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身分を隠した傷だらけ元王女は皇帝の溺愛に気付かず、今日も無意識にざまぁする。
身分を隠した傷だらけ元王女は皇帝の溺愛に気付かず、今日も無意識にざまぁする。
Author: 専業プウタ

1.娼館

last update publish date: 2026-09-11 18:18:02

 帝国暦七百二十八年。

 灰色の空が都を覆い、風は魅惑的な香の匂いを運んでいた。

 娼館は、ヴェライユ帝国でもっとも高貴な男たちが通う場所だった。

 だが、その夜の客は、帝国そのものの頂点に立つ男ーー皇帝カイン・ヴェライユ。

 漆黒の艶やかな髪が夜風に揺れる。

 彼は仮面をつけ美しい顔を隠しルビー色の瞳を光らせながら、一人の娼婦の部屋を訪れた。

 その娼婦の名は、レイラ。

 眩い銀髪と憂いを帯びたアメジストの瞳が印象的な一目で心を奪われそうな美貌を持った女だった。

 薄暗い部屋に、レイラの声が静かに落ちた。

 香炉から立ちのぼる甘ったるい香が、重く淀んだ空気に混じっている。壁際では小さな燭台の炎がかすかに揺 れ、そのたびに二人の影が壁の上で歪んだ。

 レイラはベッドの端に腰掛けたまま、目の前の男を見上げる。

 漆黒の衣に身を包み、顔の上半分を仮面で隠した男。

 けれど、その正体をレイラはとうに知っていた。

 この帝国を統べる男――カイン・ヴェライユ。

 かつて、自分の国を滅ぼした皇帝。

 レイラの瞳に、隠しきれない軽蔑が浮かぶ。

 レイラは引き攣った顔で微笑んだ。娼婦としての微笑みではなかった。

「何をおっしゃってるか分かりませんわ」

 レイラはそっと薄手の服をはだけさせ、背中の火傷を見せる。

 雪のように白い肌に目を背けたくなるような焼けただれた火傷の痕。

 彼女はネオラン侯爵家の次女として生まれた⋯⋯事になっている。

 しかし、両親の特徴をいっさい引き継いでいない。

 ネオラン侯爵家の特徴であるブルーサファイアの瞳も、母親の印象的な赤い髪も。

 それ故、生まれてからずっと不義の子ではないかと疑われてきた。

 母親のセシリアは男遊びが激しく、心当たりがあり過ぎた。

 彼女は自分への非難をレイラに向ける為に彼女を攻撃した。

 ネオラン侯爵家の鬱憤を一斉に受け、虐待され続けたのがレイラだ。

 そして、彼女が十七歳の時にネオラン侯爵家の暗部を隠すように娼館に売られた。

「この火傷がそんなに珍しいですか? ここに来てすぐの頃、拷問を趣味とする貴族にやられたものですわ。私の正体は男に弄ばれる事でお金を得る娼婦です」

 ふふっと何かに企むように笑うレイラを、カインは無表情で見つめ顔を近付ける。

 一つ後ずさる彼女を見て彼は確信した。

「ここに来ると夢のような一時を味わえると聞いたんだが、お前が男にそのような時を与えることができるとは思えないがな」

 カインはレイラが震えているのを見抜いていた。

 百戦錬磨の女の反応ではない。

 それなのに、彼女を訪れた男たちは彼女の虜になり私財を投げ打っていた。

 彼女は億万長者になってもおかしくないくらいの富を得たはずなのに、宝石一つ身につけていない。

「⋯⋯試して見ますか?」

 誘惑するように妖しく笑って見せるレイラを見て、カインは嬉しそうに促した。

「あ、あれ?」

 レイラは動揺が隠せない。

 彼女は幻影の異能を持っていて、その異能で訪れる貴族たちを騙していた。

 カインが彼女の白い背中に触れようとする。

 眩いばかりの光が彼の掌から放たれた。

「や、やめて!」

「俺にお前の異能は効かない。レイラ、これで火傷の痕は消えた」

「余計な事を⋯⋯」

 レイラが聞こえるか聞こえないかの声で呟いた言葉をカインは聞き逃さなかった。

「余計な事? 成る程な、確かにその火傷はお前がここで働いた証拠になる。実際はまやかしを見せてるに過ぎないのにな」

 レイラはカインを睨み付けた。

 カインはそんな彼女を楽しそうに見て笑っている。

「真実と仰りましたけれど、既に陛下は真実を突き止めた上でこちらにいらっしゃったのですよね」

「お前の口から聞きたい」

 レイラは苦々しく唇を噛む。

「陛下が私の前で自害をしてくださったら、屍の前でお話しします」

「なんだそれは⋯⋯俺は何も楽しくない」

 カインが何気なく発した言葉はレイラの心に火をつける。

 彼女は彼を押し倒すと、首を締め始めた。

「楽しいだの、楽しくないだの国を統べる者がそのような個人的な感情でアルトメ王家を滅ぼしたのですか? そんなに血が好きなのですか?」

 窒息しそうなくらいの力で首を締め上げているのに、カインは全く苦しそうではなかった。

「そんな顔もするんだな。そのような弱々しい力で俺を制圧した気でいるお前はやはり楽しませてくれそうだ」

