「あ……」
「やはり、ここからですね」
その時、また鬼笛が聞こえた。佐加江が吹いた時もそうだったが、鬼笛は実際には音が鳴っていない。
「すごい音。……まだ、誰か住んでるのかな」
「それはないと思うのですが」
三年以上経ったとはいえ、同じぶんだけ通った道でもある。田んぼだった場所はどこも荒れ果て、草が立ち枯れていた。その風景に物悲しさを覚えた佐加江は少し寂しくなって、青藍の小指を握りしめた。
「廃村か……。それだけしてはいけない事だったのかな。今でもおじさん、どこかで研究してるような気がするけど」
「なぜ、そう思うのです」
「だって、ここの村長の弟さんは東京にある医大の学長なんだよ。今もたまにテレビで見かけるし、研究室ひとつくらいどうにかできそうじゃない?」
「なるほど」
青藍が佐加江の手をしっかりと握ってくれた。二人の前を柔らかな光をまとった塊がふわっと通りすぎ、戯れている。そんな穏やかなあやかしの気配はちらほらとするが、人の気配は全くなかった。
「本当に誰もいない」
空は二人が住む街よりも広く、山から吹き下ろす風が木々の葉を落とし草木を揺らす。木枯らしが通りすぎていく様子に自然と足は早くなり、鬼治稲荷の前で道から手を合わせ、先に家へ向かった。
「懐かしい」
「本当ですね」
そこにはまだ、診療所の看板がある。庭にはチガヤやススキが生え、開いた窓にあるカーテンはボロボロで、廊下には大量の砂が風とともに吹き込んでしまっていた。
仏花を庭先へ置き、あの頃と同じように鍵がかかっていない玄関をあけ土間へ入ると、そこには佐加江が使っていた傘もサンダルもそのまま残っていた。
「なんだか妙な気分」
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