目を瞑っている。(アルベラ、お前は今、瞼の裏で誰を思い浮かべているんだ⋯⋯) パチリと目を開けたアルベラにカインは驚く。 涙で潤んだその瞳は宝石のように美しかった。「流石ですわ、陛下。やはり帝国を統べる男は気高い精神をお持ちなのですね」「お、おう」 唐突に褒められて、カインは自分がむず痒いくらい嬉しい事に気がついた。「私は今日は床で寝ます。陛下はゆっくりベッドでお眠りください」「いや、このサイズのベッドだ。隣で寝たら良いだろう。何もしないから」「何もしない事は大切ですね。しっかり体を休ませなければ、明日は大切な貴族会議があります」「ああ、すまないな。新婚旅行もなく」 行事が立て込んでいる中で、無理矢理ねじ込んだ結婚式だ。 カインがアルベラに興味を持ったのは、彼女の国を侵略した時だった。 その時、彼は自分のプライドも全て捨てて彼女を守った騎士を見た。 それ程に愛される女が自分の国に潜伏している。 興味本位で会いに行って、気が付けばプロポーズしていた。 全て計画的に行動してきた彼にとって初めての予想外の行動。 そして誰にも謝った事のない
湖畔に佇むガラス張りの皇宮のチャペル。 湖に太陽の光が反射してバージンロードの先にいる若き皇帝を照らしていた。 あまりの美しい光景にここが天国なのではないかと錯覚しそうになる。 娼婦に落とされた女を天文学的な金額で買い取り、妻にすることに反対意見がなかった訳ではない。 しかし、帝国民の圧倒的な支持を得る皇帝に直接抗議する者はいなかった。 バージンロードをレイラと歩くのは、彼女を娼館送りにした男。 「お前は見目だけは良かったからな。女に興味がないと言われていたカイン皇帝まで落とすとは大したものだ」 口の端をあげて笑うネオラン侯爵にレイラは冷ややかな視線を送った。 ネオラン侯爵は自分が捨てた石ころが宝石になって戻ってきたと感動しているのだろう。 皇后を輩出した家としてネオラン侯爵家はますます発展し中央で権力を持てるはずだ。 「侯爵、皇后になる私を『お前』呼ばわりですか?」 「⋯⋯私はお前の父親だ」 「血縁鑑定もするまでもなく、私を不義の子と扱い娼館に送りましたね」 シリル・ネオラン侯爵はレイラの微笑みに息を呑んだ。 彼は自分も浮気している分、妻の不貞には目を瞑っていた。 でも、いざ目の前に現れた娘が明らかに自分の子でないと分かると腹が立った。 尻軽な妻と浮気性なのに体裁を気にする自分が、敗戦国の元王女に利用されているとも知らずに夫婦は喧嘩を繰り返した。 皇帝カイン・ヴェライユは非常に優秀で、他の皇位継承権を持つ兄弟を押しのけ五歳で立太子した。 先皇陛下はカインが十六歳の時に早々譲位して、三年でカインは領土を元の二倍まで広げた。 侵略した国の国民を奴隷化するルートル帝国の脅威をおそれ、ヴェライユ帝国の管理下になる国も少なくなかった。 そんな中、カインが武力行使により手に入れた唯一の国があった。 ーーそれがアルトメだ。 一方的な侵略行為により、国際的な非難は避けられず、シリルは外務大臣として後処理に追われる日々にストレスを抱えていた。 朝から晩まで、皇宮で働く日々。 十分な待遇は受けていたが、カイン・ヴェライユに振り回される日常に疲弊していた。 そして、シリルは悩みの種をもう一つ抱えていた。 昼はお茶会や買い物に忙しくし、しばしば間男を連れ込んでいた妻が産んだ明らかに種違いの
帝国暦七百二十八年。 灰色の空が都を覆い、風は魅惑的な香の匂いを運んでいた。 娼館は、ヴェライユ帝国でもっとも高貴な男たちが通う場所だった。 だが、その夜の客は、帝国そのものの頂点に立つ男ーー皇帝カイン・ヴェライユ。 漆黒の艶やかな髪が夜風に揺れる。 彼は仮面をつけ美しい顔を隠しルビー色の瞳を光らせながら、一人の娼婦の部屋を訪れた。 その娼婦の名は、レイラ。 眩い銀髪と憂いを帯びたアメジストの瞳が印象的な一目で心を奪われそうな美貌を持った女だった。 薄暗い部屋に、レイラの声が静かに落ちた。 香炉から立ちのぼる甘ったるい香が、重く淀んだ空気に混じっている。壁際では小さな燭台の炎がかすかに揺 れ、そのたびに二人の影が壁の上で歪んだ。 レイラはベッドの端に腰掛けたまま、目の前の男を見上げる。 漆黒の衣に身を包み、顔の上半分を仮面で隠した男。 けれど、その正体をレイラはとうに知っていた。 この帝国を統べる男――カイン・ヴェライユ。 かつて、自分の国を滅ぼした皇帝。 レイラの瞳に、隠しきれない軽蔑が浮かぶ。 レイラは引き攣った顔で微笑んだ。娼婦としての微笑みではなかった。「何をおっしゃってるか分かりませんわ」 レイラはそっと薄手の服をはだけさせ、背中の火傷を見せる。 雪のように白い肌に目を背けたくなるような焼けただれた火傷の痕。 彼女はネオラン侯爵家の次女として生まれた⋯⋯事になっている。 しかし、両親の特徴をいっさい引き継いでいない。 ネオラン侯爵家の特徴であるブルーサファイアの瞳も、母親の印象的な赤い髪も。 それ故、生まれてからずっと不義の子ではないかと疑われてきた。 母親のセシリアは男遊びが激しく、心当たりがあり過ぎた。 彼女は自分への非難をレイラに向ける為に彼女を攻撃した。 ネオラン侯爵家の鬱憤を一斉に受け、虐待され続けたのがレイラだ。 そして、彼女が十七歳の時にネオラン侯爵家の暗部を隠すように娼館に売られた。「この火傷がそんなに珍しいですか? ここに来てすぐの頃、拷問を趣味とする貴族にやられたものですわ。私の正体は男に弄ばれる事でお金を得る娼婦です」 ふふっと何かに企むように笑うレイラを、カインは無表情で見つめ顔を近付ける。 一つ後ずさる彼女を見て彼は確信した。「ここに来ると夢のような一時を味わえると







