「ば、化け物……っ!」「ノーラ! お前、何したんだ!」 「…………」 ネメシスのいちばん古い記憶は、この言葉から始まる。 これまで何度も夢に出てきては、さまざまな声がネメシスを追い詰めていく。 少女はその頃、周りから『ノーラ』と呼ばれていた。 彼女が生まれたのはクロイツァー王国の、辺境領の最果て。国境門からも遠いが故に人々の行き来はほとんどない、ひたすら畑一面が広がる閉鎖的な集落だった。 母親はこの集落で生まれ育ち、暫く領主の屋敷へ奉公に行っていたらしい。ところが、ある日突然腹を大きくして帰ってきたのだと、集落の女性たちから教えられた。 集落から領主の屋敷へは、辻馬車で三日以上かかる。諸外国との関係が宜しくないと、国境門の守備へ多くの予算が割かれたために取り残された所だ。天候が悪く農作物が不足した時は、道中に山賊が出ることも多々あった。 まさに命懸けで帰郷した母親はネメシスを出産したのも束の間。産後の肥立ちが悪かったところに飢饉が重なり、ろくに栄養を取れないまま衰弱死した。 鴉のような黒髪と錫のようなネメシスの瞳は、集落では見ない色だった。けれども集落の女性たちは、父親のことを何も話さなかったネメシスの母を責めつつも、生まれたばかりのネメシスを一生懸命育ててくれた。 「ノーラ。あんたは将来美人になりそうだね〜」「美人ってなに? 美味しいの?」「何言ってんだい! 腹が減ったのかい?」「うん」「日没の夕飯までもう少し我慢しな」 集落に久しぶりに誕生した女児だからと、子育てが落ち着いた女性たちが代わるがわる可愛がってくれたおかげで、栄養失調気味で多少小柄ではあるものの、ネメシスは確かに成長していく。 両親のことは知らない。けれどもそれはネメシスにとって大したことではなかった。視線の先に常に誰かがいてネメシスを気にかけてくれている。それだけでよかった。他人から見ればとても小さな幸せ。ネメシスにはそれで十分だった。 だが、幼い少女が願う極小の幸せな時間は、ほんの些細な出来事がきっかけで呆気なく崩れ去る——。 ネメシスが十歳になる頃だった。 「いってー!」 ある時少年が荒げた声に気がついた大人たちが駆け寄って、目を見張った。 ——このこどもは、危険だ……。 呆然と佇むネメシス。 ネメシスが少年に触
Last Updated : 2026-10-27 Read more