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あなた、この結婚を終わらせましょう
あなた、この結婚を終わらせましょう
作者: Te Anastasia

第1話

作者: Te Anastasia
「たとえ泣いてすがりつこうと、俺たちが離婚するなどあり得ないぞ、絵里!」

結婚して三年、結城絵里(ゆうき えり)は夫から微塵の気遣いもされず、常に冷たくあしらわれてきた。若き敏腕CEOであり、一人息子を抱える神崎瑛司(かんざき えいじ)との結婚生活は、束縛と苦痛に満ちたものだった。

特に、彼の元妻が姿を現し、義実家から「瑛司は元妻と復縁する」と告げられてからは、その苦しみはさらに深まった。夫が元妻と親密に過ごす様子を目の当たりにする日々は、絵里の心を容赦なくえぐっていく。

病魔に蝕まれ弱っていく中で、絵里は自分がこの家で完全に居場所を失っていると悟った。不幸なことに、彼女はその頃、医師から白血病ステージ2という非情な宣告を受けていたのだ。

次々と押し寄せる絶望に耐えかね、絵里はついに離婚届を夫に突きつける。しかし、事態は彼女の想像通りには進まなかった。

あんなに冷たかった夫が離婚を頑なに拒否し、決して彼女を手放そうとしないのだ――!

……

「瑛司と別れなさい。あの子はもうすぐ、元の奥さんとよりを戻すんだから」

神崎雅(かんざき みやび)の言葉が耳に飛び込んできた瞬間、絵理の身体は凍りついた。信じられない思いで目を見開く彼女を、義母は冷ややかな目で見下ろしている。

結城絵理(ゆうき えり)、二十三歳。彼女は震える手で、身に纏ったブルーのパーティードレスの裾をぎゅっと握りしめた。

「お義母様……それは、どういう意味ですか?」

掠れた声で、絵理はやっとの思いで問いかけた。

「まだ分からないの?結婚したあの日から今日この時まで、瑛司があなたを愛したことなんて一度だってないわ!」

華やかなドレスに身を包んだ中年女性は、吐き捨てるように言った。

「瑛司が愛する人は、いつだって梨沙さんだけなんだから!」

絵理は立ち尽くした。心の中は千々に乱れ、反論したくても言葉が出てこない。義母の言うことが真実だと知っていたからだ。夫は、一度として自分を愛してはくれなかった。

「あそこをご覧なさい」

雅が指さした先には、パーティー会場の喧騒の中で親しげに語らう男女の姿があった。

「まるでお似合いの夫婦じゃない?瑛司があなたにあんなに心を開いたことがあったかしら?」

絵理は生唾を飲み込んだ。突きつけられた言葉の一つひとつが、鋭い刃となって彼女の心を切り刻んでいく。

彼女の視線は、今夜ばかりは別人のように見える夫の姿に釘付けになっていた。

神崎瑛司(かんざき えいじ)。逞しい体躯を黒のタキシードに包んだその男は、今、幼い息子を腕に抱きながら、元妻である倉橋梨沙(くらはしりさ)と親密に話し込んでいる。

瑛司の見せるあの柔らかな微笑み……三年の結婚生活の中で、絵理が一度も目にしたことのないものだった。

「身の程をわきまえなさい、絵理さん。あなたはいつまで経っても、私の息子にふさわしい妻にはなれないのよ」

容赦のない言葉を残し、雅はその場を立ち去った。一人残された絵理は、自分が誰からも守られない異分子であることを痛感させられた。

瑛司さんは、本当に彼女とやり直すつもりなの……?

