All Chapters of 嵐の夜、身代わりの姉は死んだ: Chapter 1 - Chapter 9

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第1話

「結衣のやつ、またどこへほっつき歩いてるの!今夜は超大型台風が来るっていうのに!」母である柚木春子(ゆずき はるこ)は、居間をぐるぐると歩き回っていた。窓の外は異常なほど暗く、暴風が庭のブリキのタライを転がし、ガンガンと壁にぶつかる音を立てている。町の防災無線は、すでに3回も同じアナウンスを繰り返していた。「特別警報発令。全町民は直ちに避難してください。20分後に救助車両が町の入り口に到着します」母が猛烈な勢いで私を睨みつけた。その目には怒りの炎が燃え盛っている。「あんた!今すぐ結衣を探してきなさい!」私は窓の外に目をやった。雨は降っているというより、バケツをひっくり返したように叩きつけている。庭の木々は風で地面に張り付くほどしなり、塀のそばの鶏小屋は吹き飛ばされ、数羽の鶏がバタバタと軒下へ逃げ込んでいた。「お母さん、結衣は友達の家に遊びに行くって……それに、今は外……」「誰の家だろうと知ったことじゃないわ!今すぐ連れ戻してきなさい!見つかるまで帰ってくるんじゃないわよ!」母は私の言葉を乱暴に遮った。私は無意識に、部屋の隅に座っている父、柚木健一(ゆずき けんいち)を見た。父の唇がわずかに動く。「外はさすがに風が強すぎる。もう少し待ってみては……」「あなたは黙ってて!」母は振り向きもせずに怒鳴りつけた。「結衣に何かあったら、責任取れるの!」父はそれきり、口を閉ざした。私は底が剥がれかけたサンダルを履き、玄関のドアを開けた。その瞬間、突風に煽られて吹き飛ばされそうになった。壁伝いに、よろめきながら前へ進む。道路の冠水はすでに足首の高さを超えていた。町の西側にある、結衣の友達の家へ向かおうとした時のことだ。「わあ、風が強くて涼しい!」背後から、ヘラヘラとした笑い声が聞こえてきた。振り返ると、路地の入り口から結衣が走ってくるのが見えた。濡れた髪が顔に張り付いているが、その表情は興奮に満ちている。母はいつの間にか、玄関の前に飛び出していた。母は結衣を強く抱きしめ、全身をくまなく触って確かめながら、心底心配したような、安堵したような声を出した。「やっと帰ってきた!濡れなかった?寒くない?早く家に入って着替えなさい、風邪を引くわよ」私は豪雨の中に立ち尽くし、全身ず
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第2話

声は、列の最後尾にある車から聞こえてきた。私は必死に目を細めたが、雨が視界を遮ってよく見えない。車のドアの陰から、背中の曲がった人影が身を乗り出し、私に向かって手を振っていた。隣に住む、佐藤のおじいさんだった。彼には子供がおらず、奥さんにも早くに先立たれ、町の入り口の家で一生を過ごしてきた。物心ついた頃から、佐藤おじいさんは私を本当の孫のように可愛がってくれた。私が母に食事を抜かれる罰を受けた時は、母の目を盗んで裏口から温かい料理を差し入れてくれた。お正月には私と結衣にそれぞれお年玉をくれるのだが、毎回こっそりと、私の袋にだけ2000円多く入れてくれた。彼は座席から身を乗り出し、わずかなスペースを作って私に叫んだ。「静音ちゃん、早く乗りな!詰めれば座れるから!」私はその車に向かって全力で走った。おじいさんはすでに私を引き上げようと手を伸ばしている。私の指先が、おじいさんの手に触れようとした、まさにその時だった。「その佐藤の爺さんは人さらいよ!」突然、前の車から母の叫び声が響き渡った。母はいつの間にか窓を開け、半身を乗り出して佐藤おじいさんを指差し、金切り声を上げていた。「その男はうちの娘を拉致しようとしてるのよ!娘をその車に乗せちゃ駄目!」私の手は宙に浮いたまま凍りついた。佐藤おじいさんも、一瞬呆然としていた。彼は72年間生き、この町に72年間住み続けている。今まで誰一人として、彼をそんな風に呼んだ者はいなかった。「は、春子、何を言ってるんだ?」佐藤のおじいさんの声は震えていた。「私だ!佐藤茂(さとう しげる)だよ!あんたの家の隣にもう何年住んでると思ってる?あんたの父親が生きてた頃は、私のことを兄貴分だって慕ってくれてたじゃないか!」「誰だろうと関係ないわ!身寄りのない爺さんが、他人の家の女の子にばかり構って。どんな下心があるか分かったもんじゃないわ!」車に乗っていた町民たちが一斉にざわめき、怒りの声を上げた。「春子さん、頭おかしくなったのか?佐藤さんはあんたが子供の頃から知ってるんだぞ!」「そうだ!よくそんな酷いことが言えるな!」1人のおばさんが立ち上がって罵倒した。「こんな猛烈な台風じゃ、あんたの家の瓦屋根なんて、一瞬で吹き飛ぶわよ!本気で娘を殺
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第3話

