いくら表面を飾ってもそれは隠しきれない。
でも、あの子は違った。
服装は目も当てられないぐらいダサかった。
でも彼女の内面にあるのは、欲望とは無縁の透明で繊細なガラス細工だ。
そのガラス細工は鍵のついた箱に大切にしまってあったらしく、俗世間の垢(あか)にまみれずにここまで来たようだ。
玄関のチャイムが鳴り、来客を知らせる。
インターホンのカメラ越しに緊張した面持ちの文乃の姿が見えた。
「来た、来た」
得意げな顔を紗加に向けてから、おれは玄関へ急いだ。
〈side Ayano〉
来てしまった。今、安西さんのスタジオの呼び鈴を押している。
自分にこんな無謀なことをする度胸があったことに驚いた。
ほんの5分ほど立ち話しただけの男の人を訪ねるなんて。
ただ、心の片隅に、結婚したらもうこんな冒険はできなくなるという思いがあった。
独身最後のわずかな期間に、いままで経験のないことをしてみるのも悪くないかな、と。
それに第一線で活躍する写真家のスタジオとはどんなところか、のぞいてみたいという好奇心もあった。
でも、それがどんなに浅はかな考えだったか、このときのわたしは、まだ気づいていなかった。
事前にネットで「安西瀧人・写真家」を検索した。
彼の言っていたことは本当で、写真業界ではかなり名の知られた人のようだ。