約束を破った俺は、離れ去った君に会えない新婚の夜、夫である加藤幸太(かとう こうた)に電話がかかってきた。
幸太はすぐさまベッドから飛び起きると言った。「真奈美が駄々をこねていてね、様子を見てくる」
私は白くなるほど強く、幸太のシャツの裾を掴んだ。「今夜は新婚の夜だよ、本気で出ていくの?」
幸太はシャツのボタンを掛けながら、面倒くさそうに吐き捨てた。「真奈美は、俺がいないと眠れないんだ」
喉にガラスの破片が刺さったような苦しみを覚え、私は声を震わせた。「幸太、妻は私よ」
「妻、だと?」
幸太は鼻で笑うと、私の顎を強く掴んで見下ろした。「家財を差し出してまで、俺と結婚したかったんだろう?欲しい名分は手に入ったんだ、他に何が不満だ?
そんなに不満なら、俺の妻になりたい女は他にいくらでもいる。
よく考えておけ。離婚しても、慰謝料なんて一円も払わないからな」
一刻も早く松尾真奈美(まつお まなみ)の元へ駆けつけようとドアを叩きつける幸太の背中を見て、私は手をだらりと下げた。体はそのまま、冷え切った布団の中へと滑り落ちていく。
「分かったわ、もう何も言わない」
枕の下から末期胃がんの診断書を取り出し、記された日付をそっと指先でなぞった。
もう、これでいい。
あなたが、いつか後悔しなければいいのだけど。