中世の騎士像が現代の作品でこんなにも多彩に描かれているのを見ると、いつも創作者の発想力に感心してしまう。歴史的な重みをそのまま引き継ぐもの、伝説や宗教性を強調するもの、あるいは完全に新しい解釈で読み替えるもの──どれもそれぞれに魅力があって、ひとつのモチーフがここまで変幻自在になるのは面白い。まず基礎として、現代作品の多くは史実にある騎士制度や
十字軍、テンプル騎士団や病院騎士団のような軍事修道会を参照しつつ、物語の都合に合わせて要素を取捨選択していると感じる。騎士の誓い、主従関係、馬と甲冑、武勇の試練といった記号は、そのままファンタジーや政治劇の記号に置き換えられることが多いからだ。
空想の作品では、騎士団が国家の正義を体現する組織として描かれる一方で、
堕落した権力の象徴にされることもある。例えば秩序と栄誉を掲げる『ロードス島戦記』タイプの王道もあれば、『ベルセルク』のように騎士や軍団が暴力や陰謀の源として冷徹に描かれるケースもある。僕はこうした対比が好きで、騎士という存在を通して「正義」や「名誉」がどう相対化されるかを見るのが楽しい。さらに、現代ではジェンダーや身分の問題を反映して、女性騎士や平民出身の成り上がりなど多様なパターンも増えた。『ゲーム・オブ・スローンズ』のナイツガードやブライエニーのような描写は、古典的な騎士像を更新する良い例だ。
ゲームやアクション作品では、騎士団がプレイヤーの所属組織になったり、敵対勢力の象徴になったりすることが多い。『ファイアーエムブレム』のように士官教育やクラスシステムと結びつけて戦略の核に据える作品もあれば、『ダークソウル』のように甲冑や剣技そのものがプレイ感覚に直結するタイトルもある。さらに『アサシンクリード』のようにテンプル騎士団を秘密結社的に再解釈して現代まで続く陰謀論風味にする手法も見られる。物語的には騎士団が「秩序」と「抑圧」の両義を担い、主人公との対立や和解を通してテーマを浮かび上がらせることが多い。
結局のところ、騎士団の描写は作品のトーン次第で天使にも悪魔にもなり得る。その柔軟性が創作にとっての宝物で、僕はそれぞれの作品がどの部分を取り出してどう改変するかを見るのが楽しみだ。リアルな史実に忠実なものから、完全に寓話化されたものまで、騎士というモチーフはこれからも物語の中で生き続けるだろう。