翻訳の現場で最も悩む一つは、言葉そのものよりも「場面」をどう表現するかだと考えています。原語の『素面』が伝えるのは単にアルコールを飲んでいない状態だけではなく、話者の態度や社会的文脈、語り手の評価まで含んでいることが多いからです。
だから私はまず三つの軸で候補を絞ります。第一に機能—その語が文中で果たす役割(事実の描写か、皮肉か、法的記述か)。第二にレジスター—堅いかくだけた表現か。第三にコロケーション—直訳が不自然にならないか。たとえば英語では中立に『sober』、やや文学的に『clear-headed』、強調した口語では『stone-cold sober』と使い分けます。
文体の一致も重要で、若者の会話なら短いスラング調を、医療記録なら測定可能な表現を選びます。私は過去に『The Catcher in the Rye』のような一人称小説を訳したとき、人物のリアルさを保つために直訳と意訳を行ったり来たりして、最終的にいくつかの候補を原文のトーンごとに残しました。こうした選択を訳語ノートに簡潔に残すと、読者にも訳者にも親切です。