鬼より人の方が鬼ではないか。 一千年生きる鬼へ嫁いだ人の物語。 容姿端麗、凛乎とした鬼と幼い頃に出会った佐加江(さかえ)。佐加江がΩと分かっていた鬼は、村での神事を危惧し、一生に一度しか使えない、人には見えない鬼の番(つがい)の証である仮紋をそのうなじへ刻んだ。 仮紋には大病から守り、Ωにとっては発情を抑制する効果がある。 Ωが成熟して再会すると仮紋は消え、番となるために発情が起こり、本紋を刻む事となる。 再会しなければ仮紋のまま、発情とは無縁に生きて行ける。 鬼は、後者を佐加江の幸せと思っていた。自分はいずれ忘れ去られる存在だと思っていた。が、二人は再会してしまった。
Lihat lebih banyak世界は第二の性を忘れた。
オメガも
ベータもアルファも
みんな平等に
みんな普通に産まれながらにして優劣があってはいけないと新薬の開発が進み、国主導で老若男女問わず全国一斉に行われた遺伝子操作。
当初、国民には死をもたらす重篤な伝染病のワクチン接種だと知らされた。
先人が抗う事なく受け入れてきた遺伝を、無理やり捩じ曲げるような試み。国を挙げての人体実験。
第一世代から産まれた子供は、粒を揃えたように全てがベータになり、知能も運動能力も皆、同じ程度。
ずば抜ける者もいなければ、落ちこぼれる者もいない。
そんな結果を受け、男女関係なく産まれてすぐこのワクチン接種は義務化され、新薬がさらに改良された第二世代は、最良の結果をもたらした。
人類が背負った業に、勝ったとも言われた研究。
神に勝ったとも揶揄された。 そして、 世界は全てが平らになった。♢♢♢
「また、来よる」
「天狐様は、お行きください」
「クク……。あのわらべは、甲であるな。鬼殿が可愛がるのがようわかるわ」
「私はそういうわけでは」「あの芳しい香りが、我は堪らなく好きでの」
佐加江は、人がせわしなく出入りしている蔵を横目に、茅葺屋根の古い屋敷のある庭を出た。
田んぼのあぜ道を通り、黄金色した穂先を垂らした稲を指先でシャラシャラと撫でながら、イナゴが跳ぶと恐れおののき、真っ赤な鳥居が幾重にも建つ鬼治稲荷へ走る。
六歳にしては身体が小さい佐加江は途中、曼珠沙華を折り、片手に三本づつ花火のような紅い花弁の花を握りしめ、鳥居をくぐった。向かったのは、狐が祀られている社を通り過ぎ、その裏手にひっそりと佇む傷だらけの寂れた小さな祠。「鬼様、今日もお花とってきました」
昨日、供えた曼珠沙華が枯れている。背後に深い洞窟を背負った祠の扉が細く開いていることに気づいた佐加江は辺りを見回した。
「鬼様!」
社裏の縁に腰掛けながら、天狐と茶をのんびり飲んでいた青藍に向かって、佐加江は蹴られた毬のごとく両手を広げて走ってくる。
「なぜでしょうか。あの童には私の姿が見えてしまうのです。天狐様の結界が強く張られている、この境内であっても」
「見えているのは、霊力の弱い鬼殿だけだ。我は見えておらん」フワフワの尻尾で青藍の背中をひと撫でした天狐は、姿を消した。
激しい情交が、六日も続いた翌朝の事だ。 シーツが整えられたベッドで、佐加江はひとり目覚めた。残り火のような発情の余韻があり、身体がほてっている。 この六日間、ただただ欲の塊となって青藍と肉体を交えた。「……えっちした後は、ベッドで一緒にコーヒー飲みたいんだよ、ノートに書いてあったのに。おはようのチュウもなしか」 青藍は、行ってしまった。 そこかしこが痛くて、身体が動かない。が、佐加江の腹の中には、青藍の子種がたっぷりと注がれていた。その証拠に後孔からは精液が漏れ、腹は不自然にぽっこり膨らんでいる。 