新婚旅行がまた白紙に戻ったと告げられた時、私はすでにS市に降り立ち、ホテルの予約も済ませていた。隆行は苛立ちを隠そうともせず、私の後ろを歩きながらブツブツと文句をこぼしていた。「誰がそんなに急いで予約しろって言ったんだよ。飛行機を降りてすぐ話したじゃないか。梢の担当で重症の急患が運ばれてきたんだ。俺はあいつの指導医なんだから、戻ってサポートしてやらないと。新婚旅行なんていつでも行けるだろ。少しは察してくれよ。何しろ、人の命がかかってるんだ」私は胸の奥からこみ上げる悔しさをぐっと飲み込み、引いていたスーツケースを彼の方へ押しやった。「戻りたいなら、戻ればいいわ」ほんの数分前、着陸直後、隆行はトイレに行った後のことだった。代わりに彼のスマホの機内モードを解除した途端、通知が次々と届き始めた。すべて梢からのメッセージだ。ふと画面に目を落とした。文面を見た瞬間、体の芯まで凍りついた。それは同僚数人のグループLINEで、梢が甘ったるい口調で隆行に何度もメンションを飛ばしていたのだ。【先生ったら、今日は私が入局して1年、二人が出会って1年の記念日ですよ。お店も予約したし、まさかドタキャンしたりしませんよね?】【友達もたくさん呼んでるんです。先生が来てくれなかったら、みんながっかりしちゃいますよ】すぐさま別の誰かが茶化すように便乗してくる。【大丈夫だって。先生が一番気にかけてるのが誰かなんて、みんな知ってるでしょ。だいたい休みを取って新婚旅行って、もう何回目よ。どうせ適当な理由をつけて戻ってくるって。磯野先生の奥さんなんて、もうすっかりおばさんでしょ。梢の若さと可愛さには勝てないわよ。だいたい奥さんも暇よね。1年中新婚旅行って、お医者様の時間がどれほど貴重か分かってないのかしら。結婚してあんなに経つのに、まだ形式にこだわるなんてね。愛されてない人ほど、周りにアピールしたがるものよ】体が少しずつ強張っていくのがわかった。私の頭の中が一気に真っ白になった。これで10度目。10度目の新婚旅行の計画だった。これまでも毎回、隆行は何かしら理由をつけ、旅の途中や到着して最初に立ち寄った観光地で私を置き去りにしてきた。その原因はいつだって梢だ。彼の言い分はいつも正論に聞こえた。指導医だから後輩の面倒を見るのは義務だ
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