結衣からの着信だった。「お姉ちゃん!無事なの!今どこ!」結衣の声は涙声だった。「大丈夫よ」私は歯を食いしばり、声が震えないようにして答えた。「そっちは着いたの?」「着いたよ!市内の避難所になっているホテル。お湯も出るし毛布もあるし、職員の人が温かい豚汁も作ってくれて……」彼女は話しながら再び泣き出した。「お姉ちゃん、私怖いよ。お姉ちゃんが1人で家に残されて、どうなっちゃうの……」頭上で轟音が響いた。瓦屋根の残っていた半分が、丸ごと吹き飛ばされたのだ。暴風雨が一瞬にして室内に吹き込み、頭から顔まで容赦なく打ちつけた。私は悲鳴を上げ、危うくスマートフォンを落としかけた。「お姉ちゃん!どうしたの!今の音は何!」「な……なんでもない、瓦が何枚か飛んだだけ……」電波が途切れ途切れになり始めた。結衣の声が細切れになって聞こえる。「お姉……聞こえ……る……」電波が再び戻ったが、アンテナは1本しか立っていない。電話の向こうで、結衣が泣き叫ぶ声が聞こえた。「お母さん!家の屋根が崩れたみたい!早くなんとかしてよ!」そして、母の声が聞こえた。「まだ電話ができるんだから、ピンピンしてる証拠でしょ。大げさに騒ぎすぎなのよ」水かさは、すでに私の膝を越えていた。「お母さん!大げさなんかじゃないよ!今の音聞こえなかったの!お姉ちゃんが……」「家の中にいて何があるっていうのよ。一昨年にあのかまどは補強したばかりだから、頑丈にできてるわ!静音がこれくらいの雨風も耐えられないようなら、将来社会に出てやっていけないわよ!」電話の向こうで、父がこもった声でボソッと言った。「やっぱり誰かに様子を見に行ってもらった方が……」「あなたは何も分かってない!」母の一言で、父はまた黙らされた。そして母は、電話口の結衣に向かって言った。「もういいわ、お姉ちゃんに電話を切りなさいって言いな。通話料の無駄よ」私は水の中にしゃがみ込んだまま、何も言えなかった。水はすでに太ももまで達している。アンテナの1本が、点滅している。結衣はまだ泣きながら、途切れ途切れに私に呼びかけていた。「お姉ちゃん……なんとかして、高いところへ登って……」その言葉の直後、電話の向こうから突然、見知らぬ男の切
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第4話

ボランティアの救助員が私をボートに引き上げ、3回にわたる心肺蘇生を行って、私はようやく水を吐き出し、微弱な心拍を取り戻した。市内の病院に搬送された時、救急医は私の状態を見るなり顔色を変えた。「溺水による長時間の窒息、肺には大量の水が溜まっている!挿管の準備、手術室に連絡!」そして医師は廊下に向かって叫んだ。「ご家族は!同意書にサインをお願いします!」廊下の向こうから足音が聞こえてきた。母は慌てる様子もなく、ゆっくりと歩いてきた。「誰が助けてくれと頼みましたか?」その場にいた全員が、呆然とした。「なんだ、死んでないじゃないですか。どうせ死んだふりをしているんでしょう。小さい頃から演技だけは得意なんですよ」1人の看護師が真っ先に我に返り、厳しい声で怒鳴った。「何を言ってるんですか!あと半歩遅ければ、この子は死んでたんですよ!今すぐ手術の同意書にサインしてください!これ以上遅れたら、助かる命も助かりません!」母は看護師を完全に無視した。彼女は振り返り、壁の隅に立っている結衣を見た。その顔は真っ白で、唇を震わせ、一言も発することができないでいた。母は結衣を見つめ、淡々とした口調で言った。「自分が悪いことをしたって、分かった?」結衣は狂ったように何度も頷き、大粒の涙をポロポロと床にこぼした。「頷くだけじゃ駄目よ」母はバッグからボールペンと紙を取り出し、結衣の前にバンッと叩きつけた。「書きなさい。反省文、300字。書き終わって、自分の過ちを本当に自覚したら、サインしてあげる」看護師がたまりかねて怒鳴った。「正気ですか!中で子供が手術を待ってるんですよ!1分遅れるごとに……」「自分の娘を躾てるんです。あなたに口出しされる筋合いはありません」母は看護師に目を向けることすらなく、パイプ椅子を引き寄せて座り、スマートフォンを取り出してショート動画を見始めた。処置室から再び医師が飛び出してきた。「ご家族!同意書のサインはまだですか!」誰も医師に答えなかった。結衣は廊下の長椅子にうつ伏せになり、震える手でペンを握って書き始めた。涙が紙に落ちて文字を滲ませた。やがて彼女は手を止め、母を見上げた。「お母さん……お願い……先にサインしてよ……これは、お姉ちゃんのせいじゃない……
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第5話