結界が張られている静かな部屋で、天蓋の模様を佐加江は眺めていた。枕元には手首を拘束していた花が枯れ散り、左手の薬指にだけ、生き生きとした鞠のような蓮華草が指輪のようにある。それに気づいた佐加江の目尻からは、ツッと涙がこぼれ落ちた。「起きたか」 バリッとガラスが割れるような音がした。蘇芳が手をかざし、部屋の結界を壊したのだ。滅多に降らない雨の音が外から聞こえ、少し土臭いような匂いが漂ってくる。「発情が終わったら結界から出してやってくれと、向こうで言われた」「蘇芳様」 蘇芳の冷たい手の甲が、頬に触れる。「ちゃんと、あいつのモノにしてもらったのかよ」 「はい」 佐加江には、うなじを噛まれた記憶がなかった。全てを知っている蘇芳は、発情前よりしっとりと落ち着いた姿をした佐加江の頭を撫で笑う。「ほら、しゃんとしろ。青藍に審判が下った。お前も親父様方に顔を見せに行くぞ」「今から、ですか?」 佐加江を風呂へ入れ、支度を整える蘇芳は改めて佐加江のうなじの紋に見惚れた。今まで、鬼の番に紋が入っているのを見たことはあるが、所々よれたり、歪みがあるものだった。が、佐加江のうなじの紋は太い筆で、迷いなくひと息で描かれたように淀みがない。「ーー綺麗なもんだな」「え?」「いや、何
「佐加江の望むまま、すべて私が」 四つん這いで、佐加江は背中を反らしていた。蜜壺に挿し入れてはグチュンと溢れる佐加江の愛液を指先で掬い取り、甘い蜂蜜でも啜るかのように青藍は鼻先で匂いを嗅ぎ、しゃぶっている。「気持ちい、……い」 佐加江のうなじにある紋は発情を迎え、テラテラと生命感に満ち溢れていた。そこへ舌を這わせると、佐加江は自由の利かない手でシーツを掴み腰を揺らしている。「青藍、青藍……。んあぁぁぁッ」 青藍は目を爛々とギラつかせ、佐加江の背中を引き寄せる。白く艶かしい細いうなじは、生肉よりも魅惑的で青藍はゴクリと生唾を飲み込んだ。「青藍のものにして、僕を」 大きく口を開け、白いうなじに何度も噛みついた。鋭い糸切り歯が柔い肌へ突き刺さり、佐加江の血を啜りながら噛み跡を残す青藍は、血とフェロモンで酔ったようだった。 躊躇なくズリュっと亀頭球まで押し込む。佐加江は痛がり逃げようとするが、青藍は止めることなく、少し狭くなって引っ掛かる赤子の寝室の入口を貫通させた。固い亀頭が繰り返し最奥を突けば、佐加江は恍惚とした表情を浮かべ、身体を痙攣させていた。「あ……、あっ」 ビュクビュクと吐き出される子種。長い射精の間、佐加江の意識は混濁した。うつつに戻ってきたかと思えば理性を失い、レンズの前でそうする事を強要されていた延長のように、淫らな振る舞いをする。「ここにいます、佐加江」 存在を確認するように佐加江の肩越しに唇を重ね舌が絡み合い、互いの唾液を奪い合うようにして燃え盛った。「足りない……。もっと欲しい」 むせび泣くように喉を震わせている佐加江は青藍の前で股を開き、孔から子種を垂れ流しながら、腰を浮かせる。「何をです」 「青藍の、……欲しい」 「それでは、分からないですよ」 耳とうがないと言うのは、不思議なものだった。元々、穏やかな性格で声を荒げることも心を波立たせる事もな
