聖なる存在や純粋無垢なキャラクターが物語の鍵を握る作品って、心に残るものが多いよね。'NieR:Automata'の2Bは一見冷徹に見えるけど、彼女の行動原理には深い純粋性が宿っている。人造人間としての使命と、人間性の狭間で揺れる姿が、逆説的に彼女の穢れなさを浮き彫りにする。
一方で'FINAL FANTASY XIV'のクリスタル・ストーリーでは、母ハイドラインが究極の犠牲的精神を見せる。自己の存在を賭して世界を救おうとする姿は、まさに神話的な純潔の象徴だ。こういうキャラクターが物語の中心に立つ時、プレイヤーは特別な感情を抱かずにはいられない。
世の中には「可愛らしさ」という基準から外れたキャラクターが逆に輝くことがあるよね。'NieR:Automata'の2Bは表面的には美少女だが、感情表現が抑制された人工生命体としての存在感が圧倒的だ。無表情で淡々と任務をこなす姿に、むしろ人間らしさより機械的な潔さを感じる。
一方、'Dead by Daylight'のトラッパーは容赦ない殺人鬼という設定ながら、プレイヤー間で奇妙な人気を集めている。醜悪な外見と野蛮な行動パターンが、ゲーム内での脅威としての存在感を際立たせている。こうしたキャラクターは、従来の「可愛い」価値観を壊すことで、新しい魅力の基準を作り出している気がする。
特にインディーゲームの領域では、'Carrion'のようにプレイヤーが怪物そのものになる作品も増えた。外見の気持ち悪さと破壊的な能力の組み合わせが、不思議な満足感を生むんだよね。