拝啓、親愛なる王子、魔族に求婚されて元従者は花嫁になりそうですー純潔花嫁に手ほどきをー のすべてのチャプター: チャプター 1 - チャプター 4

4 チャプター

1-1-出会い

「暁の森へ武者修行!?」自分が仕える王子の旅先を聞いた従者のロザは耳を疑った。「そんな馬鹿な、無茶な……」「確かに初っ端の修行にしてはヘヴィーだよな~」「本当です、ありえない……王は何故そのような……」城の厨房で昼下がりのおやつを食べていたら庭師が「そういえば」と話を始め、驚きの余りロザは手にしたシュークリームを食べるのも忘れて棒立ちとなった。作り手である大柄な料理人が厳しい顔つきになっているのにもまるで気づかない動揺ぶりに、横で紅茶を飲んでいた執事の赤穴は肩を竦める。ハンチング帽を被った小柄な庭師は磨かれた台に座って足をぶらぶらさせながら失笑した。「暁の森っていえば魔獣がうろつく超危険地帯だ。なんてったって魔界とこの世の境目だもんな~」「魔獣だけではありません……時には魔族も姿を現すと」「魔族が? そりゃいいな、俺も同行してぇ」「お前は皆の食事を作らねばならぬだろう。そんなに気がかりならばついていくがいい、ロザ」「赤穴さん……しかし武者修行は代々一人で行うのがしきたりだと聞いています」「私は王の後をこっそりついていったぞ」「俺はその後をついていった」「俺はそんなお前らの後をつけたぞ~」王の臣下であり友でもある先輩方の罰当たりな話に普段のロザならば顔を顰めるところだが。最愛の王子を守るためならば、しきたりを破るのも致し方ないと、早々あっけらかんと腹を括るのだった……。――暁の森。人間界と魔界の境目であり、末恐ろしい姿形をした魔獣が行き来する禁断の領域。魔獣よりも知能、戦闘能力がずば抜けて高く、人と同じ外見を持った魔族が現れることもしばしば。そんな物騒極まりない場所へ、十二歳になったばかりの第一王子は意気揚々と武者修業の旅へ赴いた。十八歳のロザもこっそり主の後をついていった。癖のないブルーブラックの髪は伸びてきたら手持ちのナイフで適当にザクザク切っていて、身長は平均値をやや越す高さ、日々の鍛錬は欠かさず、しなやかな体で敏捷性に優れている。切れ長な瞳は時に深い罪悪感に囚われて物憂げに翳ることもあった。しかし今は王子を見守るのに必死で翳るどころではない。堅苦しい従者の装束ではなく歩きやすい旅支度で武器も装備し、危険があればすぐにでも王子を……。『だがな、ロザ。本当に危険が差し迫った時だけだぞ。これは歴代の王達
last update最終更新日 : 2026-10-24
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1-2

(どうしてこんなところにいるんだ)ロザは懸命に思い出そうとする。 しかし不慣れな酩酊感に邪魔されて思考がろくに回らない……。「目が覚めたか、ロザ」瞼を開ければ顔を覗き込んでいたのは青水晶の目をした魔族だった。(いやに近い距離で……大体、ここはどこだ……こんなにも広いベッドは城にもない……)『王子、飲んでは駄目です』(そうだ……そばにいた人懐っこい魔獣が王子に盃を差し出してきたから……)『勧めた酒を断るとは無粋な。ろくな王にならんな』(そうだ……こいつ……この最も不敵な魔族に中傷を受けて、腹が立って……)『代わりに俺が飲む』(飲み干した瞬間、意識が……)「人外の俺達が食らう酒を一気に飲むとは馬鹿な人間だ」未だ朦朧としているロザに魔族の男は唇の片端を吊り上げる。滾々と湧き出る泉を彷彿とさせる、見れば見る程に美しい眼だった。縦状に走る瞳孔が人外を物語る。地平線の月と同じ色をした長い前髪がサラリと靡いては片目を、時に両目とも覆い隠す瞬間があった。長身で引き締まった体に漆黒の外套がよく似合っている。様になった片笑みは惜しみのない不敵さに溢れていた。ロザは状況を忘れてそんな魔族に見惚れた。おもむろに狭められていく隔たりを何ら不審に思うでもなく。「……」そして隔たりは無に帰した。酔いで心身がやや麻痺しているロザはしばし密着した唇の感触を他人事のように感じていた。ただぼんやりと、繊細な刺繍の施された天蓋つきのベッドの真ん中で力なく寝そべったままでいた。酒の酔いも手伝っていたが、実際のところ、青水晶の眼に中てられていた。(……懐かしいくらい、恐ろしいくらい、魅力的な……)今は意味深に細められている魔族の双眸にロザは瞬きも忘れて釘づけとなった。「……!」しかし、やっと、ロザは把握する。その瞬間に彼は翳した。上衣の袖口に潜めていた小型の刃を。 振り翳された刃は空しくも虚空を切り裂いた。「口づけの最中にとんだ真似をする」床ではなく天井に着地した魔族の男は相変わらず不敵な笑みでもってロザを愉しげに見下ろした。「無粋な行為が余程好きなのか、お前」 「王子はどこだ!!」天蓋を払い除けて床に降り立ち、ロザは魔族の男を睨め上げる。視界の端で薄暗い部屋の中をざっと見回して投げ捨てられた己の剣も確認した。矢鱈と豪勢なベッド以外に何
last update最終更新日 : 2026-10-25
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1-3