「佐加江、もういいです」 止めようとすれば必死になって首を横へ振り、喉奥まで挿し入れようとする。 無理やり引き剥がした佐加江は咳き込み、嘔吐しそうになった口を抑えて青藍の着物を掴んでいた。「気持ち良くない、ですか」 「そう言うわけではありません」 佐加江は爪を噛み、何かを恐れていた。こんな佐加江を抱いても恐怖の上書きになるのでは、と青藍は理性を保とうとするが、同じ空間にいながら行為をしないと言う選択は、互いにとって生殺しのようなものだ。それに、我慢ならなくなるのは分かっている。それが発情というものだから。「縛って……」「佐加江、私を見なさい」 ベッドへ運んだ佐加江の虚ろな瞳を覗き込むが、焦点が合わない。爪を噛もうと口元へ無意識に持って行ってしまう手を止めた青藍は、佐加江の頬を強く掴んだ。こちらを向かせると視線を惑わせ、ゆっくりと瞬きをして熱のこもった息を吐き出す。「青藍……」 「大丈夫ですか」 フェロモンに当てられているとは言え、性器を怒張させながら、青藍はそんな陳腐な言葉しかかけてやれない。 抱きしめれば身体を強張らせ、震えながら「ここは鬼治か」と聞いてくる。 どうしたら良いものか、と青藍は思案にくれた。と、視線の先に太郎が出雲へ発つ前、人の姿で小さな手いっぱいに庭先で摘み、佐加江に渡していた赤紫色の蓮華草を生けた花瓶があった。 佐加江は鬼治を恐れている。が、あの村でふたりは出会い、番になった。あの蓮華草も元は、幼い佐加江が鬼治で摘んだ花だ。「佐加江、少しだけ時間を」 窓辺に走った青藍は、蓮華草を生けてあった花瓶の水を酔いを覚ますように頭からかぶって顔を拭った。「佐加江」 手に蓮華草の花束を握りしめ、佐加江を背中から抱きしめる。「佐加江が幼い頃、教えてくれたことを覚えています」 むずかるように身体をくねらせ、言う事をきか
窓枠がピシッと音を立て、床が軋む。屋敷の歪みが無くなったのだ。ヌエの鳴き声が聞こえなくなった部屋は、時計の針も止まり無音になった。「んー…」 それに気付かず、佐加江は爪を噛みながら膝を抱え、貧乏ゆすりのように身体を揺らしていた。鼻腔を通る空気さえ、熱がこもっているような気がする。「佐加江」 扉の向こうで、拳を噛んだ青藍が荒ぶる呼吸を整えようと肩を大きく揺らしていた。「佐加江。結界を張ったので大丈夫ですよ、安心なさい。昼間から芳しい匂いが漂っていたので、蘇芳に気付かれてしまいましたが。ここを開けてください、佐加江」「気づいていたなら、もっと早く」「ふふ。いつもやられっ放しの蘇芳に、少しだけ自慢したかったのです。私の番の香りを。しっかりとした紋になるまでは、芳香が他の丙に漏れてしまうようですね。気を付けねばなりません」 濃厚になっていくフェロモンに誘われるように、青藍は我慢できず書斎から駆け上がって来たのだ。蘇芳を帰し、屋敷に結界を張った青藍は、扉の隙間から香ってくる濃密な芳香に鼻を寄せる。青藍の陰茎は痛いほど起立しており、佐加江を連れ帰った時と同じだった。 耳とうを失ったせいか、フェロモンに敏感すぎる身体。初めての佐加江の発情では抑えが利いたが、青藍も今はただの欲の塊だった。「はしたなくて、ごめんなさい」「ならば、私は薄情者です。裁きが下るまでは、佐加江に触れぬようにと思っていたのに、我慢できそうにありません」「裁きって……」「嫌われるような事はしたくない。佐加江、ここを開けてください。発情でつらいのは、佐加江だけではないのですよ。お前が欲しくて欲しくて……、どうにかなってしまいそうです」 しばらくして、返事代わりのようにカチっと鍵が開く音する。青藍が扉をそっと開けると、そこには頬を上気させ、目をトロンとさせた佐加江がぺたりと床に尻をつけ座っていた。「佐加江、……大丈夫ですか」 まるで花が昆虫を誘い込む
