僕の話を聞き終えた芯は、一瞬表情を落とし顔を伏せた。が、パッと顔を上げしれっとした顔を見せると、いつもの軽い調子で言った。
「んじゃ、俺が咄嗟にキスしたの正解だったんだ」
「うん。あれはラッキーだった」
「え、軽ぅ··。そんなんでよく俺に名前呼べとか言ったよな。死ぬ気じゃんか」
いつまでも“先生”としか呼んでくれない芯が、僕を名前で呼ぶ。それが関係の進んだ証明になると、愛の証になると思ったから。
年甲斐もなく浅はかだった。けれど、この感情に溺れ始めたあの時の僕は、ガラにもなく浪漫に溺れたかったのかもしれない。 しかし、芯の身体だけでは飽き足らず、心まで堕としたくなったのだから、それは至って必然的な衝動だった。今思えば、まともな思考回路ではなかったと思うけれど。言い訳がましいうえに直感という曖昧な判断ではあるが、芯になら名前を呼ばれても大丈夫な気がしたのだ。だって、名前を呼ばれたいと思ったのなんて初めてだったから。僕自身が望んだ事なのだから。
無論、リスクを考えれば怖くないわけではなかった。だが、あの時の僕は毎日不安に押し潰されそうで、芯に想われている証がどうしても欲しかったのだ。僕がどれだけの想いや思考を巡らせようが、芯はまだ名前を呼ぶつもりはないらしい。かりそめの恋人だからだろうか。
いや、あんな失態を見てなお、僕から離れなかっただけでも御の字だ。これからまた、好いて