「それって、〝回帰〟てやつじゃない!?」
中津は目の前で瞳をキラキラと輝かせて振り向いた恋人に、思わず微笑んだ。
あ~、可愛い。癒されるなぁ…。
希純に腹を立てて衝動的に仕事を放棄してきたはいいものの、特にやる事もなかったので、しばらく会えてなかった恋人、井藤花果(いとうはなか)の職場に顔を出した。
彼女は実家がやっている割と大きなフラワーショップの1つで、住み込みの雇われ店長として働いていた。
井藤花果は高校時代のクラスメイトで、半年ほど前、同窓会で再会した。
当時読書が趣味の彼女は、休み時間になるといつも文庫本を取り出して自分の席で読み耽っていた。
どちらかといえば外遊びが好きだった中津は彼女との接点がなく、正直、この再会がなければ思い出すこともなかった女の子だった。
その日も、クラス会が行われた大衆居酒屋の座敷の隅で、彼女は持参した文庫本を開いていた。
それを見た時は「空気読まない奴だな…」としか思わなかったが、その少し子供っぽく可愛らしい横顔が意外で、友人たちと話しながらもチラチラと視線をやっていた。
それに気がついた周りの奴らが酒の勢いも借りてヒューヒューと囃し立てるので、「空気を読んで」彼女の隣へと席を移動したのだが、意外にも彼女との会話は楽しかった。
「ねぇ、聞いてる?」
中津はその頃の事を思い出していて、花果に肩を揺すられるまで少しだけ上の空だった。
「聞いてるよ。その〝回帰〟て何?」
中津はここのところ悩まされている夢の話を彼女にしたのだが、その答えが〝回帰〟だったのだ。
苦笑して、かろうじて耳に引っかかっていた聞き慣れない単語を問い返した。
「知らない?今、けっこう流行ってるんだけどなぁ…」
そう言いながら花果は本棚をゴソゴソと漁り、何冊か取り出して中津に渡した。
中津はそれを適当にパラパラとめくって、飛ばし読みした。
「フィクションでしょ?」
「そうだけど〜。でもさ、絶対に!ないとは言えないでしょう?」
「えぇ…?ないよ」
笑って言うと、彼女は「夢がない!」とぷりぷりと怒った。
いやいや。回帰って、死んでから過去に戻って来てんじゃん。夢なんかないよ…。
中津は彼女のこういうところを面白いなと思いながら、愛おしくも思っていた。
ふと、花果が今読みかけなのか、栞の挟まった本を目にした。
『離婚裁判』 如月尚
わ〜、なんか刺さるな〜。
そのタイトル