 淡々と話すカインを見てレイラは諦めたように手を離す。

 あらゆる魔法を使いこなせると言われる皇帝だ。

 服の上からでも筋肉質なのが分かるし、一対一で彼に勝てないのは明白だった。

「アルトメの王女、アルベラ・アルトメ。お前が理解できない。このように娼婦のフリをして滅びた国にひっそりと支援を続ける。恥もプライドも捨てて、何がしたい」

 レイラは捨てたはずの名前を呼ばれて、不意に涙が溢れた。

 彼女は大切に育てられた王女だった。

 しかし、眼前の男により国を滅ぼされ、恋仲だった騎士の計らいにより逃げた。

 幻影の異能を使いヴェライユ帝国の有力貴族ネオラン侯爵家に潜り込み、何故帝国がアルトメを侵略したのか考え続けた。

 ネオラン侯爵家の人間に元からいた妹と思わせたが、大好きな双子の兄オリバーとお揃いの銀髪とアメジストの瞳を捨てられなかった。

 それ故にネオラン侯爵家の人間からは酷い虐待に遭い娼館に売り飛ばされる。

 娼館では幻影の異能を使いやり過ごしていたが、それでも乱暴な客はいた。

 会うなり熱湯をかけられたり、鞭で叩かれる日常。

 アルベラにとってその火傷の痕は国を守れなかった自分へ与えた罰として残しておきたいものだった。

 傷だらけになりながら稼いだお金をアルトメの復興の為に集める日々は彼女の空虚な心を満たしていた。

「陛下になど理解できるはずありません。私の全てを奪った貴方になど⋯⋯」

 掠れた声で紡がれる言葉を、カインは無表情で聞いていた。

 彼女の生き様が酷く不器用に見えたのだ。

 自己犠牲など考えた事ない彼にとっては珍しくも思えた。

 レイラは男が全財産を投げ打ってでも手に入れたくなるような美貌の持ち主だ。

 実際、カインはここに来てから彼女から目が離せずにいた。

 そして、それは彼女の強い祖国に対する思いを自分に向けさせたいという願望に変わった。

「アルベラ、俺と結婚しろ?」

 アルベラは途方もない提案にその大きな目を見開く。

「い、嫌です」

 咄嗟に出た言葉は偽りのない彼女の本心だった。

 武力で愛する祖国を滅ぼし、両親を殺した暴君。

 そんな男の妻になどなりたくない。

「俺との結婚が嫌? 冗談だろ。ここで商売女のフリをするよりも嫌なんて」

 艶やかな髪をかきあげながらカインが射抜くような瞳でアルベラを見た。

「嫌です」

 今度は、はっきりとした声で拒絶な言葉を発するアルベラにカインは焦りを隠せなくなる。

「世界で最も美しく、富を持つ俺との結婚が嫌なんて女いる訳がない」

「思い上がりも甚だしいですね。陛下ほど醜い方を私は知りません」

「な、なんだと?」

 アルベラは死を覚悟した上で言葉を発していた。

 既に自分は身分を隠してたのが露見している。

 そして、目の前の暴君は揶揄うような提案をしてきていた。

 自分を嘲笑う趣味の悪い提案。

 拒絶の態度を示しているのに男のしつこさには驚くばかりだ。

「その富も権力も魔法の力も陛下が生まれながらに持っていたものです。持つ者としての心を育てる事なくイタズラに他国を侵略し、この世界に生きる命を全て自分のものだと勘違いしています」

 真っ直ぐに睨みつけてくるアルベラの瞳にカインは見入っていた。

 カインは自分が勘違いしているとは思えないが、アルベラが手に入ってない事だけは分かる。

 一目惚れというものを初めて経験した彼は今まで手に入らなかったものがない。

 当然、物怖じせず反抗的な態度を見せるアルベラも欲しくて仕方がなかった。

 ルビー色の瞳に怒りは見えない。

 何を考えているか分からない男に恐ろしさを感じながらも、アルベラは大義を果たす好機に賭ける事にした。

「ならば、陛下。私を皇后としてお迎えください。ただし、私の愛は期待しないでください。その条件をのめるならば、貴方に嫁ぎますよ」

 アルベラには心を捧げた人がいる。

 彼女の逃亡を助けた護衛騎士リアンダーだ。

 金色の髪をライオンのように靡かせ、優しい太陽のような瞳で彼女を守り続けた男。

 既にこの世にいないかも知れないが、彼女は彼以外の男を愛する気はなかった。

「アルベラ・アルトメ。随分と図々しい要求をするんだな。愛は期待するな? 誰に向かって口を聞いてるんだ? 全くアルトメの女は面白いな」

 カインは確固たる自信を持っていた。

 自分は誰より美しく、権力もあり、女は皆彼の前では瞳孔を開く。

 彼に落ちない女などこの世に存在しないのだ。

「何とでもおっしゃってください。陛下は娼婦レイラと敗戦国の元王女アルベラ。どちらの女と結婚するおつもりですか?」

 ニッコリと品よく微笑む女は間違いなく元王族の風格を持っていた。

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