画面に映る剣のフォルムを見ると、だいたい中世ヨーロッパの美術史から引っ張ってきた要素が混ざっていることに気づく。長い横断した鍔(つば)、十字を思わせるガード、宝石や刻印を配した柄頭といった装飾は、聖性や王権の象徴を即座に伝えるための記号だ。僕は映画美術を追いかけるうちに、こうしたモチーフが時代考証というより“象徴としての中世”を表現するために選ばれていると理解するようになった。たとえば『Excalibur』では、剣がもつ王権と神話性を強調するために過剰ともいえる装飾が施されており、それだけで観客は“伝説”だと認識する。
実際の史実的根拠よりも観客の直感に訴えることを優先する作品も多い。『Kingdom of Heaven』のような、比較的リアル志向の作品では刃の幅や摩耗感、握りの実用性に重きが置かれていて、それが戦場のリアリティを補強する。一方で装飾的な聖剣は儀礼性や超自然性を強めるために金属加工や象眼、宝飾が強調される。僕にとって映画の聖剣デザインは“どの時代を正確に再現するか”というより“その剣が語る物語は何か”を映像で示すための言語だと感じられる。