母は手の中に、いつの間にか先ほどの湿った反省文の紙を握りしめていた。彼女は一瞬呆然とした後、突然フッと笑い声を漏らした。「先生、その子と結託して私を騙そうとしてるんですか?あの子、小さい頃からお芝居が得意なんですよ」母は足を踏み出し、処置室の中へ押し入ろうとした。「静音!起きなさい!死んだふりなんかやめて!これ以上起きないなら、新しいワンピース、1着も買ってあげないからね!」処置室の中は静まり返っていた。誰も彼女を相手にしない。看護師がストレッチャーを押して出てきた。その上には、白い布が被せられている。母は飛びかかり、その白い布を荒々しく引き剥がした。私はその上に静かに横たわっていた。顔は紙のように真っ白で、唇は紫色に変色し、額に張り付いた髪からは、まだ冷たい雨水が滴り落ちている。母は指を伸ばし、震えながら私の鼻の下に近づけた。息が感じられない。微かな息さえも。母の手は、火傷でもしたかのようにビクッと縮こまった。「静音?」母は私の肩を揺すった。私の頭は揺れるままに横へ傾き、微塵の生気も感じられない。「静音、お母さんをからかうのはやめなさい……」廊下の奥から、慌ただしい足音が近づいてきた。雨合羽を着た2人の警察官が、険しい顔つきで歩み寄ってくる。「柚木春子さんですね?」母は呆然と顔を上げた。「はい……」警察官はボディカメラと記録用のバインダーを取り出した。「救助隊からの通報です。被害者は溺水し、30分以上窒息状態にありました。あなたは避難誘導時に幾度も救助を妨害し、病院に到着してからも手術の同意書への署名を拒否して、救命処置を遅延させましたね」警察官は母の手首をガシッと掴んだ。「保護責任者遺棄致死、および過失致死の疑いで、警察署まで同行してもらいます!」野次馬となっていた他の患者や家族たちが、一斉にざわめき立った。「信じられない、下の娘に反省文を書かせるために、上の娘を見殺しにしたっていうの?」「上の娘が悪いわけじゃないらしいよ。下の娘に自分の過ちを思い知らせるために、わざと上の娘に罰を受けさせたんだって!」「あれで母親かよ。自分の手で殺したようなもんじゃないか!」非難の声が、潮のように押し寄せてくる。母はまるで何も聞こえていないかのよう
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第6話