「それ何だよ~、ロザ」庭師はぎょっとし、口の中に入れたばかりのエクレアをつい丸呑みにした。「王子の武者修行を見守る最中、蛇に咬まれたそうだ」 「うへぇ~。くっきり跡が残ってる~、気持ち悪ぃ~」 「おい。今丸呑みにしたろ。もったいねぇことしやがって、ちゃんと味わって食え」厨房の奥で昼下がりのおやつを食べていた面々はいつになく言葉数の少ないロザの手元に注目しっ放しであった。左手の薬指に残るは痣の如く刻まれた魔族の噛み跡。本当のことを言えるわけがないロザは蛇に咬まれたと、最初に気づいた執事の赤穴に嘘をついたのだ。「だけどそれってさ、指丸ごといっちゃってるよな~!?」 「お前、食い千切られなくてよかったな」 「しかしそのような跡が残るとは面妖な。一体どんな蛇だったのだ?」隣にいた執事の問いかけにロザはエクレアを手にしたまま低い声で答える。「……世にも狂的で不可解な蛇です……」ロザの答えに一同は顔を見合わせた。多少の毒が心身に影響しているのではと気の毒に思いつつ、あまり語りたがらない第一王子の従者を配慮して次の話題に移ることにした。「なぁ、そういや王子が連れて帰ってきた馬って角生えてんだぜ~。すごくない~?」 「あれは魔獣だろう。ああいうもの達を勝手に連れ帰ると親が怒り狂って災いを齎すと言われている」 「……おい」 「いや、だが王子はもらったと言っていた。しかし誰から譲り受けたというのか」 「……おい」料理人の二度目の呼びかけに執事と庭師は話をやめた。見ると、ロザの顔色が相当悪くなっている。どうにも暁の森の話自体がタブーのようだ。明日の天気はどうなるだろうと話題転換した優しい先輩方の傍らで、ロザは、左の薬指を苦々しい顔つきで見下ろした。(最悪だ)何だ、これは。 刻印? 花嫁?  何もかもが馬鹿げている……。(何よりも最悪なのは自分自身があの青水晶を片時も忘れられずにいることだ)中てられているなんてものじゃない、まるでこれは……ああ、考え
last update最終更新日 : 2026-10-27
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2-1-始まり

戦いの火蓋がついに切られた。 虎視眈々と領土を狙っていたロザの祖国に攻め入られて見る間に広がった戦火。今、愛する国のため。 自分の罪を許してくれた王のため。 大事な王子のため。 信頼し合う同胞のため。ロザは元同胞となる敵と味方の血に塗れながら剣を振るい戦った。従者の身であり王子のそばにいるべきところを敢えて離れ、危険な前線に身を置いたのは、少しでも敵を外に留めて内へ入れたくなかったからだ。「本当にそれでいいのか、ロザ」赤穴に問われたロザはしっかりと頷いてみせた。後悔などない。王子の周りには頼もしい味方がいる。託すことのできる仲間がいる。「俺の命は俺のためではなく皆のためにあります」 「ならば我々のために生き抜け」 「……」 「あの頃のように決して生き急ぐな」ロザは、それには頷けずに、ほんの少し微笑してみせた。「申し訳ありません」 血に濡れた大地に膝を突けば次に振り翳される剣先が矢鱈と鮮明に視界に映った。 剣を握っていた利き腕は、もうない。 刃も全て尽きた。 心臓の鼓動は確実に弱っていた。 我が身に残されたのは最後の息吹か。それでもロザは後悔も恐れもなく自分目掛けて振り下ろされる剣を見つめていた。 「さすがは俺の花嫁だ、ロザ」 その時にその声は聞こえた。大きな翼が眼前に翻ったかと思うと体が宙に浮いた。血臭を孕んだ風が頬に強く当たる。我が身に迫っていた剣は砕かれ、粉々となり、鈍い日差しに煌めくようにして舞った。漆黒の中型翼竜が咆哮を上げ、敵も味方も呆気にとられている中、再び大空へと飛び立った。「お前、は……」翼竜の背に乗り、夥しい出血で赤く濡れたロザを懐に抱くのは魔族のウルヴァスだった。「血に濡れたお前は想像していたよりも美しいな」熾烈を極める戦いに身を投じていた間は忘れられていた青水晶がそこにあった。「……下ろしてくれ、俺は……まだ……」 「お前はもう戦えない」 「……」 「人間のお前はつい今し方死んだ。お前はこれから魔族の眷属となる。俺の花嫁にな」(戦況はどうなっている……王子は無事なのか……まだ城は……)「お前の王子には魔獣の一角がついているから勝つ」 「……何だ、それは……どういう……」 ――あれは幸運の女神だ。 王子を見初めたから、そばにいる。 俺は一角が羨ましかったぞ。 でも、も
last update最終更新日 : 2026-10-27
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