海外のアニメファンサイトで『deletion vs. erasure』というスレッドを見つけました。'ソードアート・オンライン'のデータ消失と'PSYCHO-PASS'のドミネーター照射を、消去の物理性と倫理面から比較する内容で、文化的背景による解釈の違いが浮き彫りに。特にキャラクターの存在証明を巡って、東西のファンが全く異なる価値観を持っていることがよく分かる議論でした。
言葉を直訳すると「店の入口に掛かっている暖簾に腕で押し当てる」という光景になります。
僕が英語話者に説明するときは、まずその視覚イメージを共有します。暖簾は向こう側にいる人を遮る柔らかい布で、腕を押し込んでも相手は動かず、結果として努力がほとんど意味をなさない状況が想像できます。そこから意訳として「a futile effort」や「an effort that produces no result」という説明に繋げます。
具体的な日本語の用例を見せると理解が早いです。例えば「彼に頼んでも暖簾に腕押しだ」は「Asking him is a futile effort; he won't respond」と訳せます。こうした順で視覚→意味→英語訳を提示すると、ニュアンスが伝わりやすいと感じます。