愛人親子のために実娘を殺しかけた夫夫の高城智哉(たかぎ ともや)は浮気相手と喧嘩するたび、決まって私のもとへ戻ってきては愚痴をこぼした。
「お前が彼女に土下座して謝れば済む話だろ。お前が娘を連れてあいつの前をうろついたせいで、機嫌を損ねたんだから」
彼は笑みを浮かべ、冗談めかした口調でそう言った。
けれど、それが本気だと知っているのは私だけだった。
以前、私が謝るのを拒んだとき、彼は私の猫を捨て、母の治療費も打ち切った。
私は何度も耐えた。娘に欠けることのない家庭を与えたいと、ただそれだけを願っていたから。
けれど昨日、彼はわざと娘にアレルゲンを口にさせ、娘は私の腕の中で意識を失った。その瞬間、私は完全に心が冷えきった。
智哉は、黙り込む私を見て、私が嫌がっているのだと思った。
叱りつけようと口を開きかけた彼に、私はそのまま離婚協議書を差し出し、静かに言った。
「土下座なら、彼女ももう見飽きているでしょう。私たちが離婚したほうが、きっともっと喜ぶわ」
智哉は意外そうに眉を上げたが、その目には得意げな色が浮かんでいた。
「ずいぶん聞き分けがよくなったな。自分から俺を喜ばせる方法まで考えるなんて」
私は言い返さなかった。
ただ、いっそう思いやりのある笑みを浮かべただけだった。
私だけが知っている。自分は彼を喜ばせたいのではない。
本当に、もう彼をいらないと思っているのだ。