アヴァがスマホのカメラを向けた先には、イーサンがいた。
舞台のど真ん中で、シルヴィアと――まるで周囲の目なんて存在しないかのように、深く、激しくキスをしていた。
イーサンの目は閉じていて、動きも表情も……どこをどう見ても、心から夢中になっていた。
……その瞬間、ようやく思い出した。
昨日、私たちが身体を重ねたとき――
イーサンは一度もキスしてくれなかった。
あのとき、私は思わず唇を求めたのに、彼はサッと顔を背けた。
「……ごめん、キスって好きじゃないんだ。口の中とか……なんか気持ち悪くて」
その言葉を、私は信じていた。
だけど今、この光景を見て……すべてが、ただの嘘だったんだと分かった。
キスが嫌なんじゃない。私とするのが嫌だっただけ。
スマホの画面越しに見える、イーサンとシルヴィアのキス――
それは、まるで心臓に何千本もの針を突き刺されるような感覚だった。
息ができないほどの痛みが、全身を締めつけてくる。
ついさっきまで、養兄のルーカスに「シルヴィアを狙ってる」って話してたばかりのくせに。
同日の夜にはもう、あんなふうに人前でキスしてるなんて――
さすがイーサン。昔から欲しいものは全部手に入れるタイプだった。
パーティーが正式に始まると、イーサンは迷うことなくシルヴィアに手を差し出し、最初の一曲を一緒に踊り始めた。
ふたりは優雅に舞い、まるで映画のワンシーンみたいだった。
誰もが「お似合い」と口にする中で、私だけが泣いていた。
そのダンスが終わったあと――
ふたりは額を寄せ合い、静かに唇が近づいて……
観客たちの「キス!キス!」という声に押されるように、ふたりはもう一度キスした。
その瞬間、もう涙は止まらなかった。
痛くて、苦しくて、どうしようもなくて。
何度も涙をぬぐったのに、気づけば目がヒリついて、もう涙すら出てこない。
そんな私に、アヴァがそっと言った。
「シンシア……辛いよね。でも、見せたのはあなたに目を覚ましてほしかったから。
もうイーサンの後ろをついていくのはやめて。あんな奴、あんたの気持ちに値しないよ。もっと自分の人生を生きなきゃ」
声を出そうとしたけど、喉がひどく乾いていて、まともに話せなかった。
絞り出した声は、かすれていた。
「……うん、わかった」
自分でもわかっていた。
ずっとイーサンの嘘に気づかないふりをして、好きでいることにしがみついてただけ。
――でも、あの人は最初から、私なんて愛してなかった。
「アイツは最低の男だよ!」
アヴァの声が怒りに震えていた。
「ずっとシンシアが好きだって知ってたくせに、好意だけ利用してさ、でも『知らないふり』してキープし続けてたんだよ?
ほら、今だって……あっさり他の女と付き合ってるじゃん」
そう……みんな、最初から見抜いてたんだ。
なのに、気づかなかったのは――私だけ。
イーサンも私を好きだと信じて、勝手に夢見て、抜け出せなかった。
「もう大丈夫、アヴァ。私は……もうイーサンを追いかけたりしない。
もう二度と、あんな人のために自分を犠牲にしない。
それに……カリフォルニア工科大の願書、取り下げた。これからは、自分が本当に行きたかった、マサチューセッツ工科大を目指す」
迷いが戻らないうちに、私はパソコンを開いて、カリフォルニア工科大への出願を即座に撤回。
その勢いのまま、マサチューセッツ工科大に志願書を提出した。
アヴァは大喜びだった。
「やっと本気出してくれた!」って。
……彼女はずっと言ってたんだ。
「シンシアの才能なら、MITこそふさわしい」って。
でも、イーサンの成績ではMITは無理だった。
だから彼は、自分に合わせて私にも同じ大学を選んでほしいって言った。
私は、それを彼からの「特別」だと勘違いしてた。
……バカみたい。
あれはただ、私を手放したくなかっただけ。
便利な存在を、そばに置いておきたかっただけ。
でも、もう彼にはシルヴィアがいる。
そんな今となって、まだ彼と同じ大学に通おうなんて思えるほど、自分を卑下するような生き方はしたくない。
もし、それでもなお未練がましく彼を追いかけるような真似をしたら――
そんな自分を、私はきっと許せない。
だから……もう、やめる。
彼とは違う道を行く。
私は、もうイーサンを追いかけない。
これからは――
私自身の夢を追いかける。