警察署のロビーで、母は2人の警察官に取り押さえられていた。彼女は必死に身をよじり、甲高い声で叫び続けている。「私はあの子を殺そうとしたんじゃないわ!これは霞丘町の古い掟なのよ!『見せしめ』って言葉を知らないの!?結衣を教育するためにやったのよ!死なせるつもりなんて微塵もなかったわ!」担当の警察官は怒りに任せて机を叩きつけた。「教育だと?あんたそれでも母親か!」「台風が来てるんだぞ!危険区域に娘を1人置き去りにして、病院では同意書にサインもせず放置した!それは教育じゃない、自分の手で娘を死に追いやったんだ!」周囲にいた人々は彼女を指差し、罵声が飛び交っていた。母は顔を真っ赤にして、「私は実の母親よ、娘を殺すわけないじゃない!」と叫び続けている。その時、1人の若い刑事が証拠品袋に入れられたスマートフォンを握りしめ、血相を変えて飛び込んできた。「主任!被害者のスマホのデータが復旧しました!中に、未送信のメモが残っていました!」騒然としていたロビーの空気が、ピタリと止まった。刑事はプリントアウトされた紙を見つめ、震える声でゆっくりと読み上げた。「お母さんは悪くないんです。私が自分で逃げ遅れただけで、残るって決めたのです。もし私が死んでも、警察の人はお母さんを責めないでください。お母さんは結衣に早く帰るようになってほしかっただけで、悪い人じゃないんです。全部、私が駄目な子だったからです」刑事が読み終えると、ロビーは水を打ったように静まり返った。近くにいた数人の若い看護師は一瞬で目を赤くし、口を覆ってすすり泣き始めた。担当の警察官は強く拳を握り締め、目を赤くして、いたたまれず顔を背けた。私は命を懸けて、母の罪を庇ったのだ。死ぬその瞬間まで、私は母の「教育」に従い続けた。突然、甲高い笑い声が静寂を突き破った。「アハハハ!アハハハハハ!」母は手を叩き、体を前後に揺らして狂ったように笑い出した。その顔には、隠しきれない得意げな色が浮かんでいる。「聞いたでしょ!あんたたち聞いたわよね!」母は刑事の持つ紙を指差し、大声で喚き散らした。「さすが私のいい子ね!静音は分かってると思ってたわ!あんたたち、さっき私を人殺しだって罵ったわよね?あの子自身が自分が決めたって言ってるじゃない!あの
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第7話

結衣はスーツケースを引きずり、振り返ることなく家を出た。父が慌ててその後を追う。彼は路地の入り口で結衣を引き留め、ポケットからくしゃくしゃになったお金を取り出すと、無理やり結衣の手に握らせようとした。「結衣!頼むからお父さんと一緒に家に戻ってくれ!」父は目を真っ赤に腫らし、声を小刻みに震わせている。「お姉ちゃんがいなくなって……お前まで失うわけにはいかないんだ!お前が辛いのは分かる、だがお父さんだって苦しいんだ!あの時、お父さんだってお姉ちゃんを助けたかった。でも、母さんのあの性格じゃ……」結衣はうつむいたまま、押し付けられたお金を見つめた。そしてゆっくりと顔を上げると、そのお金を力強く払い除けた。「なにを被害者ぶってるの?」結衣は父を睨みつけ、凍りつくような冷笑を漏らした。「お母さんがお姉ちゃんの頭を川に沈めてた時、あんたは何をしてた?お母さんがお姉ちゃんに生米を食わせて、口が血だらけになってた時も!あの避難の車で、太郎にすら席があったのに、お姉ちゃんが豪雨の中に立たされてた時も……あんたは一体何をしてたのよ!」父の顔からさあっと血の気が引き、唇が激しく震え出す。「お、お父さんはあの時、ちゃんと言ったんだ。母さんを止めようと……」「黙りなさいよ!」結衣は父の鼻先を指差した。その目からは、隠しきれないほどの嫌悪感が溢れ出している。「あんたは毎回そうやって、形だけ口出しして、お母さんに睨まれたらすぐに首をすくめるじゃない!自分に罪がないとでも思ってるの?あんたのその臆病さと沈黙は、お母さんの暴力よりもずっと吐き気がする!あんたもお姉ちゃんを殺した共犯者よ!」1台のタクシーが通りかかった。結衣はドアを開けて乗り込むと、そのまま走り去っていった。父は地面に散らばったお金を見つめ、肩を大きく上下させながら、突然声を上げて泣き崩れた。それから10分後。父は凄まじい勢いで居間へと駆け込んできた。ガシャン!彼は狂ったようにテーブルの上の湯呑みや急須を掴み、床に力任せに叩きつけた。破片が四方八方に飛び散る。母は飛び上がり、金切り声を上げた。「健一、狂ったの!」父は母に向かって猛然と突進し、その胸ぐらを死に物狂いで掴み上げた。「全部お前のせいだ!このイカれ女!静音は
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第8話