胸が締め付けられ、呼吸さえも苦しい。

「ママ……っ!」

子供の鋭い叫び声に、絵理の思考は遮られた。継子の神崎翔(かんざき しょう)が、泣きじゃくりながら自分の方へ走ってくるのが見えた。

絵理は無理やり微笑みを作ると、その小さな身体を優しく抱き止めた。

「どうしたの、翔くん。パパがあそこにいるわよ?」

絵理は翔を抱き上げ、優しく声をかける。

「やだ!翔、あのおばさん嫌い!」

翔は指を梨沙の方へ向け、激しく拒絶の声を上げた。

絵理は必死に翔をなだめ、こちらへ向かってこようとしていた瑛司と梨沙の方へ歩み寄った。

梨沙は絵理の姿を認めると、深い眼差しで微笑みを浮かべた。そして、これ見よがしに瑛司の腕に自分の手を絡めた。

「初めまして。あなたが絵理さんね?」

梨沙は余裕を感じさせる優雅な笑みを絶やさない。

「私は倉橋梨沙。よろしくね」

梨沙の振る舞いに一瞬怯んだものの、絵理はぎこちなく頷いた。

「……初めまして、結城絵理です」

「会えて嬉しいわ。瑛司のご両親に招待されたの。昨日A国から帰ったばかりだって伝えたら、ぜひにと仰ってくださって」

梨沙は隣に立つ瑛司を見つめ、幸せそうに頬を染めた。

瑛司がその手を振り払おうとしないのを見て、絵理はただ、力なく微笑むことしかできなかった。

「……私も、お会いできて光栄です、梨沙さん」

瑛司は、絵理の首にしがみつく息子をちらりと見た。彼は歩み寄り、翔をあやそうとしたが、翔は顔を背けて怒鳴った。

「やだもん!」

「翔、梨沙さんもお前のママなんだぞ」

瑛司は困ったように息子の頭を撫で、言い聞かせる。

「違う!翔のママじゃない!」

翔の絶叫に、瑛司は疲れ切ったようにため息を漏らした。さっきから拒絶し続ける息子に、ほとほと手を焼いている様子だった。

見かねた絵理が、助け舟を出すように言った。

「……翔くん、少し眠いのかも。だから機嫌が悪いんだわ」

彼女は、自分の胸元に顔を埋める翔をさらに強く抱きしめた。

その瞬間、梨沙の表情が悲しげに曇った。絵理の腕の中で安心しきっている息子を、彼女は射抜くような、そして羨望の混じった目で見つめていた。

その視線の鋭さを、絵理は肌で感じていた。

「あなたは幸せね、絵理さん。瑛司みたいな優しくて素敵な旦那様がいて」

梨沙は自嘲気味に微笑んだ。

「それに、翔くんの心も手に入れたんだもの」

絵理は何も言い返せなかった。

梨沙は小さく微笑むと、絵理に近寄って翔の頭を優しく撫で、それから瑛司を仰ぎ見た。

「もし私が、あの時勉強のために留学したりしなければ、今でも私たちは幸せな家族だったのかもしれないわね……」

梨沙の声が震え始める。

「……自分の産んだ子に愛されるのがどんな気持ちか、私も知りたいわ」

彼女は声を詰まらせ、涙を零した。

絵理の目の前で、瑛司は迷わずハンカチを差し出した。元妻の涙を拭うための、そのささやかな気遣い。

それは、絵理がこの三年間、彼から一度も受け取ったことのない温もりだった。

「いつでも家に来て、翔に会えばいい」

瑛司は静かに告げた。

「お前はあいつの母親なんだから」

その言葉を聞いた瞬間、梨沙の顔に喜びが広がった。彼女は瑛司の両手を、愛おしそうに包み込んだ。

「ありがとう、瑛司!翔くんが私を好きになってくれるまで、何度も会いに行くわ」

周囲の招待客たちは、三人の様子を注視しながらひそひそと囁き合っている。完全に蚊帳の外に置かれた絵理に対する、同情と好奇の視線。

絵理はただ俯き、心の中で溢れそうになる悲しみを押し殺した。彼女は確信していた。夫がずっと求めていた女性は、自分ではないのだと。

眠ってしまった翔を抱き、絵理は神崎邸の二階へと向かった。

一歩一歩がひどく重い。祖父の遺言によって無理やり結ばれたこの結婚に、最初から幸せなどなかったのだ。そして今、全てが終わりを迎えようとしていた。

翔をベッドに横たえた直後、部屋のドアが乱暴に開いた。瑛司が入ってきた。

「俺は今夜ここに泊まる。お前は運転手に送らせるから、先に帰れ」

瑛司はベッドの端に座る絵理に一瞥もくれず、淡々と命じた。

絵理は夫の逞しい背中を見つめた。彼はドレッサーの前で、冷めた手つきで時計を外している。

どうして、と問い詰めたかった。けれど、そんなことをすれば彼を怒らせるだけだと分かっている。

「……分かったわ。翔くんを連れて帰ってもいい?」

「ダメだ。母さんが今夜は孫と一緒に寝たいと言っている」

瑛司の声は、いつものように氷のように冷たい。

「一人で帰れ。俺の息子を勝手に連れ出すな」

絵理は喉の奥にこみ上げる悔しさを飲み込み、冷たくなった指先を握りしめた。心の中に、無数の棘が突き刺さるような痛みが走る。

今夜もまた、独りきりの夜になるのだ。彼が肌の温もりを求める時以外、二人が共に眠ることなどなかったのだから。

絵理はベッドに横たわる翔に歩み寄り、その頬に優しく口づけた。

「……ママは帰るわね、翔くん。いい子にするのよ」

彼女はナイトテーブルからコートとバッグを手に取った。立ち上がり、瑛司の方を向くと、彼は相変わらず無表情な視線をこちらへ投げていた。

「もし、翔くんが泣いたら……家に連れて帰ってあげてね」

絵理はすがるように言った。翔をなだめられるのは自分だけだということを、瑛司も知っているはずだから。

しかし、瑛司からの返答はなかった。彼はただ無言のまま、絵理を置いて部屋を出て行った。

一階に降りると、瑛司が雅や梨沙と楽しげに談笑しているのが見えた。三人の間には、立ち入る隙のないほど親密な空気が流れている。

その光景を目の当たりにし、絵理は悟った。自分という存在が、二人にとっての邪魔者でしかないことを。

彼女は胸を強く押さえた。

……瑛司。あなたにとって私とこの結婚は、一体何だったの?

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