青藍と蘇芳の夕飯の支度をした佐加江は、寝巻き代わりの浴衣へ着替え、早めにベッドへ入った。 あの後、青藍の書斎を出た佐加江は真っすぐに隣の桐生の元へ向かった。『桐生さん』 『どうした?』『あの、……発情抑制薬、持ってますか?』『持ってないよ。使った事ないし、佐加江君だってもう必要ないでしょ? 鬼君と番になったんだから』 窓の外で、ヌエがヒョーヒョーと鳴いている。この声を聞くと、あやかしは夜が来たと眠るのだが、その勇ましい遠吠えが佐加江には人の声のように聞こえる。「怖いよ」「寂しいよ」と物悲しくて寝つけなくなってしまうのだ。鬼治で聞いたフクロウの鳴き声に、そんな哀愁を感じたことはないのに。 佐加江は、布団をかぶり目をつむって爪を噛んだ。いつから、そんな癖があったのか覚えがないのだが、気がつくとそうしていることが多い。(姿を見られず鬼治へ行く方法がないか、青藍に聞いてみよう……。部屋がそのままだったら、抑制薬がまだあるはずだし) なんとなくではあるが、発情の予感はあった。ただ、青藍は気づいていないようだったから、気のせいかもしれない。 青藍がいない間に発情してしまったら、と思うと不安で仕方がなかった。「はぁ……」 下腹部が書斎を出たころから、チリチリしている。微熱もあるような気がした。ソワソワと落ち着かず、膝を曲げて丸くなった佐加江は、七日後には青藍が家を空けると言う間の悪さを感じていた。 寝巻きの膝の間へ無意識に手を滑り込ませた自分の行動に、神事の事を断片的に思い出した佐加江は震えた。そして、また爪を噛んでしまう。「んふ」 起き上がるだけでも寝巻きが乳首に擦れ、声がもれる。佐加江はベッドから降り、よろよろと歩いて寝室の鍵をかけた。我を忘れてしまう行為が怖いと思ったからだ。欲のまま、村人の萎びた性器に悦んでいた自分がいたのは事実だった。 初めて青藍に抱かれた時よりも、いやらしくなっている自覚はある。そん
この世は、昼も夜も逢魔が時の空の色。 時間の感覚が鈍くなるから人は体調を崩しやすい、と桐生の助言を聞いた青藍が雑貨屋で様々なものを買ってくる。人の世の時計、カレンダーなど、庭が見渡せる寝室には物が少しづつ増えていった。 時計の類いは誰でも知っているような有名メーカーの品物ばかりなのに、朝、起きると決まって二時五十七分。日めくりカレンダーは、鬼治で神事が行われた日になっている。しかし、じっと見つめていると、時計はクルクル回りだし、雪のように千切れた日めくりカレンダーもバサバサと捲れあがって、人の世の今になる。 町を歩けば、あやかしばかり。今さら驚くこともないのだが、いったいそれが何を意味しているのかは、謎だった。「蘇芳。お前は、いつまでいるのですか」 「たまに、あっちの様子は見に行ってるから平気だ。死神もここで仕事が二つ済むんだから、大助かりだろ」 盆を手に、佐加江は書斎のある地下へと降りて行く。通った後には、ふわっと幸せな匂いが漂っていた。「青藍、お昼にパンを焼いたの。食べる?」 首の傷はまだ癒えないが、佐加江は桐生と買い物に行ったり、庭で仔狐と遊んだり、好きな花を眺めたりと穏やかな時間を過ごしている。「入って平気ですよ」 書斎の扉をノックして待っていると、青藍の声がしたのに出てきたのは蘇芳だった。本当に二人は良く似ている。角を隠して、目と髪の色を同じにしたらそっくりだ。「ぱん?」 焼きたてを、と冷めないように掛けていた布をとった蘇芳が、一番きれいに焼き色がついた見栄えの良いミルクパンを大きな口に頬張る。それは、青藍に食べて欲しかったパンだ。「こんなの腹の足しにならねぇな」 「別に蘇芳様の為に焼いたわけじゃ……」「お前も、言うようになったねぇ」 青藍は盆にのったパンを、餅のようだと眺めている。「佐加江、これがパンというものですか」 「うん。乾物屋さんで干しブドウ
Komen