赤ちゃんは助からなかった。医師にそう告げられたとき、私のベッドの脇には、直哉が立っていた。スーツにはまだ焦げたにおいが染みつき、右手の甲にはガーゼが巻かれている。昨夜、あの手は倉橋玲奈(くらはし れな)をしっかりと抱いていた。医師は検査結果の用紙をめくり、声を落とした。「奥様のけがは軽くありません。今後、妊娠できる可能性は……極めて低いでしょう」直哉の喉がかすかに動いた。「極めて低いというのは、どのくらいなんですか?」医師は答えなかった。病室が静まり返る。私は天井を見つめた。昨夜の炎が、また目の前によみがえった。休憩室に煙が流れ込んできたとき、直哉はドアを蹴り開けて飛び込んできた。玲奈は壁際に座り込み、足首が赤く腫れていた。私はテーブルの縁につかまり、もう片方の手で必死にお腹を守っていた。「直哉……」玲奈が声を上げるなり、彼は駆け寄って彼女を抱き上げた。ドアに近いのは、私のほうだった。あと数歩で廊下に出られる。直哉は私を一度だけ見た。「紗和、先に非常口へ向かってくれ。玲奈は足をけがしてる。外に連れていったら、すぐ迎えに戻るから」私が妊娠していることを、彼は知っていた。1週間前には、妊婦健診にも付き添ってくれたばかりだ。医師は、赤ちゃんはぶどうの実くらいの大きさだと言った。帰り道、直哉はぶどうを箱で買い、「ぶどうちゃんにも、たくさん食べさせてやらないとな」と笑った。だから私は、「すぐ戻る」という言葉を信じた。けれど2歩進んだところで、頭上にすさまじい音が響いた。天井が崩れ落ち、私はその下敷きになった。濃い煙の中、床に倒れたまま、何度も彼の名を呼んだ。次に目を覚ましたとき、赤ちゃんはもういなかった。直哉がベッドの端に座り、私の手を握った。「ごめん」一睡もしていないのか、目が真っ赤だった。「一人で出られると思ったんだ。玲奈を医師に任せて、すぐ引き返した。でも消防隊員に止められて、中に入れなかった」私は小さな声で尋ねた。「もう一度同じことが起きたら?」私の手を握る指に、急に力がこもった。長い沈黙のあと、彼はかすれた声で言った。「二度と、あんなことは起こさせない」答えにはなっていなかった。それでも、もう分かってしま
Leer más