文章の調子がカジュアルかフォーマルかで、置き換える語がかなり変わる。友達同士の会話や内面独白なら "I forgot" や "It slipped my mind" が自然で、聞き手にも違和感がない。もっと内省的な表現にしたければ "I had forgotten" と過去完了を使うと、時間軸のズレや後悔のニュアンスを出せる。
一方で手続きや記録関係の翻訳では "neglected to" や "failed to"、あるいは "was omitted" を選ぶべきだ。例えばある手順を忘れたことが原因で問題が起きた描写なら "He neglected to complete the step" のように能動で責任を示すことが多い。映画の台詞翻訳では、元の語感を損なわない程度に自然な口語表現を優先することが僕のやり方で、その際には "slipped my mind" を多用する。作品によって響き方が全然違うから、常に声のトーンを意識している。
表現のニュアンスを整理してみると、まず重要なのは直訳と慣用訳のどちらを選ぶかだ。『馬の耳に念仏』は文字通りなら“uttering Buddhist prayers into a horse's ear”といった形になり、原文の風味を残すには有効だが英語圏の読者には意味が伝わりにくい。
場面によっては“preaching to deaf ears”が自然で会話や説明文に馴染む。これは相手が話を聞く気がない、あるいは理解できない場合に使う表現で、僕が翻訳するときは人物の態度や文脈を見てこちらを選ぶことが多い。
もう一つの選択肢として“casting pearls before swine”もある。価値あるものを理解しない相手に与えるという含みが強く、皮肉や文学的な響きを出したいときに向く。状況に応じて直訳と慣用訳を使い分けるのが鍵だと思う。