雨の音が、屋敷の古い壁に静かに打ちつけている。 どこかで壊れかけた|雨樋《あまどい》が水をこぼしているのだろうか、ぽた、ぽたと一定のリズムで水音が響き、ハイデンはその音をただ耳に流していた。 部屋の中は暗い。 カーテンは閉じられ、蝋燭はもう数日前に使い切ったまま。 だが、不便ではない——そもそも誰も訪れないこの部屋で、時間は意味を持たない。 この世界は物語と言って良いのだろうか――既に決められた運命が待っているという事を考えると、考えるだけで恐ろしい。 それを知っていたのは、彼が――【カノ アキヤ】だった頃の記憶を持っていたからだ。 高校生の頃、彼は乙女ゲーム『月下の誓い』をプレイしていた。 妹に勧められて軽い気持ちで始めた恋愛ゲーム。 だが物語の後半に登場する【悪役令息】である、【ハイデン・ヴァルメルシュタイン】の壮絶な最期を見て、妙に心に残ったのを覚えている。 ゲームのラスボスとして、主人公のヒロインと攻略対象たちに断罪され、そして冷たく切り捨てられる悪役の姿。その表情はどこか、哀しげに見えてしまった。 そして気がついた時には、アキヤはその【悪役令息】として生きていた。 前世の記憶が戻ったのは十三の頃だった。世界の違和感と攻略対象たちの顔、彼らが次に何をするのかまで、頭に浮かぶようになった。「……やがて、僕は破滅するんだ……」 それが【物語】として決まっているなら、抗う理由も、意味もない。 いつか迎えるその瞬間まで、ただ静かに、誰にも関わらずに過ごせばいいと考えた。それが一番楽だったのかもしれない。 呼吸は浅く、まぶたの裏には重い灰色がこびりついている。そんな朝に、部屋の外から微かに足音がした。(……使用人が通るような場所じゃないな、あそこは) 屋敷の裏庭は、もはや放棄されたようなものだった。人も通らず、草は伸び放題だ。気のせいかと思ったが、また、ぴしりと何かを踏みしめる音がする。 面倒だなと思いながらも、ハイデンはベッドを抜け出した。長く着替えてもいない薄手のシャツのままで、窓辺へと足を引きずる。 ゆっくりとカーテンを少しだけ引くと、そこには雨に濡れながら立つ男の姿があった。 無造作に垂れた銀灰色の髪。分厚い外套。背に剣。粗末な装備ながら、その姿に迷いはなかった。 明らかに傭兵のような姿だ。それなのに、どうしてこ
Última actualización : 2026-10-05 Leer más