――私、朝倉 結(あさくら・ゆい)は、七年間、ただの「可愛い妹」という安全な檻の中にずっと隠れ続けていた。 シャンパングラスの触れ合う乾いた音が、分厚いガラス戸の向こうでくぐもって聞こえる。 九月の夜風はまだ生温かく、首筋に張り付いた後れ毛をわずかに揺らした。息苦しいホールから逃げ出すようにテラスへ出て、薄暗い庭園の奥へとヒールを進める。芝生が沈み込む感触を足の裏に確かめながら、ようやく肺いっぱいに夜気を吸い込んだ。 きつく締め付けられたコルセットのせいだけではない。会場に足を踏み入れた瞬間から、ずっと背中に焦げるような熱を感じていた。 振り返らなくてもわかる。フロアの中心で、常に誰かに囲まれているあの人――高遠 玲司(たかとお・れいじ)。高遠グループの若きCEOであり、長年、兄の親友として家に出入りしていた男だ。 十四歳の夏、初めて書斎で会った時のことを今でも覚えている。アメリカ人の母親譲りの色素の薄い瞳。周囲を寄せ付けないような冷たい空気を纏っていた彼が、ふと見せた不器用な笑み。 あの日から七年間、私にとって彼は「優しくて少し遠い、お兄さんのような存在」だった。いや、そう思い込もうとしていた。二十一歳になった今でも、彼に対するひどく重たい感情を、誰にも気づかれないように心の奥底へ押し込めて。 名前をつけてしまえば、今までと同じ顔ではいられなくなる気がしていた。兄の親友を見るだけで胸が騒ぐ自分を、私はずっと見ないふりをしてきた。 けれど、数週間前。兄の会社へ忘れ物を届けに行った日を境に、何かが少しずつ変わり始めている。 すれ違いざまに向けられた、あの眼差し。妹を見るような、頭を撫でるような温度ではなかった。肌の奥まで見透かすような、重く深い視線。 思い出すだけで、鎖骨のあたりが粟立つ。 ふと、甘い葉巻と、微かなシトラスの香りが鼻腔を掠めた。 冷水を浴びたように足が止まる。 生け垣の向こう側。月明かりだけが頼りの薄暗がりの中に、背の高い影が立っていた。 間違いない。テーラーメイドのダークスーツに包まれた広い肩幅。少し無造作にセットされた前髪の隙間から見える、高い鼻梁。 手には火のついていない葉巻。そしてもう片方の手で、小さな何かを弄んでいる。 月光がその表面を反射して、きらりと光った。 息を呑む。銀色の、小さな星型の細工。先日私
Last Updated : 2026-09-17 Read more