この表現のルーツをたどると、古代ローマの詩人ホラティウスの『詩論』にまで遡ることができます。
ホラティウスは『Parturiunt montes, nascetur ridiculus mus』(山々が産気づき、滑稽な鼠が生まれる)という表現を用いて、大げさな期待が小さな結果に終わることを風刺しました。これが後にフランス語の『La montagne en travail enfante une souris』へと変化し、日本では『大山鳴動して鼠一匹』という慣用句として定着したのです。
興味深いのは、この表現が東西を問わず同じような文脈で使われている点。中国の『雷声大、雨点小』も似たニュアンスを持ち、大仰な予兆の割に中身が伴わない様子を表します。文学作品では、夏目漱石の『吾輩は猫である』でこの表現が皮肉たっぷりに使われているのが印象的です。
現代では政治の世界や企業の大規模プロジェクトなどでよく耳にしますが、そもそもこの言葉が生まれた背景には、人間の期待と現実のギャップに対する古代人の鋭い観察眼があったのでしょう。
このことわざを英語で表現するなら、'Much ado about nothing'がぴったりでしょう。シェイクスピアの戯曲のタイトルとしても有名で、大騒ぎした割に中身が伴わない状況を指します。
日本語のニュアンスと少し違うかもしれませんが、騒ぎの大きさと結果の小ささを対比させる点では共通しています。英語圏の友達に説明するときは、'Like a mountain rumbling only to produce a tiny mouse'と直訳した上で、このフレーズを紹介すると伝わりやすいです。
文化によって表現方法は違えど、人間の経験する滑稽な状況は万国共通なのかもしれませんね。