父は町外れの古い資材置き場で働き始めたが、ほんの1ヶ月も経たないうちに崩れてきた資材の下敷きになり、足を複雑骨折した。病院の救命措置で命は取り留めたものの、足には一生残る障害を負った。その後の治療費を払えず病院を追い出された彼は、足を引きずりながら、町の外れにあるボロボロのプレハブ小屋に身を寄せるしかなかった。毎晩、その小屋からは彼の身を引き裂くような泣き声が漏れ聞こえてきた。通りかかった近所の人間は、彼が小屋の中で独り言を叫んでいるのを聞いている。「静音……お父さんが悪かった……避難の車に乗る時、無理にでもお前を引っ張り上げるべきだったんだ……」しかし、誰もその言葉に答えてはくれない。結衣にも当然の報いが下った。幼い頃から、どんな過ちを犯しても私が代わりに罰を受けてきたため、結衣はルールというものを知らず、自分の責任を取るということを一切学ばずに育ったのだ。町を出た後、結衣は繁華街のキャバクラで働き始めたが、客と揉め事を起こして相手の頭をビール瓶で割ってしまった。相手は示談金として1000万円を要求し、払えなければ刑務所にぶち込むと脅してきた。結衣にはそんな大金はなく、代わりに責任を被ってくれる人ももういなかった。彼女は専門学校を退学になり、傷害の前科がつき、拘置所で3ヶ月を過ごすことになった。釈放された後、まともな仕事は見つかるはずもなく、アパートを借りることすら断られた。最終的に深夜の屋台で皿洗いの仕事に就くしかなく、氷水に晒され続けた手は、潰瘍を伴う酷い凍傷だらけになった。ひび割れた手が痛んで眠れない夜、結衣はかつて私が彼女の代わりに生米を食わされ、代わりに殴られていた光景を思い出していた。その息もできないほどの罪悪感と後悔は、彼女の残りの人生を苛む悪夢となった。そして母への報いは、誰よりも悲惨なものだった。結衣が事件を起こして実家に金を無心する電話をかけてきた時、母は全財産を送金したが、結衣からは「ありがとう」の一言すら返ってこなかった。結衣は電話越しに冷たく言い放った。「金をくれたからって許すと思わないでよ。あんたのせいでお姉ちゃんは死んで、私の人生もめちゃくちゃになったんだから!」そう言い捨てると、結衣は一方的に電話を切り、母の番号を即座に着信拒否した。母は完全に孤
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第9話

私の出棺の日、霞丘町にはひどい土砂降りの雨が降っていた。捜索隊が私の遺品を届けてくれた。それは水に浸かって無惨に膨れ上がった、小さなノートだった。私の日記帳だ。父は骨折した足を引きずり、泥の中で何度も転びながら、私の墓前へと這い上がってきた。結衣も遠方から駆けつけたが、雨に打たれて全身泥まみれの無残な姿になっていた。母は水浸しの泥の上にへたり込み、ふやけた日記帳を死に物狂いで胸に抱きしめていた。父は震える手でそれを受け取り、最初のページを開いた。それは私が8歳の時に書いたものだ。【今日、結衣が花瓶を割ってしまって、お母さんはとても怒っていた。私が自分で割ったと言ったら、お母さんは私をハンガーで何回も叩いた。結衣は怖がって泣いて、もう二度と物を壊さないと言った。よかった、結衣が反省してくれて。私は痛くないよ】さらにページをめくると、10歳の年の日記があった。【今日、結衣がこっそり川へ行った。お母さんが私を水の中に沈めた時、水がすごく冷たくて、鼻の中に泥と砂がいっぱい入ってきた。でも、岸で結衣がすごく泣いているのが見えた。これで結衣は絶対に川には近づかないはずだ。結衣が無事なら、私が水でむせちゃうくらい、平気よ】12歳の年。【生のお米は本当に飲み込みづらくて、噛むと歯が痛くて、口の中が血の味がした。でもお母さんはずっと結衣を見ていて、ついに結衣が泣いて、もうご飯は残さないと言った。今日、お母さんが私に向かって笑ってくれた気がした。ほんの一瞬だけだけど。お母さんも、少しは私のことが好きなのかな?】最後のページは、台風が来る前日に書かれたものだった。少し乱れた字で、微かな期待が綴られていた。【明日は私と結衣の16歳の誕生日。お母さんが新しいワンピースを2着買ってくれた。そのうちの1着は私のかな。私がもっといい子にして、また結衣の代わりに罰を受けたら、お母さんは私を抱きしめて、誕生日おめでとうって言ってくれるかな?】ドスン。鈍い音を立てて、父が泥水の中に重く膝をつき、手で自分の胸を激しく叩き始めた。「静音……お父さんが悪かった!俺は人間のクズだ!なんであの時、あんなに臆病だったんだ!」彼は自分の頬を力任せに何度も何度も張り飛ばし、口角から血を流しても決して手を止めようとはしなかった。
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