東京・世田谷区成城、鷹城家本邸。最初の保全処分からしばらくが過ぎ、担保権実行と競売手続は粛々と進んでいた。そしてこの日は、裁判所が定めた最終明渡しの日だった。かつて日本財界の名門を自負し、何十年も権勢を誇ってきた巨大な屋敷。高い塀と黒い瓦屋根。庭には手入れされた松と竹が並び、重い門は外の世界を拒むように閉ざされていた。その正門前へ、東京地方裁判所の執行官車両と警察車両が次々に到着する。冷たい朝風が庭の木々を揺らした。「確定した執行文に基づき、本邸の明渡し執行を開始します」執行官たちは、すでに保全処分の表示が付けられた動産一覧を照合しながら、残っていた占有者へ退去を告げた。母屋。蔵。客間。各出入口には執行手続中であることを示す札が掛けられる。「出ていかない! この家は鷹城家が代々守ってきた家だぞ!」最後まで叫んだのは、親族の鷹城泰臣だった。美津子はすでに警察病院の管理病棟で治療を受けながら身柄を拘束されており、ここにはいない。執行官は感情的な言葉へ反応せず、書類を確認した。「鷹城泰臣さんを含む残存占有者の皆さん。これは裁判所の命令に基づく執行です。指示に従って退去してください」親族たちは互いに責任を押し付けながら、旅行鞄や書類箱を抱えて庭へ出てきた。警察が立ち会うと、門柱へしがみついていた者も諦めざるを得なかった。その時、一台の車が門をくぐった。綾香と遼真が降りる。庭の視線が一斉に二人へ向いた。かつてなら、その視線だけで綾香の肩は固くなっただろう。今はもう、目を逸らさない。泰臣が彼女を見つけ、歯を食いしばった。「この有様を見て、満足か?」綾香は少し考えた。「あまり」「……は?」「ただ、終わってよかったとは思います」それだけだった。執行官が退去を促し、親族たちは一人、また一人と門を出ていく。最後の車が角を曲がって消えた。重い門が閉じられる。すると庭には、不思議なくらい深い静けさだけが残った。綾香はすぐには遼真の手を取らなかった。一人で母屋へ向かう。昔、食事を蹴り飛ばされた廊下。黒い薬椀を置かれた部屋。美津子の罵声が響いた座敷。人はもういないのに、記憶だけは残っていた。綾香は一番奥の部屋の窓を大きく開けた。秋風が入り込み、長年こびりついていた匂いを押し流すように室内を通り抜けていく。
Last Updated : 2026-10-05 Read more