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2-1-始まり

Author: 石月煤子
last update publish date: 2026-10-27 22:22:42

戦いの火蓋がついに切られた。

虎視眈々と領土を狙っていたロザの祖国に攻め入られて見る間に広がった戦火。

今、愛する国のため。

自分の罪を許してくれた王のため。

大事な王子のため。

信頼し合う同胞のため。

ロザは元同胞となる敵と味方の血に塗れながら剣を振るい戦った。従者の身であり王子のそばにいるべきところを敢えて離れ、危険な前線に身を置いたのは、少しでも敵を外に留めて内へ入れたくなかったからだ。

「本当にそれでいいのか、ロザ」

赤穴に問われたロザはしっかりと頷いてみせた。後悔などない。王子の周りには頼もしい味方がいる。託すことのできる仲間がいる。

「俺の命は俺のためではなく皆のためにあります」

「ならば我々のために生き抜け」

「……」

「あの頃のように決して生き急ぐな」

ロザは、それには頷けずに、ほんの少し微笑してみせた。

「申し訳ありません」

血に濡れた大地に膝を突けば次に振り翳される剣先が矢鱈と鮮明に視界に映った。

剣を握っていた利き腕は、もうない。

刃も全て尽きた。

心臓の鼓動は確実に弱っていた。

我が身に残されたのは最後の息吹か。

それでもロザは後悔も恐れもなく自分目掛けて振り下ろされる剣を見つめていた。

「さすがは俺の花嫁だ、ロザ」

その時にその声は聞こえた。

大きな翼が眼前に翻ったかと思うと体が宙に浮いた。血臭を孕んだ風が頬に強く当たる。我が身に迫っていた剣は砕かれ、粉々となり、鈍い日差しに煌めくようにして舞った。

漆黒の中型翼竜が咆哮を上げ、敵も味方も呆気にとられている中、再び大空へと飛び立った。

「お前、は……」

翼竜の背に乗り、夥しい出血で赤く濡れたロザを懐に抱くのは魔族のウルヴァスだった。

「血に濡れたお前は想像していたよりも美しいな」

熾烈を極める戦いに身を投じていた間は忘れられていた青水晶がそこにあった。

「……下ろしてくれ、俺は……まだ……」

「お前はもう戦えない」

「……」

「人間のお前はつい今し方死んだ。お前はこれから魔族の眷属となる。俺の花嫁にな」

(戦況はどうなっている……王子は無事なのか……まだ城は……)

「お前の王子には魔獣の一角がついているから勝つ」

「……何だ、それは……どういう……」

――あれは幸運の女神だ。

王子を見初めたから、そばにいる。

俺は一角が羨ましかったぞ。

でも、もうこれからはお前と共にいられる。

もう喋るな、ロザ。

少し眠るといい――

(そうか、王子は……国は大丈夫なのか。それならばいいんだ……皆が無事なら……)

「初夜が待ち遠しいな」

(……今、何を言ったのだ、こいつは……)

青水晶の恩恵により失ったはずの利き腕を再びその身に授かり、正常なる鼓動が舞い戻ったのに気づく余地が今のロザにはなかった。

ただ心の奥底で待ち望んでいた抱擁に身を委ね、猛々しい翼が風を切る音色を寝物語に、束の間の眠りにつこうとしていた。

そんなロザの額に口づけてウルヴァスは言う。

「次の目覚めは俺だけのために」

――戦地に勝鬨が響き渡る。

自国への誇りに溢れた声が次々と。深く傷つき、血に濡れた大地に膝を屈しそうになりながらも、勝利を信じて前を向き突き進んだ者達がその手で掴んだ勝利。

その国の王子を見初めた特別な魔獣にもたらされた恩恵、でもある――

城の主塔で一角獣に見守られながら王子は一人の従者と向かい合う。

「この地上を発つことと相成りました、王子」

別れの時はきた。

三年目に突入した領土争いにおいて王子を支えてきた者達も塔の頂上へ出、戦火で荒れながらも今は華々しい勝鬨に満たされた国土を背景に、共に戦ったその従者を見つめていた。

「赤穴さん、王子をよろしくお願いします」

ロザは智略に長けた重臣でありながら執事の役割も華麗にこなす赤穴に向け、言う。結われた長い灰色髪を風に舞わせて赤穴は頷いた。

「達者でな、ロザ」

「ロザ、お前のことは忘れねぇぞ」

「お前はな~、これからもずっと、ずっと! 俺達の仲間だぞ!」

赤穴と、彼の背後にいた料理人と庭師がロザに声をかける。

「もう二度と会えないの?」

一角獣に守られた王子の前にロザは跪いた。まだ十五歳の少年でありながら父王と共に、見事、一国の運命を、希望の道を切り開いた主。

「貴方に出会って俺は生まれ変わりました、王子」

ロザは笑った。

初めて見る従者の笑顔に、王子も、にこっと笑う。

「きっと、また会えるよね、ロザ」

「ええ、王子、またいつかどこかで、きっと」

立ち上がったロザは彼等から顔を背けた。塔の縁で身を休めていた翼竜の元へ迷いない足取りで歩み寄ると。その背に跨って寡黙に傍観していた魔族に頷いてみせた。

「では、ゆくぞ」

ウルヴァスのその一言に翼竜は畳んでいた翼を盛大に左右へ広げた。差し伸べられた手に捕まり、鱗に覆われた胴体へ飛び乗り、ロザはウルヴァスに後ろからしがみつく。

広げた翼を数回羽ばたかせ、塔を踏切台にし、翼竜は勢いよく空へ飛び立った。

乱暴な踏み切りによって派手に崩れた塔の先端へ走り寄り、赤穴と一角獣に寄り添われながら、王子は手を振る。料理人も庭師も手を振った。西日に染まりゆく大空を飛翔する翼竜を見上げ、兵も民も、驚きの顔で歓声と共に頭上を仰いだ。

「泣いているのか、ロザ」

ウルヴァスの背中にしがみついたロザは俯き、唇を噛み、無言でいる。

愛し愛された国に見送られて二十一歳のロザはこれまでの世界を旅立った。

そしてこれからの世界。

息絶えるはずだったその身にウルヴァスの恩恵を授かり、二度目の生まれ変わりを遂げたロザは、魔族の眷属として魔界で生きることになる。

ウルヴァスの花嫁として。

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